世壊視

@tbr5656

世壊視 (せかいし)

実際の人物・団体・著作物とは一切関係ございません。

              








 現代の日本では若者の自殺が後を絶えない

理由は光の無い未来に絶望したりいじめに耐え兼ねたり、家庭環境だったりと様々だ

俺、真白正道(ましろまさみち)の高校時代の同級生なんかは、クラスの4分の1ほどが死んでいる、何度葬式に行ったかわからない。

 自殺なんて間違ってると思う、この世に生を受けて生まれた以上、その命は大事にするべきなのに…、そう呟いたのは誰の葬式だったか。










「真白、ゲーセン行こうぜ!」

「悪い、今日は母さんに早く帰れって言われてんだ」

あの胸糞悪い高校生活から二年、俺は大学生になっていた

今では友達も彼女もできて、帰る家がある、何不自由ない生活がある

穏やかな日々は心地よく、悪くない

「なんだよ付き合い悪いな、明日は付き合えよな!」

そう言って友人の山野は他のメンバーと楽しそうに帰って行った、俺はというと勉強道具を鞄にしまい、一人寂しく帰るところだ。

 「山野も好きだよな、ゲーセン…そればっかじゃん」

思わず小言を吐いてしまうが、一人で帰っているため、それを聞いているのは自分しかいなかった



帰り道、ただ、なんとなく裏道を通りたくなった、ただ、なんとなくだったのだ

通ってきた繁華街とは打って変わって暗く静かで重苦しい路地裏、錆びた鉄のパイプが、いかに長い間整備されていないかが窺える、ただその雰囲気は嫌いではなかった。

 細い道を通っていくと、出口の方に人影が見えた、夕焼けの逆光で顔は見えないが、低めの身長の中学か高校ぐらいの少年のようだ、好奇心からか、また普段しない事をしている高揚感からか、顔を見たくなった、同じこの汚い裏路地を通ろうと思った少年がどんな人物なのか、少し気になったのだ…近づいて少しづつ顔が見えてくる、そして驚いた、というより、それは恐怖に近かった、なぜならその少年は、あの時、高校時代の時、一緒に過ごした親友の顔をしていたから…



「静島…?静島幸也じゃないよな?君、だって静島は死んで…」

思わず声をかけてしまった、なぜなら他人の空似というにはあまりに生き写しのようで、制服に羽織った黒いパーカーも、紫の石がついたループタイも、柔らかそうな髪の毛も、あの時の一瞬を切り取ったように、そのままだったからだ

「…真白くん?かな、でも違うよね、まさかこんな僕しか通らないような薄汚い裏路地なんて、真白くんが通るわけない…だとしたら君は何?真白くんの偽物?僕を騙してどうするつもり」

更に驚いた、声もあの時と一緒、男にしては少し高めの掠れた声で早口でまくしたてるその姿は、俺の知ってる静島幸也(しじまゆきなり)そのままだった、そして返してきた言葉の内容を考え、目の前の少年が、静島幸也であることを確信した

「俺は真白正道…わかるよな、俺だよ!ていうかお前なんで生き返って…お前の葬式にも出たのに…実は生きてたってことか?」

「…僕は」

「僕は?」

「僕は確かにあの時死んだはずなんだ、首をこう、くくって足場を蹴って…確かに死んだはずなのに、なんでだろうね」

「…お前にわかんないものが俺にわかるかよ…まさか幽霊…じゃないよな、触れるし…影もあるし…」

 体温は低いものの、確かにその手には生きている温度があった、高校時代の気分になって思わずはしゃいでしまう

「とりあえず…お前は生きているんだよな?本当に…」

「僕は生きてるよ、真白くん」

「そうか…!そうなのか…生きて…とにかく嬉しいよ静島、理由はともかくまたお前とこうして話せて…でもな!お前なんで自殺なんてしたんだよ!お前が死んだあと俺がどんな気持ちだったか…わかんないだろ…」

 喜びから反転、あの時のやるせなさが急に心を襲ってきた、当たり散らすように静島に掴みかかる、静島は何も答えず、俺の瞳の奥の更にその奥をじっとり眺めているように、目線を合わせてくる

「…なんか言えよ」

「僕はさ、死ぬことが目的だったわけじゃなくて、解放されたくて死を選択肢に入れてしまっただけなんだ、から」

「だから?」

「君が言ってるのは僕に俺が納得するまで苦しみ続けろってことだけど…合ってるかな」

「…違う!俺が言いたいのは…」

そこまで言って俺は口を閉じてしまった、静島の言うことも一理あるからだ、でも…

「でも…それでも俺は…俺は自殺をいいことだと思わない」

「…君がそういうならそうなのかもね、僕の考えとは違うけど」

 皮肉っぽく、しかし悲しげな表情の静島だったが、すぐいつもの卑屈そうな顔にもどり、俺の横をすり抜けた

「どこいくんだよ」

「…別に、どこでもいいでしょ」

「よくない、せっかく会えたんだからもう少しなんかあるだろ、連絡先とか教えてくれよ…」

「嫌だけど…真白くんに教えたらまた説教メールがきそうだ、僕は君が嫌いじゃないけど、説教はごめんだよ…」

 そう言って静島は去っていった、俺はその場に立ち尽くしたまま、ただ消化不良な気持ちを抑えきれず、腕に爪を立てた




 次の日の朝はいつもとなんの変わりなくやってきた、ひとつ違うのは、奇妙な出来事に出くわした時の気持ち悪さを、まだ引きずっているということだ

「それにしてもなんで生き返ったんだあいつ…」

更に考えると余計わからなかった、最後に見た時のあいつは血の気のなく呼吸もせず眠るように死んでいたはずなのに…

「やっぱり幽霊…いやでもまさか…触れたし…あーもうわかんねえな…」

「よっ正道、難しい顔して何考えてんだ?」

「山野…なんでもない、昨日はゲーセン楽しかったか?」

「おうよ!よっちゃんがネットアイドルアイのフィギュアをなんと二百円でゲットしてだな…」

 山野の話は止まらずよほど楽しいゲーセンめぐりだったようだ、だが俺はその話は耳に入らず、頭の中は昨日のことでいっぱいだった、そんな俺を見て山野は少し怪訝な顔をしたが、講義がそろそろ始まるため山野は去っていった…




「ふう…今日も一日長かったな…」

そう言って帰ろうとしたとき、遠くから人影が見えた

「正道!最近全然私と帰ってくれないじゃない!もう…今日こそは一緒に帰るわよ」

「うげっ真優子」

 こいつは飯田真優子、俺の彼女…可愛いとは思うけどとにかく口うるさい、でも良いやつで小学校からずっと同じ学校で、とやかく世話を焼いてくる

「うげってなによ、彼女様がわざわざ迎えに来てあげたんだからもっと嬉しそうな顔したら?」

「お前と一緒に帰ると山野に冷やかされるから嫌なんだよ…」

 偽りのない本心だ、俺はあまり冷やかされるのが得意ではないため、ここ最近真優子を避けていたところがある、それが寂しくさせてたのか真優子は少し怒ってるようだった

「一緒に帰ってくれないとあんたの小学4年生の時の恥ずかしい話、山野くんにバラすからね」

「山野に言ったらこの大学に居場所なくなること確定だろ…!はいはい…わかったよ」

 そこまで言って思い出した、真優子は静島とも同じクラスだったことがあるから、あいつが生き返ったなんて知ったらどう思うんだろうか、まあその前に嘘だと思われるだろうが…

「なあ真優子、静島幸也って覚えてるか?ほら、高校生の時同じ学校だった…」

「静島くん?あの首つって自殺した子?あっそうか、アンタ仲良かったもんね…静島くんと…

なに、感傷にでも浸ってるわけ?」

「いや、その静島と昨日会ったんだけど…どう思う?」

「…アンタ頭おかしいんじゃないのって思うけど…何?悪趣味な冗談言うようになったのね」

「いや、ほんとなんだって、あのコンビニの横の薄暗い裏路地で…」

 そこまで言って自信がなくなってきた、人が生き返るなんてありえない、それが普通だからだ、何かのドッキリだったのかもしれない、悪趣味な静島に寸分狂わず似た奴があえて俺に接触して…でもなんのために…考えてもわからなかった

「…いやなんでもない」

「…そう、怖い話は止めてよね、私がそういうの苦手だって知ってるでしょ」

「悪かったよ、ごめんな真優子」

「…別にいいわよ」

 そのあとは何事もなくいつもの道を通り真優子の女友達の愚痴を聞きながら家に帰った

夕食を食べ、お風呂に入り、山野からのひやかしメールに返信して、布団の中に潜った

あれは夢だった、そういうことにしよう、納得できない部分もあるが納得するしかないのだ

気にしたら負けだ、そう思うのに、なんでここまであの去り際の寂しそうな声が忘れられないのだろう…


「これもダメか…」

 一人の少年が25階建てのビルから飛び降りた、それを目撃した一般人の誰もが彼の命を案じたが、強く地面に叩きつけられた彼は何事も無かったかのようにむくっと立ち上がってその場を離れた、その光景を目撃した人々は信じられないものを目撃してしまった衝撃で言葉を失って、しばらく動けないようだった

「絞殺、練炭、感電、水死、リストカット、全部駄目だった、僕はどうすれば死ねるんだろうね…」

 しかし少年は意にも介さず淡々と興味なさげに呟きながら携帯で次の自殺の方法を探し始めた、正道が真優子と一緒に帰っていた夕方のことである







 次の日大学に行くと山野とその他大勢が騒いでた

「どうしたんだ、山野」

「おお!真白!見ろよこれ!すげえんだよ、なんかの撮影かな」

 見せられた動画を見て驚いた、最近立ったばかりの近所の高いビルから飛び降り、何事も無かったかのうように立ち上がったのは一昨日遭遇した静島幸也だったからだ

「これ…どうしたんだよ」

「これ?ネットで話題になってるぜ、俺はCGじゃないかと思ってるけどな!」

 悪い夢でも見てるようだった、自殺して生き返った親友が俺の前に現れて、ビルから飛び降りまた自殺をしようとしてそれで…死んでない?ありえないだろ




あれから数か月、俺はすっかり出来事を忘れ…いや考えないようにした、あれから静島の姿を見ることはなく、変わりない日常を送り、もう夏休みを迎えていた

「真優子!待たせて悪い!」

 そんな俺は真優子と海に遊びに行くところだった、

「遅い!15分も遅刻よ…もう」

「ごめんって、目覚まし鳴らなかったんだよ…」

「別にいいわよ、アンタらしいわ」

「悪かったって…」

 なんとかバスに間に合い奥側の席に二人で座る

「久しぶりのデートだっていうのに、誰かさんは遅刻するし、髪型は上手く決まらなかったし、暑いし、最悪」

「返す言葉もない…ほんとごめん」

そのあとも小言を言われながらも大学の話や、昨日やってたテレビの話などでもりあがっていたら、海についたようだ

「おっついたみたいだぞ、真優子」

「あ~やっとついた!ここの海綺麗だから毎年楽しみにしてるものね」

「そうだな」

「何よその気のない返事は…」

「なんだよ、俺だって普通に楽しみにしてたよ」

 怒られたことに納得いかず思わずぶつくさ言ってしまう、だが真優子は目の前の海に夢中であんまり気にしていないようだった

「ねっ!綺麗ね!正道!真っ青よ!日に当たってキラキラしてて…」

 嬉しそうにはしゃぐ真優子に俺は気分を良くした、確かにこの海は綺麗だ、照りつける太陽と青い海、飛ぶカモメは絵画から切り取ったように綺麗で…子供の頃は親同伴で海水浴場で砂遊びしたものだが、真優子は覚えているだろうか 

「あんた、水着忘れてないでしょうね、ただ見るだけじゃないってわかってるでしょ?去年忘れたときあんなに厳しく言ったんだから…」

「わかってるって!持ってきたよ…」

「ならいいけど、私着替えてくるからアンタも着替えなさいよ」

「はいはい」

海水浴場特有の寂れた男子トイレで海パンに着替える、紺色のまあ地味な海パンは冴えない俺にまあまあ似合っていた

「真優子遅いな」

女子は着替えるのに時間かかるというが、真優子も例外ではないんだな、そんなことを考えると、女子トイレから人影が出てきた

「正道、…どう?変じゃない?」

 そう言って控えめに声をかけてきた真優子は白のフリルのついた清楚な水着で、正直滅茶苦茶可愛かった、俺が白色が好きなこと覚えてくれたのか、とか、スカートのところひらひらしてて可愛いとか、色々思うところはあったが、俺は可愛いよ、と言うだけで精いっぱいだった

「…そう」

 真優子は素っ気なく言ったが、後ろを向いたとき、耳が真っ赤に染まってるのを見て、こいつが彼女でよかったなあ、なんて柄にもなく思ったりした




海の中で長いこと遊んでいると、そろそろお腹がすいてきたので、砂浜のほうへ戻ることにした、真優子も波打ち際で歩いてるのを発見し、そっちの方に泳いで行こうとしたが…しかし急に大きい波が襲い、俺を飲み込んだ…







「ここは…」

目が覚めると見知らぬ天井があった、壁一面に海の絵が飾ってあり、全体的に青いイメージの部屋だった、なんとなく全身がけだるく、指一本動かしたくない気分だったが、なんとか体を起こす

「俺…たしか海で溺れて…」

「目が覚めた?」

「!」

ドアの方から声がして、ぱっと目を向けると、そこには黒髪で青い瞳の、大体高校生ぐらいの爽やかそうな少年がいた

「君は…俺…どうしてここに…真優子は…」

「俺は清原涼、君は海で溺れて…俺が助けたんだよ、ここは俺の家、彼女さんは居間でお茶飲んでるよ」

「そうか…悪い、ありがとう、助かったよ」

「いいよ、溺れる人助けるのは慣れてるんだ、丁度絵のモチーフ探してる時にね、君の彼女さんが君の名前を叫んでたものだから、何事かと思って聞いたら君、かなり深いところにいたんだって?普通の人は危ないからそんな奥まで行っちゃ駄目だよ」

 言葉こそお叱りの内容だがあくまで諭すような優しい口調で清原涼は言った、それを聞いて思わずうっと息を漏らした

「そうか…本当にありがとう、死ぬところだったんだな俺…」

「そうだよ、あんなに可愛い彼女さん、悲しませちゃだめだよ、えっと…真白君だっけ、ごめん、学校あんまり行ってないから同級生の名前忘れちゃった…」

「?どこかで会ったことあったか?」

「ほら、高校二年生の時だったかな、三年生だっけ、同じクラスだった…不登校の清原涼、なんていってもわかんないか、三回ぐらいしか話したことないもんね」

 それを聞いて記憶のひきだしを必死に開けた、清原…きよはら…キヨハラスズカ…

「!もしかして玄関の前のデカい海の絵の…!」

 玄関にあった、大きいキャンバスに描かれた、雄大で美しい海の絵、冴えわたるような青の使い方が印象的で、真優子とそんな話をしていたことを覚えている、確か下にあった作者の名前も、清原涼だったはずだ

「あっあの絵かあ、だいぶ前の絵だよね、たしか…ここから見える景色を描いた…」

そう言って清原涼はカーテンを開けた、するとあの時見た絵と同じ風景がそこにはあった

「これだ…!」

「あっほんと?記憶違いじゃなくてよかった!うん」

「同級生?俺すっかり高校生ぐらいだと…」

「いいんだよ、間違ってないようなものだし…僕高校卒業できなかったしね」

「そうなのか…」

 そこまで言って思い出した、俺の記憶違いでなければ、たしか…たしかあの絵の製作者は…


「清原涼…くんでいいか?君、たしか海に飛び込んで死んだんじゃないのか?」

 意を決して聞いてみた、聞いたことがある、玄関の前の絵を描いた子が海に飛び込んで死んだって、クラスの女子が世間話のように軽い口調で話してたのを

「涼でいいよ、僕が死んだって…知ってるんだ」

「なんでここにいるんだ、君、死人が蘇るなんてそんな…」

涼は難しそうな顔をして、少し考え込んだものの、まあいいか、とつぶやき、告げてきた

「僕、生き返ったんだ、怪しい人に薬を飲まされて」

「…はあ?」

「生き返ったんだよ、触れるし呼吸もするし、幽霊じゃない、ただ、死ねない体になっちゃったけど」

「生き返ったって…そんな簡単に、そんな薬あるわけ…死ねないって…どういうことだ?」

 混乱している、こいつはそんなに涼しい顔をして何を言ってるんだ?

「でも、僕は生きてる、死んだはずの僕が、生きてるんだよ真白くん」

「うっ…嘘だろ…」

「嘘じゃないよ、死ねないっていうのは文字通り死ねないってこと、あんな深い海、普通の人は行けないって、まあそういうことなんだよ、僕は不老不死なんだ」

予想外の出来事にぐるぐる回る頭の中で、数か月前再会した死んだはずの親友のことを思い出した、あいつも薬で生き返ったんだとしたら…不老不死なんだとしたら、見た目が一切変わってないことも納得できた、いや、なっとくするしかなかった、滅茶苦茶な話だが、筋が通っていたからだ

「お前の言うこと信じるよ、そりゃ突飛な話だけど…目の前にいるお前を見てる以上、信じるしかなくなってきた…」

「そっか、これ他人に話すの初めてなんだけど、伝わって良かった、元同級生っていうのが話しやすかったんだろうね」

「ああ…話してくれてありがとう、ところでお前のほかにも生き返った人間っているのか?その…薬を飲んで…」

「うーん、僕はそこまで知らないけど、いるんじゃないかな、僕だけを生き返らせるメリットが無いし、そんなに凄い薬なら尚更だよ、ただ世間には公開してないようだけど…なんでだろうね」

「…そうか、そうだとしたら静島が話したがらないのも、ビルから落ちても無傷だったのも…そういうことだったのか、あいつもきっと薬で…」

 確信をついたような気がした、静島幸也は生き返る薬を飲んで生きかえぅたのだ

「よくわからないけど、僕の前にも似たような人に会ったことがあるのかな?その口ぶりだと…」

「ああ…数か月前のことなんだが…」

 そこからはもう止まらなかった、静島幸也のこと、自分の抱えてた不安や驚き、高校時代の暗い出来事、まともに話すのはこれが初めてだというのに目の前の少年に全て洗いざらい吐いてしまった、涼はそんな俺の話をただ黙って頷いて聞いてくれた、それに安心してか、なんてことのない世間話や、壁に飾ってる絵のことまで色々な話をした、どんな話も嫌な顔せず聞いてくれる涼に、いつの間にか友情が芽生える感覚があった




「遅くなったね、そろそろ帰った方がいいよ、バス、終わっちゃうよ?」

そう言って窓を見る涼、外はすっかり夕暮れで、子供のように夢中で話してしまったのを少し恥じた

「悪いな、色々話し込んじゃって…ありがとう」

「いいよ、そういうときもあるよね、それより彼女さんだいぶ待たせてるけど大丈夫かい?」

「あっ」

 真優子の存在をすっかり忘れてた、怒ってるだろうなって思って憂鬱になる、すると涼はふっと笑って

「僕も一緒に謝るよ、聞かなかった僕が悪いしね」

「涼…」

 話しててはっきりわかった、こいつは滅茶苦茶いい奴なんだって…今まであった中でも一番かもしれないぐらい、こんなに気性の穏やかな奴はいないだろう

「ほら、これ以上待たせたらそれこそ怒られちゃうよ、早く行こう?」

「ああ…」





「遅い!どんだけ待たせるのよ!」

 真優子は予想通りというか、普通に怒ってた

「心配してたんだから…もう、正道の大馬鹿」

「僕が悪いんだ、真優子さん、待たせてごめんね」

「…別にいいわよ、別に、5時間ぐらい待たされるぐらい、大したことないものね」

 大したことないとは言ってるが、相当怒ってることがわかるくらい、ツンツンしてて、でも逆にそれが愛おしくも思った

「悪かったって、今度埋め合わせはするから、ごめんな真優子」

「…約束だからね」

 顔は怒ってるものの少しは機嫌が直ったようで声にそれがでていた、俺たちは涼と涼のお母さんにお礼を言って、、彼の家を出た、バスもギリギリで間に合い、席について一息ついたところだ

「いい人ね、あの清原涼って人」

「そうだな、助けてもらって…しょうもない話まで聞いてもらって…連絡先も交換したし」

「アンタったら気を許した相手には恐ろしいぐらい積極的よね…」

 そんな話をしながら帰りのバスの中を揺れていた、他愛のない話をしてる頭の片隅で静島と涼を生き返らせたらしい薬のことを考えていた、いったい誰がなんのために…どうやって作ったんだろうか、考えてもわからないことを考えてもしかたないとは思うが、気になるものは気になる、すこし調べてみようか、なんてことを思ったが、この考えが自分の人生を壊すことになろうとは、このときの俺は考えてもいなかった…


暑い夏の日、とくにすることもないからと街をブラブラ歩いてた、焼け付くように熱いアスファルト、揺れる遠くの人影、走り去る車、夏休みとは言え平日の繁華街は空いていたようで、歩道はガラガラだった、これなら通りすがりの人の顔までしっかり覚えてしまいそうなほど、この暑い中歩いてるのは珍しいのかもしれない

 家電量販店の外にディスプレイされているテレビには最近できたカルト宗教の話や、政治家が無駄遣いをしたというニュースが流れていたり、コンビニの中では流行のアーティストの歌が流れていたり、今日も相変わらず日常は流れている、それにしてもまあ、やることがないからと色々な店にフラッと立ち寄っては何も買わずに出るのは少し暇人すぎるだろうか

繁華街を抜け、出たところにある小さな公園のベンチに腰掛ける、夏の暑さにうなされながら、俺は静島と涼を生き返らせたという薬について考えていた、死人を生き返らせる薬があったとして、なんで俺の同級生ばかり…それもただの高校生を…普通そういうのってどこかの偉い人とか研究所の中でとか、ひっそりやるものじゃないのか…?それに今まで死んでたとされる人間が生き返って、なんのニュースにならないのもおかしい、俺の他にも気づいた人はいないんだろうか、涼の母親も平然としていたし…なにかが…なにかがおかしい、何がおかしいんだろうか…

 そこまで考えて溜息をついた、この出来事についてはわからないことだらけだ、ただひとつわかるのは、これは人類最高の発明に違いないと、そう思うことだ、だって死人が蘇るのだ、まだ言いたいことややりたいことがあった人には最高の発明だろう、人類はそこまで進歩してしまっているのだ、嬉しいような、世界に触れ回りたいような、そんな高揚感があった、しかし、だからこそ残る謎に奇妙な違和感をぬぐえないのだ




 公園から帰っているとまたあの路地に通りがかった、いつも通りの道を通ろうとも思ったが、また静島に会えるかもしれない、会ってもう一回言いたいこともある、聞きたいこともある、とにかく、この謎をといてみたい、そんな気持ちでいっぱいだった、薄暗い路地に足を踏み入れる、変に緊張しながらも、しっかり足を進める、重苦しい空気とは裏腹に、俺の心はすっかり舞い上がって、目がチカチカしていた、二回目の角を曲がったところ、前、静島がいたところまで差し掛かった、すると、期待通りというかなんというか、そこにはあの以前と姿の変わらない、親友がいた…

「静島!やっぱりここにいたか…」

 声をかける、今度は相手もなんとなく俺だとわかっていたようで、落ち着いた様子で、でもうっとおしそうに

「なにかな、真白君」

と、返事をした




「真白君は馬鹿なの?かな、なんで僕がいるだろうと思って、わざわざ狭くて汚い道を通るの…そんなに気になる?僕がなんで生き返ったか」

 静島と近くの小さな喫茶店に来た、真剣な話をしようと、俺が無理やり誘ったからだ、静島は露骨に嫌そうな顔をしたものの、連れてこられてからはケロッとしてアイスココアを注文した、それを見て意外に思いながらも、自分もコーヒーを注文し、それを待ってる間、冒頭のセリフを言われた

「薬を飲まされたんだろ」

「なんで…知ってるの」

「ある友人に聞いた、お前、薬を飲んで生きかえって…その…不老不死になったんだってな」

 それを聞いた静島は心底驚いたとでも、苦虫を噛み潰したような顔をした、はぐらかす予定だったのかもしれないが、涼に会った俺には通用しなかっただろう

「お前、せっかく不老不死になったのに、また自殺なんてしちゃ駄目だろ…稀代の発明かもしれないんだぞ、それをあんなビルから飛び降りて…俺、お前がわからないよ…」

 静島はまたか、とでもいいたげな眼で、しんどそうに告げた

「見てたんだ、飛び降りるところ」

「いや、動画になってネットにあがってるのを見たんだ、生きてるからこそいいものの、なんでそんなこと…」

「死にたくなきゃ自殺なんてしないよ、生きかえらされて不老不死にされて、たまったものじゃないよね、ちょっと考えればわかるでしょ、真白君、馬鹿じゃないんだから、あ、馬鹿だったね、君は昔から…」

「お前なあ…!」

 こいつはいつからこんなに嫌味っぽい性格になったんだろうか…昔はこんな奴じゃなかったはずなのに…、そんなことを思ったが、話を戻そう

「お前、自分が死んだら他の人が悲しむとか考えないのかよ…俺だって、お前が死んだら悲しいよ…」

「じゃあ逆に聞くけど、なんで真白くんはそんなに僕に死んでほしくないの?僕のこと好きなの?」

「ばっばか!そりゃ…友達として好きだからに決まってんだろ、親友だから、失いたくない」

 静島は一瞬悲しそうな顔をした後、呆れた顔になって、やれやれと首を振った

「それって、エゴじゃない?僕のこと本当に考えたうえで、真白くんは僕に死んでほしくないの?…違うよね、君は自分が他の人に置いて行かれるのが怖いだけだ、この世界に、卑怯な話だよ…ココア、来る前で悪いけど真白君が飲んで、お金は置いてくから…」

 静島はそう言って千円札を置いて店を出た、俺は何も言い返せず、手を握りしめた、静島の言葉を頭の中で反芻しているうちに、氷の入った冷たそうなアイスココアと、湯気のたったコーヒーが運ばれてきた、俺はそれを、なんとも言い難い気持ちで飲みほして、一人寂しく店を出たのだ…


 店から出たあと、家に帰るのもしんどくて、また街をうろついていた、プールがえりの小学生だったり、サラリーマンだったり、主婦だったり、夕焼けが俺を照らし、前に影を作る、心なしか元気がなさそうに見えるのは俺が元気がないからだ、しょぼくれた顔で道を歩く、すると目の前に現れたのは、紫色のスーツを着た怪しそうな男性と美人なOL風のお姉さんだった

「お兄さん、疲れた顔してますね、さては彼女にでもフラれちゃいました?」

 茶化すような言いように腹を立て、横を通り過ぎようとする、すると慌てて前に滑り込んできた

「いやいやからかったとかじゃなくて!我々は貴方の悩みを解消してさしあげようと…」

「俺忙しいんです、冗談なら他を当たってください」

「謝りますから!私たち怪しいものじゃなくて…ただ不幸そうな人を放っておけないんです!」

 どう考えても怪しいが、疲れ果てた俺は何を血迷ったのか、その言葉を信じてしまった

「俺…不幸そうに見えます?」

「…!ええ、大変顔色も悪く、足取りも重いようでしたので、力になりたいと思い、声をかけさせていただきました…」

「そうですとも!いや~お兄さん大変ラッキーですよ!今なら無料で集会に参加できるので、両親の葬式や、友達の結婚式でもない限り、出なきゃ損です!」

「そう…ですか、少しだけなら…」

 このときは少し家に帰りたくない思いが強く、つい誘いに乗ってしまった

「本当ですか!では早速あちらのビルへ…いやあ最近の若者は素直で実に好感がもてますなあ」

「ええ…本当に…」




 ビルの中には大勢の人が並んでいた、どの人もスーツ姿で、正直居心地が悪かった、ここまできて、これは危ないんじゃないかと思ったが、時すでに遅しというやつで、出口には屈強な黒スーツにサングラスの、漫画かと思うような見張りがいた、俺は紫スーツの男性に尋ねる

「あの…ところでこれ、なんの集会なんですか?」

「ああ、これは正浄化の会という宗教の集会なんですよ、教祖様は素晴らしいお方なので、きっと貴方の敵も浄化していただけるでしょう…」

 正浄化の会と聞いて背筋が凍るかと思った、最近世間を賑わせているカルト宗教だ、各地で腐った死体が見つかるという事件を引き起こしている組織だという疑いをかけられている、あまりニュースを見ない俺だが、あまりにも連日引き起こすものだから、その名前を覚えてしまった

「あの…俺やっぱり帰ります」

「…はい?」

「ちょっと…俺は宗教とか興味ないんで…」

「最初は誰でもそうです、かつては私も無宗教者でした、しかし教祖様のお話しを聞いて、そのお力に触れて、今ではすっかり彼の虜です、ですから貴方も聞くだけ聞いてみて、それでも信じられないと思うなら、それで構いません、ですが、途中で帰るということは、貴方を不幸の道にまた戻すということ、それは教祖様の名に誓って、私が許しません」

 俺が帰る、と言った瞬間、後ろの黒スーツの方々がこちらを睨んだのがわかって、思わず顔がひきつり、紫スーツの男性の言ってることは少し聞きのがしたが、どうやら帰してくれる気はないらしい

「おや、そろそろ来るみたいです、教祖様のお姿、目に焼き付けてくださいね」

 重厚な扉が開き、細身の青年が入ってくる、それを見て正直驚いた、それは…

「朽葉カルト!?」

 思わず大声をあげてしまい、周囲の人々の視線があつまる、なんだかいたたまれなくなって口をつぐむ、すると周囲の人々は痛々しげな視線を送りながらも、すぐ、その青年、いや、よく見ると少年の方を向いた、確かあいつは…いや、あいつも、俺の高校時代の同級生で…あのとき自殺した…

「やあ、皆、本日は集まってくれて嬉しいよ、どうやら一名、迷い込んだ初心者さんがいるみたいだけど…彼もきっとみんなのように立派な一員になれるだろうから、先ほどの失態は大目にみてあげよう、ね」

 朽葉カルトと思われる人物は、俺の方を鋭く睨みながらも、すぐに張り付けたような笑顔になって、信者達に笑いかける、その笑顔を見た信者達は、誇らしげに、嬉しそうに、すがるような顔で喜んでいた、それを見て俺はただ、「異様な光景だ」と思った

「じゃあ早速だけど、前回、この会の中に、裏切り者がいるって話、したよね、それ、見つけちゃったんだ、ほら」

そういって扉の方に歩いていき、開ける、すると、裸に剥かれた二人のおじさん達が、口に猿轡を噛まされ、後ろ手に縛り付けられ、屈強なスーツの男達に連れてこられた

「この人たち、僕のお父さんの差し金で入ってきたみたいなんだけど、失礼しちゃうよね、影で僕のこと、胡散臭いイカサマ野郎、なんて言うんだよ、それはまあ、自分の体で確かめて貰うしか、ないんじゃないかな、浄化、してあげなくちゃ」

 そう言うと、皆一様に、そうだ、とか教祖様のことを疑った罰よ、とか、好き勝手言っている、浄化とはいったいなんのことなのか、嫌な予感が脳裏をよぎる、まさか、そんな

 朽葉カルトはおじさん達の前に立ち、優しげな手つきで頬に手を添える、すると、嘘かのような光景が目の前に広がる、声にならない叫び声をあげて腐っていくのだ、人が


 歓声が広がった、狂ってる、狂っているのだ、なにもかも、目の前で人が腐って死んでいくのを見て、この鼻の曲がるような匂いを嗅いで、なお、歓声をあげている、それも1人ではない、皆なのだ、皆…

「やめろ!」

ここで声をあげるとまた悪目立ちするとわかってても、声をあげずにはいられなかった、こんなの、人道に反してる、生きながらにして、腐っていくなんて、なんらかのトリックを使ってるに違いないと思ったが、それにしても悪趣味だ、すると予想通りぴしゃりと歓声はとまり、また周囲の視線が自分に集まる、今回集まったのは紛れもない敵意の視線だった、すると瞬時に周囲の人々に地面に押さえつけられる、見上げる形で朽葉カルトを睨む

「…また君か、君、わかってる?自分がなにいってるのか」

 朽葉カルトが呆れた顔で、先ほどまでこちらに近づいてくる、正直少し恐怖を感じたものの、引くわけにはいかなかった、目の前の出来事が、どうしても許せなかった

「お前、朽葉カルトだろ、俺だよ…高校生の時、一緒のクラスだった、真白正道だ、お前、そんな奴じゃなかっただろ…もっと…こう」

俺の知ってる朽葉カルトはもっとこう、大人しくて、先生からも好かれる優等生だったはずだ

こんな…人を人と思ってないような冷たい目をする人間ではないと思っていたのに…

「君、誰かな、僕のこと知ってるんだ、へえ、僕は知らないけど」

「どんなトリックを使ったかは知らないが、あんな…人の命をもてあそぶような演出、俺はいいと思わない、こんな宗教、嘘っぱちに決まってる!」

 その発言に周囲がどよめく、なんて失礼なやつだ、教祖様浄化してやってください、これだから無宗教者は…など色々な声が聞こえる、そのどれもが、俺を非難するものだった

「トリックだと思うなら、君も試してみる?」

 そう言って手をこちらに近づけてきた、よけるものかと思ったが、体は本能で恐怖を感じ取ったようで、反射的によけてしまう、すると朽葉の手が行き場を失い地面につく

「危ない危ない、全部腐らせちゃうところだった、加減難しいんだから、避けちゃ駄目だよ、なにしろ信じてないんだよね?避ける必要ないでしょ」

 朽葉が慌てて手をあげると、床に敷いてあった赤いカーペットが腐り果てて燃えカスのようになっていた、これが自分の顔に当たってたらと思うとぞっとし、トリックでないという事を実感した

「なんで…どうやってこんな…ありえない…」

「いやありえてるでしょ、今、君の目の前で」

「…!なんで人を腐らせてそんな平然とできるんだよ!お前おかしいよ…」

「この世界は腐りきってるから、僕が正してあげようとしてるだけ」

「わからない…わかるわけないだろそんなの」

「わからないのはいまここに君だけ、君がわかってないだけだよ」

 何を言っても言い返される、ただ、こんなの明らかに間違ってるはずなのに、驚きが心を占め、まともな言葉を紡げなかった 

「お前も…薬を飲まされて生きかえさせられたのか…?」

 その言葉を聞いた瞬間、先ほどまで淡々と言い返すだけだった朽葉が、目を見開き、瞬間不愉快そうな顔に変わる

「はあ?」

「お前、高校三年生の時、自殺しただろ、葬式にも出た、それなのに、生きてるのは…薬を飲まされたからなんだろう?」

「…君、ちょっと黙ってよ」

「なあ、どうなんだ?」

 俺が問い詰めると、顔を思いっきり歪ませながら、それでも笑顔を張り付けて言った

「わかった、奥で話そう、このままだと僕の知られたくないことまで皆の前で言われそうだ、えっと…なんだっけ…ましろまさみちくん?」





 先ほどの大広間のような場所とはうって変わってこじんまりとした、事務所のような場所に通された、俺は両脇を信者に押さえられながら、ソファーに座らせられた、すると朽葉は「もういいよ、下がって」といい、信者は部屋を出て、朽葉と二人きりになった

「で、どこまで知ってるのかな、君」

「…変な薬を飲まされて俺の同級生が何人か生きかえさせられて、不老不死になった、ってだけだ、誰がやった、とかなんのために、とか、そういうのは知らないけど…」

「…そう、よかった、帰っていいよ、ここで見たこと、誰にも言わないって証明できるなら、だけど」

「警察に通報はするつもりはない、ただ、もうあんなことはやめろよ」

「無理だよ、僕への信仰はあの行為でなりたってるんだ、いつか自分の嫌いな人間、復讐相手、性格の悪い姑、腐った政治家、それらを順番に僕の力で消してもらえるのを皆待ってるのさ、僕はやめないし、やめられない、ここまで組織が大きくなったなら、なおさらだよ」

「そんな…俺は嫌だ、同級生がそんな…非人道的だ…」

「君が嫌でも僕は嫌じゃないから、聞き分けてよ、同級生くん」

「なんで、そんなに冷たい目で人を見れるんだよ…さっきの事は誰にも言わない、からそれだけでも教えてくれ」

 すると朽葉は少し考えて、溜息を吐いた、一瞬先ほどの一連の流れを思い出し、顔がこわばる、しかし朽葉はこちらに危害を加えようという動きを見せず、扉の方に近づき、その周囲の人払いをした

「君は、その薬が、ただ生き返らせるだけの薬だと思ってる?死人まで生きかえり、そのうえ不老不死になれる薬だと」

「…?違うのか」

「違うよ、なんていうのかな、僕は生き返ってから、世界が壊れたんだ、文字通りね」

「世界が壊れる…?」

 こいつは何を言ってるんだ?冗談かとも思ったが、顔は真剣そのもので、ふざけていってるわけではないということがわかった

「な、なあ、もっとわかりやすく言ってくれ、世界が壊れる…?」

「わかりやすく言うと、僕には世界が腐って見える、ドロドロで、醜悪な匂いで、触るのも最初はおぞましかった、ただでさえ汚らしい世界だったのに、生き返ってからは地獄のようだよ、誰も彼もが醜く、最悪な状況なんだ…」

 世界が腐って見える…?涼も静島もそんなことは言ってなかった、嘘なんだろうかとも思ったが、その言葉は真に迫っていて、本当に俺が腐って見えてるみたいだった 

「これが僕の信者にはバレたくないこと、自分が腐って見られてるなんて知ったら、信用ならないだろうからね、わかってるだろうけどこれ、誰かに言ったら、君のこと殺すから」

 殺すから、と言われ、思わず息を飲む、冗談っぽく言ってるが本気なんだろう

「その、人をどうやって腐らせたんだ?なんの道具も使わずに…」

「ああ、これはただ触って腐るように念送ってるだけなんだよね、念送ってるというよりは、これは腐ってるものと認識すれば、勝手に腐るんだけど…」

「それも…薬の影響なのか?」

「そうだろうね、もっとも僕には、あまり目の前で腐ってるという実感はないんだけど、もともと腐って見えてるし…」

「お前以外のやつも、そう見えてるのか?その能力があったりするのか?」

「そんなの知らないけど…少なくとも一人、僕の知ってる薬飲んで生きかえった奴は腐って見えてるようではなかったけどね、ていうか君質問しすぎだよ、それだけでも、って言ってのはなんだったの」

 頭に流れ込んでくる新たな知識に感動し、思わず質問攻めをしてしまった、朽葉は心底めんどくさそうに、時計を何度も見る

「君、もう帰りなよ、誰にも言わないんでしょ」

「…いいのか?帰っても」

「いいよ、僕の知りたいこと知らないみたいだし、腐りたくなかったら早く帰りなよ、真白正道くん」

 そう言われて慌てて席を立つ、最後に見た朽葉の顔は、なにか企んでるような、そんな含みいをもった笑みだった、部屋を出ると、信者から親の仇でも見るかのような目でにらまれ、そそくさとビルを出た、外の空気はクリアで、ビルの中の寒いのにじっとりした空気から逃れられたような解放感で、胸がいっぱいになった、、早く家に帰りたい、ビルに入るときとは真反対の感情に自分でも笑いながらも、新たに知った薬の一面や、朽葉の悪行の数々を思い出し、頭の中がいっぱいだった




 昨日涼にメールを送った、内容は話があるから明日そっちに行っていいか、というものだ、すぐ返事が返ってきて、全然いいよ、と書いてあった、ので、今日は涼に話をしに行くところだ、潮風が気持ちよく、日差しも暖かく、雲ひとつない空だというのに、俺の心は不安で埋め尽くされていた

「正道くん、わざわざ遠いところから来てくれてありがとう、話ってなにかな」

「いや、ここでは話しづらいからお前の家かどこか人のいないところで頼む」

「じゃあ、僕の家でいいね」

 なんてことない会話を楽しみながら涼の家まで歩いた、クーラーの効いた室内が涼しく、思わず息を漏らす、涼がお茶を淹れてくる間、青いクッションが置かれた、白いソファーで待たせてもらった、壁に飾ってる絵を見てると、一枚だけ、海のモチーフばかりの絵に紛れて、女性の絵が飾ってあり、なんだか珍しいなと思ったりした

「おまたせ、アイスコーヒーでいいかな」

「ああ…ありがとう」

 冷たい氷の入ったアイスコーヒーは夏には最高で、半分も飲んでしまった、それをニコニコして見てる涼に、本題を忘れそうになり、慌てて口を開く

「なあ、この間、お前と同じ、薬を飲まされた人間に出逢ったんだ」

「…そうなんだ」

「それで…そいつが言ってたんだけど、世界が壊れるとか、人が腐って見えるとか、それはお前もなのか?」

 そう聞かれた涼は少し考え込み、そして納得したように一人で頷いていた

「世界が壊れる…とは思ってなかったけど、僕は深海の中にいるような、サンゴ礁を漂っているような、そんな気持ちなんだ、もっとも人を人として認識できるから、その彼のように日常生活に支障はでないだろうけど…」

「そうなのか…なあ、お前も何か変なことができたりするのか?こう、触ったものを腐らせるとか」

「えっそんなこと…できないよ?しいて言うなら息苦しいだけで…まあ僕が気づいてないだけなのかもしれないけど、今のところは」

 初めて聞いた、とでも言いたげに目を丸くしており、その言葉が嘘じゃないことがわかった

そしてそこまで言って気がついた

「あっこれ人に話しちゃダメなんだった…悪い、忘れてくれ」

 朽葉との約束を忘れてうっかり言ってしまった、しっかりしろよ、俺…でも誰とは言ってないからセーフか…?いや、ニュース見て勘づくかもしれないし…いやでも

「心配しなくても僕も誰にも言わないから安心してよ、僕も新しいことが知れて嬉しいし…」

 そう言う涼はどこまでも優しく、こちらを気遣って言ったセリフだとわかっても、少しほっとした、まあこいつにならいいか、と思えた

「聞きたかったことってそれだけ?なのかな」

「ああ…一応、そいつの言ってることが本当なのか気になって…急に悪かったな」

「いや、いいよ、丁度暇だったし、気にしないで、ところで、こんなこと聞いていいのかわからないけど、正道くんは、なんでそんなにその…友達のことにこだわるの?ごめん、気になっちゃって…」

 それを聞かれて少し迷った、俺は、自分でもわかってないからだ、ただひとつだけ言えるのは…

「親友だから、なにがあったのか気になるし、悪い方向に行こうとしてたら正してやりたいし、困ってるなら助けたい、から…かな」

 それを聞いた涼は複雑そうな顔を一瞬見せたが、すぐにいつもの人の好さそうな顔に戻り、「そっか」

 とだけ言ってこの話は終わった






そのあと俺は静島を探していた、理由は、静島にも同じことを聞くためだ、しかし何度あの路地裏に行っても、静島に会うことは無かった、しかし俺は涼と話したときから、ある考えを持ち始めた、俺のやってるのはただのひやかしや、エゴみたいなものだと思われても、真実を明らかにしたうえで、静島を助けてやりたい、せめて静島の自殺願望を止め、壊れた世界を元にもどしてやりたい、彼にも幸せな人生を再びやり直してほしいと、そんな青臭いことを考えていた






 あれから俺は毎日あの路地裏に来ていた、ここしかあいつのいそうな場所がわからないからだ、すぐ帰ることもあったが、ほぼ毎日そこでずっと待っていたり、何回も来ることもあった、

今日も静島は来ておらず、帰ろうとしたときだった

「精が出るね、真白君」

 名前を呼ばれ振り返る、するとそこには…

「静島先輩…」

そこには静島幸也の兄である、静島幸助さんがいた…









「素敵な店だね」

先輩はそう言ってコーヒーを片手ににこやかに笑っていた、俺たちが今いるのは静島(幸也のほう)とかつて来た喫茶店だ、俺たちはコーヒーを二つ頼み、奥の方の一番入口から遠い席についた

「さっそくだけど、君に言いたいことがあってきたんだ、真白くん」

「はあ、なんでしょうか…静島先輩が俺に用事って…」

 静島先輩は静島幸也の兄であることもそうだが、なにより学生時代なにかと目立ち、注目を浴びていた天才の人というイメージがある、俺も静島と仲良くなるまでは一度も話したことはなかった、そういえばこの人、静島の葬式で泣いてなかったなあ、なんてことを思い出していたら静島先輩は真剣な顔でこう告げてきた

「単刀直入に言おう、あまり深いところに踏み込まないほうがいい、弟には構わないでやってくれ」

「静島が…幸也がそう言ったんですか」

そう聞くと先輩は悲しそうな顔を見せ、呟いた

「ああ、君にまとわりつかれて迷惑だ、と言っていた、どうか弟の心労を考えてもう少し慎重に行動してくれないか」

「俺は俺の思うように行動してるだけです、先輩がそう言っても俺はあいつを諦めません」

 そう言うと先輩は目を見開き驚いて、一瞬複雑そうな顔を浮かべながらもすぐ手で顔を覆い、涙声でこう言った

「感動したよ…そこまで弟のことを思っているとは…ああ、わかった、俺も君に協力するよ、弟のことで気になったことがあったら君に教える、実のことを言うと俺も弟が心配なんだ」

「本当ですか!ありがとうございます…!先輩に手伝って貰えるなら話が進みそうです…」

「いやいやこちらこそ、今日はここらへんにしようか、俺、実はこれから用事があってね、ここは奢るよ」

「えっ…悪いですよ…」

「いいから、ここは年上に甘えてくれ」

 そう言い伝票を取って会計を済ませてしまう先輩を見て、俺は頼りになる味方ができたと思った、なにより静島の兄ってところが静島とコンタクトを取りやすくなるかもしれないと、このとき期待していた…


「俺はアイちゃんだな~性格はもちろんのことあの声は美少女にしか出せない!きっと華奢で愛らしい顔しててふわふわの髪の毛の可愛らしい女の子なんだろうな~いい匂いしそう…」

「いや、俺はモデルのミキみたいな女が好きだな、はっきりとした顔だちで凛とした空気がいい、強気な女のほうが好みだ」

「よっちゃんはおっぱいでかい娘が好きなだけだろ~?」

「そういうお前は顔も知らない相手でそこまでよく妄想できるな」

「なんだと~?アイちゃんはそういう次元を超えた概念的な可愛いなんだよ!理系の田中もアイちゃんファンだって聞いたし…」

 好みのタイプの女で盛り上がるのも、男子ならではの会話だ、俺たちは線香花火をしながら、好きなアイドルやら好きなモデルやら好きな女優なんかの話をして、花火の先が落ちる間を潰していた

「真白はどんな子が好きなんだ?」

 よっちゃんがそう尋ねてきたので悩んでいると山野が

「真白はあれだろ~真優子ちゃんがいるだろ?」

 意地わるそうにからかってきた

「やめろよ…真優子は好きだけど好きなタイプっていったら違ってくるんじゃないか?」

 俺がそう口をとがらせると、ノリノリで山野が聞いてくる

「ほほう、どんな?真白君はどんな女の子が好きなのか気になるなあ」

「例えば…その…」

「うん?」

「思いつかない…すまん」

「やっぱりなあ~お前そういうの得意じゃなさそうだもんな、純情くん!」

「なんだよ純情くんって!」

「ははは」

 そんな他愛のない会話をしている間にいつの間にか線香花火は落ちていた、そしてそろそろ帰るか、と俺たち三人の誰かが言って、男だらけの花火大会は幕を閉じた…





 花火から帰り、家でまどろんでいると、母から買い物に行ってきてほしいと頼まれた、牛乳とバターとチョコレート、なにかお菓子でも作るんだろうか、それで俺は今コンビニへ行き目

的のものを買い、その帰り道を歩いてるところだ

「母さんも人使い荒いよなぁ…なにもこんな夜になにか作ろうとしなくても…うおっ」

 そうぼやいていると向こうから走ってきた女の子にぶつかってしまう、謝ろうとしたが走り去ってしまった…どうしたんだろうか、そんなことを思っていたら、同じ方向からまた人が走ってきた、こんどはヒョロヒョロの男で、尋常じゃない顔をしていた、男は俺の顔を睨んだものの、すぐ視線を前にもどし、走り去った

「なんなんだ…」

そう呟いて家に帰ろうとするものの、嫌な予感がした、若い女の子がこんな夜中に余裕なく走っていてそれを追いかけるように後から来た男…なんだか事件の予感がする、一度関わってしまった以上、ほうっておくのも気持ち悪いので、先ほど二人が走って行ったほうに、俺も向かった…



「やめてください~私の事好きなのはわかるんですけどなんで殺そうとするんですか~酷いです~」

「アイちゃん…やっと見つけた俺だけのお姫様、二人で幸せになろうよ…ね?俺、君と会うためにいっぱい努力してきたんだよ…」

 二人は最近たったばかりのマンションの裏で、会話になってるようななってないような会話をしていた、そして男の手に包丁が握りしめられてるのを確認し、後ろからこっそり取り押さえる、地面に抑え込むと、男はぐえっと声を出し、とりあえず女の子はひとまず安全だろう

「なっなにするんだ…!お前!警察に通報するぞ!」

「警察に通報されることしてんのはお前だろ…ってお前、田中じゃねーか…」

 女の子を脅してたのは今日山野が言っていた田中だった、お前こんなところでなにしてるんだよ…

「なんで俺の名前を知ってるんだ!俺とアイちゃんの関係を邪魔するな!この邪魔者め!」

「お前と同じ大学だからだよ、そんなもん持って何するつもりだったんだお前は、女の子に手をあげたらダメだろ!男として恥ずかしくないのか?」

「うっうるさい!お前みたいな平凡な男には俺のきもちなんてわからない!俺はアイちゃんと結ばれるために生まれてきたんだ!離せ!」

「埒があかねえ、警察呼ぶか…そこの女の子、悪いんだけど警察に電話してくれないか?俺がとり押さえてる間に…」

「はっはい!」

それからすぐ警察が来て、田中は捕まった、勉強しすぎるとトチ狂うっていうのは本当なんだな…、事情聴取を済ませ、解放された時、女の子が駆け寄ってきて、こう言ってきた

「あの…ありがとうございました、私、助かりました」

「いや、気にしないで、全然いいよ」

「いえいえ!今度お礼として一緒にご飯行きませんか?メールアドレス交換しましょう!」

 女の子は華奢で清楚そうな見た目とは裏腹に、ぐいぐい来る娘だった、ってこれは俺もだって真優子に言われたな…

「いや、いいって、俺がしたくてしたことなんだから…」

「いえ!私の気が済まないのでお願いします!駄目ですか…」

 女の子が涙目になって言うので、気持ちが焦り

「あっあっわかったって、交換すればいいんだろ?ほら」

そう言ってメールアドレスを交換してしまった、まさかこれがあんなことになるとは…




 











 次の日、女の子を助けた話をすると、山野は「浮気か~?」なんて茶化してきた、

俺はそれを小突いて、吉田(よっちゃん)はそんな俺たちを見て笑っていた、すると山野が

「そういえばアイちゃんも昨日男の人に助けられたんだってな、ほら」

そう言ってネットアイドルアイのホームページを見せてきた、ピンクを基調に飾られた可愛らしい雰囲気のそのページには、昨日の夜怖い目にあったんですけど優しい男の人が助けてくれて~と書いてあった

「まさかお前アイちゃんに会ったんじゃ…なわけないか、日本は広いもんな~」

 山野がそう笑ってこの話は終わり、俺たちの集まりも解散を迎える

まだ日中明るいが、山野が夕方のバイトが入ってしまったらしいのでまた今度男同士で深く話すことになった

「(そういえば田中もあの娘のことアイちゃんって呼んでたな…まさか…そんな)」

そんなことを考えて帰り道を歩いていると、ピロリン、とメールの受信音が鳴った

 



「すいません、私から言い出したのに遅くなっちゃって…」

 三日前に来たメールの内容は、食事の誘いだった、メールアドレスまで交換しておいて断り切れず、結局当日を迎えてしまった

「いや、いいよ全然」

「オトモダチに教えてもらったお店があるんですけど、そこでいいですか?」

「ああ…もちろん」

 そう言われ、戸惑い気味に答えると、女の子は俺の手を引いて、ぐいぐい進んで行った、連れてこられた場所は、女子に人気の、こ洒落たイタリアン料理店だった

「ここです!オトモダチが言うには、普段は行列ができるほどの人気だって聞いたんですが…前もって予約しておいたので、入れると思います」

「ここかあ…」

 昔真優子にせがまれてきたことがあったが、料理はおいしいものの、女子が多くて肩身が狭かった思い出がある



「先日予約なさってくれた河合様ですね、こちらにどうぞ」

 店員に通され、窓際の席に座らされる、内装は緑と赤と白を基調とした、いかにも女子が好きそうなそんな店内で、やっぱりここは居心地が悪かった

「そういえばお名前、聞いてませんでしたね、なんとおっしゃるんですか?」

「俺…?俺は真白正道、君は?」

 そう聞くと女の子は笑顔で

「私、河合愛(かわいまな)って言います、よろしくお願いしますね」

 と言って笑った


 女の子…河合愛さんはなんていうか不思議な感じの女の子だった、年齢を聞けば「女の子にそういうこと聞くのは駄目なんですよ?」とはぐらかされ、趣味を聞けば「色々やってます」とぼかされ、結局彼女のことは何もわからなかった、しかしある質問をしたとたん、今まで感じていた違和感が爆発するように、彼女の態度は急変した

「河合さんは」

「はい!」

「兄弟とか、姉妹とかいるの?」

何気ない質問だった、別に他意はなく、単純によくある質問の一つだと思っていた

「…なんでそんなこと聞くんですか」

「え…?」

「やだなあ、真白さん、私自体にもっと興味を持っていただかないと、私以外のことのほうが気になる、なんて」

「河合…さん?」

 纏う空気が先ほどのふわふわした感じとは別人のように変わり、目がとろん、としていた

「さっきから野暮な質問ばっかりですよ~もう…真白さんは意地悪ですよね、全然数値も上がりませんし…私のこと嫌いですよね、嫌いって言うより…興味が無いといった方が正しいでしょうか?」

 と、ぶつぶつ呟きだし、俺じゃなく、俺の中の河合愛さんに対する心を見透かすように、じっとり見つめてくる、食事の手は止まったままだった

「真白さん、なんで私の事好きになってくれないんですか?私のどこが悪いんでしょうか?顔ですか?性格ですか?スタイルですか?それとも男の人しか好きになれないとか…彼女がいるとか…彼女がいる…?」

 そう言った瞬間彼女は鬼のような顔になり

「彼女がいるんですね、真白さん」

 と、彼女は一切動いていないのに、首を絞められるように俺はヒュッと喉を鳴らした、別に悪いことをしてるわけでもないのに、責められているような感覚に落ちた

「お、俺は彼女いるけど…それがどうしたの…」

「どうしたもこうしたも無いですよね、彼女さんいるのに私のこと騙したんですね?私をおちょくって楽しかったですか、悪趣味ですよね、期待させるだけさせておいて、私の…私だけの王子さまだと思ったのに…酷いです」

「そんなこと言われても…」

「私が間違ってるんですか?酷い人から助けてくれた優しい人だと思ったのに…私…弄ばれて…」

 そういって泣きだし、一気に周りの注目を集める、周囲の目が痛い

「ごめん、俺が悪かったよ、なんか酷いこと言っちゃったんだろ…」

 自分でも何が悪かったのかわからないがとりあえず謝った、すると、泣きやみ、きょとんとした顔でこちらを見つめる

「下がりもせず上がりもしない…どうして…」

 そう言って不思議そうな顔をして、彼女は食事に戻った


「美味しかったですね!また来たいです」

店から出て彼女が開口一番にそう言った、俺は正直料理の味なんてもう途中からわからなかったから彼女の言ってることが数秒理解できなかった

「今日はごちそうになって申し訳ない、やっぱり半分でも出させてくれ」

 なんとなく彼女にご馳走になったままというのが気持ち悪くてそう口に出す、早く帰りたかった、そして真優子の声が聞きたかった、しかし

「いいんですよ~!私が助けて貰ったお礼なんですから!どうしてもって言うなら、また今度会ったとき奢ってください!」

と何度言ってもそう押し切られてしまった、でも正直彼女に会うつもりは二度となかったので、思わず口ごもる

「今日はありがとうございました!また会ってくださいね、その時こそは…」

 そう言って、彼女は電車の中に消えていった…


「…ということがあったんだ、まさか人を助けてこんなことになるとは…」

 そういうと涼は複雑そうな顔で、「大変だったね」と慰めてくれた


 謎の少女と食事に行ってちょっとしたトラウマを植え付けられてから三日、相も変わらず静島と会った路地に行ったり、真優子と会ったり、山野達と遊んだり、いつも通りの日常を過ごしていた、静島には相変わらず会えず、もだもだしてる気持ちもあった、少しづつあの時の激情を忘れてきてる感覚さえあった、家で勉強をしていると、一通のメールが来た、差出人がわからなかったので、迷惑メールかと思ったが、その内容は「僕の知ってる例の薬飲んだであろう人と会いたくない?なにかわかるかもよ」というもので、さっと一人、メールを送ったと思い当たる人物が浮かんだ、俺はすぐメールを返し、服を着て、本当は二度と行きたくなかったが、行く用事ができてしまったあの建物に向かった…








「ちゃんと来たんだ、いい子だね、真白正道くん」

 そう言ったのは以前とんだ恐怖体験をさせられたカルト宗教の教祖、朽葉カルトだった、朽葉は座り心地のよさそうな椅子に座り、俺をニコニコしながら見てくる

「お前から呼んだんだろ、ていうかなんで俺の連絡先知ってるんだよ、話ってなんだよ、その人と会うにはどうすればいい」

「まあそんな急かさないでよ、僕も仲良い訳じゃないんだ、それに彼女が薬飲んでるかも正確にはわからないけど…それでも会いたい?会いたいって言うなら、僕も協力するよ、あと君の連絡先知ってたのは僕の信者はたくさんいるから、ってヒントだせばわかるでしょ、馬鹿な君でも」

「お前…なんで人を馬鹿にしないと会話ができないんだよ、…わざわざ来たんだから、そんなこと聞かれるまでもない、可能性があるなら俺は…」

 そこまで大口を開いたが、実のところ最近の俺は静島や薬のことをほとんど諦めかけていたところがあったため、自分の気持ちに少し自信がなかった

「そう、精々頑張ってよね」

 そう朽葉が言ったことで、俺の心は少しギュッとなった

「って…なんだここ…」

「パーティーだよ、某有名芸能人主催の」

 連れてこられた先は、絢爛豪華な装飾がされた屋敷で、明らかに場違いな俺が入っていいのだろうか、と思った、あっちこっちみてもテレビや雑誌などで見たことのある超有名人しかいない、っていうかこいつもなんで入れたんだ…

「僕は一応世間でも有名な宗教団体の教祖だからね、お願いしたらすぐ入れて貰えたよ」

 そう言う朽葉の顔になにか恐ろしい圧力を感じ、一人で納得した

「で、君に会わせたかったのは彼女、そこにいるでしょ、青いテーブルクロスのテーブルで男達に囲まれてる美女、君も知ってるんじゃないかなあ、彼女、学校でも有名人だったし」

 朽葉の視線を追うと、長い黒髪で、黒いドレスを着た、美しい少女がいた、前と少し印象が違うが、あの顔は…

「あら?どこかで見た顔かと思えば…いかがわしい宗教団体の教祖様じゃない、こんなところになんのようかしら」

見つめていると向こうから話しかけてきた、しかし俺には目もくれず、隣の朽葉につっかかっていた、嫌われてるって本当だったんだな…

「やあ、妃さん、いや、ミキさんって言った方がいいかな、素敵なドレスだね、よく似合ってるよ、いやあ、隣の子がね、君に会いたいっていうから、僕もお節介したくなって、ついね」

そう言って僕の肩を抱いてくる朽葉、すると彼女は俺の顔を見て少し複雑そうな顔をし、ふいっと目を背けながら言った

「…真白くん」

「妃さん…」

 彼女は妃美姫(きさきみき)といって、日本でも有数の会社の社長の娘、才色兼備で優しいお嬢様ということで有名だった同級生だ、あまり話したことは無かったが、俺の名前覚えてたのか…ってそんなことより

「妃さん…確か行方不明になったはずじゃ…」

「…色々あって戻ってきたのよ、色々…ね」

 そう言う妃さんの顔は悲しそうだった、隣の朽葉を見るとニヤついていて腹が立ったので肘で小突いた、朽葉はやれやれ、といいたそうな顔をしていた

「真白正道くんが君にとっても大事な話があるんだって、聞いてあげてよ女王様、いや、ミキさん」

 口調こそ嫌味ったらしいが、内容は俺が話しやすくするためのフォローだった、ただ面白がって連れてきたわけじゃないんだな…なんて思った

「その色々が聞きたいんだ妃さん、なんでもするから…お願いだ」

 そう言うと妃さんは悩んだ顔になり、俺の顔をじっと見つめたあと、ふう、とため息を吐いたので、ダメかと思い、帰ろうとした、すると

「…いいわよ、でもここじゃ話しにくいから私の部屋のベランダで…」

 と妃さんの口から聞こえた時嬉しくなった










「真白正道くんがお目当ての子とお話しできたのはいいけど、僕は犯罪スレスレ宗教の代表みたいに思われてるものだからね、話しかけても僕の名前聞いたらそそくさと逃げられちゃうし…さて、予定通り動くか」

 そう言って朽葉カルトは正道が来るまでの暇つぶしにとホールをブラブラ歩いていた

「ていうかこんなパーティー自体悪趣味なんだよね、金持ちが集まってお互いのご機嫌取り合ったり出し抜こうとしたりのしょうもない集まりだよ、まったく」

 ホールの向こう側にいるある参加者の顔をじっとりと見ながら薄気味悪い笑みを浮かべる、それはこのパーティーに参加してるある人物が怪しいと睨んでいるのだ、だが確定的な証拠がない、そしてその人物はなにやら人脈を作りたがっているらしく、有名人や金持ちの集まる集会などにこぞって参加するらしい、その人物は先ほど話した妃美姫の父親と関係があると聞いたので、正道に美姫を引き留めてもらい、その隙にその人物と、美姫の父親が連絡を取り合うように時間故意的に作った、その会話をネクタイの裏に隠したボイスレコーダーで録音し、問い詰めようという寸法だ、正道を呼んだのは学生時代の美姫が真白正道に恋心を抱いていることに感づいており正道が話があると言えばあのお嬢様もべらべら長い話でもしてくれるだろうという期待だ、まあ万が一失敗して美姫が早く戻ってきたところで、二人はどこかの部屋で隠れるように話すだろうし、まあ問題はない、大事なのはいったん引き離すことなのだ

「…動いたね」

 目標の人物は案の定妃の父親にさりげなく誘導されるようにホールから抜け出そうとしていた、さあここから尾行しようとしたその時、後ろからぐっと肩を引かれた

「…カルト、カルトだな、こんなところでなにをしてるんだ」

 肩を引いたのは…僕の父親、朽葉界斗だった、僕を生き返らせ、自殺まで追い詰めた張本人だ

「…チッ」

まあそんなことはどうでもいい、目標を見失わないようにしなければ…しかし、無視して逃げようとするも、すぐにしっかり腕を掴まれ、振りほどけない

「待て」

「…お父さん、いや朽葉さん、ボクに何の用ですか、邪魔しないでよね、ていうかこのパーティーに参加しないって聞いたんだけど、もしかして僕、嘘情報掴まされた?」

 嫌味ったらしく言うも、この男には血が通っていないのか一切興味ないとでもいいたげに真っすぐ僕を見て言う

「ある情報筋からお前が来ていると連絡が来てな、何か企んでいるのか、どうせくだらないことなんだろう、それより早く家に戻ってこい、今ならまだ取り返しがつく、あんな馬鹿らしい宗教団体まで作って…お前は朽葉家に恥をかかせるつもりか、何回裏から手を回したと思ってる」

 まるで僕のことを気遣っている体だが、僕にとっては余計なお世話以外の何物でもない

「そんなのそっちが勝手にやっただけでしょ、僕は貴方と縁を切りたいんだってば、もう子供じゃないんだし放っておいてよね、ていうか、勝手に生き返らせといて…何を偉そうに」

「そんなことはどうでもいい、大事なのは朽葉の家の血筋が途絶えないようにすることだ、幼い頃から教育を受けてきたお前ならわかるだろう、日本の皇族と深い繋がりのあるこの血脈が途切れることがどんなに大変なことかお前にはわからないのか」

 昔からそうだ、いつも家、家、家、家の事しか言わない、僕の意思なんてどうでもいいと言いたげなこの男に僕はどんだけ悩まされたか、僕個人のことはどうでもいいくせに僕を無理やりにでも組み込みたがる、弟たちにでも継がせればいいのに、今時長男に継がせたがる古臭い考えのもち主だからかな、僕はこの親父が嫌いだ

「はあ?知らないよそんなの僕に関係ないし、ていうか弟たちがいるでしょ、もしも僕と会話したかったら僕に薬を飲ませた人物が誰なのかぐらい教えてよね」

「お前が家に戻ることを約束したらな」

「はあ…話にならないな」

「話にならなくて結構、今回は力づくでも家に帰ってもらう」

 そう父親が言ったとき、どこから現れたのか黒スーツの男たちが僕を取り囲んだ、おそらく朽葉家の使用人だろう、まあ一人ならこんな奴はどうってことないのだが…

「ところでカルト、今日はオトモダチと一緒だったみたいだな、あれだったら二人仲良くうちに来てもらおうか」

 僕一人なら問題はないが、今回は厄介な一般人を連れてきてしまった、そこまで計算済みだとしたなら恐ろしいよね、いや本当は彼のことはどうでもいいんだけど…今回は退いた方が得策だと判断する

「…計画通りってわけね」

遠くの方に居た目標の人物はすっかりホールから消えており、すべてはこの目の前のクソ親父と例の人物の思い通りに転がされたんだと痛感して、僕はすっかり苛立っていた

「で、何かしら話って」

外の空気は涼しかった、人の多さで会場の中は暑苦しく、気がめいっていたところなので、ふうと息を吐いた

「ああ、妃さんあの…こんなこと聞くのは俺もどうかとは思うんだが…妃さんは高校二年生の時、行方不明になっただろ?その時…どうしてたんだ?」

 それを聞くと妃さんは、やっぱり、みたいな顔をして、月を眺めながら言った

「そうね、聞かれると思ってたわ、でも、それは言えないの、いくら真白くんでもね」

「これは予測なんだが、妃さんは実は一度死んだんじゃないのか?そして…生き返ることのできる薬を飲まされたんじゃ…」

 それを言うと一瞬複雑そうな顔をしたものの、誤魔化すようにクスクス笑う

「馬鹿ね、何言ってるの?人が生き返るなんて…そんなわけないじゃない」

「…違ってたらごめん、でもこれは冗談でもなんでもなくて…でも朽葉が俺に会わせようとしたってことは、そうじゃないかと思ったんだ、本当に違うんだったら謝るよ、でも、妃さん目が泳いでる、もしそうなんだったら言ってくれ、どうしても知りたいんだ」

そう言うと妃さんはふっと笑って伏し目がちに呟いた

「…私、口止めされてるのよ、それでも聞くの?」

「無理なら…どうしてもとは言わないけど…絶対君から漏れたことは言わない」

「…」

 妃さんは黙りうつむく、そしてぐっと唇を噛んだ、表情は見えないが悲しい顔をしてるのが窺えた

「妃さん…」

「知りたかったら私と付き合って、と言ったら貴方はそれを受けるかしら」

 それを言った顔は、真剣なような、試しているような、これは…冗談なのだろうか、いやでも本気だったら茶化すのは失礼だし…どうすればいいかわからず、とりあえず本当のことをいう事にした

「…え?あっいや、その、無理だ、俺には彼女がいるし…」

 それを言った時の妃さんの顔はどこか安心したような、でも寂しさをこらえてるような顔だった

「…冗談よ、ただの冗談、いいわ、教えてあげる、正道君になら、ね、貴方が言った通り、私は生き返ったわ、私の意思も関係なく生き返って、不老不死にされたのよ、ある人間と、私の父親の契約によってね」

「契約…?」

「そう、契約、、私の家ね、私しか子供ができなかったの、だから跡継ぎがいないから、それで私に婿養子を迎えさせるつもりだったのね。私が死ぬとも思ってなかった両親は大慌てして、でもそれを世間に公表するわけにもいかないから、私は行方不明ということになってたわ、そこに現れたのがその人間、そいつが私を生き返らせる方法があると父親に持ち掛けたのよ、研究代として法外な金銭を要求してね、父親は飛びついたわ、馬鹿よね、そうしてその実験は成功して、私がここにいるって話」

 妃の事情はよくわかった、しかしそれだと腑に落ちないことがある

「それはどうしてわかったんだ?」

 そう、なぜ妃はこんなに自分が生き返らされた状況に詳しいのだろうか

「それはね、私、聞いてたのよ、父親とその人の話を、盗み聞きしたの」

 そうか…それならまあわからなくない…て、まてよ、ということは妃はそいつを見たことがあるんじゃないか?

「そいつの名前とか顔はわかるのか?」

「顔はごめんなさい、あまり覚えてないの、それに…名前は教えられないわ、言ったでしょう口止めされてるって、だって言ったら…いえ、なんでもないわ、忘れてちょうだい」

そう言った妃さんの表情は苦しそうだった

「わかった、ありがとう、無理やり話させたみたいで悪い」

「いいわよ、貴方と話せて楽しかった…最近はもうずっと人を差別してるみたいな気持ちで…ずっと苦しかったから」

「…そういえば妃はどんな風に世界が見えてるんだ?あの…俺の友人は腐って見えたり海の中のように見えるって聞いたから…」

「…私はね、見ただけで人をランク付けしてしまうの、色々な要素…そうね、学力、容姿、性格とか諸々を総合した結果をね、ちなみに真白君はDよ」

「でぃ…ディー?」

「普通ってことね」

 普通と言われるのは慣れてるが、こうもはっきり言われると釈然とせず思わずむっとする

「悪かったな…どうせ俺は凡人だよ…」

「そう拗ねないで、真白君は素敵な人よ、高校の時…ずっと見てた私にはわかるわ」

「おっ…?おう、ありがとう?」

 あまりにも真っすぐ褒められたものだからつい照れる、ん…?ずっと見てたってそれって…

「な、なあ妃、さっきのってもしかして本当に冗談じゃなくて…」

「私、そろそろ行くわね、バイバイ、真白君」

 くるりと背中を向ける妃、その背中にはこれ以上この話題はしたくないという意思を感じた

「あっああ…本当にありがとうな」

 妃はベランダのドアを開いて中に入って行った、俺はなんとなく後を追いかけるのも躊躇い、その場に立ち尽くしていた…








「でも皮肉なものね、貴方を守るために口止めされてるのに、あんな目で見られたら、すべて教えてしまいたくなるじゃないの…」














「真白正道君、ボケっとしてないで早く行くよ、今からそっちに縄投げるからそこの柱にでもくくりつけて降りてきてよ、正面玄関からは帰れないんだ」

 ぼーっとしていた俺に声をかけてきたのは朽葉カルトだった、しかしなぜかベランダの下の庭にいて、焦ってるように早口な上小声で、うっかりすると聞き逃すところだった、投げられた縄の先を受け取る

「朽葉?なんで外に…ていうかなんでそんな疲れてるんだ?」

「うるさいよ、早く、いいから早くしてよ、君は本当にトロいよね…近くに居たらぶっ殺してるところだったよ…あとで説明するから早く逃げるよ」

 俺は急いで縄をベランダの柱に結び、恐る恐る降りる、少しミシミシいってたものの、無事に降りられてほっとする、それもつかの間、朽葉に手を掴まれ引っ張られながら二人で走る

「表口も裏口も絶対追手がいるだろうから…僕一人ならそいつら殺して逃げるところだけど、君はうるさいし仕方ない、塀から逃げるか…」

「は…塀?」

「あー!うるさいなあ君はほんと…連れてこなきゃよかったよ…僕の判断ミスもいいとこだ…妃のお嬢さんに気を使ってる場合じゃないよねほんと…最悪…」

「よくわかんないけどお前…人に気を使えるんだな」

「は?馬鹿にしてるの?ていうか空気読めない君に言われたくないんだけど!」

 軽く言い合いながら走ってると庭の端にまで来た、ていうかここまでくるのに10分くらいかかったぞ…庭広すぎないか?そんなことを思ってると朽葉は塀を見ながら言った

「…意外に高いな、壊そうか」

「おっおいこんな高そうな塀壊しちゃだめだろ…ていうか他人の家だろ!?」

「は?あのクソ親父に全部なすりつけるからいいんだよこれくらい、屋敷ごと壊滅させるわけじゃないだけありがたいと思ってほしいよね」

 駄目だこいつ…とはいえ俺にはどうすることもできないし…俺は何も見てないと言わんばかりに目を逸らすと朽葉はブツブツ文句をいいながら壁の一部を腐らせ、穴を開け、俺たちはその穴をくぐって逃げた…





 塀の穴をくぐってビルの谷間を追手とやらに見つからないかヒヤヒヤしながら逃げると正浄化の会の仲間の人が車で迎えに来て、なんとか俺は家に帰ることができた、車の中で俺は朽葉にさっきのはなんだったのか聞いたが「もう説明するのもめんどくさいから死にたくなかったら聞かないで」と言われ釈然としないまま終わった、ていうかさっき説明するって言ったのお前だろ…

「なんかリスクに対して得た情報が少なくないか…?わかったのって妃がお金持ちの娘だから生き返らせた…つまり金銭目的ってことだけ…いやそれだとしたらなんで普通の家庭の涼まで…静島や朽葉は謎だらけだし…結局無駄骨だったのか…?」

 そう思うと急に落ち込んできた、結局一介の大学生である俺にはできることなんてないと神様に言われてるようで…

「…寝るか」

 そう思って部屋の電気を消した、布団にもぐってそのまま眠りにつこうとしたその時、一通のメールが届いた

「メール?誰だよ人が寝るってときに…」

 そう言って携帯を開いた、送り主はどうやら真優子で、どうせ面白いテレビがやってる~とかそんなくだらないことだろうよ思ってメールを開く、しかしその内容は信じられないものだ

った

₋-----------------------------------------------------------------------------------

送信者:真優子

件名:

本文:彼女は預かりました、助けてほしければ今夜零時までに

月弓海岸の近くの妃第三ビルに一人で来い

   なお警察にこのことを言ったら彼女の命の保証は無いと思え


₋-----------------------------------------------------------------------------------


「真優子…?」

 メールの内容を理解するのにかなり時間がかかった、いや一瞬だったのだが体感速度はもう何時間もその場に磔にされたように感じて、体中から変な汗が出た、ただの大学生だと思ってた矢先にこんなことが起きるなんて…しかし迷ってる暇はなかった、真優子が危ない、操られるようにガクガクしながら家を飛び出し、妃第三ビルに向かう、最初はごちゃごちゃしていた頭の中だったが、月弓町へと向かうバスに乗るといくらか落ち着いて、色々疑問が浮かんできた

「妃第三ビルって…妃さんの家の経営してるビルだよな、そこらへんの町のゴロツキではそんなところわざわざ借りないだろうし…多分、となると犯人はある程度の地位の持ち主ってことか?いや、考えたくないがさっき聞いた情報の中に機密事項が含まれていて妃さんの家の人に口止めされるのかも…ところで月弓町って涼の家の近くか…まあそれはただの偶然か、単純にそこしか借りられなかっただけかもしれないしな」

 そんなことを考えてたらバスが月弓町に到着した、俺は急いで支払いを済ませ、バスを出た、海辺の町なので夏にもかかわらず風は少し冷たく、ひんやりとした温度だった、全力でかけぬけると、15分ほどで目的地についた

「…ここか」

恐る恐るドアを開けると中は薄暗く、少し躊躇いながらも足を踏み入れた

「…来たぞ!真優子を返してくれ!」

 叫んでみたが返事はなかった

「なんなんだ…」

 とりあえずビルの中を捜索することにした、二階に上がるとさっきまで人が居たような痕跡があった、絨毯が敷かれている床に落ちてるコーヒー缶からはコーヒーがこぼれており、まだ乾いてないことからさっきまでここにいたことが窺えた、三階にあがろうとしたその時、またメールがなった


₋-----------------------------------------------------------------------------------

送信者:真優子

件名:

本文:一階の男子トイレ横の扉に入り、そこにある階段から地下に降りてこい


₋-----------------------------------------------------------------------------------

 …こんな奴の言う通りにするのは癪だったが、言う通りに地下に降りる、地下は月明かりがぼんやり入ってくる一階とは違い、真っ暗だった、携帯のライトを頼りに真っすぐ進んでみる、たしかに人のいる気配を感じて少し怖気づくが、虚勢をはるように声を荒げた

「真優子を返せ!約束通り来たんだ、こんな暗くして隠れないで正体を現したらどうだ!」

 少し声は震えたが、人が動いたような音が聞こえた、ゆっくりその方向に足を進めた、その時だった

「うっ!?」

後ろから何者かに羽交い絞めにされ、布を口に当てられた、当然暴れたのだが、どうやら薬を染みこませていたようで、徐々に薄れゆく意識の中で、鮮烈な赤色が見えた気がした










「ええ、貴方のお蔭ですよ、少し副作用はありましたが、生きていく上では大した問題じゃありません、今その副作用も止める方法も探ってる途中ですので…お嬢さんの精神が心配なら、今後もご贔屓にお願いしますよ、妃社長」 


「本当かね、そう言ってからどれぐらい経ったと思ってるんだ、本当に信じていいんだな?」


「ええ、この頭に不可能はありませんよ、ただ、資金の方を出していただければ、ですけどね」


「…君にかなりの金額を投資してるんだ、その言葉に嘘があったら、妃家で全勢力をあげて君を潰させてもらおう」


「それは、怖いですね」


「なに、君が成功させればいいだけさ」



















































































          






目を開けると、世界が真っ白だった

























 
















 何者かに呼び出された俺は地下の部屋に入ったところを後ろから何者かに襲われ、薬を嗅がされ、眠りに落ちた、そして目が覚めた時、俺を待っていたのは誰も居なくなった地下室と白と黒でしか表現されていないモノクロの世界だった、俺はパニックになり、叫んでしまった、もっとも、その声は地下室に響いただけで誰も聞くことはなかった






それから何時間か経った、そのころにはなんとか平静を取り戻し、俺に起きている現象が、俗にいう、世界が壊れる、という現象なのだと思い当たった、あの俺を呼び出した謎の人物に静島や涼が飲まされたという、薬を俺も飲まされたんだろう、なんのために…と考えたら、浮かんだのは制裁、という答えだった、俺がこの件に関わるのをよくないと思ってる人物がいる…そう考えるほかない、でもなぜ…口封じなら殺せばよかったのに…いや、命があってよかったと思うべきか…まてよ…奴は俺に死なれたら困る事情がある…のだとしたら?

そこまで考えていると、頭によぎったのは真優子のことだった、そうだ…俺は真優子を助けるために…、そう思って真優子のケータイに何度もメールを送った、約束が違うじゃないか、、早く真優子を返せ、そう打ったのだが返信はそっけなく、俺の思いを無視したものだった


₋-----------------------------------------------------------------------------------

送信者:真優子

件名:

本文:起きたなら早くそのビルを出ろ、さもなくば女の命は無い


₋-----------------------------------------------------------------------------------


仕方なく言われた通りビルを出る、しかし出ても何かおきるわけでもなく、苛立ちだけが募る、ムキになって何度もメールを送ったが、返信はなかった、警察に相談しようとも思ったが、バレたら真優子が殺されるかもしれない、黙ってるしかないかとも思ったが、そういうわけにもいかない、いつ気まぐれで真優子が危険なめにあうかもわからないのだ、俺一人だけでも探してやる…でもどうやって…

 頭が混乱してる中自問自答をするが答えは出なかった、行き場のない思いを持て余すようにとぼとぼとバス停の方に歩いていく、まるっきり変わった世界は真っ白で、まるで冬のようだ、なんて場違いなことも思った、どこまでも白と黒で区切られた俺の世界、そしておそらく不老不死になったであろう身体、もう限界だ、どこまでも俺の想像の余地を超えてるのだ、実際体験してみるとこんなにも…


「あれ、正道くん?」

 ここ最近聞きなれた声だった、何度も何度も相談した、事情を全部わかってくれている唯一の人物、男にしては高めだが、落ち着いていて優しい声、彼なら俺の苦しみも理解してくれるだろう、そうだ、彼に説明しよう、優しくて思慮深い彼なら俺の状況も理解してさらに解決策も提案してくれるかもしれない、彼にここまで頼り切った考えが浮かんだことに自分でも驚いたが、それもきっと見慣れない世界に落とされたから柄にもなく弱り切っていいるのだと思う、

そう思って顔をあげた、そして絶句した


「うっうわああああああああああああああああああああああああああ!」

「正道君!?どうしたの!?僕がなにか…」

「ちっ近づくな…なんなんだお前は…その声で喋るんじゃない!」

「正道君!」





 思わぬ出来事にその場から逃げ出してしまった、だって…涼が…いや、涼の声をした化け物が…目の前に現れ、自分に近づいて来たのだ、すべてヘドロのような汚れでできた化け物は、近づくのも恐ろしいほど、生理的に受け付けないものだった、震える思いで来たバスに飛び乗る、そして俺は気を失うような思いになった、汚れているのだ、人らしきものが、例えていうならあれだ、ドロドロの排水溝の汚れが、そのまま人間の形になっているような…、体の震えが治まらず、ガクガクになりながらも席に座る、化け物たちはそんな俺に関心がないとでもいうように携帯を弄っていたり、音楽を聴いていたり、

その動作を見てやはりこの物体たちは人間なのだと再確認し、俺は死ぬような思いだった















 父親から逃げ出した後、僕は信者やマスコミの手を使って朽葉家の評判を落とそうとしたり、裏の仕事を抜き出そうと試行錯誤していた、しかし古くから続いてる家というのは中々ガードが固く、思うようにはいかなかった

 そのことに僕がイライラしていると、一通の電話が来た


「はい、正浄化の会会長、カルトです、どなたでしょう」

「俺は…」


 名前を聞いて驚いた、まさか向こうからアプローチしてくるとは


「この間、君、パーティーで随分騒いでたじゃないか、折角お父様に会わせてあげたのに、あの態度はないんじゃないか?」

「ええ、ええ、余計なお世話すぎて反吐が出ましたよ、体よく言ってるだけで邪魔者払いしただけでしょう、恩着せがましいことこの上ないですよね、昔からそうだ」

「ははは、それは結構、なに、今回は喧嘩しにきたわけじゃないんだ、君があそこに来たその理由、それをわかってる、そう伝えにきたんだ」

「へえ…で?どうするつもりなんですか?言っときますけど僕は貴方の個人情報も居場所もすでに掴んでますし、今すぐにでも突入できるんですよ?」


 それははったりだった、しかしそれも見透かしたように相手はフッと笑い

「怖い怖い、別に争うつもりじゃない、そう言っただろう」

「は?」

「まあ話を聞き給えよ」

………

……







「へえ、それは、なるほど、僕の性格よくわかってるじゃないですか、ねえ」


「で、どうする?」


「その話、乗りますよ」





電話はそこで切った、そしてほくそ笑んだ、まさかここでこんなイレギュラーが起こることで、思わぬ収穫が得られるとは、、まあすべてあの嫌味で醜悪なエゴの塊のような人間の思うようにはさせないけどね、なんて、そして僕は解決した謎と、予定していた計画を脳から消去して、新たなプランを練ることにした
















 あのあと俺は家になんとか帰り、それからずっと自室にこもっていた、あまりにも変わってしまった世界に、俺はただ喘ぐしかなかった、窓から見える青い空も揺れる緑のカーテンも色鮮やかな本棚も、すべて、すべて真っ白に見えるのだ、白、白、白、右も左も上も下も中も外も全て白、なにもかもが白く俺はすでに気が狂ってしまっていた

 親が最初は声をかけたりしてきたが、鬱陶しくそれを思い、すべて無視した、しかしあまりにも長く引きこもってるものだから、親が入ってくる、そしてその姿を見て思わず突飛ばしたり、怒鳴り、傷つける、そんな悪循環、この体になって救いだったのは、なぜか腹が空かないことだった、水も飲まなくても乾かないし、筆立ての中に入ったカッターを肌に突き立てても、すぐに治ってしまう、その様子を見て、俺は化け物になってしまったのかと思った


 ああ、ああ、あの自殺を繰り返した親友も、こんな気持ちなんだろうか


 ふと親友の顔を思い出し、涙が出た、そして囚われの身の彼女のことも

しかしすべてがどうでもよくなるぐらい、携帯にくる山野からのメールも開かないぐらい俺は自分のことしか考えられず、外に出て、汚れた怪物たちを見る勇気がなかった

まるで潔癖症にでもなったようだ、どうやらこの目は汚れた心やものを浮き彫りにさせるらしい、白黒の中に浮かぶ汚い汚物のような怪物、それは俺の心をへし折り、外に出る気力を皆無にさせた、そして、自信がなかった、俺は、この目でみた真優子を愛せるだろうか、両親ですら俺は嫌悪してしまうほど、それは酷い物だった、俺は…俺は…

 申し訳ない、ごめんなさい、許してくれ、俺は弱い人間だった、ただの人間だった、ただの凡人で…親友を救うなんて大口をたたいて未だ収穫もなしに、ただいたずらに場をかき回し目をつけられ、自分が被害者の立場に立つととたんに弱い物ぶる卑怯者の…駄目な人間の…

 そう一人で嘆いていると、両親は出かけていて誰もいないはずの家の廊下に足音が聞こえた

泥棒だろうか、それとも家族がこっそり帰ってきてたのだろうか、どちらにせよ俺は恐ろしくて息をひそめ、動けなかった、すると足音は俺の部屋の前で止まった





















「カルトくん、私、変わったんです」


「僕の愛はそんなこと言わないよ」


「カルトくん、私、カルトくんが私の事本当はどう思ってるかわかってるんですよ」


「黙れ!愛の顔をしてそんな自信満々に話すのをやめてよ、君の顔を引き裂いてしまいそうになる、この偽物!」


「カルトくんって本当に…」


「やめろ!」


「私の事大好きですよね」


 















「真白君」

 その声は、女にしては低く、男にしては高い、掠れたこの少し早口でこちらの意見を急かすように言うその声は…

「…静島…幸也」

 ずっと追いかけて探してた親友、できれば今一番会いたくなかった人物、俺はその声を聴くだけで罪悪感に押しつぶされそうになった

「真白君、これは僕のエゴだけど、僕は君の誘いに乗ることにした、そして、君の大切な人を僕も一緒に取り返そうと思うんだ、聞いたんだ、君も…薬を飲まされたんでしょ、それは全部僕のせいだ、僕が君とかかわり合いたいとあの日思ってしまったから、君は僕と同じになってしまった、僕に関わるとろくなことにならない、だから、君から逃げようとした、でも君はそれでも、僕に関わろうとした、たとえ君が平凡な大学生で、なんの罪もない市民で、なんの力もなく状況を打破する頭脳を持ってるわけじゃなくても、彼には関係ないんだ、僕に関わろうとした、それだけで君はそんな目に遭ってる」

 …何を言ってるんだろうかと思った、ショックで思考力の低下した俺には、上手く静島の言葉を拾うことが難しかった、一つ入り込んだことは、静島が薬を飲ませた人物の正体を知ってるような口ぶりで話していることだった、つまり静島は最初からすべてわかっていたのだろうか、俺のやってきたことは無駄だったということなのだろうか、その気持ちさえも…無駄だったのだろうか…

「なにか勘違いしてるかもしれないけど…僕は、君が僕のために行動してくれたことが嬉しかった、だからこそ僕は君に真実を伝えようと思った、本当は…巻き込みたくなかったんだ、これは僕達兄弟の問題だから…て、もう君に迷惑かけている以上、僕達だけの問題ではなかったんだけど…」

余裕がないため、回りくどい言い方にイライラした、裏切られたような感覚すらあって、ついあたりがつよく返してしまった

「つまり…どういうことなんだよ」

 その感じの悪い声を聞いて、一瞬言葉に詰まるも、静島は、淡々と、冷静に言った

「君を友達だと思っている」

「じゃあなんで!じゃあなんで最初から言ってくれなかったんだ!友達ってもっと迷惑かけあってもいい仲だろ!俺はお前の力になりたかっ…た…の…に?」

 大声で怒鳴って扉を開けるとそこには…怒りと悲しみが混ざったような、なんともいいがたい淀んだような色の怪物がいた、

「ヒッ…」

「落ち着いて、真白くん、僕だ、静島幸也だ」

 その言葉を聞いて、俺は…












俺は、理性が切れてしまった

「ああああああああああああ!!!!うわああああああああああ!お前なんか!静島じゃない!静島のふりをした化け物!」

思わず殴りかかり押し倒した、化け物は、驚いたように、ヒュッ、と息を漏らした、どろりと怒りの感情が爆発したように、俺は目の前の化け物に憎しみに近い感情をぶつけてしまう、何を血迷ったか近くにあった消毒液を静島にかけていた、そうすれば綺麗になるとでも思っているかのように…

「お前なんか静島じゃない、お前なんか…!静島はそんな化け物じゃない!俺の友達は…!親友は…!」

 その言葉を聞いた途端、今まで大人しくされるがままになっていた化け物は口を開いた

「それは違う…僕は、君の友達だ、親友の、静島幸也だよ、真白君」

「うるさい!静島はそんな…!」

「僕は僕だ!君にどう見えていようがそれは変わらない!しっかりしてよ真白君!君の大事な彼女を助ける…君が僕の力になろうとしたように…僕も君の力になりたい!だから…もっと…しっかり僕を見て…」

 いつも冷静だった静島が怒鳴った瞬間、静島の姿がはっきり、色をついて今までのようにしっかり映っていた、その姿は人間で、先ほどまでの化け物ではなく、間違いなくあの時、高校生のときよく話していた、親友、静島幸也そのものだった

「静島…」

 肩を震わせ、荒い呼吸でこちらを睨みつけてた静島は、俺の声を聴くと、大きくため息をつき、笑った

「そうだよ、僕が静島幸也だ」









「落ち着いたね、じゃあ話を戻すよ、僕に薬を飲ませ、君の彼女を誘拐したのは、僕の兄さんだ」

「静島先輩が…!?」

 静島は苦し気に、しかし淡々と言葉を進める

「僕の兄さんは、過保護が過ぎて、僕に執着してる…といったらいいかな、僕が自殺したことが耐え切れなくなって、人が生き返る薬を作った、それがWB1(WorldBreak1)だ」

「WB1…?」

「本来は生き返るだけの予定だった薬も、副作用があって、それは使用者の視界がおかしくなる、という点だった、その症状は、君も味わったよね、それを僕の兄は世壊視(せかいし)と呼んでいる」

「ま…まて、なんでじゃあ、静島以外も生き返らせられたんだ?涼も朽葉も妃も、静島先輩とはなんの関係もないはずじゃ…」

 その言葉を聞いた静島は目を見開き、信じられない、とでも言いたげに呟いた

「僕と君以外にも、薬を飲んだ人間がいるの…?」

「あ…ああ、清原涼、朽葉カルト、妃美姫、全員俺たちの同級生だ」

「僕の兄さんは自分たち以外の誰かを救おうなんてお人よしな人じゃないし、そんなことありえないと思ってたけど…そのメンツを聞いて納得がいったよ、僕には大体わかった、そもそもなんで兄さんが、そんな薬を作る費用があったのかとずっと思ってたんだ」

「ど…どういうことだ?」

「妃さん、朽葉くん、彼らに薬を飲ませた理由は、ずばり金銭目的だ、二人ともお金持ちの家の子だし、自分の子供が死んだとなったら体裁が悪い、それも自殺だ、特に朽葉くんは跡取りになる予定だったと思うしね、そこに上手くつけこんでこういったんだと思う「あなたのお子さん、生き返りますよ、ただし、条件がありますけどね」なんて、そんなとこだろうね、僕の兄は昔から取り入るのが上手いから…」

「こ…こんなこと言うのもどうかと思うが、本当に静島先輩が犯人なのか?先輩は優しく穏やかでそんな人から金をむしり取る人間に見えなかったし…何より俺に会ったとき、お前を助けるのを協力してくれるって言ってた…」

 難しそうな顔を静島はしてたが、俺の言ってることが間違ってるんだろうか…いや、多分間違えてるのだろう、呆れた顔をしている

「呆れたよ君…兄さんの表向きの顔にまんまと騙されてるよ、それ」

「そっそうなのか…」

「兄さんは世界の誰より冷徹な人だよ、僕意外にまるで執着するものがない、君が僕の兄に会う前、ずっとその前から狂ってしまっているんだ」

 溜息をつきながら肩を落とす静島、その姿を改めてみた時、違和感に気づく

「なあ、静島、いつもつけてるループタイはどうしたんだ?」

 その質問にうげっとした静島、なんだかレアだ

「あれはね、あれこそ兄さんのエゴの象徴だ、あれには盗聴器が仕込まれてるんだ」

 その言葉を聞いて思わず大声をあげてしまう

「とっ!?盗聴器!?」

「そう、盗聴器、あとGPSもね、兄さんは僕の行動や言動を把握することで平静を保ってる、それで安心するらしいんだ、そしてその音から拾った僕の交友関係に口出ししてくる、誰もそんなこと頼んでないのにね、無駄なことをする…」

「それって高校時代もか?」

「もちろんそうだったよ、ずっと、ずっと、だから僕には友達ができなかった、いや、作れなかったんだ、怖くて、兄の影に隠れてるくせに、その兄に一番怯えてた…、でもそれも今日まで、兄とね、決別しようと思ったんだ、だから、ループタイを外した、僕は兄と戦うつもりで今を生きている、そして…君と生きるため…」

 そう言っている静島はいつもの頼りない卑屈そうな顔をやめ、はっきりとした意識を抱いているような、凛々しささえ感じる表情だった

「静島…」

「行こう、真白くん、いや正道くん、君の彼女と、僕達兄弟に苦しめられた人を助けるために、僕と一緒に立ち向かってくれるよね?」

 静島は俺に向かって手を差し伸べてきた、俺はその手をしっかり握りしめた…

「ああ、幸也」







 幸也が言うには、静島幸助の研究所は朽葉大学の地下にあるという、まさか俺の大学にあるとは…うちの大学はバーコードを読み取って扉が開くシステムのため、幸也が一人で行けなかったのも、学生証がないから入れなかったからだという、行きの電車に揺れながら、幸也と話していた

「正道君、髪の毛真っ白だよ、ストレスで白髪になっちゃったんだね」

「うえっ!?マジかよ…」

「正道君、ストレスに弱かったんだね…さすがの僕でも白髪にはならなかったよ…」

「そういえば、幸也の世壊視って…なんだったんだ?」

「僕…僕はね、見たものを繰り返し再生されるんだ、異常に記憶力がよくなる…っていったらいいかな、一回見たものは何回も何回も見せられるんだ、そりゃ覚えるよね、なんだってさ」

「へえ…」

「僕の話はいいよ、僕が死んでた間の、君の話が聞きたい」

「あっ?ああ、いいぞ」

 久しぶりにゆっくりとした時間が経っていた、静島と再び、友達のような話ができたことを

このとき俺は安堵した、そして、真優子を助けに行く意思を燃やし、膝に乗せてるこぶしを一層強く握りしめたのだ



 結論から言うと、案外簡単に研究所には侵入できた、いや、案内された、といった方が正しい、薬学部の校舎にこっそり侵入しようと、薬学部の生徒の三橋と沢田を拉致し(犯罪行為に手を染めている感じがして苦しかった)気絶させ、縛って本日休みだという漫画サークルの部屋に置いておいた、その学生書を使って薬学部の校舎に入ると、探していたその人、静島幸助が迎えに来ていたのだ

 研究所の中は薄暗く、怪しい薬瓶が並んでおり、薬品臭かった、こんなところが薬学部の地下にあるとは…おそらく朽葉の家に協力を要請したんだろう、一介の一個人にこんな場所を提供するなんて…なんて思っていると静島幸助が口を開いた

 「君がここまで来たという事は…幸也が喋ったんだろう?まったく、俺はお前のためにやったというのに…」

 あくまで大げさに被害者ぶる先輩に幸也が不愉快そうな顔をし、反論をした

「そんなの…嘘じゃないか、兄さんがやったことは何一つ僕のことを考えてない」

「何を言ってるんだ?俺は常にお前のことを考えているさ」

「どの口が言ってるのかわかんないよ兄さん」

 二人は顔を見合わせたと思ったら口論を始めた、呆然とそれを見ていた俺だった我に返り、静島幸助に詰め寄る

「それより、真優子を返してくれよ、真優子はなんの関係もないだろ」

 静島幸助は俺の姿を見るなり嫌そうな顔をしてうんざりと返す

「ああ、そういえば君も来てたんだったな、WB1を飲んで廃人にでもなってればいいものを…実にめんどくさい一般人だ」

「やっぱり薬を飲ませたのはアンタだったんだな…真優子はどこだ!」

「君の彼女なら奥の部屋で眠らせているよ、まあ、無事とは限らないが…」

 それを聞いた俺は激怒した

「おい!俺が言う通りになれば真優子には手を出さないって言ってただろ!」

「俺が約束したのは命の保証だけさ、安全じゃない」

 頭がカッとなり、思わず殴るかかる、しかしその腕はひらりとかわされ、腕をひねりあげられ、地面に押さえつけられた、思い出した…この人頭だけじゃなくて運動も天才だった…

「落ち着き給えよ、真白正道君、君が悪いんじゃないか、俺の幸也に気安く近づいて…思えば学生時代から君のことは鬱陶しかったよ、君のその自分を正義だと疑わない精神が嫌いだよ、今回も正義のヒーローヅラで首を突っ込んできて、君自体は何もしていないじゃないか」

 腹が立つが言われた内容を聞いてぐっと傷つく、正論かもしれない…でも

「なんで幸也に近づくことが駄目なんだよ、アンタには関係ないじゃないか」

 それだけはおかしいと思った、そしてそれを聞いた静島幸助は静かに怒りを現し…

「いいか?俺が言ってるのは、君みたいな虫けらがブンブン煩く飛んで喚いてるだけでも腹が立つのに、それが体に纏わりついたり噛んできたら潰したくなると言ってるんだ、いいか、二度は言わない、俺の大切な弟に近づくな」

 言外に殺すぞと言われたが、俺はもう怯まない、隣で不安そうな顔をしてる幸也に対しても言うように、俺は真っすぐ相手の目を見て言った

「嫌だ、幸也が俺と付き合おうがそれは幸也の関係で合ってアンタには関係ないだろ、自分が頭おかしいことに気づけよ、静島先輩」

「正道君…!」

 幸也は目を煌めかせ、俺を嬉しそうに見る、なんだか少し照れ臭かったが、しかし、前には、鬼のように凶悪な顔をした、静島幸助が、俺を恨めし気に睨んでいた

「糞餓鬼が…さっきから黙って聞いてたらなんだ?幸也のことを俺以外が名前で呼ぶなど許されないことじゃないか…ああ、幸也、どうしてお前までこのクソ男を下の名前で呼んでいるんだい?お前は俺だけいればいい、俺にもお前だけいればそれでいいだろう…いいはずだ…!」

「兄さん、僕はね、兄さんが大事だ、それは本当だよ、でもね、そろそろ僕も、兄さんも、離れるべきなんだ、自分の人生を歩んでほしいんだよ、兄さんには」

「煩い、煩い、うるさい、なんでお前までそんなことを言うんだ、俺は…全部お前に捧げてきた、人生も、感情も、運命も、なにもかも」

「もういいんだ、もういいんだよ、兄さん」

「やめてくれ!」

 それを聞いた静島幸助は、悲壮感溢れる、可哀想な顔をしていた、そう、可哀想な顔だった

「兄さん、僕だけじゃなくて他の人も生き返らせたんでしょ、それも、世壊視なんて発症するぐらい、中途半端な開発で、僕を早く生き返らせたいがために、でも兄さんは今までも対抗薬、作ろうとしてたんでしょ?」

「ああ…そうさ、俺は対抗薬を作ろうとしてたさ、でも全部失敗だ、不老不死の効果を消す薬はできても、肝心の副作用を消す薬は出来なかった、神様も酷なことをするさ、弟に失敗作を飲ませるなんて…」

「兄さん、それを頂戴、不老不死の効果を消す薬を」

「は…?何を言ってるんだ、幸也、そんなことさせるわけないだろう、それを飲んだら…」

「僕は死ぬ、そうでしょ?でもそれでいいんだよ兄さん、僕の命は高校二年生の頃、首を吊ったところで終わっていた、兄さんは僕の死を乗り越えて自分のことを考えて生きるべきなんだ、

兄さんの人生を僕みたいな人間に使う事はない、もっとその頭脳は、世界のために使ってよ、自殺なんてしなくてもいいような、優しい世界を、兄さんの力があれば、できるはずだよ」

 静島は穏やかな口調で、諭すように兄に言う、その言葉に俺も思わずうなずいてしまう、しかし幸也…お前さっき俺と一緒に生きるとか言ってなかったか…

「…」

 その言葉を聞いて静島幸助は、うつむき、黙っていた

「ね、兄さん、僕がいなくても兄さんは…」

「何を言ってるんだ?よくわからないよ、兄さんは、お前の言ってることが」





「俺は世界を救うつもりなんてない、そんなの無意味だ、俺はお前さえいればいいんだから、他人なんてどうでもいい、そうだろう?まったく幸也も冗談が上手くなったなあ…」

 静島幸助は背筋の凍るような笑みを見せる、赤い瞳が三日月型に歪むその姿はまるで悪魔のようだった、この男には心底他人など…世界などどうでもいいことらしい、その言葉を聞いて…表情を見て、幸也も固まってしまっている、歪んでいる、あまりにも歪んでいるのだ、この男の愛は

「ああ、家に帰ろう幸也、お前の好きなプリンも買ってやるさ、だから…そんな冗談言わないでくれ」

 そう言って幸也の腕を掴んで研究所から出ようとする、そこで俺はハッとなり、叫んだ

「冗談じゃない!冗談で死ぬなんて言えるかよ!幸也はアンタのことを真剣に考えて言ったんじゃないか!それに真優子はどうなったんだ!」

「五月蠅い蠅だ、実に煩い、耳障りだ、そんなに彼女が大事なら黙っていればいいものを…君は俺を怒らせた」

 そう言って静島幸助は端末を取り出し、スイッチのついた画面を見せてきた

「わかるかい?真白君、これは彼女が寝ている部屋の管理画面だ、まあこれは簡易的なものだが…それはいい、問題は、このスイッチを押すと、毒ガスが排出されることになっている、吸えば十秒持たない強力な毒ガスさ、あの部屋は元々不要になった動物を処分するための部屋でね、そういう装置もあるんだよ」

「…まさか!」

「そうさ、これを押す、それだけのことだ、簡単に人を殺せる時代になったものだね、真白くん、どうすればいいかわかるね?でも君は馬鹿だからわかんないだろうから単刀直入に言う、二度と幸也に近づくな、そして平和に暮らせ、それだけさ」

 幸也に近づくな、か、ああ、そうしたほうが楽だろう、最初から首をつっこまなければ俺は平和に暮らせたんだ、幸也と友達にならなければ…、簡単な決断だ、人の命、ましてや大切な人の命がかかってるんだ、でも俺は、その時、幸也との出会い、その時の彼の悲しそうな顔を思い浮かべていて、気がつけば口から言葉が漏れていた





「それは…できない」

 それを聞いた瞬間、空気は凍り付いた、静島幸助は信じられないとでもいった顔をし、幸也はうつむいて表情が見えなかったが、驚いたのだろう

「っ…はっはははははははは、いいだろう、そうかそうか、彼女よりも幸也を選ぶんだな、薄情なものだ、学生時代はあんなに仲睦まじくいた彼女を、君が殺すんだ、君の判断が!」

 そう言って静島幸助はスイッチを押そうとする、俺はそれを止めようとしたが、体が動かなかった、…しかし、スイッチは推されることはなかった









「幸也…?」

 一瞬思考が停止していた、落ち着いて静島幸助を見る、そして驚いた、腹部に、刺さっているのだ、包丁が、そしてそれを誰が刺したのか、考えるまでもなかった、幸也だ、この親友は、自分で、兄を手にかけたのだ

「っぐ…ゲホッ…ゆ…幸也、どうしたんだ、なぜ、なんで、なんでこんなこと…」

「兄さん、それは駄目だよ、これ以上は駄目だよ、僕は兄さんには人殺しなんてしてほしくない、でも僕が言っても兄さんは聞かないでしょ、だから…こうするしかないんだ」

 そう言って幸也は包丁を引き抜いた、すると静島先輩はずるりと崩れ落ち、周囲には血だまりができた

「兄さん、僕の目を見て、そして…これで終わりにしようよ」

 そう幸也がつぶやき、静島先輩と目を合わせた…















僕が6歳の頃、両親は死んだ 飛行機事故だった、父親の仕事の帰りのことだった 白と黒のモノクロの世界で、両親の亡骸を見たとき、僕はなんだかわからなくなって兄に泣きついた

「お兄ちゃんは僕から離れないで」

そう言って、この偉大な兄を僕に縛り付けてしまったのだ それからは所詮世に言う可哀想な日々が始まった、親戚の家を渡り歩いたが、どの家も僕たちを引き取ってくれなかった、初めは父親の両親の家に行った、父方の母は父親に似た兄のことは可愛がったが、母親に似た僕のことはまるでいないように扱った、僕はそれでもよかった、兄と一緒にいられたから、しかし兄はそれを許さなかった

「幸也にそういう扱いをするおばあちゃんは好きじゃない、こっちから来といて悪いけど、俺達はここにはいたくない」

と言っておばあちゃんの頬をぶって、逃げるように飛び出したのだ 次に行ったのは母親の両親の家だが、ここは入れてすらくれなかった 後になってわかったが、僕たちのお母さんは親に恵まれておらず、日頃虐待を受けており、高校を卒業したあと追い出されるように社会人になったと聞いた その後知ってる限りの親戚の家を訪ねたが、誰も僕たちを引き取る意思はなかった そこで唯一誰も引き取らないなら私が、と手をあげた父親の妹の家には、僕と同い年の子供がいた、特に酷いことはされなかったが、なんだか息苦しい家だった、その家の子は僕たちにも優しく、笑いかけてくれたが、その笑顔はなんだか無理してるよう に見えた、愛しげに母親に撫でられるその子はなんだか苦しそうだった しかしある日海辺で遊んでいるその子と兄を置いて家に入って手を洗いに行こうとした僕がリビングの扉の隙間から父親の妹と誰かの電話で聞いたのは信じられない言葉だった

「うーん、あの子たちは悪くないんだけど、やっぱり二人っていうのはね…片方そっちで預かってくれない?そうね、うちの子もお兄ちゃんがほしいようだろうし、弟の方を…」

そこまで聞いて僕はいてもたってもいられなくなって、兄のところへ駆け出した、追い出されるのはいいけど、兄と離ればなれになるのは嫌だった、でも走ってる途中で

「僕がいるせいでお兄ちゃんまで追い出されるかもしれない、僕の我が儘でお兄ちゃんは不幸になるかもしれない、このまま黙っていれば…」

そんな考えが浮かんだ、そして兄といとこのところについた、様子の違う僕に兄はどうしたのか聞いてきたが、僕はなにも言えなかった そしてその日はやってきた、僕の親代わりになってくれる人が迎えに来たのだ、優しそうな人だった 叔母さんはやけに聞き分けのいい僕に優しい笑みを浮かべ

「ごめんね、本当は二人一緒にさせてあげたいんだけど…」

と謝ったが、僕は

「うん、大丈夫だよ、ちょっとの間だったけど、面倒見てくれてありがとう」

そう言って親代わりになってくれる人に手を引かれ、家を出ようとした そこに現れたのが兄だった、兄は激怒した、兄の怒るところを初めて見た

「幸也、お前は俺とわかれてもいいのか、なんで叔母さんは俺と幸也を引き離そうとするんだ、それなら二人まとめて追い出してくれ」

そう言って叔母に掴みかかり、僕たちは他の遠い親戚に二人まとめて預けられることになった 後になって思うのはここで別れておけばよかったのかもしれない その遠い親戚というのが最悪な人だった、一人暮らしのサラリーマンなのだが、酒癖の悪く、すぐ暴力をふるう人で、よく賢く生意気な兄を蹴った、僕は家を出ようと言ったが兄は「幸也が同じ目にあったら俺はあいつを殺すが、俺は痛くないから大丈夫、心配しなくていいよ、そんなことより二人で一緒になれたんだから、お兄ちゃんと遊ぼう」と言って取り合わなかった 兄が小学六年生になり、僕が四年生だったころ、僕は兄の同級生達に目をつけられた、兄は頭がよく口も回るため、よく人の反感や嫉妬を買っていた、しかし兄に攻撃しても、兄は上手く立ち回るため、そのしわ寄せが弟である僕に来たのだ、僕は陰湿ないじめから、ぱっと見ではわからない所への暴力まで、さまざまないじめを受けた、僕は兄さんに告げ口することもできず、ただ見えないようにつけられた傷も、兄さんと銭湯に行ったときにばれてしまい、結局僕は兄さんに助けられた、思えば異様に過保護になったのも…この時だったと思う、思えばこの時普通に、相談してれば、ここまで兄さんが僕に執着することもなかったんだろうか…

 中学に上がった頃も、僕はよくいじめにあっていた、でもそのたび兄さんが上手く取り持った、そして学年があがるにつれて、いじめはなくなっていった、どうしてだろうと考えたらすぐわかった、兄が人に対して上手く立ち回るようになったのだ、僕にしか微笑まなかった兄が、それを人に対して向ける術を覚えたのだ、たちまち兄は人気者になった、僕はと言えば、できそこないの方の弟として陰口を叩かれたりもした、でも、それでよかった、しかし、ある事件が起こる、中学三年生の頃だった、クラス替えをし、隣の席の男の子が僕に話しかけてきたのだ、どうやら彼も出来のいい兄がいるらしく、共通点の多い話に、花を咲かせた、しかし、家に帰って友達ができるかもしれない、そんなことを兄に話したときだった、兄は恐ろしい表情で

「そうか、幸也に友達か…」

 なぜだかこの時、なんだかこの兄を大変恐ろしいと思ったのだ



 結局、僕に友達はできなかった





それから一年、高校に入った、その時後ろの席に彼がいた、それが、真白正道くん

正道くんはこんな出来損ないの僕にも、笑いかけて挨拶をしてくれた、僕はそれがすごくうれしかったけど、これじゃまた去年と同じになると思い、上手く返事を返せなかった、しかし彼はそんな僕に対して、毎日話しかけてくる、そんな彼に僕もついほだされてしまい、毎日挨拶を交わす仲になった、勿論兄には内緒にして…すると彼は放課後一緒に帰ってくれたり、遊びに誘ってくれたりした、でもあまり仲良くしすぎると兄にバレるのではと思い、あまり誘いにのることは出来なかったけれど…でも彼と話すときは楽しかった、そしてある日のこと、僕は街中で不良に絡まれたときのことだ、裏路地で胸倉を掴まれ、財布を要求された、その時、彼が現れた、正道くんだった、彼はのちの彼女、真優子さんと二人で歩いていたにも関わらず、なりふり構わず現れて不良に怒り、僕を助けてくれた、勿論無傷では済まなく、頬を赤く腫らしながら僕に笑いかけた、その顔を見て思わず僕も笑ってしまった






「ありがとう、真白君」


「いいって、友達がピンチなら助けるのなんて当たり前だろ」


「友達…?僕が…?」


「あっ…あれ?違ったか!?」


「ううん、友達だ、君と僕は」


「そっそうか…よかった、ってあれ、なんで泣いてるんだ?」


「…なんでもないよ」


 あれから僕と正道くんはよく話すようになった、彼の話す話は、いつも僕の知らないことばかり、普通の、キラキラしたものだった、僕はその普通さが羨ましく、好きだった、しかし幸せも長くは続かなかった、高校二年生の頃だ、兄が僕にプレゼントをしてきた、それは紫色の宝石がついたループタイだった

「肌身離さず持ってくれ」

 そう言われたのと、プレゼントされることがそもそも珍しく、嬉しかったので、常に身に着けていた、しかし、それこそが兄の歪んだ愛情の現れだとも知らずに…

 朝、早くに来て前の席で彼を待っていた、しかし彼は二時間目になっても来なかった、三時間目の終わるころに、彼は全身痣だらけでやってきた、すぐに駆け寄り、彼の心配をした、彼は笑って

「なんか階段から突き落とされてさ…幸い頭も打ってないし擦り傷ですんだからよかったけど」

なんて言っていたが、僕は気が気でなかった、まさか兄さんが…と思ったが兄さんはもう高校にいないし、そんなはずは…と思って何も言わなかった、しかし、その後の彼は不幸に見舞われるというか、不運の連続で、下駄箱に画鋲が入ってたり、三年生の先輩に呼び出されたと思ったらボコボコにされかけたり、僕はもう疑っていた、こんな陰湿な真似するのは兄さんだ、それは中学時代の経験でわかっていた、今はまだ軽い段階ですんでるが、この先どうエスカレートするか、それを考え震えていた、しかしなんでバレたのかこの頃はわかってなかった、ある日、家の中でループタイを外し、お風呂に入ろうとしたときだった、するとシャンプーが切れてたので、兄さんにそれを告げようとリビングに行こうとした時だった、ドア越しに低い声が響いた

「そう、2年4組の真白正道だ、あいつは邪魔だ、弟にはね、だから…明日も痛めつけてくれないかな、気づかれない程度でいい、それでも弟に近寄るようなら…いや、これは自分でやろう、気にしないでくれ」

 電話で話している声だった、そしてそれを聞いて確信した、兄さんは正道君を殺す気だ、僕が正道君を明日から避ければ、正道君が嫌がらせされることも無くなるだろう、しかし僕は…僕が避けだした時、正道くんはきっと悲しそうな顔をするだろう、嫌な奴だと思うだろう、友達とか言っといて自分からつっぱねるなんて、裏切られたと思うんだろうか、それは…

「嫌だな…」

 思わず口から言葉が漏れた、嫌なのだ、僕は…ずっと友達が欲しかったから…


「…幸也?」

 声が聞こえてたらしい、兄がドアを開けた、そして僕の表情を見て、話を聞いていたことを察したようだった

「ああ、聞こえてしまったか、俺としたことが…幸也、友達は選んだ方がいい、いや、選ぶまでもないさ、お前には俺がいればいいだろう?」

 兄はまた僕を言葉で縛り付けようとしてくる、いや、兄さんを縛り付けていたのは僕だったのかもしれない、僕はある決意をして、長年見せてこなかった笑顔を向け…

「そうだね、兄さん、僕には友達はいないよ…」

 そう言って風呂に引き返した






次の日のことだ、僕が首を吊ったのは




































「…今のは、なんだ、幸也…今の記憶は…」

 息も絶え絶えに静島幸助は幸也に聞いた、すると幸也は

「僕の記憶だ、わかるだろ、兄さん、僕は兄さんのことが大事だ、尊敬してるし、憧れの兄さん…大好きだよ、でもね、だからこそ僕は…兄さんに人殺しなんてしてほしくなかったんだ

 静島は倒れた静島幸助をそっと上向かせ、悲しそうに呟いた

「正道君、兄さんのポケットに、鍵束があった、これで彼女を助けに行きなよ、僕は…ここでまだやることがあるから」

「あ…ああ、わかった、後でお前も出て来いよ!一人じゃ出れないだろ?」

 鍵束を受け取りそう問うと静島は、笑顔で

「うん、約束だ、必ずそっちに合流するよ」

 と言ったので俺は場の雰囲気に困惑しつつも、真優子を助けなければと思い直し、研究室を出た…




「真優子!しっかりしろ!」

 真優子は奥の部屋で白いベッドに寝かされていた、見たところ外傷はないようで安心した、でもなにかされてるかもしれないからあとで病院に連れて行ったほうがいいだろう

「んん…なによ…正道?え…私なんでこんなところに…確かスーパーに行こうとしてたのに…」

「説明はいい!とにかく早く出よう!」

「ええ!なによ私ばかりいつも説明されないで…!あーもうわかったわよ…」

 そう言って口は元気だがまだ体がふらついてる真優子をおぶり、研究所を出た、そして大学の入り口までたどり着く、するとそこにいたのは朽葉カルトだった

「やあ、真白正道君、どうやら全部解決したみたいだね?彼女も戻ってよかった、めでたしめでたし…といったところかな?」

「茶化すのはやめろ!なんでお前がここにいるんだ?」

「正道…その人だれ…?」

「あ~ややこしい!真優子には後で説明するから…お前はここの大学生じゃないだろ、なんで侵入してるんだよ」

相変わらずニヤニヤしたその表情にイライラしつつ、聞いた、するとやれやれと言った雰囲気で、言った

「僕に不可能は無いんだよ、ちょっとある人に用事があってね、君には関係ない話だけど…」

「なんだよ…俺たちは忙しいんだ、からかうなら放っておいてくれ」

「言われなくてもそうするさ、じゃあね、真白正道君、また会う用事があったら」

 そう言って朽葉は去って行った

「ちょっと待て…あいつまるで真優子が誘拐されてたことを知ってるみたいな口ぶりだった…?どういうことだ!」

 そう言って姿を追おうとしたが、その姿はとっくに見当たらなかった、フラフラの真優子を置いて探しに行くわけにもいかず、釈然としない思いで幸也を待っていた






















「幸也…ゆき…ゲホッ…ゆきなり…」


「兄さん、ごめんね、こんな方法しか取れなくて、僕は兄さんと違って頭が悪いから、いい方法が浮かばなかった…でもこれが…きっと僕達にとって幸せだと思うんだ」


「幸也…愛してる、俺にはお前だけなんだ」


「兄さん、僕もだよ、世界で一番兄さんが好きさ」


「幸也…ごめん…な」


「兄さん、どうして兄さんが謝るの?」


「幸也を…ずっと守れなかった…」


 そう言って兄さんは事切れた、僕は静かに涙を流した、そして薬品棚の中に入っていた、失敗作だという対抗薬を取り出す、正道君との約束、結局守れなかったなあ…なんて

「兄さん、二人で父さんと母さんに会いに行こう、きっとそこでなら…僕たちは幸せになれるはずだから…」

 そう言って薬を飲みこみ、兄さんの躯を抱きしめながら






僕は目を閉じた













(世壊視完)





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世壊視 @tbr5656

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ