望み

 俺に願いなんて、あったか?


「あるでしょう! あなたは一つだけ、曲がらない願いを持っています!」


 企業の願い通りに動くデク人形に?


「企業にほとんど曲げられても、残っている願いがあるじゃないですか!」


 何も残っては……


「何で私を助けたんですか!?」


 ……っ。


「ほっとけばいいじゃないですか! 見なかったフリすればいいじゃないですか! そのまま忘れればいいじゃないですか! 何で貴重な水をくれたんですか!?」


 ……やめろ。


「助けたかったからでしょう!?」


 やめてくれ。


「ありがとうございます!」


 ……っ!


「おかげで私は妖素に戻らずに済みました! さぁ、次はあそこです! あの人間が作った牧場を救うのです!」

「やめてくれ!」

「……!」

「俺に何ができる! せいぜい妖精の一体や二体を救うのがせきの山だ! 牧場を奇跡的に破壊できて、妖精を救えたとして、その後は!? きっと企業の追手が完全武装でやって来る! 撃退したら今度は軍が来る! 俺に戦う力はない! 一秒かからず肉片にされる。意味が、ない」

「……じゃあ、やめるんですか?」


 ……。


「あなたはやめない。きっとまた、私の時のように、死に損ないに水を与えます」


 ……そうかもな。


「貴重な水を、私たちにとっての恵みの雨をくれる。こんなカラカラに乾いた世界で、貴方は私たちに水を与えます。わかりますか? その気まぐれが、どれだけ、嬉しいか」


 安い……。

 チョロいな……。

 だから……


「……使い潰されるんだよ、お人好し」

「だから貴方を慕うのです」


 ……っ!


「そんなどうしようもなくチョロくて安い私たちを大切にしてくれる貴方だから、私たちは力を貸すのです。我々妖精の欲望は小さく、あっという間に叶うものばかり。だから人間が願う巨大で傲慢で理不尽な願いに引っ張られ、ねじ込まれ、利用されて砕け散る。そんな愚物を愛してくれる貴方が、私たちはには救世主に見える。力が湧いてくる。何でも叶えてあげたくなる。古の人間たちのように、世界を希望に満ちた混沌に戻す力が、貴方にはある」


 古の、混沌世界。

 かつて妖精の力が最盛期だったとされる時代。

 大地がめくれ上がり、海が縦に登り、空が分岐し、世界がいくつも枝分かれしていたと言われる時代。

 それをずっと、見てみたかった。


「貴方のためなら、しますよ? あの牧場にいる私たちだけで、可能です」


 心が……踊る。


「あなたは、それを望んでいる」




 人間世界が妖精を焼いたエネルギーで稼働するようになって百年。

 妖精も、妖山も、妖木も使い潰すばかりだった人間の時代は、突如終わる。

 気まぐれな少年が妖精に願った時から、それは始まった。

 牧場を破壊し、妖精を救い、混沌を内包した浮かぶ島を手にして世界を旅し始めた時、人の時代は混沌の時代となる。


「俺は、妖精を焼かない世界を、妖精と共に生きる世界を望む。叶えられるか、妖精たち?」


「「「叶えてみせます!」」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人間の妖生 一滴 @Oogaurufu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ