私は魔王と旅をした。

らっぴー

プロローグ

  果てしなく続く広大な草原に生い茂った小さな草は、心地良いはずの穏やかで暖かい風に合わせて靡かせていた。私は、肩より少し長いセミロングの黒髪を右手で触れて頭を掻いて、ため息を吐いた。


 私はこの見慣れない風景に困惑した。


戦闘服に身を包み、右の太もも部分にM1911、別名、コルト・ガバメントと呼ばれる自動拳銃とそれを収納しているホルスター、通常より少し刃渡りの長いコンバットナイフが取り出しやすい背中のベルトの部分にナイフケースと一緒に取り付けてある。 最低限必要なものが入っているタクティカルバッグが残っていた。


私は柊凛花(ヒイラギ・リンカ)。女性だが、以前は金銭で雇われ、関係のない戦争に参加する傭兵。金で動く殺人兵器をしていた。

 銃弾が飛び交う世界。理不尽に殺し、殺される。そこには正義も悪もなく、人情や慈悲すらも皆無で利益だけが求められる世界。私はそこで、引き金を引き続けて生きてきた。

殺しに人情も躊躇も必要はない。だが、それは標的を殺すことで利益が得られるか得られないかないかで話は変わる。私は傭兵たが、いや、傭兵だからこそ、それ以上の殺しはしてこなかった。


そんな汚れた世界に身を投じ、完全に汚れてしまった私は、何故か広大な草原で立ち尽くしていた。見たことがない風景に、動揺を隠せなかった。


此処は一体どこなのだろうか―。


意識を取り戻した時には既に広大な草原にいた。その原因をいくら考えても、意識を取り戻す直前の記憶だけが欠落しているようで、思い出すことが不可能だった。

 考えても埒が明かない。とりあえず、人がいる場所へ探すべきだろう。だが、生憎、解決したほうがいいかもしれない問題をもう一つ抱えていたのだ。


〈 おい、聞いているのか!?お主は!〉


 脳内に直接伝わってくる私とは違った別の声。始めは幻聴か何かだと思い無視し続けていたが、私が応答すると、その声は再び返ってきた。

 

 独特な話し方をするその声は、女性のようで、自らを約500年前にこの世界を統治しようとした魔王、アリアだと自称した。

 だが、それも一人の人間によって相打ちとなり、その身は永遠に封印されてしまったらしい。500年の時を得て、彼女はその魂だけを封印から解くことができたらしい。しかし、魂だけでは存在することはできない。その魂は彼女の意志とは関係なく私に憑依したらしい。彼女の声は、体を憑依された私にしか聞こえないようになっているのだ。非情に厄介で面倒なことである。

 原因は分からないが、どうやら私は異世界に迷い込んでしまったようだ。魔王アリアは、まっすぐの方向に進めば大きな街があるかもしれないと言った。


「ここをまっすぐ・・・ですか?」


その先は広大な草原の地平線。近くに街があるとは到底思えない。


〈ああ。500年前はその近くに大きな街があったはずじゃ。妾も少し付き合ってやる。さあ歩くのじゃ〉


 小さく息を吐くと、広大な草原の生い茂った小さな草を踏み、私は知らない世界を一歩ずつ歩を進めていく。 


私が存在するはずのない世界で、これから新しい物語が始まる。

 

 私は魔王と旅をした――。 

  


 

 

 





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