第二話 妹のantinomy
夕方のファミレスで、私は友人二人と今月出たばかりのいちごパフェをつつきながら話に花を咲かせていた。
内容は、私達兄妹の事だ。
「なるほど、これが
「違う」
「いやツンデレそのものじゃん。愛理はお兄さんの事が好きなのに、つい素直になれなくて冷たくしてしまう。典型的ツンデレだよ。ついでに言えばブラコン」
「だからツンデレじゃない。ブラコンでもない」
たたみかけないでほしい、郁美。
確かに私は今、兄さんに対して冷たく接してしまってるし、それを申し訳なく思っている。昔は兄さんにべったりだったのも否定はしない。
だけどそれを『ツンデレ』『ブラコン』という言葉に集約してほしくない。そんな言葉で表されたら、あまり良い印象を受けない。
「はいはい。それで、そのお兄さん大好きっ子の愛理はどうしたいわけさ? その愚痴を聞くのも何度目だったっけ?」
「それは……悪いと思ってるけど」
「悪いと思っているなら、このパフェは愛理のおごりね」
「私の望む答えを出してくれたら、考えてあげる」
今抱えている問題を解決できるなら、パフェ代くらい安いものだ。
もっとも、郁美が言ってるようにこの話題は私達の中で何度も上がっている。それはつまり私にとって必要な答えが今までに出て来なかったというわけだ。
「この間の中間試験よりも難題ですね」
「大体さ、お兄さんと話さなくなったのも「なんとなく」じゃあなあ」
それに対しては返す言葉もない。いや、なくはないが、恥ずかしい。
(だってさ……「変だ」と言われただけでショックを受けたなんて、言えるわけがない)
中学に上がりたての頃、クラスメートに兄さんの話をしていたら「お兄さんの事を話しすぎで変」と言われた。私にとっては兄さんの事を話すのが当たり前だったので、その事はカルチャーショックだった。
おかげでそれから兄さんと話す時、変にぎこちなくなってしまった。とはいえその時はまだ兄さんと話せていた。
決定的になったのは……その、兄さんと話している時にたまたま密着したら、む、胸が、兄さんの腕に、当たった事だ。
小学六年生の冬頃から、初潮が来たのもあって男女の事を意識するようになっていた。その時には既に胸がふくらみ始めていたし、ブラジャーも付けていた。
それでも兄さんは家族だから、男性として意識した事は無かった。だけど自分が女であり、兄さんとは違うと意識した途端、急に恥ずかしくなったのだ。
以来兄さんとまともに話す事が出来なくなっている。たまに口を開いても平静を装うのに精一杯で、つい冷たくしてしまう。
私だって何とかしたいと思っている。だけど良い案が全く思いつかず、今に至っているわけだ。
おかげで二人に愚痴る日々が続いている。うんざりしててもおかしくないが、それでも私の話を聞いてくれる二人には感謝しかない。原因を隠しているのは悪いと思ってるけれども。
「そういえば、郁美は彼氏と口を利かなくなるなんて事はあるの?」
郁美は私達三人の中で唯一の彼氏持ちだ。中学の時から付き合っているらしく、時々のろけ話を聞かされる。ちょっとうんざりする事もあるけれど、私の愚痴を聞いてもらっているからおあいこと思って受け入れている。
「うーん、口げんかする事はあっても、口を利かない事はないなー。あたしも彼も喋ってないと死んじゃうタイプたからさ」
納得する理由だ。私と違ってお互いに言いたい事は言い合うのだろう。傍目からは派手に見えても、ケンカそのものが既に仲直りの兆候というものなのかもしれない。
「喋っていなければ死んでしまうのならば、授業中はどうなさっているのですか?」
「うん、まずは言葉をそのままの意味でとらえるのをやめようか」
唐突に若葉のズレた質問が郁美に飛ばされ、素早く郁美がツッコミを返す。こんな光景は私達の間では日常茶飯事だ。
「というかあたしの事はどうでもよくて、愛理の事だよ、愛理の事」
「そう言われましても、もう出す事の出来る案は出し尽くしましたよ?」
だから中間試験よりも難題なのです、と付け加えられ、私は黙り込むしかなかった。
これまでにプレゼントを使っての仲直りやテレビ番組から話題を作るといった案を二人から提示された。しかし前者はテーブルに置いてたら父が勘違いして持っていってしまい、後者は両親が先に話題にしたりつい見入ってしまったりしていつの間にかきっかけを失っていた。
早い話……私に意気地が無いのが一番の問題と言えるだろう。
(ここまでわかっていても、解決できないのがなあ)
試験なら解き方は授業で習うから容易だ。だけどこういった問題は解き方を自分で探さないといけない。明快な答えが用意されているわけでもない。
結局この日も良い案が出て来ずに終わった。
*
その日の夜。いつもと同じように家族で食卓を囲んでいる。
私は両親とはそれなりに会話をするが、相変わらず兄さんとは何も会話をしない。こんな日がこれからも続いてしまうのだろう。
(それは……嫌だ)
出来る事なら、以前ほどでなくても兄さんとは普通に話がしたい。だけどそれには私自身がどうにかしなければいけない。
「ちょっと、いいかな」
私が悶々としていると、唐突に兄さんが話を切り替えてきた。何だろう、いつになく真面目な顔だ。
「――母さんには話したけど、一人暮らしをしようと思ってるんだ」
言葉を理解するのに時間がかかった。
今、兄さんは何て言った? 一人暮らし? それって、この家を出る、という事?
(そ、それじゃ……)
兄さんと前のように話すための機会がなくなってしまう。引っ越し先を知れば会いに行く事は出来るけど……。
「貯金も増えたし、愛理も僕がいない方がいいみたいだし、いい機会だからと思ってね」
ちょっと待って。
私が? 兄さんがいない方がいい?
そんな事を言った覚えはない。兄さんの勘違いだ。私は兄さんと話がしたい。
だけど何故か私の口からは全く言葉が出ない。どうして? 兄さんの誤解を解かないといけないのに。
結局私は何も言う事が出来ず、父さんと母さんは賛成し、兄さんの一人暮らしは順当に決定した。
私は、どうすればいいのだろう。
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