渡さなかったラブレター
告井 凪
渡さなかったラブレター
僕と付き合ってください。お願いします。
そう締めくくった手紙を封筒に戻し、机のひきだしの奥にしまい込む。
もう必要無いものだけど、捨てることも出来なかった。
だから自分の気持ちと一緒に鍵をかける。
「はぁ……」
高校二年。僕の
徹夜で書いたラブレターは、結局渡さなかった。面と向かって告白することにしたのだ。
『あの、武沢さん! す、好きです!』
『えっ!? あ、え、えっと、わ、私…………だめ! ご、ごめんなさい!』
放課後の教室で、武沢さんに告白をして、そしてフラれた。
彼女は驚き、顔を真っ赤にして教室を飛び出してしまった。
……心がずしんと重くなる。告白の前はドキドキして心臓が爆発するんじゃないかと思っていたのに、今は不発弾を抱えて重たいだけ。
フラれる可能性を考えていなかったわけではない。でも……きっと上手くいく、そういう想いが強かった。彼女も僕と同じ気持ちだと。思い上がっていたわけだ。
「――ああああぁぁ……」
座っていた椅子から崩れ落ち、床に倒れ込む。座っているのも辛かった。
本当に僕はバカだ。クラスメイトで、隣の席になって、よく話すようになって。
ちょっと仲が良くなったくらいで。
僕は彼女のことをわかった気でいたのだ。彼女も僕のことを少なからず想ってくれていると思ってしまったのだ。
全部、勘違いだった。
「明日からどうすんだよ……」
季節は秋、学校は二学期も半ば。まだまだ今のクラスで学校生活を送らないといけないし、席だって武沢さんの隣のままだ。
明日なんて来なければいいのに。僕は頭を抱え、床を転がった。
*
それでも明日はやってくる。僕はいつものように登校した。
「お、おはよう。高見君」
「うえっ?! おはよう……」
驚いて声が上擦ってしまったが、僕は武沢さんに挨拶を返す。
鞄から教科書やらノートを出して机の中に突っ込んで、ようやく気付いた。
……普通にしなくてはいけない。
僕と武沢さんがそこそこ仲良いことは、クラスメイトも知っている。それが急によそよそしくなったり、挨拶もしなくなったら……なにかあったと思われる。いやなにがあったかバレてしまう。
あまり目立つことを好まない武沢さんの性格から、それは望むところではないだろう。
(だけど……いつも通りになんて、できるのか?)
正直自信が無かった。武沢さんはどうだろう? ちらりと隣りを窺う。
彼女も授業の準備をしているけど……心なしか、こちらを意識しているように見えた。
武沢奈悠さん。大人しい子だけど、クラスで孤立などはしていない。友だちもいる。
ただ男子とは仲良く話しているのを見たことがない。僕が男子の中で一番話をしていると思う。……たぶん。フラれた今となっては自信が無いけど。
艶のある長い黒髪。背も低くて、日本人形みたいで可愛らしい印象。目立つタイプではないから気付かれていないみたいだけど……うん、可愛い。
……あぁダメだ。諦めないといけないのに。
簡単に割り切ることはできない。できるはずがなかった。
*
「あの、高見君。……今の授業のノート、見せてもらえないかな?」
「も、もちろん、いいけど……はい、どうぞ」
「よかった。ありがとう」
武沢さんは文字を書くのが遅い。とても綺麗な字なんだけど、板書を写すのが間に合わない。そういう時は、僕がノートを見せてあげるのだ。
だからこれは、いつも通り。
「昨日ね、お母さんがね。美味しいお店のパンケーキ食べてきたんだって」
「へぇ……パンケーキ」
「うん。それをずっと自慢されて……もう、ずるいよね」
「そう、だね。自慢されても困るよね」
「それもね、晩御飯のあとに話すんだよ。本当にずるい」
武沢さんはたまにこういう可愛らしい愚痴を漏らす。家族絡みのことが多くて反応に困ることもあるけど、内容が暗くないからいくらでも聞いていられる。
これも、いつも通り。
「武沢さん。次の授業、英語だよ」
「えっ、四時限目は日本史……あぁっ、まだ三時限目だった。ま、間違えちゃった」
武沢さんだって間違えることはある。顔を真っ赤にして机から英語の教科書を出している。見ているこっちも恥ずかしくなる恥ずかしがりっぷり。
これも……まぁ……いつも通り、かな?
「はい、高見君。消しゴム落としたよ」
「あ、ほんとだ。ありがとう、拾ってくれて」
「どういたしまして」
授業が終わり、机の上を片付けている時に消しゴムを落としてしまった。それを武沢さんが拾ってくれた。
「あっ……!」
「…………っ!!」
手渡しで受け取ろうとして、手がほんのちょっとだけ触れてしまい――ふたりして慌てて手を引っ込めてしまう。再び転がった消しゴムを今度は自分で拾って、無言のままケースにしまう。武沢さんも自分の席に座り直した。
いつもなら、少し触れたくらいでこんなことになったりはしない。
これは、いつも通りじゃなかった。
「あ、あのね、高見君」
「な、なに? 武沢さん」
……武沢さんの顔を見ることができない。僕は前を向いたまま返事をする。
「あの…………ううん。やっぱり、なんでもない」
「そっか……」
武沢さんは、なにを言おうとしたんだろう?
僕はバカだから、なにかを期待してしまう。
結局、武沢さんが改めて話を切り出してくることはなく。
都合のいい妄想は、現実によって砕かれることになる。
*
「あれ……武沢さん?」
告白してから(フラれてから)三日が経った。
いつも通りを演じることにやや疲れ、放課後に駅前をブラブラしていた。
そこで偶然、武沢さんを見かけたのだ。
彼女は一人じゃなかった。違う学校の、背の高い男が横にいる。悔しいけどカッコイイ。
「あっ……」
顔を赤く染め、恥ずかしがる武沢さんが。
僕がいつも隣で見ている武沢さんと重なる。
胸を切り裂かれたかのような衝撃が走った。
僕は自分がどれだけ思い上がっていたのか、まだわかっていなかった。
恥ずかしがって顔を赤く染める武沢さんが、とても可愛いと知っているのは僕だけ。
……そんなことを思っていたんだ!
頭がクラクラして、逃げるように駆けだす。
武沢さんがこっちを見たような気がしたけど、振り返らなかった。
*
驚いたことに、それはフラれた時以上にショックだった。
確かに武沢さんが他の男子と話すところを殆ど見たことがない。
でもそれはクラスの中だけ。他の学校に仲の良い男子がいないとは限らない。
彼氏がいないとは限らない。
……フラれた理由がはっきりわかった。
翌日。教室に入り、武沢さんと目が合った。僕は目を逸らし、黙って席に着く。
挨拶をしてくる彼女を、僕は無視した。
授業の後、明らかに彼女はノートを取りきれていなかったが、僕はノートを机にしまって教室を飛び出した。
小さな声で話しかけてきたけど、聞こえないフリをした。
落とした消しゴムは拾われる前に拾った。
無理だよ。普通に接するなんて、そんなの無理だ。
放課後になると、僕は真っ先に教室を飛び出す。
チラッと見えた武沢さんの顔は、悲しそうだった。
*
「ちくしょう!!」
近くの河原まで走って、僕は叫んだ。周りの注目なんて気にせず、土手を駆け下りる。
「……っくしょう」
はき出すように。呼吸を整えながら呟く。
僕は最低だ。告白をして、今日、さらに彼女を傷付けた。
武沢さんはどうしたかったんだろう。今まで通り友だちでいたい?
できることなら僕だって、告白前のように仲良くしたい。
だけど……告白をしてしまったから。僕はもう戻れない。割り切ることができない。
それほどに、僕の気持ちは大きかった。
「なんで……こんなっ」
涙が出てきた。止まらない、止められない。
どうしてこんなにも、僕の気持ちは大きくて、抑えが効かないのだろう。
どうしてこんなにも、自分のことしか考えられない、大馬鹿野郎なのだろう。
「だめだ……だめなんだよ」
彼女のためを思えば、どうすればいいかなんて決まってる。
だけど気持ちの整理がつかない。諦めらめきれない。
武沢奈悠、彼女を好きだと思う気持ちを諦められない。
「ちくしょう……」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を袖で拭う。それでも次から次と流れて止まらない。
情けなくて、かっこ悪かった。
それでも自分の中の気持ちを想う度、感情が溢れだし、僕は泣くのを止められなかった。
*
夜、僕は自分の部屋でぼうっとしていた。
あれだけみっともなく泣いたのに。どうにもならない感情は残ったままだ。
ふと、鍵のかかったひきだしが目に入る。
僕はここに武沢さんへの想いを閉じ込めたはずだった。
……ダダ漏れだった。
鍵を開け、ひきだしに手を突っ込んで引っ張り出す。
渡さなかったラブレター。
この手紙には、僕の想いが綴られている。
想いを完全に断ち切るには、やはり捨てないとダメだ。
「…………」
ひと思いに破こうとして、手が止まる。そして封筒から中身を取り出した。
「……どうせ捨てるなら」
僕は取り出したラブレターを読み始める。
武沢奈悠さんへ
突然こんな手紙を送ってしまい、ごめんなさい。
どうしても、武沢さんに伝えたいことがあります。
武沢さん。いいえ、奈悠さん。
僕はあなたのことが好きです。
いつも挨拶をしてくれる、あなたが好きです。
僕との他愛ない会話を楽しんでくれる、あなたが好きです。
照れると赤くなって恥ずかしがる、あなたが好きです。
優しいあなたのことが、好きになってしまいました。
可愛いあなたのことが、好きになってしまいました。
奈悠さん。
僕と付き合ってください。お願いします。
高見 悠助
「あっ……」
自分の想い。溢れる想いをそのまま書き写した、拙いラブレター。
抑えようとしていた想いが文字となり、僕の中に刻まれていく。
「そうだ……僕は」
ラブレターをそっと封筒に戻し。両手で大切に持ち、立ち上がった。
*
『放課後、みんながいなくなる四時頃に、教室に来て欲しい』
その日の授業の最後に、僕はノートの切れ端を使って手紙を書き、武沢さんに渡した。
彼女は相当驚いていたようだけど、律儀にわかりましたと返事を書いてくれた。
そして……放課後。武沢さんは約束通り来てくれた。
「ありがとう。来てくれて」
「ううん。それよりも、あの……私」
思い詰めたように俯く武沢さん。それを見て絶望的な気分になる。
ごめん、と謝りたくなる。これからすることは、ただの自己満足だ。
それでも……。
「武沢さん。今日は、どうしても伝えたいことがあるんだ」
「えっ……」
僕は片手で、自分の胸を押さえる。制服の胸ポケットには、僕の想いそのものが入っている。渡さなかったラブレター。これがあれば大丈夫。
「こないだはうまく伝えられなかった。だからもう一度、きちんと伝えたい」
「高見君……それは」
「聞いて欲しいっ。僕は、武沢さん……奈悠さんのことが好きだ」
「あ……」
奈悠さんの顔が、真っ赤に染まっていく。
「いつも挨拶してくれて、他愛ない会話に付き合ってくれて。僕と仲良くしてくれる、奈悠さんのことが好きだ」
ラブレターに書いた文章を思い出しながら、僕は気持ちを伝える。
「照れて顔を赤くする、恥ずかしがる奈悠さんが好きだ」
「え?! それはその、えっと」
その仕草が好きなんだ、と思わず笑いそうになる。
「優しい奈悠さんが好きだ。可愛い奈悠さんが好きだ。だから……」
僕は奈悠さんを見つめる。恥ずかしそうに俯いていた顔が、ゆっくりと上がるのを待ち、視線が合ってから言葉を続ける。
「僕と、付き合ってください」
言えた――。
あの時伝えられなかった僕の気持ち。
好きだ、としか言わなかった自分。
ラブレターを読み返して気付いたんだ。
僕が伝えたかった気持ちは、こんなにあったのにって。
奈悠さんは真っ赤な顔のまま、驚いた顔だった。
控えめに大きく開かれた目が、やがてゆっくりと細められていく。
「よかった……てっきり私、もう嫌われちゃったかと思って……」
「き、嫌われ?! そんなわけないよ!」
「だって……昨日から無視されてたから」
「うっ、それはその……。普通にするのが、辛くて」
「……うん、そうだよね。だって私が、こないだ――」
「あぁ! ほ、ほら、おととい見ちゃったんだよ!」
僕のことを振ったから。その言葉を聞きたくなくて、慌てて遮る。
奈悠さんは首を傾げる。
「――おととい? ……あ、もしかして駅前の」
思い出したのだろう。他の学校の男子――彼氏と一緒にいたことを。
「やっぱり、高見君だったんだ……。気付いてたなら、助けて欲しかったなぁ」
「……うん? 助けてって? どういうこと?」
「ちょっとしつこく声かけられてて、困ってたから」
「えぇ? 彼氏じゃないの?」
「か、彼氏? 違うよ~。ぜんぜん、知らない人だよ」
奈悠さんの顔がより一層真っ赤になった。僕はポカンとなる。
「彼氏じゃない……? あ、まさかナンパされてたの?」
「うぅ、そうだったのかな。結局、走って逃げちゃったから」
うわ、これ……ものすごくベタな勘違いしたんじゃないか?
僕が頭を抱えていると、奈悠さんも少し慌てた様子で、
「あ、私、彼氏なんていないよ? いないからね?」
小さく手を振って否定する。ああもう、仕草が可愛いなぁ。
「わ、わかったよ。ごめん、勝手に勘違いしちゃって……」
「う、ううん。しょうがない……よね」
そう言って、お互い黙り込んでしまう。そっか……彼氏はいないんだ。
だったら……。
「それで、奈悠さん」
「ははは、はい!」
告白をして、フラれて。もう一度。
今度こそきちんと気持ちを伝えて、告白をした。
「……返事、聞いてもいい?」
「う……うん。でも、あの……ごめんなさい」
いきなりの謝罪に、僕はグサッと胸を貫かれた。わかっていたけどショックが大きい。頭が真っ白になってよろめいた。
「高見君? ま、待って! 返事のつもりで謝ったんじゃないの。この間のこと……先に謝りたくて」
「……へ?」
この間のこと? ……最初の告白?
「いきなりあんなこと言われて……私、混乱しちゃって。頭真っ白になって、もう……なにがなんだか、わからなくなっちゃって」
「……それは、その」
「なんて返事したらいいか、わからなくて」
「うっ……申し訳ない」
よく考えればそれはそうだ。好きだ、としか言わなかったのだから。せめて今のように、付き合って欲しいって告白できていれば、違ったかもしれない。
「もしかして、それでつい……?」
「うん……本当にごめんね。つい、逃げちゃって」
……ああ、本当に僕はバカだ。すべては自分の下手な告白のせいだったのだ。
「それでね、お返事なんだけど」
「う、うん」
やばい、どうしよう。胸に抱えていた不発弾が今度こそ爆発しそうだ。バクバク、ドキドキ、うるさいほど心臓が鳴っている。
最初の告白。あれはフラれたわけじゃなかった。それなら――。
奈悠さんは両手を胸の前に合わせて、一度ぎゅっと目を瞑ってから、僕を見た。
「わ、私……私も。高見君のこと好きだから……。付き合って、ください」
僕は胸ポケットに手を当てる。
――渡さなかったラブレターに込めた想いは、今、届いた。
渡さなかったラブレター 告井 凪 @nagi_schier
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