妖精様の、気の向くままに

一滴

プロローグ

 普通の、日常だった。

 日の出と共に目を覚まし、

 顔を洗って洗濯して、

 朝食を弟と妹と作って、

 両親を起こして、

 仕事に行かせて、

 僕たちも畑の仕事を始めた。

 一日がいつも通り始まったと思っていた。


 道具を取りに入った納屋に、

 穴の空いた天井と、

 苗木を抱えたエルフがいなければ。


「ち、近づかないで!」


 髪はボサボサ、所々焦げている。

 同じくらいの歳の、エルフの少女。

 キズがある。

 ひどく怯えている。

 尖った耳。

 キズと血が付いているのに綺麗な顔。

 本と話に聞いたことしかないけど、間違いない。

 森の民、エルフ。

 精霊と妖精と獣が混ざった、魔法の種族。


「え? で、でも……コイツは人間で! ……え? でも、でも……」


 独り言が多い。

 多分、目に見えない妖精と会話をしているんだ。

 本で読んだ通り、エルフは妖精と話ができるんだ。


「ねぇ……」

「ひっ! な、何よ!? やる気!?」

「キズ、大丈夫?」

「え、う、こ……こんなのどうにでもできるわよ! 何!? 人間が、エルフの心配!?」

「だ、だめ?」

「う……、ダメじゃ……え!?」

「?」


 急に、エルフの少女が別の方へ注意を向けた。

 苗木を抱え、ガタガタと震え始める。

 何かを、怖がってる?


「ねえ、何かから逃げてるの?」

「あ、ぁあぁ……」

「来て、こっち」


 涙目の少女の手を無理矢理掴み、納屋から連れ出す。

 向かうのは我が家の井戸の下にある、横穴の通路。

 よく遊ぶ時に、兄弟達と使う道。

 向こう岸の川と繋がっているから、そこまでは見つからないはず。


「この中に道があるから、ゆっくり降りて」


 先にエルフをおろし、後に続く。


「な、何、ここ?」

「誰が作ったか知らないけど、気づいた時にはあったんだ。よくこの道を使って川に行くの」


 四つん這いにならないと進まないけど、僕たちは小さいから十分通れる。

 少し進むと、出口に出た。


「ほら、川だ」

「ほ、ほんとだ……あ、あの……ありがと。あの、名前は? 私、エミュ」

「僕はラクラン」

「ラクラン……ありがとう、このご恩、エルフの精霊とめいや……がぼぼ!?」

「がぼ!?」


 突然だった。

 穴に水が入って来て、エルフの少女と一緒に流された。

 川に流され、意識は消えた。





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