後編 神はクズだ
ターニャを灰燼にする為に放たれる火炎。それは小さな身体の幼女を一秒もかからず、灰すら残さない高温で
もう少し近代化していれば液体窒素でも放り込みたいところだ。
動く標的に指向性の攻撃は殆ど通じない。
まして近付くと体温だけで火傷する相手だ。途中で爆散してしまう。
「我らの一撃を思い知れ~!」
炎が出るより先に口腔内に爆炎術式を放り込む。
予め仕込んでおいた弾丸は全て撃ちつくす。もちろん、それで終わりではない。
すぐに次の武器に手をかけて再度のチャージを試みる。
最初の一発は拡散術式を仕込み、視界を奪っておく。
二つの武器による洗礼の後、後方に下がり、追加の武器を受け取る。
もちろん、相手が地面に落ちるまで油断はしない。
「残り時間は!?」
「
「まだ
身体が大きい相手だ。ダメージが大きいのか小さいのか分かり難い。
火炎攻撃が来ないところを見ると効いていないわけではない。
「翼を狙え。とにかく墜とせ!」
「はっ!」
ターニャも炸裂式を織り交ぜて攻撃を継続する。
巨体を一気に粉砕は出来ない。だからこそ確実に身体を削り取る。
「ありったけの弾を首に撃ち込めっ!」
ターニャが事前に穴を空けた部分を隊員が総出で狙う。
鱗さえ無ければ通じると判断したが相対的な問題から時間ばかりかかってしまう。
「残り
地上部隊も加わり、
「吹き飛べっ!」
炸裂術式で首の傷を広げる。
砲兵を連れてくるべきだったか、と後悔するが鈍重な武器は運んでいる最中に蹂躙されるのがオチだ。それに時間もかかる。
爆薬を仕掛ける事は熱の問題で無理だ。近付くと発火するおそれがあるから。
予備の狙撃銃だけでもギリギリという所かもしれない。
「……逆鱗に注意しろ……って言っても遅いか……」
今しがたまで忘れていた。
もちろん、神話や伝説の中での事だ。それが現実の世界でも通じるかは失念していたが果たしてどうだろうか。
通じない事を祈るしか無い。
とにかく、顎下だけは狙うなと厳命しておく。
「了解っ!」
地上に落ちていく
地面に激突すると物凄い地響きが広がる。一部の建物はそれだけで倒壊した。
おそらく意識は無い筈だ。先ほどから微動だにしないので。
口の中で
とにかく、第一の攻撃は終わった。
第二の攻撃も
「援軍が来て余計な事をする前に確実に仕留める必要がある」
特にアルビオン連合王国が来る前に。
敵はまだ多く残っている。
「骨格が見えました!」
「集中的に削り取れ! 後の身体は気にする必要は無い」
行動不能に陥らせればどうとでもなる。
ここから再起を図るような生命力ならば脱帽ものだ。
「もう一度だ」
服は血の色と混ざって黒ずんできたが気にしてはいられない。
今のターニャは自分の血の臭いで敵を
早く仕事を終えて身体を洗って眠りたいと思った。
「
絶叫するように隊員が報告する。
貫通術式と散弾術式を込めて発射。
首の骨の部分を一気に吹き飛ばす。だが、まだ
流れ出る血は恐らくかなり高温の筈だ。辺りが霧でも発生したかのように煙りが立ち上り始めた。
「は、発火しています!」
「……都合がいい。自分の炎で焼けるか……」
それはそれで困った事態ではあるが、どうしようもない。
とにかく、一体は倒せた。
完全に炭になる前に回収できる部位を選定させるように命令し、そして遂にターニャは己の限界を迎えて倒れ伏した。
大量に血を失った事による意識障害と発汗による脱水症状などの原因が重なった為だ。
「大佐っ!」
「………」
返事はもう出来ない。
後は部下に任せるしか無い。
◆ ● ◆
次に意識を回復したのは三日後だった。
無理を押して戦闘を継続したツケが回ってきた。だが、終わってしまえば気にならなくなる。
「おはようございます、デグレチャフ大佐」
と、明るい調子で話しかけてくるのはセレブリャコーフ少尉だった。それだけで安心するのは彼女の優しい声のお陰か。
「……貴官が……」
声をかけようとした自分の声がしわがれていた。
おそらく喉を熱で炙られた弊害かもしれない。
「軽度の火傷ですから仕方がありません。髪の毛もチリチリです」
「……そりゃ凄い……」
鏡で見ると想像通りのヘアースタイルになっているような気がする。だが、今は気にするのはやめておこう。
「敵性
「……ん」
「……いい事ばかりではなく、新たな
「……だろうな。また赤い竜か?」
「電撃を放つ
また一段と厄介な相手だ。
金属を持っていれば勝てない気がする。ならば何で戦えばいいのか。
「連戦は勘弁してほしいところだ」
「今のところ帝国に近づく
良い事もあれば悪い事もある。
都合のいい報告だけ聞きたいものだ、と言わずにはいられない。
今回の戦闘による死傷者はほぼゼロ。火傷などの負傷者は居るようだが、死者が出なかったのは奇跡ではないのか。
いや、居ないわけが無い。
街に住んでいた人間の多くは焼き殺された筈だ。
犠牲は無いわけじゃない。見えなかっだけだ。
五日目には立って歩けるほどに回復したが傷が完治したわけではない。
最低でも一ヶ月はかかると言われたのだから数日で全快するわけがない。
治療班を多く貰えたので内臓の損傷や火傷は二週間程で完治すると言われた。
ここは素直に軍の上層部に感謝する。
「今回は一体だけだから倒せた。複数体が相手では無理だっただろう」
「そうですね。手持ちの武器でもやっとという状況ならば……」
「今回は人類の勝ちだ。だが、勝ち続けなければならない」
ターニャは部隊員を集めさせた。
少しの休暇を貰ったが今はそれどころではない。
十数人の隊員を前にしてターニャは安堵する。よく生き残ってくれた、と。
「諸君。新たな敵の登場だ。だが、急には向かえない。物資も足りない。ここは諸外国に素直に任せてみようじゃないか」
という言葉に何人かが笑う。
笑える余裕があるのはありがたい事だ。
「中型までは諸君らで駆逐してもらう。私は休暇に入らせていただくよ」
「はっ」
「
それに満身創痍の身体をしっかりと癒さなければならない。
万全の体制で臨まなければ人類はいとも簡単に滅び去る。
「まずは研究が済むまでに我々が
モンスターを駆逐すれば次は人間同士の争いが待っている。それはそれで身も蓋も無いのだが、戦争が終わったわけではない。
ただ停戦状態に陥っているだけだ。
帝国にモンスターをぶつけて優位性を確保しようとする他国の思惑が無いとは言い切れない。
兆候は無いが予感はする。
ゆっくりと休暇を満喫したいが世界が
副隊長のヴァイス大尉に後を任せ、自室に下がるターニャ。
まだ少し呼吸するのが辛い状態なので早めに療養に入らせてもらうことにした。
◆ ● ◆
使い捨ての駒の一つとでも思っているのか。それとも指摘されなければ何も渡さない、という意地悪なのか。
仕事に見合った対価は要求したいが、休暇で今は我慢するしか無いのかもしれない。
とはいえ、モンスターの襲撃が止んだわけでもないのに気楽に余暇を過ごせるとは到底思えない。
「……後方支援に就きたい……」
そんな言葉が漏れてしまうほどだ。
喉は数日で完治出来たが身体はまだ少しかかりそうだ。
派手な傷跡が残ってしまったようだが治癒術式で消せないものか。
男性ならば『
現金支給が望ましい。
ついでに昇進も。
「農地の確保をしておかないと……」
食事療法が無難だが、満足な食料の確保は今はとても難しい。
医療物資は何処も枯渇気味だ。
軍だからといって優先的に使えるほどの余裕は無い。
「……慢性的な不足も解決しなければな……」
ただ、それらはターニャの仕事ではない。
そして半月ほど過ぎた頃、世界の様相は更に悪化していく。
一匹減った
さらに新たな大型モンスターが数匹、出現したらしい。
「新たな
情報の錯綜は想定内だが、次から次へと現れるモンスターに終わりは無いのか、と。
黒い半球状の物体はモンスターの生産拠点という事か。それならば直接叩かない限り、不毛な戦闘が続くだけではないか。
上層部に意見書を提出したが有効的な手段は検討段階で実用化まではまだ至れない、と回答が返ってきた。
「デグレチャフ大佐はまずお身体を癒す事に集中してください」
と、セレブリャコーフ少尉に
確かに満身創痍のまま出撃しても長期戦は耐えられない。
「最初に現れた
「……分かった」
飛び出したところで有効武器が無い。
はやる気持ちを抑えて体力回復に努める。
二週間が過ぎる頃になると国が賑やかになってくる。
他国も中型種までのモンスターの撃退を始めた。
さすがに大型種は仕留められないようだが領土保全などで
焼けた髪の毛が戻り、喉の調子も身体のケガも安定した頃、サラマンダー戦闘団の様子を見学するターニャ。
新兵教育に関しては練度がまだ足りないので使えないけれど、確実に増強されている事は見ていて分かった。
「デグレチャフ大佐。あと一週間ほどで第一陣をご用意できます」
と、敬礼しながらヴァイス大尉が報告する。
「用意できても武器が無い。焦る気持ちはあるが……。……しかし、新たな大型種……、あのドームを破壊しない限りモンスターは無尽蔵に現れるかも知れない。それまで辛い戦いが続くだろうな」
雑魚モンスターを人海戦術で一掃し、戦術核のようなもので本拠地を叩ければ未来は明るくなる、かもしれない。
問題は戦術核に耐えた場合だ。
物資が枯渇するか、ターニャが力尽きれば人類の敗北ではないのか。
「……確実に叩きたいな……。人類の一手というもので」
それにドームが一つではなく、複数出現するようでは打つ手が無くなる。
破片でも回収して研究しなければならない。
それには直接本拠地に向かう必要がある。
「のんびりと平和を謳歌したいものだ」
「そうですね」
「
「
「毒、氷に雷……。それだけならいい」
複数体の
特に
また現れない保証は無いが連戦は今の段階では無謀極まりない。
少人数で囲めはしたが足止めするには確実な一撃が必要だ。そして、その手段は現状ではターニャしか持ちえていない。
つまりターニャの状態
「………」
異世界の地球に住む人類全ての運命は正直、背負いたくない。
背負いたくはないがむざむざ殺されたくもない。
結局は戦うしかない。
全く持って不本意極まりない。
◆ ● ◆
体調も戻り、部隊編成も整いつつあり人類は
「こら、そこ!
『CPよりサラマンダー』
「こちらサラマンダー01。オーバー」
『アルビオン連合王国の近海に空飛ぶ
「可燃物は詰まってない。……詰まってないが触手に毒がある。近接より遠距離で普通に落せ、と伝えろ」
『了解』
『こちらサラマンダー02。
味方の連絡に思わずターニャは苦笑する。
「オススメはしないが食べられるかもな。それより迂闊に食べて腹痛で退役は個人的に銃殺刑だ。くれぐれも軽はずみな行動は控えるように」
『りょ、了解しました』
通信を切り、辺りに目を向ける。
多種多様なモンスターと激戦を繰り広げているが今のところ近代兵器を持ったモンスターが居ないので迎撃自体は楽だが、身体能力がズバ抜けて高い相手が多いので捨て身の攻撃を食らえば当然、命に関わる。
もっと賢い種が現れない事を祈りたいところだ。
「
散発的にモンスターを撃ち落しているとセレブリャコーフ少尉が近づいてきた。
ここ数日、連戦続きだったが強者との戦闘が無いので疲労の色は現れていないようにターニャには見えた。
今のところは余裕を持って戦えている。だが、それも長くは続かない筈だ。
一個大隊程度の戦力では敵性モンスターの十分の一も相手にできていない。他の国と協力しているとはいえ圧倒的な物量戦の前では人類は無力であると感じざるを得ない。
新兵器開発も都合よく
「大佐。近隣の山に
「種類が豊富で嬉しい限りだ。サラマンダー04。貴様らは指定の座標に居る
『サラマンダー04。了解しました』
「……ルーシー連邦は全滅したのか。それとも隠れて様子見か?」
主要都市は確かに陥落している。だが、住んでいた人間が全員死んだわけではない筈だ。
反抗作戦をしているのか、それとも通信手段が無いだけなのか。
広大な土地を奪われては一大繁殖地にされかねん。
越境行為に当たるが今は緊急時だ。
「そろそろ弾薬を補充しなければな。各員、そろそろ
『了解』
「……今は何とか戦えている……」
限られた武器で。まだ大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。
この先も通じるとは到底思えない。もちろん油断はしないし、対策も考えている。
だが、それでも自分達の武器は無限に使用は出来ない。
というかつい先日まで自分達は人間同士で戦争をしていたのではないか。
全く、なんと滑稽な事か。
ターニャは呆れ果てた。
「この世の神とやらは頭がおかしくなったらしい。……人類に試練を与えているつもりかもしれないが……、いい迷惑だ」
「……あはは。確かに列強諸国と戦わないで済んで私は少し安心しています」
「だが、やっている事はただの動物虐待だ。今はまだ静かだが……、いずれは戦い難くなるぞ」
特に動物愛護団体という輩が出しゃばってきたら戦場はきっと混乱する。
凶悪な
可愛いからとて異分子であることは変わらない。
人間の領域に勝手にやってきたものと仲良くするには犠牲が多すぎた。
いずれ
とはいえ今のところ人間を襲う連中だ。とても仲良くなれる気がしない。
賢いモンスターが現れるまでは仕事を完遂するだけだ。
一通りの討伐を終えて新しい武器が配布された。
新型宝珠は試作品だがターニャは素直に受け取る。
十二の宝珠核を持つ『エレニウム工廠製九九式励起崩壊演算宝珠』と馬鹿げた『エレニウム工廠製百八式天魔覆滅演算宝珠』を受け取る。
「……馬鹿げた、とは?」
大きいのはわかった。宝珠核は何個搭載されているのか。
いや、そう思ってすぐに気がつく。
聞くのがバカらしくなるほど搭載されている、という事だ。
例えば『256個』とか。
血の
「幻想生物を
「……
と、普通の歳相応の声でターニャは抗議した。
十二個の宝珠核でも驚いてはいたけれど。
あと、デザインが何気にかっこいい。黄道十二星座でもモチーフにしたのか。
「予算の関係で馬鹿げた方はガワだけだよ。記念に飾っておくといい」
そう聞いて安心するターニャ。
最近のシューゲル主任技師は以前のようなマッドらしさが無くなり、毒気が抜かれた気のいいおじさんと化していた。だが、それでも驚いた。
深く追求しても不毛なのでありがたく受け取っておく。今はまだ使いこなす予定ではないけれど、これくらいの装備は必要になるという意味と覚悟はしておく。
気を取り直し、改めて増強された新生サラマンダー戦闘団の隊員たちの前に立つ。
「大隊傾注! 大隊長より訓示っ!」
ヴァイス大尉の威勢の良い号令の後でカッ、という小気味良い軍足の
「諸君、我々の目下の目標は目障りな
特に
モンスターの攻撃に抵抗しなければ人類に勝ちは無い。
同じモンスターがまた現れないとも限らない。
強度に不安はあるが引き続き、研究を続けてもらうように依頼はしてある。
少しずつ。確実に前には進んでいる、筈だ。
「覚悟はいいかね? では、諸君……。狩りの時間だ。我らの祖国……、どころか世界全てを蹂躙するモンスター共を! 一匹残らず斬り刻んで豚の餌にしてやれっ!」
「はっ!」
今回は体調もいい。
存在Xがどういう思惑なのか知らないが、我らの邪魔をするならば貴様とて豚の餌にしてやるぞ。
神をも
安全な後方任務と平穏な生活と充分な給料を手に入れてやる。
労働には見合った対価を断固、要求するとターニャは天に向かって
『終幕』
Tales of Tanua the Overlord【完】 Alice-Q @Alice-Q
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