人間の妖生

一滴

プロローグ

「アズ、君の才能は素晴らしい。復活不可能と言われた妖精炉を蘇生させ、失墜間近の大企業の牧場をいくつも救い、砂漠を森林に変えた。その腕を見込んで頼みがある」


 ハゲた頭。太った下っ腹。締まりのない顔にふざけた髭。三年前の最初、僕がここに配属された当時はどこまでも見下した態度だった上司が、さらに太った体でまた無茶な指示を下す。

 口だけの賞賛にうんざりする。どれだけ働こうと給料は上がらず、上司の腹と対比するように僕の懐事情は痩せ細っていく。

 それでも、辞めることはできない。妖精たちを救うことは、やめられない。やめた瞬間、僕はコイツらと同じになってしまう。


「ガリバー社は知っているな? サリア支部の地下にもそれはそれは見事な牧場と妖精炉があるのだが、あそこの妖精たちの調子がおかしいらしい。見てきてくれたまえ」

「はい……」


 だから、無茶な仕事も命令も従って、遠征する。

 勲章以外何もない部屋を後にして。


「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」


 移動は徒歩。

 妖車を借りる金はない。

 精車はさらに金がかかる。

 霊機は雲の上の乗り物だ。


「そう言えば、最近カルガが個人霊機を買ったとか言ってたっけ?」


 空を飛べる乗り物を個人所有するための金って、いくらだ?


「気が滅入る……」


 少なくとも俺の年休の数十倍だ。

 同級生だったのにこの差は何だ?

 成績も親の違いも大したなかったのに。

 この差は……


「何なんだ……!」


 広い砂漠を徒歩で越えるためには準備がいる。

 水、食料、寒暖差のための備え、その全てを担いで動き続ける体力、そして砂漠の妖魔を倒せる強さ、方角を間違えないスキル……


「後は……あぁ、気が滅入る」


 何もかも捨てて、何にも縛られない旅がしたい。

 こんな何もない、やりがいも休暇も金もない仕事漬けの日々が怨めしい。

 何もかもから、逃げてしまいたい。


「た……たすけ……」

「……ん?」


 砂漠の終わり。

 サリア支部目前の砂漠のど真ん中に、こことは似つかわしくない存在がいた。


「妖精?」

「たす……た、け……みず……ぅ」

「……」


 慈善に金は湧かない。

 ただの自己満足。

 愚か者の愚行。

 それでも、俺は貴重な水を妖精に与えた。


「あぁ、生き返るぅ……」

「……」


 みるみる内に妖精の乾いた肌にツヤが出る。

 声にハリが出る。

 目に生気が灯る。


「ふっ」


 やはり妖精はすごい。

 こんな乾き切った砂漠の中であっても、水一つで生き返る強さがある。


「俺とは、違う……」


 企業一つに縛られて何もできない俺とは、違う。

 虚しくなってその場を去ろうとした時、元気になった妖精が声を掛けてきた。


「待ってくださいアズ様。あなたの願い、叶いますよ!? 何でそんなに辛そうなんですか!? 叶えましょう! あなたの願い!」


 ?

 叶う?

 俺の、願い?

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