第30話 少年たちのあの日
今から10年前の2020年。世界自然科学監視機関(World Natural science-monitoring Facility)通称WNFを担う有望な人材を育成するためのアカデミーの実地訓練が行われていた。場所はロシアのとある山中。ただでさえ年中雪が積もっているというのに、真冬の今は凄まじい吹雪である。こんな過酷な状況下で彼らは3週間生き延びねばならなかった。しかし、そこにいた少年たちにとってそれは特段難しいことではなかった。彼らは優秀だった。そこにいる少年たちの殆どが10歳そこらの容姿をしており、そして、全員日本人だった。全身完全防備で防寒対策はしっかりなされているようだ。
「今夜を乗り切れば、明日の昼間には下山した後、回収のヘリが来る。何の問題もなく終わりそうだね。」
傾きかかっている日を見つめながら、1人の少年が口を開く。
「
「祐介に同意するのは少し気が引けるけど、ホントにそう思うよ。」
「ははっ、照れるな。でも、僕はこのチームを上手くまとめ上げれてる自信は無いな。」
そう聡は言いながら、申し訳なさそうな顔でチラリと添木の方へ目をやった。そこには黙々と独りで作業をする添木の姿が。
「あいつは拗ねちゃってるだけだよ。あんなに黙々とやってんのに総合評価は聡よりいっつも下、前回は俺よりも低かったんだ。そりゃ、いじけちまうよ。」
添木には聞こえない声で祐介が聡に耳打ちした。
「祐介...そういうことを言うのはよしなよ。瞬(添木)は僕らと違ってWNFに巨額の出資をしている家系の子で、ここでの活躍がこれからの地位に大きく影響するらしくて...家族からの期待の重圧もすごいんだよ。」
「つまり、ぼんぼんって事っしょ。ってか別に、俺は嫌いじゃないし、悪い奴じゃないのは分かるけど、露骨にあいつは俺達のこと嫌いだろ。まあ、哲哉くん(藤堂)には心許してるみたいだが、あれは単に自分の言うことをきいてくれる人間だからって理由なんだよ。もしくは、自分が成績を抜かされることが無いと高を括ってるんだ。要するに舐めてんだよ。」
「だから、やめなって。」
祐介の的を射た指摘に、聡はただ止めるように促すことしかできない。
「祐介言い過ぎ。聡も困ってる。それに誰かの期待に応えるために頑張る気持ちは私もよくわかる。」
莉菜からお叱りの言葉でようやく不満の矛をしまう祐介。
「さぁ、早めに晩御飯を食べて眠ろう。もう、特段やるべきこともないしね。」
聡が大きな声で指示を出す。聡自身と添木を除くそこにいた少年ら7人が大きな声で返事をした。
昨日狩猟で得た熊肉がまだ残っている。この雪山なら食べ物が腐る心配はあまりしなくていい。最も、それ以外の部分では過酷を極める環境なのだが...
そして、皆食事を済ませ、テントの中の寝袋の中に入る。辺りは既に暗くなっていた。野生動物が安易に近付いて来ぬよう火は燃やし続ける。もちろん、最低2人は交代で起きて辺りを監視する。
今日は少し雲が空に広がっているものの、昨日までの吹雪はない。とても静かな空間で、少年たちの灯した炎以外何も光源はなく、目をこらさずとも満天の星空を拝むことが出来た。少年たちにとって、この実地訓練での数少ない楽しみの一つが、この煌めく夜空を見上げることであった。
今夜、最初の監視係の祐介と莉菜はそんな空を眺めていた。
「うーッ、さっむ。莉菜も寒くねぇか?」
「寒いけど、いつものことだし...」
「莉菜は大人っぽいよな。」
「どこが?」
顔を祐介に向ける莉菜。
「全部。なんか、スゲーや。」
祐介も莉菜を真っ直ぐに見つめて答えた。
「祐介が子供っぽすぎるだけじゃないの?」
「んじゃ、莉菜の思う大人っぽいってどんなのだよ。」
「優吾さんみたいに逞しい感じ?」
「それはガチの大人じゃん。子供のなかでは?」
「聡?」
「そういうと思ったぜ。けど、逞しさだけなら哲哉くん...それに、おr...」
後半になるにつれて声が小さくなる祐介。顔が少し赤くなっているのは焚き火の光のせいだけではないだろう。
「藤堂くんはそういうのじゃないし。あっ、それと祐介も違うから。」
淡々と答える莉菜に、大きなため息をつく祐介。
「まだ何も言ってねだろ。」
「どうせ言うでしょ。」
「まあ...な。ってか、そういうところが大人っぽぃ...」
「なんか言った?」
いや、と祐介は顔を莉菜から背けた。莉菜はこういう女の子なのだと祐介は自分を納得させた。それから交代までの4時間、他愛もない話をしながら、周囲を警戒していた。星空の下、雪山の上で好きな女の子と一緒に過ごす。訓練ということさえ忘れてしまえば、こんな楽しい
しかし、その願望は交替でテントの外へ来た添木と藤堂の声で妨げられた。
「交替だ。2人はテントに戻って休むといい。」
「2人ともお疲れ様。」
ぶっきら棒な添木とは打って変わって、藤堂はニコニコしながら2人に話しかける。
そんな時であった。不穏な空気が一瞬で場を支配したのを、そこにいた4人は確かに感じた。背筋が凍るかのような
「何かいるのか?」
4人が一斉に銃を構える。誰一人として
「おいっ、みんな大丈夫か?さっきのはいったい...」
テントからの聡の呼び声が皆の意識を強引に引き戻した。いつの間にかあの
「少し、僕と藤堂で様子を見に行こう。どちらにせよ、これから監視係だからな。僕たちが適任だろう。」
そう言いながら新たな武装を手にする添木。それに少し不安そうな表情を浮かべながらも従う藤堂。しかし、聡はそんな2人を制止した。
「待つんだ、2人とも。今の力、添木たち2人では対処しきるのは、恐らく困難だ。テントの中の皆も起こしてからでも―――
「それでは遅すぎる。今、俺達が注意を引き付けることで、聡たちが武装をする時間を稼ごう。」
「しかし...」
添木の自信満々の口振りに強く言うことが出来ない聡。強引に主導権を握ろうとする添木には、ここで独断で先行することにより大きな手柄を独占しようという魂胆があったのかもしれない。そこで祐介が口を開いた。
「聡。こいつらには俺達も同行するから、安心して武装を整えて待っていてくれよ。俺達もさっきまで監視役で武装してるからな。それに、ヤバくなったら閃光弾打ち上げっからさ。」
祐介は考えた。こうすることで添木に手柄を独り占めされることは無い。その上、莉菜に良いところを見せることが出来るかもしれないと考えたのだ。聡がいれば一番は絶対に無いのだから。10歳ほどの少年らしい浅はかな考えであった。祐介の頭の中にあったのは、先程の脅威のことよりも、莉菜に意識されたいという稚拙な思いであった。聡は大親友であり、一番の
祐介の言葉に、聡も分かったよと首を縦に振った。そして、添木と藤堂の後に、祐介と莉菜が続く。暗闇の中ライトを頼りに、先程の
どれくらいの時間が経過したであろうか。キャンプから結構な距離まで来ており、少なくとも30分以上は経っていた。そんな時、不意に先程の感覚が蘇る。圧倒的な力を感じたのだ。4人は岩陰に身を潜め、銃を構えた。しかし、その手は震えていた。身の毛がよだつ恐怖とはこういうことを言うのだろう。
対象がどこから何が来てもおかしくはない。皆が不安になっていたが、それを最初に口にしたのは莉菜であった。
「ねぇ、ここで待機して一度聡たちと合流した方がいいんじゃない?」
「そうだよね。僕もそう思うよ。」
同意したのはずっと口を閉ざしていた藤堂であった。
「いや、その必要はない。近くにいる気配は感じるんだ。仲間を呼んでる内に逃げられでもした方が厄介だ。」
「まぁ、この辺りにでる危険生物なんて熊か狼くらいなもんだし、俺たちの武装ならこの人数でも十分だろ。そっ、それに莉菜は俺がぜっ、絶対守るし...」
一方で、添木と祐介はあくまでも、このまま4人で行動すべきだと主張した。それは合理性に欠けた判断であると、10歳程度の彼らには正確に理解できなかった。いや、心の奥底では理解していたかもしれない。だが、彼らの虚栄心がそれを妨げてしまったのであろう。
「みんな、あっ、あれ...」
藤堂が声を震わしながら、指さす先にいたのは雪山に突っ伏すように倒れている大きな熊の姿であった。その死骸には大きな数本の爪痕が残されており、そこからは未だ湯気を出しながら、温かい血液がドクドクと溢れ出ていた。
しかし、そこにはあるべきものが無かった。
「これをやった奴の足跡はどこだ?」
祐介が口にした疑問は雲の切れ間から注ぐ月光により、一瞬で解決されることとなった。その遺骸から少し離れた大きな岩の上に、黄金色の毛並みをした狐のような生物が居座っていた。大きさは狼よりも少し大きい程度で、通常の狐よりもサイズがある。しかし、注目すべきはそこではなかった。その狐の尻尾が9本もあり、その黄金の毛並みは、鮮やかな赤色で装飾されており、その真っ赤な塗装は奴のいる岩にも滴り落ちていた。
「九尾の狐?あれは...なんだ?あれが熊をやったのか...」
目の前の生物に、ただ困惑する添木。
「信じたくはないが、あいつが単独であの熊をやったんだ。攻撃方法はあの尻尾だぜ。血がついてるし、傷跡とも一致する。」
「尻尾がそんなに鋭利なわけ...。それに死体の周りに足跡が無いんだよ?」
「たぶん、死体を放り投げたんだ。周りの雪を見るに何らかの衝撃が加わった跡がある。奴は楽しみながら狩りをするサイコな生物のようだぜ。」
クチャクチャと小さな咀嚼音を出しながら口を動かす九尾の狐の方を見つめながら、相手の能力を見定める添木。そんな彼に藤堂が退避を促す。
「まだこっちの位置は気づかれてないようだし、逃げようよ。」
「フンっ、何を怯えてるんだ。こっちには銃もスタングレネード弾もあるというのに。あの未知なる生物を野放しにしておくなんてことは出来ないだろ?こいつの注意を引き付け、テントから遠ざけるんだ。それにこのミュータントのデータを入手しておくべきだ。」
額に汗を浮かべながら、藤堂の提案を添木は否定する。やはり添木はここであの未知なる生物と一戦構えるつもりらしい。これには祐介も同意見だった。不気味な力を放つ生物ではあるが、添木の言う通り今の装備ならば恐れる必要はなかった。
「俺が囮になってやるよ。先行して奴の注意を惹きつける。この中で一番その役目に適しているのは俺だからな。そこに異論はないだろ?」
対象の攻撃パターンを把握するために誰かが囮を引き受けるのは合理的な判断と言える。この中で一番運動能力に優れているのは祐介であり、適役であることは否定できない。ただ、対象の攻撃方法がイマイチ不明である状況で囮を引き受けるなどというのは、もちろんほぼ自殺に等しい。生半可な覚悟では決して務まらない。
しかし、祐介の頭にあったのは莉菜に良いところを見せたいという何とも言えない幼稚な理由であった。そして、聡を越えたいという純粋な気持であった。添木は少し顔を曇らせその提案を吞むか思案したが、その後首を縦に振った。
祐介は不安そうな顔の莉菜を横目に深呼吸をし、武器を構える。そして月光が雲で遮られるのと同時に、姿勢を低くしたまま元いた場所から、九尾の狐の後方へ回り込むように接近を試みる。添木たちもいつでも攻撃出来るように待機していた。得も言えぬ緊張感が場を満たす。プロの戦闘員ならば、このようなあからさまな緊張感を出さぬようにするのだが、まだ生まれて10年程度の彼らにそれは難しかった。
突然の空気の変容を九尾の狐は本能で感じ取り、獲物を食すのを止め、血に汚れた顔を上げて周囲を警戒する。祐介は地面に俯せ、静止する。沈黙した世界の中で、金色の尻尾が伸縮しながらゆらゆらと動いているのが見える。今動けばあの尻尾がこちらを感知し、向かって来ると確信していた。
しかし、突然、不規則に伸縮していた尻尾がピタッと全て停止した。祐介はその隙を見逃さず引き金を引こうとしたその刹那、空に一筋の光が通り、辺りを照らす。
――なんだ?
その光線は何かに引き付けられるかのように、祐介たちのいたキャンプへと真っ直ぐ伸び、隕石落下という信じ難い光景が彼らの目に映る。これはもしかしたら夢なのではないかとそこにいた誰もが思った。しかし、衝突の閃光に少し遅れてやってきた凄まじい衝撃波が、彼らの身体を震わせそれが現実であるということを突き付けてきた。そして、そこにいる全員が悟った...あの場所にいる仲間の運命を。
一方、九尾の狐はその閃光と爆風を全身に浴びながら、その源に向かって咆哮した後、大きく跳躍しその場をあとにした。
「祐介っ、大丈夫?」
莉菜が今にも泣きそうな顔で祐介の方へ走ってくる。それに藤堂が続く。
「.......」
キャンプがある方向を見たまま、何も答えることの出来ない祐介。莉菜は祐介の無事を確認した後、同じ方向に目をやった。
「こんな...こんなことって......」
4人全員が全く予期していなかった状況に絶望の表情だけを浮かべていた。
「今ので、こっちでも雪崩が起きるかもしれないし、早く逃げた方が...」
黒髪の少女が涙目で祐介の袖を引っ張っている。それでも、彼は動けなかった。
そうして、そこから少し離れた場所で同じような思いから、絶望に顔を歪ませた少年が佇んでいた。
「僕たちの...せいか??」
添木が誰にも聞こえないくらいの声でぼそりと呟く。添木も祐介も、この状況に戸惑い、困惑し、悔恨し、自責の念にかられていた。『もしあの時、聡の言う通りに皆でこちらに来ていれば、皆あれに巻き込まれずに済んだかもしれない』と...
「キャンプへ向かおう。生存者がいるかもしれない。」
そういったのは添木だった。自身の罪を補うためにはそうするしかないと思った。祐介も仲間の安否がどうしても気がかりだった。ここで逃げてはいけないと強く感じた。莉菜と藤堂は2人の意見に不安はあるものの、聡たちが生きているかもしれないという希望だけを頼りに歩み始めた。
先の衝撃波の影響で大きな雪崩のあとがあり、来た道を辿ることすら困難を極めていた。もちろん、今再び雪崩の第二波が来てもおかしくはない状況である。キャンプに向かう上で、九尾の狐と雪崩、そして滅茶苦茶になった足場に気を使って進まなけらばならない状況に少年たちは疲弊した様子だった。
「落ちた場所は...あの辺りようだな。地形が衝撃で変わってる。」
添木が山頂の辺りを指差し、キャンプがあるはずの方向へ目をやる。ここからではまだ状況は把握出来ないが、ここの状況から察するに無事であるはずがないのは明白だった。
「先を急ごう。」
祐介はそれしかいうことが出来なかった。皆もただ黙ったまま歩み続けた。そして、最初に目にした光景は想像だにしないものだった。
「どうしてこいつが死んでるんだ!?」
驚きの声をあげた祐介の目の前にあったのはあの九尾の狐の死体だった。しかも、不可解点はそれだけではなかった。
「一体どんな攻撃を受ければこんなふうな死体になるんだ...」
添木が口にした疑問は最もで、この死体は爆発を受けたような火傷の痕がないにも関わらず、凄まじい威力の攻撃を受けた様な惨死体に仕上がっていたのだ。頭は潰れ、真っ二つに裂かれ胴体からは内臓がとびだし、9本もあった尻尾はどこにあるのかすら分からなかった。生きていた時の黄金の毛並みを見ていなければ、これが何なのか判断できなかっただろう。そして今となっては、その黄金の毛並の大半でさえもが、血で真っ赤に染め上げられていたのだ。これだけでも十分に異常な現場なのだが、違和感はその惨死体だけに留まらなかった。
「ねぇ、どうしてここだけ雪崩が避けて通ったようになってるの?」
莉菜の指摘通り確かにこの辺り一帯だけ、雪崩が通った跡が全くない。
「もしかして奇跡的にキャンプがあるこの辺りだけ雪が通過しなかったんじゃ...」
「まさかそんなことあり得るはずがない。」
藤堂の楽観的な意見に耳を傾けることなく、添木はライトの光度を最大にして足を進めていく。キャンプまではもう100㍍もない。そして、血と火薬の臭いが強くなっていくのを全員が感じた。
「まさか...」
祐介らの目の前に広がっていた光景は何とも無惨なものであった。爆発したグレネードの跡、散らばっている薬莢に無数の銃痕、大きくえぐられたような地面、それに加えて、九尾の狐と同様にグチャグチャに潰れた仲間の死体が転がっていた。雪崩に巻き込まれたのではない。確かにここで何らかの戦闘が行われたのは誰の目から見ても明らかであった。そして、何者かが仲間たちとあの狐を殺したのだ。
「誰かまだ息のある人がいるんじゃ...!」
と、藤堂が動き始める。それに続く莉菜。添木と祐介はまだ近くにこの地獄を創り上げた奴がいるかもしれないと銃を構えるが今のところなんの気配もない。
「みんな、こっち!!」
莉菜の声がする方に皆が走り寄る。そこには右手足を失い出血している仲間の姿があった。顔もけがをしているようだが仲間の浩介であるとすぐにわかった。かろうじて意識はあるようだが、その表情は恐怖に支配されていた。浩介は莉菜に痛み止めを打たれた後、止血作業をしてもらいながら、藤堂の問いに口をゆっくりと動かし始めた。
「浩介君だけでも生きてて良かった。一体何があったの。」
「逃げ...て。
「誰だ?いや、何にやられた!?どんな攻撃を受ければあんな死に方をする?」
添木が強く浩介に詰め寄る。それをなだめるように藤堂が彼の肩に手を当てる。ハッとした表情で添木は詰問するのをやめる。
「す、すまない。」
次に口を開いたのは祐介だった。
「浩介、聡がどうしたって言ってたんだ?あいつは生きてんのか?あいつが危ないって、もしかして、1人でその敵を追っていったってんじゃ...」
「今のうちに、ハアハア...早くここから...みんな死ぬ。このままじゃ、みんなッ!」
息を荒らげながら、必死にしゃべろうとする浩介。
「何から逃げればいいっ?」
「決まってるだろ、あの化物...ハア...ハァ...さ―
その言葉を最後まで聞くことは叶わなかった。なぜなら、彼の頭が突然破裂したのだから。あまりの衝撃的な出来事に止血をしていた莉菜の目からは大粒の涙が溢れ出てくる。藤堂も自分の身体に付着した友の肉片を呆然としながら眺めていた。祐介も添木も絶句していた。目の前で起こったことの意味が分からなかった。
「みんな、無事だったんだね!!」
突然の声に皆身体がビクッと反応してしまう。その声の主は聡だった。莉菜と藤堂はその声を聞き少し安心したような表情を浮かべた。しかし、祐介だけは何か違和感を感じた。
「聡、一体何があった?こいつは化け物に襲われたと言っていた。そして、お前の身が危険だとも言っていたが...生き残ったのはお前だけか?今も正体不明の攻撃を受けた。これはいったいッ!!」
「浩介君がそんなことを...敵の正体はまるで掴めていないよ。恐らく彼はこんな恐ろしい光景を目の当たりにして錯乱し、化け物などという言葉を発したのだろう。ぼくもまだ敵の攻撃方法も姿も把握していない。」
溢れ出る疑問を次々とぶつけていく添木に申し訳なさそうな表情で、聡が答える。化け物という言葉に聡が一瞬眉をひそめたように祐介は感じた。
「でも流石聡くんだね。こんな状況でもすごい冷静で頼もしいよ。」
藤堂が聡の方を見て称賛の言葉を贈る。
「ありがとう。でも、依然として警戒しなくてはならない状況は続いているし、まだ油断は許されない。近くに対象がいることに間違いないしね。」
この絶望的な状況下においてでさえも皆、リーダー的存在でありエースでもある聡の言葉によって希望の光見出すことが出来た。銃を構え言われた通りに警戒態勢を散る。対象が分からぬうちは銃口の先に明確なターゲットが捉えられているわけではない。しかし、祐介だけがそれに銃口を向けていた。その行動に3人が驚愕の眼差しを向けた。
「一体、なんのまねかな...祐介。」
銃口を向けられた彼が静かに語り掛ける。祐介は構えた銃を下ろすことなく、
「何故あの死体が浩介だと分かった?あいつが死んだ瞬間をお前は見てないはずだろ。」
その場の空気が一気に凍り付く。
「そんなことか。さっきそこに浩介が倒れていたから、その死体も浩介だと思ったのさ。それだけだよ。」
「そうか。ならもうひとつ、何故今お前は銃を手に持っていなかった?持ってるんだろ?何故警戒態勢に入っておけと俺達に促しておきながら、お前は持って現れなかった。」
「僕だってパニックだったんだよ。とても恐ろしいことが起きたんだから。今冷静でいられるのは皆と一緒にいるからだ。」
「パニックを起こしていたにも関わらず、生き延びていられたのか...全く負傷もせず。」
祐介の頬を冷たい汗が伝う。
「つまり、何が言いたいんだい?祐介。」
表情一つ変えずたんたんと応答する聡。
「お前の服...少し破けたり、傷ついたりしてる。まるで銃弾か何かかすったかのように。」
「それは、な―
「それは、流れ弾とでもいうつもりか?」
聡の予想される応答を先に述べ、話の主導権を握ろうとする。添木と莉奈と藤堂はただそれを黙って見ていることしか出来なかった。そして、祐介はこう続けた。
「浩介は聡が危険だといった。これはお前に危機が迫っているという意味ではなかったんだ。お前自身、お前という存在が危険ということだ。どうやったかは知らないが全員ぶっ殺しやがったな。聡ッ!!!!」
祐介は声を荒らげて、親友に
「なら、撃てばいい。」
「やっぱり、殺しちまったのか...」
「祐介が撃ってくれたら、僕も少し罪悪感が薄れる。」
聡の不気味さに、祐介は恐る恐る口を開く。
「どういう意味―
祐介の言葉が全て語られるより先に、聡の身体から何かが放出されるのを感じた。理性で把握したのではない。本能が危険だと警告していた。
「僕は化け物じゃない。助けてあげたのに...僕の力で。」
スザァァァァァアアアンッ!!!
なんと祐介の目の前にあった雪と大地が大きく削りとられたのだ。
「な!?」
声にならない声を出しながら、大きく目を見開く祐介。それを見て聡が呟く。
「同じ目をするね彼らと...」
「なんだ、これ...聡。こんな力...」
「さっき雪崩があっただろ?それを防ごうとしたら今みたいな力が発動したんだ。その時に何人か放出に巻き込んでしまってね...」
「それで化け物と言われ殺したのか?」
「いいや、この力を使った後、少し心地好くてね。何人殺してしまったんだ。そう言われたのはその後だ。」
少し悲しそうな顔をする聡。
「どうして!?」
「力があると認識すればするほど、破壊衝動が抑えきれなくなる。僕の中の何かが破壊を促している。それに今とてつもなく心地いい。撃ってくれ祐介。そしたら、心おきなく君を殺せる。躊躇ってもどうせ殺すことになる。ならせめて生き続ける僕の心が平穏でいられるように死んでほしい。」
祐介は引き金に人差し指を掛けながら、真っ直ぐ親友の顔と向き合う。その視界の端には莉奈の姿が...
――あの正体不明の攻撃がある以上撃ったとしても...いや、でも、やるしかないッ!!聡の装備には銃弾がかすったような痕はある。直撃すれば殺せる。一か八か、俺には守らないといけない人がいるッ!!
その決意を人差し指にのせて引き金を引こうとする。しかし、どうしても手が震える。今まで共にアカデミーで過ごした親友に無数の鉛弾をぶつけようとしているのだから無理もない。
――許してくれ聡...ここで死んでくれ
マシンガンから放たれる物理的な殺意は、祐介の複雑な心境とはなんの関係もなしに、いつも通りに対象に飛び出していく。直撃するとそこにいる誰もが思った。しかし、少年たちはまだ波動を知らなかった。
激しい銃撃音と発光のあとに、銃口からは白い煙が細く出ていた。唖然とする祐介。目の前には銃撃を全て何らかの力で反らし、平然と直立している少年の姿があった。その少年はゆっくりと、片手を祐介の方へ向けて呟いた。
「これで僕が攻撃しても問題ないね」
ゾワッと祐介たちの全身を被う殺意。そこにいる誰もが終わりを感じた。
ドヴァァァァァアアアンッ!!!
その衝撃に祐介は吹き飛ばされ、死を覚悟した。恐怖から目を開けることが出来ない。しかし、まぶたの向こう側が妙に明るい。加えて、全身に負傷とは異なる熱を感じた。恐る恐る目を開けるとそこには、轟音と共に激しい火炎に包み込まれる聡。驚いて辺りを見渡すと、無数の四足歩行のドローンが聡を取り囲み、無数の重火器で抑え込もうとしていた。
ババババと音をたてながら接近してくる影は、軍用ヘリコプターと対地上戦力殲滅飛翔ドローンであった。
「もしかして救助が...」
今にも消え入りそうな声で呟く莉奈。
「あれはWNFの特殊戦闘部隊?生で見るのは始めてだ。でも、どうしてこんな所に...」
「僕ら助かったの!?」
添木と藤堂は突如現れた救世主に目を輝かせる。祐介はただ黙って親友の方を見ていた。聡は燃え盛る焔の中で確かに口角を上げていた。
『こちらはWNF。アカデミーの生徒は今すぐここから離脱せよ。ヘリに乗せている余裕は無い。動けるものだけ早く下山を開始せよ。これは命令だ。』
ヘリから繰り返される音声に突き動かされ、真っ先に行動を開始する添木。それにつられるように藤堂と莉奈が動き始める。ただ、祐介だけが動けなかった。その瞳には依然として聡が映っていた。親友を自らの意思で撃ったという事実が彼に重くのし掛かり足を動かせない。そんな彼の腕を強引に掴み、走り出す莉奈。祐介は一瞬走るのを躊躇ったが、莉奈の表情を見て決意を固めた。
撤退する4人の少年らの後ろで、彼らの友だった者を制圧するためだけに、精鋭の部隊と最新鋭のドローンが一切の慈悲の無い攻撃を仕掛けているのが分かった。少年らはまっすぐ走り続けた。いや、少女に腕を握られている少年だけがふと後ろを振り返る。そこには黒煙を上げながら墜落するドローンの姿があった。
彼らはその日、目撃した
到達する者 ~arrival~ 七獅子 @nanashishi
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