交差する過去と未来 完

畜生としか、言いようがない、言いようがなかった。

あいつを残して戻ってきてしまった。あいつに残された身内はおれだけだってのに、おれはあいつを残してしまった。

その苛立ちがおれの中で暴れ狂う、炎が見えた、おれの中の炎が猛り狂っている。

どうしてだろうと思うほどの燃え盛るいろ、おれ自身でも制御できないほどのそれら。

「従兄上、落ち着いてください! 無差別に術式未明の物を使わないでください!」

ノーリスの声も近くで聞こえている、おれもわかってんだよ、ただ。

止める方法が見つからないだけなんだ。

燃える色のまま外に出る、あちこちが焼けこげるのがよくわかる。

おれの温度で人々が悲鳴を上げる。おれの望まない悪名がまた一つできるのだろう。

体が炎の様だ、しかし術式百八番の肉焔とは大違いなのは間違いない。

おれの中身が溶けだしそうだ。脳髄まで溶けだしそうな中、おれの頭の中にあったのは、ちびの事だけだった。

あいつを泣かせたくなかった。あいつの幸せを見たかった。

知らない飯を食うたびに、無表情が少しずつ消えて行って、溶けたように笑う目じりを、ええい、畜生認めてやる、好きとかいう文字で形どられた思いにしちまった。

おれは神殿にまっすぐ進む。誰もがおれを止められないままだ。

そのまま止めてくれるな。

今からやるのは真剣に、おれの色々な物から考えても問題な事でしかない。

……神殿の湖にいけにえを捧げると、願いが叶うなんて誰が言い出したのやら。

神殿の湖に潜む大いなる意思に飲み込んでもらえれば、時を超える事が出来るなんて言うのも、誰が言い出したのだか。

わからねえ。

でも。

頼みにするならそれしかない、とおれの何かが思っていた。

おれはちびが泣くのを止めたかった。ちびが泣きじゃくっている。事実のそれだけが重要だったんだ。

ちび、ちび、名前だって聞いていなかった。必要ないから聞かなかった。

一度くらい呼んでやればよかったんだ。きっと。

ただし呼べば歯止めがつかなくなって、何かが変わったのは間違いなかった。

引きずる肉体、焼け焦げの出来る絨毯、熱で色を変える石畳に柱。

おれは誰も彼もを遠ざけて、一人湖に進む。

人が一人現れた。

「うわ、頑丈な体だと思っていればこれか。記録に残しておきたいくらいだね、新しい療法は、肉焔一歩手前でも、理性が飛ばないらしい。いいやこれは、肉焔なのかな?」

治療院にいるはずのあのやろうだった。止める事なんて頭から思いつかないらしいそいつに感謝して、おれは湖の縁に到着した。ざわめく神官、近づけない誰も彼も。

俺はそのまま、そこに落下した。着水、沈む体にまとわりつく水の温度、おれの体と溶け合うプラズマ。

願いは一つ。

「あいつを、幸せにしたいんだ」

湖じたいが驚いたように波打つのを感じる。己を対価に望むなどありえない事。

一人の命で求めるものとしてはあまりにも矮小な願いだったに違いない。

まして火術の使い手という、運命を捻じ曲げる能力の高い奴が願うこととしては。

だがおれは願う。

空気を吐きだした肉体が足掻くように手を掻いたのを最後に、おれの意識は薄れて行った。




声がした。


“この湖は全ての時代で変わらない”


いい事聞いたぜ。ありがとよ。つまり、つまり……

次に目を開いた時、おれの目の前にあったのは氷の壁だった。

は、と思ったのも途中で、おれはとりあえず外に出るために、足に力を入れて思いっきり目の前の壁をぶち抜いた。

扉状になっていたらしい壁は吹っ飛ばされる。

「紅蓮眼が目を覚ました!?」

「この二百年、国の危機にも目覚める事のなかった怪物が!?」

声で知る。周りの声でしる。

ちびの時代はここなのだと。

おれは目をこすり、慌てふためく警備兵に問いかけた。

「王子が結婚するのはどこだ? 第三妃とだ」

「こ、この先の大聖堂デス……!!」

いろいろ脳の許容量を超えているらしい。おれでも同じことが起きたら超えるだろう。

紅蓮眼の祭壇らしき場所には、大量の華が飾られていた。そんな物から一本引きちぎり。

おれはおそらく時代が変わっても場所が変わらないだろう、その大聖堂を目指した。


今、迎えに来てやったぜ、ちびすけ。


後はもう進むだけ。ためらいも迷いも存在しない。あったら湖にぼちゃんなんか、しねえもの。

胸を張り堂々と進む。通りすがりの女や子供が顔を赤らめる。男たちが絶句する。構う物か。

大聖堂と渡り廊下でつながっていたらしいあの祭壇。おれは大聖堂の二階らしき場所に到着する。

吹き抜けらしく、下の階で結婚式が行われているのがよく見えた。

うつむく顔の茶髪の、見慣れた後頭部。そこにいるんだろう。

坊さんが言う。

「この婚儀に異論のあるものは声をあげよ!」

ああ、ちょうどいいタイミングってやつだ。

おれはそこから声を張り上げた。

「ああ、あるぜ、大ありだ!」

そのままひらりと二階部分から飛び降りる。

色々な人間がざわつく中、おれはヴァージンロードに着地する。

声を聞いて、まさかと思ったのか。

茶髪の花嫁が振り返る。驚きに見開かれたアメシスト。

いい色になったな。おれは誰も動けない中、その花嫁を堂々抱き寄せる。

「悪いな王子さん、こいつは二百年前からおれの物って事になってんだ」

「ぐ、紅蓮眼!? 凍れる棺に眠る怪物がどうして……!?」

王子があえぎあえぎ言う。そんなの知った事か。

おれは抱き寄せたあと、一度腕の中のアメシストに唇を落し、耳元でささやいた。

「お前をおれの時代に連れて行くぜ、ちびすけ」

「どうやって……」

「簡単な方法があんだよ、知らなかったら絶対にできねえけどな」

そして。

おれは兵士たちが群がる手前、ちび助を抱えて走り出した。

ちび助の軽い事軽い事、重いはずのドレスでも軽々なのだから何とも言えない。

そして大聖堂から近い距離にあるだろうそこに向かう。

……願いをかなえる湖は、今日も静かに凪いでいた。

おれはちびすけに問いかける。

「ここにぼちゃんだ」

「え、心中……?」

「ちげえよ、ちびすけはおれと一緒にいたいと思え。おれが道を作るから」

「え、あ、はい」

「いくぞ、せーの!」

おれたちは思い切り湖に飛び込んだ。願うのは一つ。

おれの時代に、おれたちを連れていけ。時の止まった、神代の湖!

飲み込む何かがまた笑う。

それは馬鹿の極まった行動のおれを笑うようで……

感心しているようだった。


ばしゃんと水音がしたと思えば、おれらは水面に顔を出し。

「従兄上! そちらの娘さんはどこから!? その装束からして結婚式の途中だったのでは!?」

船に乗り、おれを探していたノーリスに発見された。

ちびは目を丸くしていて、言う。

「時代……こえちゃった……」

「おれと一緒がいいんだろ、だから連れて来てやったんだよ」

そして一呼吸おいて問いかけた。

「名前何なんだ? ちび」

これがおれとちびの、師弟関係から一歩進んだ場所に始まるための、第一声だった。



「隊長の嫁が嫁過ぎて辛い」

「隊長ののろけが独身にはつらい」

「でも聞くところによると、あの毒術の使い手」

「隊長の女の趣味ってこわい」

「でも可愛い系だし、隊長の相手にしてきた妖艶美女と違う系統なの間違いない」

「なー」

「なー」

それから数週間、おれの部下たちがちびの事をそういう風に、消化してる中。

「ねえ、膝枕は飽きない?」

「あきねえな、まだまだ。……ヴィオレッタ」

「なに?」

おれは休日、弟子から嫁に扱いが変わったちびの膝で、ごろごろとした気分を堪能していた。

「愛してんぜ、ヴィオレッタ」

「顔面が整っているから効果が高くてずるい……」

「何とでも言え!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺が俺の黒歴史を未来に伝えないための手段 家具付 @kagutuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ