第三話 二人のsympathy

「なんで一人暮らしなんかするんスか!? あんな可愛い妹さんがいる実家の方がよっぽどいいッスよ絶対!」

 会社の飲み会の場で、僕は早見にまくし立てられた。早見は酔っているからか、いつもより早口になっている。

 同じ部署の人達は部長の講説を聞かされて……もとい、拝聴している。端の方に座っている僕達は運良くそこから逃れており、こうして二人だけで話し合えている。

「なんでと言われても、その方がいいと思ったから」

「んなわけないでしょう! 実家暮らしなら金貯まりますし、自炊しなくていいし、何より妹さんがいる!」

 そんなに愛理の存在を強調するほど気に入ったのか。確かに外面はいいからなあ、僕に対しての態度は冷たいけど。

「あーあ、俺にもあんな妹がいたらなー。絶対家に帰るのが楽しみになる」

「そうか?」

「そうッスよ。俺のトコは男三兄弟だし、俺末っ子なんで兄二人にデカい顔されて困ってたし。だから一人暮らしするってのならわかります」

 男同士の方が気兼ねしなくていいんじゃないかとも思ったけど、案外早見の言うとおりなのかもしれない。男兄弟がいないから推測するしかないが。

「なのに! いるだけで華やかな妹が! 家で待っているというのに! それを享受せず放棄するとはどういう事ッスか!?」

 ジョッキビールを思い切り煽りながら、色々なモノを飛ばす勢いで早見が僕に問い詰める。その勢いに何故か負けそうな気持ちが少しわいてきたが、グッと抑える。

「その妹が僕を快く思ってないみたいだから、というのが理由の一つなんだよ」

「はい? どういう事ッスか?」

 僕は早見に事の経緯、というか妹が実際には僕に冷たい事やそれを考慮して決めた事を話した。

 早見は最初は驚き、次に怪訝な表情を浮かべ、最後に大きなため息をつく。

「……先輩って、仕事デキる人ッスけど変な所で頭が働かない人なんスね」

 そして出てきた言葉がこれだ。一体どういう事だ、それは。

「何を根拠にそう言うんだ?」

「先輩の話を聞くに、妹さんはどう考えても先輩の事嫌ってないからッスよ」

 早見の回答に驚いてしまった。

 愛理が僕の事を嫌ってない?

「どういう事だ、それは?」

「本当は自分で考えるべきッスけど、先輩は一生答えに辿り着かなそうなんで教えますよ」

 何か見下されている気がするが、早見の意見を聞かない事には反論も出来ない。僕は黙って早見の言葉に耳を傾けた。

「もし妹さんが本当に先輩を嫌ってるなら、この前みたいに迎えに来る事なんてあり得ません」

「それは対外的な面を良く見せようとしてるだけかと――」

「学校での評価ならともかく、俺にそうする理由なんて俺に惚れてる以外には無いッスよ。そうだったら嬉しいけど、明らかに俺を目にする前からあの態度でしたし」

「別に誰に対してもそうしようとしてるだけじゃないのか?」

「だったら家の中ではどうッスか? 話を聞くに、態度は冷たくても暴力を振るったりわざと酷い仕打ちをしたりはしてないんスよね?」

 確かに、冷たい態度ではあるけれどもそれ以外に僕に罵詈雑言を投げかけたり殴ってきたりといった事は無いし、食事を台無しにされるといったいびりのようなものも無い。

「それに関わりたくないなら無視します。実際俺は上の兄を無視してました」

 早見兄弟に何があったんだ、そっちも気になってくるじゃないか。この話が終わったら聞いてみるかな。

 だけど今はそれより僕と愛理の事だ。

「それじゃあ、愛理は何であんな冷たくするんだ? ああなったのも急だし」

「何かきっかけがあって、急に恥ずかしくなったんスよ、きっと」

「そうなのかな」

「そうッス」

 いやに自信満々だな。何で家族の僕より彼の方がわかっているつもりになれるのだろう。

「でも僕が聞いてもキチンと答えてくれないから、知る方法が無いなあ」

「だったら一人暮らしをやめて、妹さんの反応を見るとか」

「もう家族に話したんだけど……」

 それを取り消すとなると、愛理はともかく両親にどんな顔をされるか。

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥ッスよ!」

 ちょっと意味が違うんじゃないか、それは。


 *


 この前と同じファミレス、この前と同じメンバー、この前と同じメニューで、いつもと同じ話。

 ただ一つ違うのは、私がテーブルに顔を伏せっている事だ。

「これはうだうだしてた愛理が悪い」

「申し訳ありませんが、郁美さんに同意します」

 郁美と若葉から辛らつな言葉をかけられる。ぐうの音も出ない。

 兄さんが一人暮らしを決意したのは、兄さんが言っていたように私の態度が原因だ。兄さんは私が冷たくしてしまっているのを『嫌われている』と勘違いし、離れて暮らした方がいいと結論づけてしまった。

「どうしよう……」

 思わず言葉を漏らしてしまう。

「どうしようったって、愛理はどうしたいの?」

「それは……」

 決まっている、というか前から変わっていない。

「お兄さんと仲直りしたいのですね?」

 そうだ。その気持ちは兄さんが何を言おうとも不変だ。

「だったら覚悟を決めるしかないでしょ」

「覚悟?」

「恥を捨ててでも、お兄さんの誤解を解く事。でないとチャンスがなくなるよ」

 兄さんが一人暮らしを始めてしまえば、今より会う機会はなくなる。兄さんのところに足繁く通うのも、今のままじゃあまりにも不自然だ。

 背水の陣、もう後がない。

「……うん、決めた。きちんと兄さんと話す」

「よく言った!」

 郁美が満面の笑みを私に見せた。ここまでぱあっとした笑顔は初めて見たかもしれない。

「頑張ってくださいね、愛理さん」

「ありがとう、若葉」

 二人の前で宣言してしまったんだ、やるしかない。

「シスコンなのにツンデレだからこじれていたけど、ようやく丸く収まるかー」

「だからシスコンとかツンデレとか言わない」

 その言葉がなければ株が上がりっぱなしだったのに、郁美はいつも変なところで自分の評判を落とす。もっとも、そういう所も受け入れてしまってるのだけれど。

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