胸三寸に納める

「娘がご迷惑をおかけしましたことまずはお詫びを申し上げます」

 御礼と言うには気持ちばかりにございますが……と、母は平たく小さな包みを差し出した。

 茶の間にて。

 幸之助が戻ったならと早々に席を立たれた村長さんらを見送った後。

 卓袱台を避け、私の隣で対面に座した菫が慌てた様子を見せる。

「そんな、気を遣っていただく程のことは――」

「私どもはこれから土地を探す旅に出ます。こうしてじかに御礼を述べられますのも今回限りのお話となりましょう」

 有無を言わせない響きでもってきっぱりと言い切った。

 母の言葉に空気が凍る。

「ですので後悔が無きよう、お互いの為にもどうかお受け取り下さい」

「ま、待って母さん……! 旅に出るってどういう」

 腰を浮かせた私に母は眉をひそめた。

「どうも何も元の村には戻れないことくらい分かるでしょう」

「それは……」

「でしたらここに住まわれればよろしいかと」

「いいえ。義理もなくばそのように甘える訳には参りません」

 菫の提案に母は首を横に振る。

 こうなっては意見を譲ってなどくれないだろう。

 熱に浮かされていた思考が急激に冷えたような。夢の微睡まどろみからうつし世へと引き戻されたような。ほんの僅かに絶望を匂わせる、飲み下しがたい感情を覚える。

「行く先に宛てがあるのですか?」

「いいえ、残念ながら」

「ではなおのこと、無理に他所を探す必要もないでしょう」

 ろくな男手もなく生活を安定させることは難しい。

 けれど、ここ、新宮村に留まればひとまず明日の心配をする必要はない。

 具体例と共に利点を並べる菫に母はやはり首を横に振るばかりだった。

「お気持ちだけ受け取らせていただきます」

「……そうも拒まれる理由をお聞きしてもよろしいでしょうか。いえ、身内贔屓もございましょうが、申し上げました通りけして悪い村ではありません」

 母の隣で今まで大人しくしていた利久が「どうだか」と呟いた。音とはせず、口の動きだけで。

 ……夜中に目を覚ましてしまう程の強い陰の気。

 穂付姫神様の性情。

 利点ばかりではない村の実情を思い起こし、私は膝の上で重ねた手に力を込める。

 それでも……。それでも、と。

「ご無礼を承知の上で申し上げますならば……ここがどんなに良い村で、あなた様がいかに良き御仁であらせられましても娘を攫った者が選んだ土地……どうして明日を信ずることができましょう」

「……なるほど。確かにそれは最もなご意見です」

 頷いた菫にハッとして振り返った。

 彼は前を見据えてこちらにはチラリとも視線を寄越さない。

 ねぇ、待って。それが答え・・

「しかし、やはり女子供だけでは危険も多い。手頃な土地が見付かるまではここを宿とし、隣村などで情報を集められてはいかがでしょうか? 闇雲に歩いて回るよりは良い縁にも恵まれましょう」

 幼い弟たちの身を案じられては渋るに渋り切れなかった母がようやく菫の提案を受け入れる。

 土地が見付かるまでの、期限付き……。

 もしその日が来た時。

 私が引き止められることはないだろう。

 そうと悟るには十分な声色だった。

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狸に嫁入り 探求快露店。 @yrhy

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