中編 火蜥蜴VS赤竜
満身創痍のターニャの強がりが果たして何処まで通じるのか。
相手は火炎を吐く大型モンスターの
ちなみに身体が赤いからそう呼称しているに過ぎない。
凶暴で荒くれ者というのが通説の最強の
首が一つだけとはいえ相対的な大きさで不利だ。
いかに演算宝珠とて豆鉄砲と化すほど。
的確に弱点を突かなければ無謀もいい所だ。
「だが、それでも期待に応えなければ……」
悪い事ばかりでは無い。
モンスターのお陰で人間との戦いが停止している。少なくとも今の段階で背中を撃たれる事はない、と思いたいところだ。
決定打を持つ人間を排除して優位に立てるほど甘くないはずだ。
「
そう呼びかけて応じたのは十人ほど。
サラマンダー戦闘団の生き残りが殆ど起立した形だ。
兵士の育成で席を外している者はきっと運がいい奴らに違いない。
「一個中隊規模か……。まあいい、密になるよりマシだ。地上班の手配はどうなっている?」
「既に待機状態です」
「よろしい。では、諸君。スポーツの時間だ。相手はモンスター。何の気兼ねも無く、狩り尽くせっ!」
そう叫んだ時、
「はっ!」
兵士達を送り出し、ターニャは簡易的な治療を受ける。
完治まで敵は待ってくれない。
このまま戦い続ければ自滅するのは明白だ。
代わりが居れば楽だが『九五式』はターニャしか扱えない。
「セレブリャコーフ少尉。指揮は貴官に任せる。私はギリギリまで休ませてもらおう」
「了解しました」
「……全く時間稼ぎも満足に出来やしない……」
とにかく
無駄かもしれないけれど献体として倒す必要がある。
そうすれば少しは楽が出来るかもしれない。
今少しの辛抱だ。と、ターニャは自分に言い聞かせる。
そして、決戦の準備の時間は無情にも訪れた。
◆ ● ◆
仮眠が取れたとは到底思えないが仕事の時間だから仕方がない。
残業手当が出る事を祈りつつ武装を整える。
「先ほど上層部より通信がありました。首都は健在であるとの事です」
「分かった。特に報告すべきことは無いが……。やれるだけやってみよう」
「医療班の手配は万全です」
「尚更負けられないな」
単なる大型爬虫類の駆除だ。
生物である限り勝てない事は無い筈だ。
それが例え空想の生物だとしても。
『九五式』と共に携帯している『九七式』を起動し、敵性体『
武器を携帯する要員を追加で呼び寄せ、彼らと共に航空術式で宙に浮く。
身体の痛みは『痛覚遮断』の術式で誤魔化せるが長期戦は無理だと思う。
それに武器が無い状態で自爆して新たな
ターニャに敗北は許されない。生きて活路を見出さなければ。
数分後に先行している部隊と合流。
「待たせたな。では、行こうか」
「了解しました」
部隊は十一人規模の中隊。
敵が一体の
問題は仲間を呼ばれる事だ。
せいぜい二体が限界だ。
「……敵
「はい」
「今回の戦い……。貴様らを捨て駒にするやもしれん。それでも着いて来てくれるか?」
「もちろんです」
「人類の勝利に貢献出来るなら」
「ありがとう。地上部隊に次ぐ」
ターニャは首を押さえて通信装置を起動させる。
『こちら地上部隊。問題なく、行軍中であります』
「よろしい。貴様らは運搬以外の事はするな。戦闘が始まったら隠れていろ。小型モンスターは任意での殲滅を許可するが無理なら撤退してもよい」
『はっ、了解しました』
後は目標に向かうだけだ。
帝国首都から東に数百マイルほど。ルーシー連邦との国境付近にある山岳地帯に
地上は
既に散発的な銃声も確認した。
急な敵性体の出現で多くの犠牲者が出てしまったが今は少しずつ反抗が始まっている。
もちろん、敵は陸だけではなく空にも海にも居る。
翼の生えた人間『
言葉の通じるモンスターは今のところ確認されていない。
というよりは人間を見かけると襲い掛かってくる。
「……まるで人間を殺すためだけに襲ってくる……。これは厄介ですね」
「むざむざ殺されてやるわけにはいかんだろう」
人類殲滅を存在Xが目論んでいる、というのは飛躍しすぎだがありえるのか。
絶望的な状況に追い込めば確かに信仰心は増えるかもしれない。けれどもいずれは絶滅してしまう。
明らかにやりすぎだ。
いくら敵対しているとはいえ皆殺しにしないのが戦争というものだ。
政治的な思惑あってこそ。
それが無いのはただの殺戮だ。
なんと非効率的なことか。
仕事に見合った対価は絶対に要求したいところだ。
「……いっそ死んで楽になるのも悪くはないか……。我が隊に自殺志願者はどれくらい居る?」
「ゼロだと確信しております」
「すばらしい。苦痛を自ら味わいたいと……」
冗談で言ってみたのだが、冗談で済まされないかもしれない。
生きているより早く死んだ方が楽かもしれない。それはもうすぐやってくる。
それでもまだ生きる事を諦めない勇者には勲章が必要だ。
画期的な武器が出来るまでの時間稼ぎくらいはしてやらなければ。
「……体内から火を吹くだなどと……。非常識にも程がある」
と、謎の力で空を飛ぶターニャは文句を言う。
そもそも魔導の力も良く分かっていないけれど、それっぽい事で無理矢理納得させられてきたのかもしれない。
だいたい奇跡に干渉して現実に発現する、だったか。何なんだ、その理屈は。
「いつか火炎術式なるもので我々も火を吹けるようになるかもな」
と、ターニャの発言に後続の兵士達が笑う。
「大佐殿。口ではなく銃口から火を吹く方が安全ですよ」
「……まあそうなんだがな」
熱い鉄に冷水や油をかけて冷やす、という方法は現実的ではない。
そもそも気温が氷点下のルーシー連邦での戦いでも
おそらく直接、極低温の攻撃を撃ち込まなければ体温だけで全てを融かしてしまう。
今の段階で都合のいい術式も武器も無い。
あるのは単純な破壊力のみ。
◆ ● ◆
現場まで後
気配を察知される可能性を考慮しての行動だ。
すぐに外敵の存在の確認作業が始まる。
「中型モンスター多数交戦中」
「ここより通信は遮断しておけ。奴らが察知しないとも限らない」
動物は外敵に対し、異常なまでの察知能力が高い。
電波すら視覚や聴覚で知覚する可能性だってある。
「半分は地上の
「はっ。どこまでも着いていきます」
「セレブリャコーフ少尉は代理として生き残ってくれ」
「……ご武運を」
本来ならば一緒について行きたい。
手を挙げて志願すればいいだけの簡単な事が今はもう出来ない。
誰かが生き延びて国に報告しなければならないし、隊を全滅させるのが仕事ではなく、情報を持ち帰るのが目的だ。
「さて勇者諸君……。狩りを始めよう。目標は最強種の
「はっ!」
それぞれ宝珠に魔力を込めていく。
「大佐、武器を」
「うむ。では、行こうか。一定距離を保つのを怠れば命は無い。私を庇おうとは思うな。全員生きて凱旋するまでが仕事だ。人類に勝利を!」
各自散開し、遠距離から敵性体の
人類に仇なす化け物に鉄槌を。
夜明けへの扉を今、開かん。
九五式が異音を鳴らして機動する。
手加減抜きの全力で応戦しなければ簡単に死んでしまう。
最低限の防御術式と回避に五割をつぎ込む。
痛覚遮断は今回に限っては使わない。
確実に仕留める為に保身は捨てる。
「……ああ、この理不尽な世界を私は……、これほど恋焦がれていたとは……」
不意に訪れる高揚感。脳内麻薬の作用だと思われる。だが、気持ちはとても冷静だ。
視野が広くなる感覚。身体に感じるあらゆるものが鋭敏になっていくようだ。
不穏な空気は遥か先に存在する。
そして、それよりもまだ先に元凶があるが今はまだそこまでには至れない。
「いざ行かん。我らは
防護服の中にある九五式が激しく輝く。
部下達は目や高温から身体を守る為の防炎を施していく。
ターニャは邪魔な装備を出来るだけ外して身軽になる。今回は無理をしてでも倒す為に余計な通信設備は部下に預ける事にした。
「た、大佐殿……」
服から滲み出る血に部下達が気付いたようだ。だが、今は気にしていられない。
「時間が惜しいのでな。さて、我が親愛なる
「はっ!」
「大佐に勝利を!」
「……そう簡単に死ぬつもりは無い……。1800秒だ。それだけ生き残ってくれればいい」
それ以上は撤退だ。
ターニャとて無謀な戦いをするつもりはない。
倒しきれないまでも翼の一つは吹き飛ばす予定だ。
地に落としさえすれば地上部隊でも戦える。
渡された狙撃銃に爆炎術式をそれぞれ込める。さすがに密閉状態で撃てば仲間達を巻きこむ。
「……では、仕事の時間だ」
一斉に部隊が散り、目標の捜索を始める。
人間が近寄れば襲ってくる相手だ。探す事自体はそれほど難しくは無い筈だ。
問題があるとすれば複数体の存在だが、そうであっても確実に一体は撃破する予定だ。
後のことはなるようにしかならない。
◆ ● ◆
ルーシー連邦は既に多くのモンスターに蹂躙されており、自分たちが戦っていた時よりも悲惨な状態になっている。
他国のことはどうでもいいが、生き残りが居れば小型モンスターくらいは撃滅している頃だ。
他の地域も中型までなら相手が出来るはずだ。
世界を覆い尽くすほどの数であれば既に半分は陥落している。だが、そうなっていないのは抵抗が大きいか、想定よりも少ない数か。
見えない部分を想像しても仕方が無い。
ターニャは
胸の傷はそれほどではないが背中の方はかなり痛い。獣の爪というものは侮れない。
内臓は無事かもしれないが今回の戦闘が手一杯で連戦になればきっと死ぬ。
「………」
時間外手当が欲しい。
労災認定してほしい。
明らかな過剰労働には断固抗議する。
「大佐? 作戦を中止するなら従います。今、倒れられては……」
「そうも言ってられん。……時間が惜しい……。手負いは
ここで仕留めなければ一ヶ月は戦闘不能に陥る。
少しでも可能性があるならば試すべきだ。今は無謀だと分かっていてもやり遂げなければ明日は取り戻せない。
愚痴っぽくなったのは歳だからか。外見的にはまだ幼女なのだがな。
ため息が何度も出る。
演算宝珠も程よく温まってきた頃合だ。
「……残り
「大佐。発見しました」
遠征していた隊の一人が大急ぎで戻ってくる。
「武器携帯組は火炎に気をつけて隠れていろ。小型モンスターは適度に撃滅。残りは散開だ」
「了解」
「……大地を焼き尽くす我らの敵を滅ぼさん。各員、行動を開始せよ!」
隊の返事を待たずに指定された場所に向かうターニャ。
誰よりも加速し、目標『
複数体であれば敗走を選択しなければならないが、遠隔視の術式によれば一体だけ。
仲間を呼ばれる前に撃滅しなければならない。
それも残り
限界点というものはどんな苦境でも設定しておかなければ次に対処できない。
殉教者になるつもりは
「手持ちの武器は三丁……。予備があるとはいえ長期戦は……、やはり無謀だ」
人海戦術で蜂の巣にする方法もあるけれど、並みの魔導師では強固な外皮や鱗は弾き飛ばせない。
一撃にかけた攻撃でなければ。
狙う場所は事前に選定しているが反撃は覚悟しなければならない。
まず手近な隊に攻撃をしてもらい、叩き起こしてもらう。もちろん、全力攻撃で。
九七式の爆炎術式で何処まで傷を作れるのか未知ではあるが、多少なりともダメージを与えられなければ絶望しか無い。また、火炎を放たれれば周りの酸素が一気に消費され、酸欠に陥り易くなる。それと温度上昇により重度の火傷を負う。
そもそも接近戦が不向きだ。高熱を操る
いくら防殻術式とはいえ防ぎきれるものではない。
それに
つまり人知を超えた運動エネルギーを平然と操っている事になる。
「……全く熱を
これで音速を超える速度を出されたら勝ち目はほぼ無い。
音速を超える事で発生する
だからこそ。
戦闘は短期決戦で
ターニャは腕を振り下ろす仕草で合図を送る。
多方面からの一斉照射の音と共に
「各員散開せよ。翼を狙うのを忘れるな! 後は……、私がやる!」
「了解っ!」
身体から煙を発生させているが致命傷どころかケガ一つないように見える。
「……しかし、デカイな……」
赤みを帯びた四足動物。
体毛は無く、鱗状の身体はとても硬そうだ。
この巨体を動かすには相当量の運動エネルギーが必要なはずだ。普通ならば。
疲労しない身体ではあるまい。生物は必ず休まなければ身体が持たない。
外部からエネルギーを補充する手段があれば継続戦闘は可能かもしれない。だが、仮にそうだとすれば何をエネルギーにしているのか。
まずターニャは散発的に銃撃し、注意を引き付ける。
近くに行くだけで熱い。
だが、もっと近づかなければ決定打が与えられない。
撃っては離れを繰り返さなければならないので味方の支援は絶対に必要だ。
気温は三十度は超えている気がする。とにかく、熱い。油断すればすぐに脱水症状に陥りそうだ。あと、熱射病になったらお仕舞いだ。
迂闊に水分補給を受けようものなら蒸発した水蒸気が障害となる。
何より一瞬でも相手に隙は見せられない。
距離を取りつつ攻撃を継続。残り時間は既に
「……汗が……。クソ……」
ターニャを攻撃しようと奮われる尻尾や顔が近づくだけで一気に温度が上昇。
意識を持っていかれそうになるが防殻を展開して対処。だが、それでも熱さの全ては遮断できない。
顔をメインに散発的に射撃。眼球にも当たっているはずだが、硬くて弾かれているのか、怯まない。
それは今はどうでもいい。
ターニャに近づこうとすると周りの隊からの射撃を受ける。
意識を散漫にさせ、隙を窺う。
「大佐! 予備です」
「よし、次だ」
武器を渡した後は全力離脱。
その繰り返しだ。
周りからの攻撃に戸惑う
一方に突進さえしなければ。
「援軍の気配無し!」
つまり目の前の一体のみ。
それは僥倖、と小さく呟くターニャ。
「
「よし、一気に決めようじゃないか」
高速移動を封じて現場に足止め。賢い
ならば遠慮は
「我らに加護を……」
手加減抜きの一撃を込めた狙撃銃の一つに演算宝珠による祝福を与える。
黄金に輝く武器を
貫通術式。爆炎術式を合わせた炸裂弾をお見舞いする。
先ほどまで一切通じなかった攻撃は
だが、決定打ではない。
痛みに耐え、目の前の小さな標的を排除する為に今まで控えていた火炎を放とうと口を開ける。当然、ターニャはそれを待っていた。
味方の支援射撃にも動じず、敵と定めたターニャを追う
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