ALIVE
あまりの出来事に子分一同も言葉を失っていた。
ならば僕が言葉を失うことなど当たり前である。この状況を取り繕う言葉など存在するのだろうか。アニキ、ワンちゃんになった気分でお召し上がり下さい、とでも?
「やってくれたのぉ」
アニキが唸るような低い声で言った。
あの日、小さい僕は母親に手を引かれてスーパーに向かった。お菓子売り場が僕の夢の国だった。他愛のない幼い日々。
小学校に入学した日、祖母に買ってもらったランドセルは背中に重たかった。何だかすごくお兄さんに成長した気がして嬉しかった。
中学校時代に初めて経験した恋は泡沫の夢のように儚く消えた。彼女は遠い場所へ転校していった。
高校では甲子園を目指した。たったの一度もベンチに座れなかったが、3年間を捧げたし、全力でやりきった。
大学は学びたいことを沢山学んだ。同じくらい馬鹿もやった。どれもいい思い出だ。
社会人1年目。うかれて羽目を外した結果がこのざまだ。
お父さんお母さん、今まで育ててくれてありがとう。
お好み焼きがうまく焼けなかった僕の先立つ不孝をお許しください。
僕の頬に一筋の涙が流れた。
その時である。店のドアが乱暴に開かれ、1人の男が店へ押し入ったのだ。
「清日会幹部、
敵対組織の鉄砲玉だった。片手に構えた銃がアニキを狙っていた。
子分たちが一斉に手を懐にやるが、間に合うはずもない。アニキは命を奪われたかに思われた。
しかし、次の瞬間には、鉄砲玉は勝手に宙を仰ぎ、床の上に大の字になって転がっていたのである。
何が起こったのかは、鉄砲玉の足元にあったお好み焼きが物語っていた。
つまり、お好み焼きに足を滑らせ、後頭部をしたたかに打ち付けたのだった。
「なんじゃあ? こいつは」
子分たちが口々にそう言うのは当然だ。急に声を上げて入って来たと思ったら、1人で勝手に後頭部を強打して目を回しているのである。
図らずも僕のお好み焼きがアニキの命を救ったのだ。
正気を取り戻し、何が起こったのかを把握する頃には、鉄砲玉は見下ろす子分たちに囲まれていた。
「アニキ! こいつどないしましょ!」
アニキがゆっくりと立ち上がる。
「しゃーないのお。ひとまず、いっしょに事務所行こか」
愕然とした表情の鉄砲玉を、子分たちが両手を掴んで引っ張り起こし、そのまま乱暴に店の外へと引き摺って行く。
「兄ちゃん、お好み焼きどころやなくなったわ。今日のことはこれで終わりじゃ。命拾いしたのぉ」
僕は一連の出来事を両手にヘラを握ったまま、ただ、茫然と見守ることしかできなかった。このときはまだ命拾いした実感などまるでなかった。
アニキは拳銃を懐へ捻じ込み、片手を挙げて店員を呼んだ。
「この兄ちゃんに代わりの豚玉持って来てやってくれ。全トッピングじゃ」
アニキは拳銃の代わりに引っ張り出した万札をテーブルに置いて、僕の肩をポンポンと叩く。
先程までのことは終わったことだと僕を安心させるつもりだったのだろうか。しかし、僕の石化は微塵も解けない。
「それと、もう一つ教えておこか」
アニキは僕の耳元に顔を寄せて囁いた。何を言われるのだろうと僕の背筋が凍り付いた。
「お好み焼きをふわふわにしたかったらな、山芋を入れんねん」
アニキは最後にそう言い残して、店を出て行った。
僕の目の前には新しい豚玉があった。全トッピング。
すなわち、チーズ、キムチ、じゃがいも、もち、牛すじ、イカ、エビ、こんにゃく、ちくわ、コーン、ベーコン、ねぎまみれ、卵追加である。
勿論、焼いたが、具材が多すぎてうまくひっくり返らなかった。ちょっと崩れたお好み焼き。オシャレでしょう?
生きててよかった。
お好み焼き DEAD or ALIVE 三宅 蘭二朗 @michelangelo
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