第29話 兵士たちの杯
「Captain.本田さんよ。やっと主役の登場か。酒が無くなっちまうところだ。」
「これだけの量そう簡単に無くなるわけないじゃないの。」
と、エミリーが笑いながら向かいに座っているルイスに突っ込みを入れた。
本田は頭を掻きながら謝罪の言葉を述べる。その背後からのそりと姿を現したのはラッセだった。
「予定の時刻からまだ5分ほどしか遅れていないはずなんだが、何故酒がこんなに...ルイス、お前...」
ルイスが慌てて顔を背ける。それに皆が大笑いをした。そして、本田とラッセが実動部隊の皆の輪に加わる。
「ここの人達は皆仲が良いんだな。」
「そりゃあ、命を互いに預けてるわけだしな当然だろう。」
ダンが本田の言葉にキリっとした表情で答える。相変わらず真面目な男だ。
「本田の部下はまだここに連れてきてないんのかい?娘さんも来るとか...」
いかつい男たちが多い中、優しそうな表情をしたカイルが尋ねる。
「部下は今まだ任務中だ。僕も明日の昼には一度そっちに戻らないといけないんだ。それより、娘の話を知ってるなんて耳が早いな。今度の試作品のドローン搬入時に連れてくる予定だ。」
「そうなのか。忙しいんだな。Professor.南戸から聞いたんだよ。13歳になったばかりの子がここに来るってね。正直、驚いたよ。」
「ええっ!そんな小さな子がここで任務にあたるんですか??」
カイルの言葉に大きな反応を見せたのはリックだった。彼は先日ここに派遣された実動部隊の新人のうちの1人だった。
「そんな小さい娘さんを...僕も先日パパになったんですけど、あんな小さな娘が戦いに染まっていくのなんか想像できないです...あっ、因みに娘の名前はアビゲイルです。」
口元を緩ませながら娘の名前を口にする。
「いや、娘はドローンの操縦士だから直接戦闘に参加するわけでは無いよ――
っと、本田は口にしようとしたが、ルイスの大きな声がそれを遮ってしまう。
「あぁ~ッ、良いよなぁリックは。美人な奥さんがいてよぉ!40越えても俺には女っ気の1つも無いってのに...」
そう言いながら実動部隊の女性陣、エミリー、シャーロット、アビーの方をチラチラ見るルイスだが、3人の頭に浮かぶ文字はshitであった。
「バカなことを言ってないで、乾杯にしよう。もう、飲み始めているようだがな。」
再びラッセとの視線を切るルイス。しかし、その手にはしっかり乾杯用のグラスが握られている。抜け目がない。
「それでは、俺達の新しい頭となる特別派遣部隊隊長、本田優吾の来訪を祝って、乾杯ッ!!」
「「「乾杯ッ!!!」」」
ラッセの言葉に皆が一斉にグラスをかかげた。本田の喉を一気に酒が通過していくのが、喉ぼとけを見るとよくわかる。本田がぷはぁと息を吐きながらグラスをテーブルに置くと、本田は近くにいたアジア人の男性2人に声をかけた。
「君達は中国の人かい?ってことは、ここに来てそんなに日は経ってないはずだったね?」
「ええ。僕とヌーはこれまで中国で活動してましたからね。ここでは新人です。よろしくどうぞ。」
ホォツイがそう言いながら頭を下げ、それにつられるようにヌーも頭を下げた。その2人と順に握手をする本田。
「ああ、もちろん頼りにしてるよ。中国で発見された変異個体はどれも厄介だったと聞く。そんなところから来てくれたのだからね。」
皆、酒が入ってよく舌が回り始め会話が弾む。ホォツイとヌーは故郷の家族に金を送るために、傭兵からこちらの世界に足を踏み入れたらしい。本田はそこにいたこれから自分の部下になる者と会話を重ねた。当たり前のことだが、皆、ここに来るまでに様々なことを経てきているようだった。
「どうした?しんみりとした表情をして。」
っと、ラッセに訊かれる本田は少し間をあけて答える。
「いや、ここにいる皆、誰一人失いたくない。そう思っただけだよ。」
一瞬、場の雰囲気が重くなったような気がした。流石に、最初の酒の席だすべき話ではなかったかもしれなかった。
「当たり前だろ、隊長さんよ。俺がいればどんな変異個体もいちころだよ。」
「流石、エイデンは勇ましいや。でも、そういうセリフはラッセやカルマや俺みたいに強くなけりゃ言っちゃいけねぇぜ。」
エイデンの言葉をすぐさま茶化すルイス。流石は実動部隊屈指のムードメーカーだ。彼が口を開けば場の空気が軽くなる。ウザい時も多いがこういう時は救われる。
「そういえば、カルマ班がここにいないみたいだが彼らは?」
気を取り直して、本田が頭をに湧き出た疑問を口にする。
「彼らは実動部隊の中で、この施設の警備を主な任務としているからな。今も任務にあたっているよ。ここにいるのはカルマ班10人を抜いた26人だ。」
「ラッセに次ぐ実力者で常に冷静沈着で顔が良いとはいえ、カルマは堅物だからなぁ。俺の方が魅力が溢れていると思うんだがな... ではなく、堅物だからこういう席には基本任務が無くても来ないことが多いんだ。」
そうラッセとルイスが答えると離れたところでグラスの割れる音がした。
「おいおい、またサニーか?宴会副隊長、今日はいくつのグラスをお釈迦にするつもりなんだ?どれだけ壊しても宴会隊長の座は譲らねぇぞ?」
ルイスの突っ込みに照れながら頭を掻くサニー。本田はそんな皆を見ていた。生きている皆を見ていた。可能ならば誰一人死なせたくはないと思った。しかし、それが不可能に等しいことは経験上、彼には理解できていた。
光合成樹林第一管理研究所の一室は兵士たちの楽しげな声で溢れかえっていた。遠くで誰かが写真でも撮ろうかと言う声が聞こえた。
~~~
本田は人の気配を感じ、ゆっくり重いまぶたをあげた。気配の主は莉菜であった。どうやら頼んでいた資料を持ってきてくれたらしい。
「すいません。起こしてしまわないよう注意したんですが...」
莉菜は少し緊張気味の声で、頭を下げる。
「いや、むしろありがたいよ。やらなければいけない仕事が山積みだからね。」
本田は自分の机上のいらぬ資料をわきに寄せ、写真立てを伏せて答えた。
「ぐっすり眠ってましたけど、何かいい夢でも見られていたんですか?」
「いい...かどうかは分からないが、幸せな時間を思い出せる、そんな夢だったよ。」
そう語る本田の目はどこか虚ろであった。
「優吾さん。体調が優れないのでしたら、ちゃんとベッドでお休みになった方が...」
本田の様子を気遣い声をかける莉菜に、いつも通りの笑顔で本田が答える。
「心配してくれてありがとう、莉菜くん。でも、大丈夫だ。動ける人間が少ない今、健康な僕が弱音を吐くわけにはいかないからね。美来くんのこと、突然自己修復を可能にした合成変異個体、新種のイカ
「そうですか...無理はなさらないで下さいね。」
その言葉に本田がありがとうと大きな右手を莉菜の頭の上にのせた。莉菜はその動作に顔を赤らめながら小さな声ではい...と答えるので精一杯だった。
本田は頭から手を離し、莉菜の資料を受け取り、机の空いたスペースにそれをのせた。
「では、引き続き職務に励んでくれ。」
本田の手が離れてしまったことに対し、しょぼんとしていた莉菜だったが、その言葉でいつもの凛とした表情に戻り、はいと答えその部屋をあとにした。
本田はそんな後ろ姿を見送りながら呟く。
「莉菜くんも大きくなったなぁ。昔は大変だったこともあったが、こんないい子に育ってくれて本当に良かった。これなら天国の御両親もお喜びになるはずだ。」
今日も本田はこれ以上の犠牲を出さぬために、デスクに座り続けるのだった。自分の判断で人が死ぬのはもう懲り懲りなのだ。
「この組織の秘密主義をもう少しどうにかすれば、この現状も変えることが出来るのかな。」
本田は先程伏せた写真立てを手に取り、返ってくるはずのない疑問を投げかけていた。
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