第1話(2)
しばらく涙さんと世間話をしていると梨々が出てくる。
「お待たせー。今日はねえ、アッサムにしたの」
「お、ありがとな」
お盆には金色の装飾が施されたティーポットと揃いのカップに皿、これまた華奢な姿の砂糖入れ。砂糖は茶色と白の角砂糖だ。
それを窓際のテーブルに置くと、またパタパタと厨房に戻り、今度はケーキを持ってきた。
「もしかして……」
「ん、わかる?フォレノワール。今までもあったんだけど、もっと見た目に凝ってみたんだ」
丸いドームのようなケーキ。真っ白なクリームの上に薄く削ったチョコレート。そのてっぺんにはシロップ漬けのさくらんぼ。
フォレノワール。僕が一番好きなケーキだ。
それが目の前に置かれ、ゴクリと生唾を飲み込む。
「はは、そんな反応されると嬉しいな。まあ食べてみてよ」
「はい、フォーク」
金色のフォークを渡される。
それに礼を言って、いただきますと手を合わせた。
「……!」
美味い。
なめらかに溶けるクリーム。スポンジもパサパサせず、ふんわりしている。更にさくらんぼのジャムが入っているらしい。ほんのりと味がした。
シロップ漬けのさくらんぼを刺し、口に運ぶ。
かなり甘いが、それでいて不思議としつこくない。
すごい。
「ごちそうさまでした」
すぐに完食してしまった。まだ夢のようだ。
「美味そうに食べるねえ。どうだった?」
「本当に美味かったです。なんていうか、全部溶けていくような。甘いのに全然口説くなくて」
「大絶賛だね。これは採用かな?」
二人はニコニコと嬉しそうな表情だ。
既に値段の話を始めている。
「あ、でも」
「うん?」
「さくらんぼのジャムはもう少し酸味が強くても美味しいかな、とか。そのほうが引き締まる気が―――」
そこまで言ってハッとする。
ただの居候がこんなこと言ったら不味いよな……?!
梨々がひと切れ口に含む。むぐむぐとゆっくりと咀嚼した。
冷や汗が流れる。
しかしごくり、とケーキを飲み込み開かれた口から出たのは
「あ、ほんとだ。これだと味ぼやけてるかも。なるほどね、ジャムを酸味強めにするのか。的を射てる」
チョコレートとかはそんなに甘くないし、シロップ漬けは甘くないとだし。
という同意だった。
「マジか。砂糖入れすぎたかな」
涙さんは口に手を当て何やら悩み始めたかと思うと、
「悪い、またしばらく篭るぞ」
といってそのまま厨房に行ってしまった。
……怒ってはいない、っぽい?
「樋山くん言ってくれてありがとね。私はどこを直せばいいとか細かいこと分かんないし、兄さんは極度の甘党で。仮にも店任されてる身としてどうなんだって感じだけど」
梨々は苦笑して、ポットから紅茶を注いでくれる。
濃い目の紅色が白いカップに良く映える。
「暑いから気をつけてね。私はミルクティーにするのが好きなんだけど、このままでも美味しいんだよ」
「あ、えっと、ありがとう」
強い香りがすぅっと鼻腔を抜けた。
家で飲んでいたティーバッグの紅茶と全く違う味に驚く。
癖がありつつもそれがけして嫌ではない。
深い旨みが口に広がっていく。
「キミ、本当に美味しそうに食べたり飲んだりするねぇ」
クスクスという笑い声に目を向けると、梨々がテーブルに肘をついて僕を眺めていた。
思ったよりも距離が近くて、つい顔が熱くなる。
梨々は確信犯なのか否か、また笑って、僕に手を差し出してきた。
「これからよろしくね。私のことは梨々でいいから」
「う、ん。じゃあ僕も蛍都でいいよ」
慌ててカップを置き、手を握る。
しばらくそうしていると、なんだか面白くなってきて、どちらからともなく吹き出した。
ケーキと紅茶と君との時間 蒔田舞莉 @mairi03
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