第4話 紅月組
「おいおい、なんだよここ……ボロッ!」
紅月義輝という男に連れてこられた建物は今にも崩れそうなオンボロ事務所であった。
「がはは、俺はここからミナミの……いや、オーサカの王を目指す」
空に向かっていい年をしたおっさんが高笑いをする。
「というか、こんなにホイホイついてくるとは思わなかったぞ」
アルバコアに義輝が疑問を投げかける。
「なんというかあれだよ……やばらかばれ?」
「はは、それを言うならヤブレカブレだろ。まあ、あとはゆっくりと中で話そう」
「そ、そうだな……」
アルバコアは義輝についていく。
(だ、大丈夫か……お主……)
脳内マグロが心配してくるがアルバコアは無視した。
彼女も不安だったが、もはやここまで来たら行くしかないからである。
「ついたぞ」
所々にテープの貼られたすりガラスがついたボロボロのスチール扉を開けると中には――
「おや、帰ってきたか、義輝」
そこには銃を布で磨いている金髪ツインテールの――見た目年齢はアルバコアと同等くらいの少女がいた。
「ああ、帰ったぜママ。新しい部下を連れてな」
「えっ……ええと……」
アルバコアは驚き言葉を失う。
なぜならば目の前にいる少女から放たれる雰囲気がその可愛さに似つかぬ禍々しいものであったからだ。
「私の名前は紅月あかり、お前の名前を教えてもらおう」
あかりと名乗った少女は玄関にいるアルバコアにそそくさと近づいてくる。
「ええと……アルバコア……」
「それは魔法少女としての名か」
それを聞いてアルバコアは驚いてしまう。
なぜなら、まだ自分は魔法少女だと一度も言っていないのに目の前の紅月あかりという少女はそれを見破ったからである。
「な……なぜ……俺が魔法少女だと」
「まて、魔法少女は相手が魔法少女かどうか判別する力があるはずだ」
アルバコアの言葉を聞いてあかりは訝しげな表情を浮かべる。
「いや……わからないかった……」
「む……それは不可解だな。そうだ、お前は魔法少女になる時に何と対面した」
「マグロです」
「つまりそちらのビーストは……マグロか」
「ビースト?」
「はぁ……その……マグロから聞いていないのか。とりあえず、私からマグロに尋ねてみるか」
そうあかりが言った直後、彼女の声が――いや、念がアルバコアの脳内に直接響いた。
(マグロよ……そのアルバコアという魔法少女のビースト。なぜ、彼女に真実を語らなかった)
「う、うわぁあ!」
アルバコアは思わず転げて腰を抜かす。
(おっと、申し訳ない。だが、大切なことだ……マグロよ出てこい)
するとアルバコアの脳内にマグロの声が現れた。
(うぅ……すまない……結論から言うと私も知らなかった。何故か記憶がないのだ)
(何……それは不可解だな。まあ、魔法少女のことなど私もまだよく知らぬことばかりだ)
あかりはやれやれと言った感じでマグロとの念話を終えた。
「さて、とりあえずそっちが魔法少女について何も知らないという事はわかった。よって、まずは魔法少女になる前となった経緯を聞こう」
「あ……あぁ……わかった。俺は――」
アルバコアは自分が30歳の底辺おっさんで、過労死しかけていたところ例のマグロによって魔法少女にされたということ。
最初は復讐と今後の生活のため、そして大きな力を得て何でもできると思いあがって工場の金を無理やり奪ったが、黒い魔法少女にすべて奪われたことまでを話した。
「あはは、それは面白いな――おっさんが魔法少女になった事以外は」
急にあかりの声のトーンが下がり、アルバコアに緊張が走る。
「はっ……まあおっさんだったけど……いや、そこまで怖い感じにいわなくても」
「いや、異常事態だ。男が少女になって魔法少女化するなど前代未聞だからな。長く魔法少女をやってきた私も初めての事態だが……」
「は……はぁ?」
戸惑うアルバコアにあかりは近づき肩をポンッ、と叩く。
「まあ落ち着ついて。とりあえず一つ言えることがある。お前が必要だ。魔法少女の力があればオーサカで天下を取ることも出来る」
「そうなのか……」
アルバコアは黒い魔法少女にまけて金を奪われた事を思い出しつつ顔をしかめる。
「あぁ……お前もオーサカ最強に……たぶんなれる」
「たぶんかよ!」
「まあ、この魔法少女で元傭兵の私が言うのだから間違いはない」
あかりはえっへんと胸を張る。
「小さいな。不安になってくる小ささだ」
アルバコアはあかりの胸をじっと見る。
「おっさん臭いぞ……いや元おっさんか。まあいい、あれだ、お前からは力を求める飢えた獣のニオイがする」
「俺がぁ? 底辺労働者だったんだぜ、ベンチャー社長とかじゃねえだぜ」
「正しくは魔法少女になったから心の底に留めていた欲望が覚醒めたか。ともかく本性に獣を飼っていなければ、魔法少女になっていきなり金を強盗しようとはしないだろう」
「ははっ……まあその結果があれだが……」
アルバコアは乾いた笑いで返す。
「まあたしかに力を手に入れた途端に調子に乗る小物とも言えるが……だが貫き通せば大物だ」
あかりがその小さな手をアルバコアに差し伸べる。
「さて、もう一度問おう――私達共にオーサカ一の大物を目指すか。この構成員がお前と私、組長一人、計三人のド底辺から」
「いやならやめてもいいぜ」
紅月義輝組長が優しく笑う。
アルバコアは――しばし迷う。
(本当に……やるのか、お主? たぶん……あれだ、色々大変だぞ)
脳内マグロが語りかけてくる中、彼女は思い出す――虚しく搾取されるだけの日々を。
たとえ死ぬとしても――いや、もう既に過労死した身だ。
ならば何を恐れる事はあろうか――
「あぁ……最強になってやるよ、二度と奪われないくらいの強者にな」
(そうか、ならば私はお主の道を祝福しよう。さあ、行くが良い。困ったときは助けてやろう……まあ出来る範囲でな)
命を、人生を、幸福を奪ってきた奴らに復讐を――手始めに、まずはあの黒い魔法少女だ。
正義が何だ、俺が正義だ――
そう強く思いながら――
「よろしく」
アルバコアは紅月あかりの手を取った。
「ところですっかり聞き忘れていたが本名は何だ?」
あかりがアルバコアに尋ねる。
「それが……忘れた!」
「そうか、なら新しい名前を与えよう。お前は今日から『海野朝里』だ。アサリらしくオーサカという泥の中をもがいて行け」
あかりは得意気に笑い、新たな名を魔法少女アルバコア――朝里に与えた。
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