異世界苦労録~騎士団長は大変です~

十握剣

第1話「前途多難」

 まったくもって不本意である。

 それを毎日思って仕事をしているのは、中規模都市を本拠に組織された片田舎のとある騎士団団長の男。

 これがまた面倒臭いように古き伝統ある騎士団の名残というか、残り香というか、周辺貴族たちにも『あぁ、そんな騎士団あったな』なんて言われていたりするほどには知名度があったりする。


「あらあら団長さん、ついこの間は水道管直してくれてありがとうね。水の魔石ませきもヒビが割れるのね」

「あ、ダンチョーだ! また鬼役やってよー! 負けたらまた面白いことやれー!」


 街の住民たちでさえ舐められる始末。ますます耐え難い。

 それもこれも全部、ある一人の《異世界人》のせいである。

 この都市の名は《マルスト》、特に何かが特筆したこともなく、平和でただ少しだけ人口が多いだけの中間の都市。特産品も他の街に似たり寄ったりの果物やら野菜ぐらいなようなものばかり。

 そして、大森林と農場が多いこの『ザ・田舎』と呼ばれてしまっているこの都市の守護を任されたのは、昔に名を馳せていたのであろうトューネルク家の次期当主であるターロ・トューネルクは疲れ眼で深い、それは深いため息を吐いた。


 さきほども独りで呟いては愚痴をこぼすターロは《異世界人》のことを思い浮かべていた。

 この世界では、別の世界からいきなり《人》やってくることは残念ながら

 その出現方法は様々で、ある方法ではこの世界じゃない別の世界で死ぬとこちらの世界に転生してくる異世界人を『転生者』。

 死ぬこともなく、神や女神になにかしらの能力ちからを貰ってやってくる者を『転移者』と呼び、この世界を混沌と化しては傍迷惑なことを仕出かす連中のことをいう。

 大抵のものは、傍若無人に暴れたり、常識外れなことばかりしてくるので、この世界の住民のほとんどは迷惑な目で『異世界人』を見ていたりする。

 しかし、その『異世界人』たちがもたらす恩恵は本物ばかりで、この『異世界人』の能力や知識がなければこの世界は発展することはなかっただろう。

 そして、このターロと呼ばれる中都市マルストの騎士団団長も、実は何を隠そう、異世界人の先祖を持つ子孫なのである。

 勇者らしき行動を取っていたターロの祖先が、このマルストの都市がある国『シンシェス王国』で活躍が認められ、マルストの騎士団初代団長を務めあげ、数々の武功や都市の発展まで貢献したことで、《貴族》としての地位まで登ったのだ。

 なるほど素晴らしい。こんな最高な祖先を持って生まれたことを幸福と思わなければ……。

 そんなことを思いながら生きてきたその子孫たちだったが、そんなうまくいくことでもなく、落ちたり上がったり落ちたり上がったりと、上下運動よろしく転機は上手く舞い込んではこなかった。

 今じゃマルストの市民たちの悩みを解決する何でも屋状態になってしまった。

 そんな何世代と時代は流れ、シンシェス王国からトゥーネェルク家にある指令が出された。

 このシンシェス王国に異世界人が『ばれた』ことと、その者の世話をしろという今までにない難題難問の指令だった。

 ターロとしては問題事トラブルがこの世で一番嫌いな物。誰もがそうかもしれないがターロは本当に面倒が嫌いだった。しかし、怠惰を貪ることは許されない。

 ターロはその異世界人の面倒を見ることになるのだが、これがまたやはりというか、だった。







 ここマルストは旅人たちが泊まれる旅館ホテルなど複数あり、ターロの祖先が考え、この世界で揃えた魔法道具を使い掘り当てた温泉などがあり、軽く都市名物の一つとなっている。しかし、さきほど言った通り特筆するほど効能なども無く、景色など見渡せる大きなお風呂といった感じだけのもの。

 そんな旅館が複数ある中で、ターロはある一つの建物にへと向かった。


「あ、団長さま。おはようございます」

「……おはよう。ここにアイツは居るか?」

「はい、朝食もばっちりととられて今はお部屋に……」

「そうか」

「はい……はっ、お、お待ちを! 今はまだ着替えてらっしゃるのかもしれません。朝風呂に入りたいと言っていたので」

「……なんだと?」


 もう日が昇り、人が働きに出る時間である。だというのに今から風呂だと?

 確かにここは旅館。客の好きな時間に何かを提供することがここの仕事だが、アイツらはただの客じゃない。


「お前! いい加減にしろよ!」


 そう切り出して説教といきたいところだが、ターロはしっかりと弁える性格でもある。

 深い溜め息を吐き、この旅館の女将にどれくらいで朝風呂であがるのか聞く。

 もし長くなるというのなら、もう知らぬ存ぜずを通すつもりでいた。むしろそうしたかったのだが、その責任はトューネル家が負うことも知っていたのでとても頭痛まで起き始めていた。

 そんな気苦労をかけるこの都市の守護騎士団の団長にお茶を出したりして僅かでも疲労を和らげようと気遣ってくれる女将に少し感動する。

 お茶をすすり、ほんの少しだけ休んで待っているかとターロが決めた瞬間、旅館に女の悲鳴が聞こえてきたのだ。

 これには女将も驚き、声の方向に振り向くも、ターロはそんなに慌てた様子ではなかった。


「あの~……今、悲鳴が……」

「女将。これは大丈夫ですよ。ただ、また俺の疲労が格段に上がったくらいです」


 ターロは重い腰を上げ、声の発生源にへとゆっくりとした足取りで向かった。


 そして、着いた先に待っていたのは、裸で魔透無スライムと格闘している一人の美少女がそこに居た。

 そう。この彼女こそ問題の《異世界人》。

 問題を起こすあの《異世界人》だった。


「なにやってんの?」


 一応聞かねばならないことを聞く。見れば分かるのだが、


「何って見れば分かるでしょ! バカじゃないの!? なんでお風呂に入ってたらこんなバカみたいな大きさのモンスターが入ってくるのよ!?」

「害はない。そいつは掃除屋のスライムさんだぞ。敬語を使えよ。敬うべき生物だ。なんでも食べてくれる」

「はぁぁぁぁ~~!!?? と、とにかく助けなさい! そして私の裸を見るなぁ!」

「そうやって他人に助けをすぐに求めるのは良くないぞ異世界人。ここは異世界だ。己の力で乗り越えなくては」

「じゃあコイツ殺していいのね!?」

「まったくしょうがない……助けてやる」


 そのスライムもこのマルストの大事な住民の一人でもある。ターロは騒ぐ異世界人の少女から器用にスライムを剥がしていく。

 その間もずっとターロを睨みつける少女だったが、無視を決め込む。

 そして。少女からスライムを剥がして助けると、すぐに少女は温泉から居なくなっていた。


「礼も言えんのか」

「いや、団長も淑女に対して礼を欠いていたんじゃないか?」

「……俺はアレを淑女とは思わない。そして朝の仕事は終わったか、カムイ」


あぁ、と言いながらその場に降り立ったのは、蝙蝠の羽が特徴的なイケメンがそこに降り立っていた。

 絵に描いたような美しい存在がそこに立っている。綺麗な線を描く様になびく白髪に、女の子を惑わす魅惑的な真紅の眼にターロは改めて感嘆の声を漏らす。


「吸血鬼の朝は弱いんだぞ、団長」

「マルストの地下水路は問題なかったか?」

「話題が仕事だけとは悲しい」

「早く仕事を終えたら別の話も出来るだろうよ」


 誰もいなくなった風呂場をやっと清掃が出来ることに喜ぶスライムを見ながら、ぴっちりと黒スーツに身に包んだ吸血鬼のカムイが近寄る。


「団長も彼女の護衛をするのかい?」

「アイツは歩く爆弾だ。何かを仕出かして問題をすぐに解決するには俺が近くに居た方がいいだろ」

「団長は弱いじゃないか。あと問題起こす前提なんだね」

「腕だけで問題を解決するつもりはない」


 ターロはカムイと風呂場を後にして護衛対象である異世界人の少女が泊まる部屋にへと向かう。


「しかし、どうしてこんな待遇が良い扱いなんだい? シンシェス王国でも異世界人に対し良い顔はしていないと思うんだけど」

「ヤツの《スキル》のせいだろうな」

「団長だけ知らされている彼女の能力が?」

「厄介だ」

「えぇ~……そんな渋い顔してるとそういう顔になっちゃうよ」

「ところでさっきの質問返してもらっていないのだが……」

「えぇぇぇ~~……ここで? でも報告するの忘れてたよ。うん、問題なかったよ、団長」

「そうか……異常なしが一番だ」


 そうして二人が彼女の部屋の前まで来ると、ターロは女の子の部屋だというのに威圧的にドアを容赦なく叩いてみせる。


「おい! いつまで部屋にいるつもりだ! 出てこい!」

「団長、だからね。もっと優しく……」

「カムイも来てるぞ!」

「カムイさんが!?」


 カムイの名が上がった瞬間、ドアの前に居たであろうターロを容赦なくドアごとぶち当てカムイにだけ天使のような笑顔で迎える美少女がそこに立っていた。


「そ、その、お……おはようございます、カムイさん! 今日もカッコいいです!」

「おはよう、君も相変わらずの可愛い笑顔だよ」

「きゃあぁ~~! ありがとうございます」

(どこの世界も面食いっていうもんはいるもんだ)


 勢いよくぶつけられたおかげで鼻血が出そうだったが、ヒリヒリと痛く感じるだけだった。


「おい、異世界人。早く飯食べろ。色々と説明をしなきゃいかんことが沢山あるんだからな」

「なによ、居たの? 影薄いから気づかなかったわ」

「……はぁ~……」


 本当に前途多難である。

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異世界苦労録~騎士団長は大変です~ 十握剣 @tamo1992

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