一方その頃

少し私の話をしようかなと思う。

私の名前はマナ。帝都下層区で交渉屋を営むアーちんことアークライ・ケイネスの可愛いだ。

フルネームはあんまり好きじゃないので短くマナで大丈夫。

あ、可愛いっていうのが重要。ここ大事。個人的なチャームポイントは獣耳かな?

まあ、帝国と敵対状態にある獣人族は帝都に入ることを禁じられているので普段は帽子を被ったりして隠している。

趣味は恋愛小説、思わず口の中がむず痒くなるような甘い奴からちょっと涙が頬を伝うようなほろ苦いものまで全部好き。

物語を紡ぐという人間の文化は素晴らしいと思う。

獣人はどちらかというと記憶力が人間より優れているせいか口伝よりになってしまって記録媒体に物語を記すという事はしない。

文字をかくという細かい動作が苦手なのもあるんだけどね。

今日も今日もとて、私は部屋でお気に入りの小説を読んでいる。

お姫様と王子様が恋をして試練を超えて結ばれる普遍的な甘い甘い恋の物語。

物語というのは体験旅行に似ていると思う。

見たこともない世界に迷い込んで、決して出来ないような夢のような経験を積む。

物語には夢がある。

その臭いを感じるたびに私のページをめくる手は早まっていった。

ちょっと待って欲しい。

もしかして、私のことを暇人だと誰かは思っただろうか?

なるほど、なるほど……。

だって、だって仕方ないじゃん!!アーちん達は上層区に行っちゃったんだしさ、それもあの不幸散布女と一緒に!!

帝都上層区は富民層と貴族層が住まう区画。

獣人への監視の目も下層とは比べものにならない厳しくなる。

だから、アーちんは私を上層区へと連れて行かない。もし見つかれば不法侵入罪で私は捕まり、アーちんも共犯で捕まってしまう。

そのような危険を冒してまで私を連れて行けないっていうのはおーけー、わかるよ、わかる。こう見えてもマナは物わかりがいい獣娘なんだから。

けれど、あのミア・クイックとかいう不幸散布系女と一緒に行ったのは、ちょっと――いや、とーーーっても不満だ。

そのことを考えると頭から湯気が出るような気分になる。

不幸散布女、ミア・クイック。憎らしいぐらい大きな乳とちょっと羨ましいぐらい可愛いダウナー系女。

ああ、くそ、マナの次くらいに可愛いって所は認めてやるよ。けれどその性根は不幸散布女なのは間違いない。

だって、一度誰かが辛い目に会えばあれは自分のせいだと思って自罰的に責任を感じるタイプだ。

それを彼女と出会った時からずっと私は見てきた。その癖、1度やると決めたら今度は迷わずいけるところまで盲目的に直進する。

めんどくさいネガティブ系アクティブ女、略して不幸散布女だ。

無論、彼女に同情の余地があるっていうのはわかる。確かにアーちんが彼女と出会った時のあの女の目は信じられないぐらい瞳の力を失っていて絶望にうちひしがれていた。

その姿を見るだけで彼女がそういう思考になってしまったほどの事があったのだろうというのはわかる。

けれどさ、アーちんとキッスするのはないと思うの!

あれは、あれは、私の夢にまでみたアーちんの唇なのに……。

寝起きに布団に入り込んでいつも奪おうとしては阻止されて失敗している唇なのに……。

そのことを思い出すと私は頬が熱くなるのを感じた。

思わず私は頭を振る。


「……アーちんにそういう気はなかった。アーちんにそういう気はなかった。」


私は自分に言い聞かせるように言う。

事実、アークライがあのブラックオークションの中でミアに接吻をしたのは行動させる為だ。

接吻というイレギュラーで全てを投げすててしまっていた少女に強引に繋がりを作り、彼女をその繋がりで絶望の底から引っ張り上げようとした。

それは好意なのかもしれないけれど、愛まではいかないと思う。

いかないの!いかないはずなの!!

それに仕事で付き合った程度の人間だったはずなのにあのミアはなんでもアーちんが逆らえない師匠とやらの伝手で我が家で同棲することになった。

密かにアーちんと愛の城だと思ってた場所に異物が入った時のこのなんとも言えない感情を誰かわからない?

家にいるアーちんはいつも通りだけれど、問題は不幸散布女の方。

女の勘がある。あれは魔性だ。絶対にこの先いいことなんて起らない。既になんか怪しいおっぱいが他にもいるのだ。これ以上悪い虫は排除しなければならい。

さて、出来るかどうか?考える辺り難しいのが難点。

何せ私達とあの不幸散布女が同居しているのは仕事の一環だっていう。

ならば、この私がラブラブイベントが発生する前にブロックする防波堤になる。

ミアが来てからなるべくアーちんと一緒にいるつもりだったのに……あーもう何時になったら帰ってくるんだろう!

既に時間は夕刻を過ぎている。

仕事を請け負いに上層区に行ったにしても帰りが遅すぎるのではないだろうか?

まさか、まさかとは思うが何かの気の間違いでキャー(言葉に出来ない)なこととかキャー(言葉に出来ない)ことが起っていたりするのだろうか?


「ステイステイ、いや、まだ流石に早い筈。」


自分に言い聞かせる。

確かに兆候はある。前の仕事の件であの不幸散布女のアーちんを見る視線が普通のそれとは違うのも認識している。

けれど、あのネガティブ系女が自分からアタックするというのは考えづらい……ない筈。アーちんもキッスをしたとはいえ彼女とかそういう目ではを見てない……はず。

あーもう考えるのやめやめ!

はやく帰ってこーーい!



アークライとミアが帰宅したのは日付が変わった夜更けも深くだったという。

それからミアが手に持った新しい杖を見てマナが焼き餅を焼いたのはまた別の話。

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