Tales of Tanua the Overlord【完】
Alice-Q
前編 終末を告げるラッパが鳴り響く
統一暦はどこへ行った。戦争はどうなった。
祖国が燃えているのはなぜだ。
そう問いかけて答える者は居ない。
目の前に広がるのは血と硝煙の匂いが充満した争いの耐えない世界であったはず。それが今はどういう事なのか。
齢十二歳の『ターニャ・フォン・デグレチャフ』は額から流れ落ちる血など目もくれず慟哭する。
これはなんだ、と。
戦争が理不尽に蹂躙された結果としか言いようが無い。
世界はどうなった。誰か答えてくれ。
他国と戦争を続けて少しずつ領土を広げ、戦火は広がりつつあったが規模は縮小傾向に向かっていた筈だ。
大国になるにつれて諸外国は戦争を続ける意義を失い、交渉でもって解決策を模索する。
そうでなければ大きな爆弾でも落として一矢報いる特攻に走るしかない。
だが、それでもこの結果は何だとターニャは叫ばずにはいられない。
もし、世界地図があるならば確認してほしい。
この世界は異世界だ。だが、前に居た地球と
似てはいるが何かが違う。
落ちてきた、というよりは下から湧き出るように現れた『何か』だ。
その規模は直径が
最初に異変を感じた者はおそらく存在しない。そう思えるほど静かなものだった。
事の発端など誰にも分からない。
我々が『ルーシー連邦』と激戦を繰り広げている最中に
世界に破滅をもたらすラッパが吹き鳴らされた。
人類は戦争を即時放棄は出来なかったが異変を感じた国から撤退を決行していった。
それから対処に奔走する事になるのに時間はかからなかった。
ターニャが率いていた軍隊『サラマンダー戦闘団』は異変に対して呆気ないほど崩壊寸前まで追い詰められる事態となる。
生き残りを集めて祖国へ帰還せざるを得ない状況となった。だが、謎の敵の侵攻により現在の苦境へと至っている。
「存在X……、これは何なんだ……。信仰はどこへ行った」
無神論者を性転換させ、尚且つ幼女のまま戦乱渦巻く異世界に放り出し、次から次へと敵を送り込んできた元凶。
単なる信仰心を得る為の所業とは思えない。
魔法が使える才能のみで若年でも志願兵として採用され、のんびりと後方任務に従事する計画を立てていたというのに。
武勲を立てて昇進すれば安全度が高く、給料もいいのが世の常だ。
当然、そこへ至るまでは果てしなく辛いが、その結果に見合うだけの価値はある。
それが公務員というものだ。
それがどういう風の吹き回しか。
諸外国どころか祖国をも炎に包む結果となっている。
しかも相手は人間ではなく、化け物。
正確には空想上の生物たちが敵だ。中には神話や伝説にしか出て来ないような
現状兵器で対応するには時間と資源が圧倒的に足りない。
反抗作戦はいつだって時間との戦いだ。
だからこそ祈ろう。クソッタレの自称唯一神『存在X』に。
世界地図が一方的な蹂躙により書き換えざるを得ない時代へと突入。
齢十二歳の少女ターニャは瓦礫の中から立ち上がる。
首から提げている『エレニウム工廠製九五式演算宝珠』を握り締め、
この苦境に抗ってやろう、と。
生き残りを探し出し、再起を図るターニャ。
人類が生き残る為には敵を殺し尽くすしか無い。
◆ ● ◆
ケガが完治するには一ヶ月を要すると宣告された。
満足な物資も無い状況では疫病が蔓延して死者が増える一方だ。
生き残りの兵士達は敵も味方も関係なく物資の調達に走り回っていた。
我々人類の敵は化け物。とにかく、人間を襲っている。
実に分かり易い。
近代兵器があまり通じないのと膨大な数で襲ってくる。
演算宝珠というこの世の奇跡を再現する機械を持つ兵士達の攻撃により辛うじて戦えている、という状況だ。
「デグレチャフ大佐。我々に出来る事は人を集める事だけでしょうか?」
長年、というにはまだ付き合いは長くないけれど一番の古参である女性兵士『ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ』少尉が声をかけてきた。
古参と言っても彼女はまだ十代の未成年だ。それでも隊の中では副官を任せられるベテランだ。
大隊長であるターニャ・フォン・デグレチャフは御歳十二歳。まだ幼さが残る少女。そして、金髪碧眼の見目麗しい元エリートサラリーマンの男性の転生後の姿でもある。
前世の記憶を持ち、それを糧に大人の世界を生き延びてきた。
流石に今回は前世の記憶は役に立たなかったようだ。
大人は空想を信じない。
その結果が敗退だ。
一方的な蹂躙になすすべが無かった。
とはいえ、今は反撃するだけの心の余裕がある。
あちこちの国々は既に壊滅的打撃を受けているが生き残っている工廠がフル回転で兵士に武器を供与し続けている。
人類はまだ諦めていない。
だからこそ。
人類は化け物に襲われ続けている。
負傷から復帰したのは五日後だが、その間に三つの国が地図から消えた。
人類の切り札たる九五式は一個。
自分の部隊に配布した『エレニウム工廠製九七式突撃機動演算宝珠』は
まことに嬉しくて涙が出そうだ、と。
これが人類に残された最大戦力ならば存在X
そして、世界から人類が消えるまで一年とかからないのではないか。
その後はどうなるのか。
ターニャには分からない。
だが、無駄に散る理由も無い。
生きている限り、足掻いてこそ兵士だ。
その為には戦力が足りない。
圧倒的な物量戦を挑んでくる化け物が相手だ。遠慮する兵士は存在しない。
化け物の本拠地である中華圏からかなり離れているとはいえ、敵の総数は未知。数えるのもバカらしくなるほど。
大きな
剣と魔法で対処した方が早いのではないか、と思わないでもない。
だが、現実は人間程度が剣を持って化け物に突っ込めるほどの勇気のある者は居ない。
接近戦は悪手だ。
頑強な外皮を持つ化け物には通じそうに無い。
それと交渉も通じない。
通じるならば宣戦布告してくるはずだ。
人間の常識が通じればまだ何とかなったかもしれない。
戦時国際法は化け物には通用しないと証明されてしまった気がする。
「我々が何とかして時間を稼ぐ。その間に演算宝珠の開発と研究をお願いしたい」
本来ならば頼りたくない相手だったのだが、今は使えるものは何でも使いたい気持ちで一杯だった。
この演算宝珠を開発した主任技師『アーデルハイト・フォン・シューゲル』に頭を下げて頼み込む。
マッドサイエンティストと言った事をこっそり撤回してもいいとさえ思った。
直接、言葉として言った事はなかったと思い、今の撤回を撤回する。
「それは構わんが……。敵の情報が圧倒的に足りん。何匹か捕まえられんか? この際、生死は問わん」
見た目の年齢ははっきりしないが三十台後半くらいの男性。
シューゲル技師の言葉にターニャは了解する。
中規模程度までなら撃滅できる自信がある。
問題は火を吹く
大きな膜のある翼を背中から生やした四足動物。顔は
全身は強固な外皮に鱗でびっしりと覆われており、並みの銃弾では弾き返される。
大きな尻尾の一振りは大抵の建築物を破壊するほど強烈なものだった。
「指数関数的に宝珠核を増やしても限界はある、はずだ。それでもいいかね?」
「私が爆散する時が人類の最後……と思いますがね」
「現状、闇雲に新型を作っても意味が無い。とにかく、サンプルが必要だ」
「了解した」
研究はいいとしてシューゲル主任技師が居る施設を狙われては困る。だからこそ秘密裏に研究できる施設の建造を軍に依頼。
一つでは心許ないが、地上よりはマシだ。
生き埋め回避の対策もしっかりなされなければならない。以前であれば身の安全など考慮しないところだが、今は緊急時の為に諦める。
「さて、セレブリャコーフ少尉。我々の敵は何だ?」
生き残りの兵士を集めてターニャは信頼厚い部下に尋ねた。
「化け物です」
「その中に私は入っているか?」
もちろん、これは皮肉だが。
念の為にもう一度尋ねてみた。
「大佐は可愛いので除外です」
「……貴官の意見は心強いな。諸君、異世界特有の化け物退治だ。長くつらい戦いが待っている。しかも、彼らを撃退しても給料が上がる保証が無い」
敵対国との戦争ならまだしも利益になりそうな事が無い限り、不毛な消耗戦を強いられる。
壊滅状態の軍の情報部は今も奔走中だが、逃げ場など無い。
戦って平和を取り戻す以外に道は無い。
「無いなら奪うまで。奴らが我々から多くの命を奪ったようにっ! 奴らを駆逐し、人類の明日を取り戻せっ!」
「はいっ!」
威勢のいい言葉は出るけれど、現状はとても厳しい。
小規模の化け物ならば一般兵士でも相手が出来る。だが、
おそらくターニャ自ら仕留めなければならない相手だ。
「給料分の仕事には見合わないな、全く……」
だが、それでも倒さなければならない。
奴の炎は町を一つ灰塵にする程だ。放置は出来ない。
◆ ● ◆
いくら『九五式』とはいえ武器が充分でなければ戦いようが無い。
強固な外皮を貫く一撃が欲しい。
その為には
これまで二度、敗退した。
多くの部下を失って何も成果が得られなかった。いや、相手の強さが分かっただけ僥倖としておこう。
固定砲台並みの一撃をバカ正直に撃った所で意味は無い。
「大佐殿。相当量の弾薬を用意しましょうか?」
「……それしかないか……」
弾薬と言っても普通の弾では歯が立たない。
魔導師の魔力を込めた特殊な弾が大量に必要だ。今なら国際法に違反するほどの規模でも使わないと駄目かもしれない。
銃弾程度の傷は数日で塞がるようだから、もっと大きな傷を与えなければならない。
そして、最も大事な事だが、
「……今までの戦争がバカらしくなる」
本当に。全く、と。
生き残りの兵士を集め、
やるべき事は山積している。
人類の未来がかかっているのだから。
確認されている
化け物はモンスターと呼称しても差し支えはない、と判断し、それぞれに伝達していく。
大きい個体は数が少なく、小さい個体は数千匹規模。もちろん時間が経つごとに増えているので今は数万匹に到達しているかもしれない。
終わりがあるのか無いのか分からない。
問題の発生源である黒いドーム状に直接攻撃を仕掛けたいところだがモンスターが壁になっていて攻め込めない。
仮に戦術核を用いたとして破壊できるのか不明。そもそも壊せるのか確認も出来ない。
「
度重なる戦闘で疲労は溜まりっぱなしだが、休んでいる暇があるのか不明な今は仮眠程度に留めている。
もちろん、それはターニャだけではないけれど。
食糧生産が出来る地域の確保を最優先しなければならない。
モンスターは一応、食料を荒らしてくる。だからこそ早急に駆逐しなければならない。
「ヴァイス大尉。兵士の練度は充分か?」
頼れる副隊長『マテウス・ヨハン・ヴァイス』大尉。
生真面目が軍服を着ていると揶揄されるほどのマニュアル人間だがターニャがセレブリャコーフの次に信頼に置いている男性だ。
「急造ですので今しばらくの猶予が必要かと」
「……まあ、仕方が無いとは言え……。全く、先が見えないな」
「度重なる連戦のお疲れもありましょう。小型モンスター程度は我々で対処いたします。大佐はしっかりと休息していただきたい」
「そうしたいのだが……。あの
分かってはいるが相手は人知を超える化け物だ。
予想外のモンスターに後れを取ってしまったが対処できれば一体くらいは今日中にでも倒せるかもしれない。
それでも街への被害をゼロには出来ないと思う。
急造部隊の増強にはターニャとしては本当は半年は欲しいと思っている。最低でも三ヶ月だ。
だが、悲しい現実として人間の常識が通じないモンスターが敵だ。こちらの戦略など関係なく襲ってくる。
本当に剣と魔法が欲しいくらいだ、とターニャはため息をつく。
武器の補充を済ませ、軽い運動の後で目標の
消耗戦では人類が不利だ。
せめて小型モンスターは剣等の接近戦で対応し弾薬の節約に努めたい。
さすがに大型モンスターに接近戦を挑めるほどには人類は強くない。
「モンスターを生け捕りに出来ない場合は部位だけでも回収し、研究所に送れ」
「了解しました」
「他の国と連絡はつかないか?」
「通信網は切断されたままですが……。散発的な戦闘は確認されておりますので、それぞれ生き残りが居ると推測されます」
通信兵の言葉に少し希望を持つが実際は楽観できる状況にはない。
空想上のモンスターが襲ってきているのだから。
現場の混乱振りは自分達と差ほど変わらない筈だ。
今だけは協力して排除しなければ人類社会は滅亡してしまう。
「……それでも互いの利益を優先するのが政治というものだ。そうそう簡単にまとまりはしないだろうな」
安全な場所で会議だけして楽な仕事で結構な事だ、と思いはしたが、それを長く続けるのは下っ端の兵士である自分達の努力があってこそだ。
ターニャの完全敗北は人類の終焉を意味するのではないか、と。
もしくは『存在X』が新たな第二のターニャを
世界平和より個人の信仰心を重要視している存在だ。世界ごと捨てる可能性も無いとはいえない。
現に存在Xは世界を救済する事に何も言及していない。またはそれはそれとして別の事と判断しているのかもしれない。
「近接武器の製作はまだ完了できておりません」
「急造品は脆そうだから、そちらは急ぐ必要は無い」
「はい」
ターニャは対
軍隊が異世界ファンタジーに染まるとは全くの想定外で辟易する。
近接武器が通用しなければ弾を撃ち込むだけだ。
とにかく、あの
チマチマと弱いモンスターばかり倒していても状況の悪化が長引くだけだ。
「他の隊は引き続き、小型から中型の殲滅を続けろ」
「了解しました」
一個大隊程度で世界は救えない。
もっと大規模な人員が必要だ。
休む暇の無い素敵な職場にターニャは唾を吐きかけたい気分だった。
◆ ● ◆
モンスターの名称は姿形から神話や伝説に出てくるものをそのまま当てている。
本来は空想の産物で形などあるわけがない。だが、形ある生物として現れているのだから疑っても仕方が無い。
首が三つある犬とか。棍棒を持つ大型の巨人とか。
実に馬鹿げている。
兵士達による小規模な戦いを静観しつつターニャは決戦の為に休息していた。
モンスターは人類を襲っている他に自分達の拠点を作り、そこで大人しくする習性があるらしい。
もちろん、人類に襲われれば反撃する。
目標の
それはまるで地球、異世界の、と付くが自分達の住処とするような事だ。
一方的な襲撃の後に領土を奪うのは立派な侵略行為だ。人類としてはこれを許容できない。
害獣は速やかに駆逐すべし。
その貴重な献体としての価値は後で考えるのが上層部の意見だった。
何も分からない動物愛護団体の連中が騒ぎ出す前に行動しなければ取り返しがつかなくなる。
一度、保護を叫ばれると戦闘に支障が出る。
確実に排除しなければ大量殺戮は目に見えて明らかだ。状況が見えない者は被害者になってから気づく事態に陥る。
「大佐。傷がまだ完治しておりません。無理な戦闘は避けてください」
と、副官であるセレブリャコーフ少尉に言われて現実に戻る。
『
「こちらサラマンダー戦闘団。CP、何用だ?」
通信設備の復旧の知らせなのか。どこかの
『アルビオン連合王国より援軍だ』
「それはありがたい」
中華圏より出現したモンスターの被害を一番受けなかった国だから残存戦力はそれなりにある筈だ。だが、急な援軍とはどういう事なのか。
敵性国家の一つが心変わりするのは大抵、裏があるものだ。
「だが、指揮権は渡さない。そう伝えておけ、オーバー」
『CP、了解。……負けないでくれ、サラマンダー』
通信先の相手の素直な気持ちが伝わってきたがターニャは無言で通信を切った。
言われなくても百も承知。
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