第16話 エクシオール・エルフィニア!
その日の朝、俺は入植の件で緊急の提案があるとして、エルフの議会に臨時総会の開催を申し入れをした。
するとこちらが恐れ入るくらい迅速に議会が動き、太陽が天頂を過ぎる頃には議場は満席となっていた。
大勢の議員たちが見守る中、俺は空気を吸い込んだ。
「議員の皆様方! 本日は急な要請にもかかわらず参集していただき感謝する。お集まりいただいたのは他でもない入植の件で提案があるからだ。この提案のとおりになれば、エルフは年が一回りする前に入植地を手にすることが出来るだろう」
場が響めき、皆が顔を見合わせてささやく。
その雰囲気に押し出されるように、人口問題委員会のファムス議員が起立した。
「殿下。我々の想定を遙かに上回る早さでの入植となりますが、どのようなご提案なのでしょうか?」
「大陸において、我がランシール帝国とセーヴィル帝国とで戦争が勃発したことは把握されていることと思う。距離がある故詳しい戦況はまだこちらに伝わっていないが、初動で失敗した我が方不利であると私は推察している」
無論、実際は小百合ちゃんからの情報でここにいる誰よりも早く状況を知っているだけだが。
「百年来の大国同士の戦争だ。ここにきて大陸領土の支配権は流動化しつつある。そこで」
俺は咳払いした。
「そこで、エルフには我がランシール帝国の同盟として戦争に参加していただき、その功に準じて領土を提供しようと私は考えている!」
水を打ったような静寂が場を包み込む。
その静寂を破ったのはウルピヌス法務官だった。
「で、では、殿下は大陸で我々に戦争をせよと?」
「そうだ。私はこれまで、この国が誇る陸海軍を見学し、その力を知った。あの軍事力を持ってすればセーヴィル帝国軍と互角以上に戦えるだろう」
「しかし、戦争というのはあまりに……」
それはウルピヌス法務官一人の思いではなく、議員全員が多かれ少なかれ思っている懸念だろう。
何とかしてこの懸念を解消しなければ。
「確かに、戦争とは国家の大事だ。いかにエルフの軍隊が強かろうと、戦えば死者は出るだろう。それだけは避けられない」
TVでアメリカ大統領がやっているように、オーバーなくらいのボディーランゲージを駆使して訴えた。
「だが、決して無駄死にではない。その血の一滴一滴が、エルフに栄光の未来をもたらすための対価である。私から領土を貰おうなどと考えるな。誰かから与えられたものは、誰かの手で容易に奪われてしまうものだ。自らの力で獲得し支配してこそ、他の誰にも手出しできないものとなる。故に卿らは戦わなければならない」
静まりかえっていた議場が、徐々に熱を帯びていくのを感じる。
「農夫は耕し、兵士は戦う。卿らは何をする? それは民の代理として、民の願いを実現することだ。民の願いは何だ? 広い土地とゆとりのある生活、つまりは新世界の獲得だ。それが実現する地は大陸以外になく、卿らにはその決断をする資格がある。今こそ、自らの血と汗で新世界を獲得するのだ。卿らの責務を、神聖なる使命を果たせ。未来はその先にこそある! エクシオール・エルフィニア!!」
アウレリアに教わったことだが、それは古いエルフ語の言い回しで、エルフに栄光あれという意味である。
「エクシオール・エルフィニア!」
ファムス議員が真っ先にそう応え、次々に合唱の渦が広がっていく。
十秒も経たないうちに、議場全体がエクシオール・エルフィニアの声で溢れた。
こうなってしまえば、後は流れに身を任せるだけで良い。
熱気が冷めないうちに投票が始まり、九割以上の支持を得て出兵が決定された。
議員たちの歓声に見送られながら議場を出ると、出迎えのユリウスに激しく握手された。
「レオンス殿下! よくぞご決断くださいました。微力ながら私も陸軍軍人として参戦する所存です」
「活躍に期待しよう」
続いて、ガイウスがカイゼル髭を愉快そうに揺らしながら口を開いた。
「既に軍部では出兵計画が始動しており、三万の兵員であればすぐにでも出られるとのことです」
「それは心強い」
「つきましては、上陸地点等の具体的な決定のため、参謀本部へお越しいただけないでしょうか?」
「もちろん。喜んで協力する」
その足で参謀本部に向かう。
案内されたのは体育館の半分ほどの広さの部屋で、中央に巨大な地図が広げられていた。
それは大陸の地図で、見知った地名が数多く記載されている。
地図の上には船や兵員を示すと思われる駒が配置されており、四隅に待機する係員が長い棒を駆使してそれを動かす仕組みになっていた。
その場で働いているのはいかにも秀才然とした軍人ばかりだ。
そんな彼らと、いつの間にか来ていたウルピヌス法務官、ファムス議員とその他名も知らぬ議員たちに囲まれながら、俺はガイウスの話に耳を傾けた。
「三万の兵員及び物資の輸送には三十隻の輸送艦を用い、周囲を海軍の戦列艦三十隻で護衛します。ここで懸念となるのが、想定されるセーヴィル帝国海軍との戦闘と上陸地点の選定です」
「ランシール帝国の見方では、セーヴィル帝国海軍の保有艦数は二百隻と推定されている。無論戦場に送れる数は限定される上に、大砲の精度や速度で艦の性能はエルフィニアの方が上とみて間違いない。また、大陸の戦史を紐解いても海戦は大規模なものでも二十隻程度同士の衝突だ。三十隻もあれば十分だろう」
「殿下のご慧眼恐れ入ります。上陸地点ですが、参謀本部としてはトゥーロン港の南にあるこちらの砂浜を想定しております」
そこは砂浜の近くまで深い海が広がっている地帯で、輸送艦が近づいて上陸艇を下ろすには便利な地に見えた。
「悪くない。だがいっそのことトゥーロン港はどうか? 港であればどこよりも早く上陸できる上に、戦場ともより近い」
「恐れながら殿下、トゥーロン港はセーヴィル帝国軍の攻撃を受け、厳しい状況にあるとの情報があります。我々が到着する前に陥落していれば、最悪の場合陸上砲台から狙われてしまいます」
技術的に大差がなければ、艦船砲は陸上砲台に敵わない。
これは軍事上の常識であり、ガイウスの懸念はもっともだった。
「ならば第一目標はトゥーロン港として、接近する前に陥落しているかどうかの確認を厳としてはどうか。陥落していた場合は例の砂浜に変更すれば良い。トゥーロン港は出入り口の辺りに国旗が掲げられている故、それを見れば判断は容易だ」
「ではご提案いただいたとおりにいたします。続いて上陸後の戦略目標ですが、領土の占領とするのか、敵軍の無力化とするのか、殿下のご意見をうかがいたく存じます」
この場合、軍隊の戦略は二つある。
土地を占領するのか、敵を討つのか。
面で攻めるか点で攻めるかというものだ。
セーヴィル帝国軍を追い出すというだけであれば必ずしも戦う必要はなく、こちらの優位を見せつけて敵を下がらせ、土地を維持さえ出来ればそれで良い。
ユーグ七世とヴァイロテル将軍が率いていた軍にはそういう選択肢もあったのである。
クトゥーホフ将軍を追い出すに止め、トゥーロン港の包囲を解いて領土の維持に努めればそれで戦争は終わった可能性もあったのだ。
皇帝俘虜という非常事態となってはもう手遅れであるが。
「目標は領土の占領としたい。今回の戦争にはエルフの入植がかかっており、そのためにはセーヴィル帝国の領土を多少なりとも奪うことが望ましいからだ」
「ごもっともでございます殿下。それでは、目標をセーヴィル帝国領土の占領といたしましょう。続いてランシール帝国軍との連携ですが、事前の協議は困難なため、上陸後にその都度その都度調整する必要があるかと存じます」
問題はランシール帝国軍ではなくネロスにあるだろう。
今少しで皇帝になれるかもしれないというところで俺の生存を知れば、軍を使ってでも殺しに来る可能性がある。
そうなったら同盟は崩壊してしまう。
「……調整は良いが、私の生存を知ったネロスが策謀を弄する可能性がある。ここは私の生存は伝えず、代理の者を立てて交渉した方が良いだろう。ファムス議員。卿はどうか?」
「は! 議会とも相談する必要はありますが、私で良ければ代理を努めさせていただきます」
「よし。私もバレぬように同行して指示する」
ガイウスが俺とファムス議員の顔を交互に見た。
「それでは、現地での交渉は代理人を立てて行いましょう。続きまして補給について~」
それからも延々とこの手の話が続き、気付けば夜更けになっていた。
ボナパルトゥス邸に着いた頃にはもう本来は寝ている時間帯になっていたが、夫人とアウレリアが出迎えてくれた。
「アウレリア嬢。既に聞いているだろうが、私は軍と共に大陸へと帰る。そこで以前あった話だが、君も同行する気はないか?」
アウレリアの顔がほのかに輝いた。
「お心に留めていただけていたのですね。是非ご一緒させていただきます」
「俺もご一緒するんだぞアウリ」
「兄さんのことは知らないし興味ないから言わなくて良い」
火花が散りかけた兄妹の間に割って入る。
「出兵までそう遠くない。急がせてすまないが準備はしておいてくれ」
こうして、出兵体制が急速に整えられていった。
夢と現の二重生活~夢だと思ってたら実は異世界でした~ @HEBO
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