第1話(1)
最寄り駅は地元の駅よりも大きかった。
僕の地元駅は無人だったし、駅構内に入ってしまうと自販機もなかった。さらにいえば、こんなに降車する人間が多かったこともない。
物珍しさにきょろきょろと辺りを見回しつつ階段を上る。……自分ながら田舎者臭いな。
改札を出る。
ここがこれから暮らす街か。
まだ新しそうな家やマンション、自販機にコンビニ。
このあたりは住宅地らしい。スーパーの袋を下げた人や子供が行き交っている。
「あの」
後ろから声をかけられる。控えめな、少女の声だった。
声の方に振り向いた僕は、思わず固まってしまった。
茶色っぽいふわふわの髪に、髪と同色の大きな瞳。
肌は白めだが、決して不健康そうな印象は与えない。背は少し小さい。
有り体にいえば、美少女であった。
「樋山さんですか?」
「え、あ、はい」
少女の言葉で我に返り、しどろもどろになりながらも返事をする。
「よかった、私一ノ瀬梨々。一ノ瀬礼の娘です」
少女、梨々はよろしくね、と微笑んだ。
僕はそれを見ながらそういえばおじさんイケメンだったな、と幼い頃の記憶を手繰り寄せていた。
「本当は兄さんも来る予定だったんだけど、新作作りに没頭しちゃって。まあ帰ったら多分それの試食が待ってると思うよ。父さんと比べたらまだまだかもしれないけど兄さんのも美味しいから、楽しみにしてて。……さて、それじゃあ行こうか」
苦笑しつつ梨々が歩き出し、僕はその後ろを追った。
歩いている最中は受験の話や好物、趣味の話など色々と質問される形で会話をする。
梨々は聞き上手で、着く頃にはすっかり緊張が解れていた。
「さ、ついたよ」
そういって立ち止まった。
そこには、まるで絵本に出てくるような、可愛らしい建物があった。
どうぞ、とチョコレートのようなドアが開けられる。途端にバニラエッセンスや砂糖の甘い香りが備考をくすぐった。
店に入った僕の顔は、効果音がつくとしたらきっとキラキラだっただろう。
色とりどりの可愛らしいケーキがショウケースに並んでいた。
どれもが繊細なデザインで美しい。
「うちのケーキ、どう?見た目だけでもすごいでしょ」
梨々がドヤ顔で僕を見る。
「うん、すごい。なんて言っていいかわかんないけどすごい」
語彙力がすっからかんになるほど、僕は昂ぶっていた。
感動に震えていると、ショウケースの向こう側のドアが開く。おそらく調理スペースだろう。
そこから出てきたのは、背の高い男性であった。どことなく眠そうな目をしている。やはり美形である。女子に人気ありそう。
「あれ、梨々。お帰りー」
眠そうながらも、その視界に梨々を捉えると少し目尻がゆるんだ。
語尾が伸び気味なせいか、のんびりとしているような印象を受ける。
「ただいま、兄さん」
「で、君が樋山くんか」
「あ、はい。樋山蛍都といいます」
一礼するとうんうんとなぜか嬉しそうに頷かれた。
「俺は一ノ瀬
どうやら労働力として喜ばれているらしい。
まあ理由がなんであれ歓迎されないよりは歓迎されたほうがいい。
「あ、そうだ。試作品作ったからよかったら食べてよ。ちょうど三時だし」
思わず梨々を見ると言ったとおりでしょ、というように笑った。
「それじゃあ、紅茶入れてくるね。樋山くん紅茶平気?」
「うん、大丈夫」
「そっか、よかった」
そういって調理スペースに消える。
と、涙さんと取り残される。
どうしよう、なんか喋ったほうがいいのかな。
悩んでいると、涙さんに手招きされる。近くに来いということだろうか。
近くに寄ってみる。
「なんですか?」
「いや、梨々の事なんだけどね」
なんだろう、手を出すなとかだろうか。
「多分、慣れてきたら結構口悪くなると思うけど仲良くしてやってね。根はいい子なんだよ」
「……ええと」
「今はまだ会ったばかりだからね。遠慮してるんだろうけど、いつもは毒舌でね。ズバズバ物言うタイプの子だから。仮にそういう態度とっても、君のこと嫌いになったわけじゃないんだって気に留めておいて」
それだけ。と涙さんは笑ってみせた。
なんだろう、こう、なんていうかこの人―――
「シスコンって、いわれません?」
涙さんはその問に答えずに、
「うちの妹、可愛いだろ?」
とだけ言った。
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