佐藤聡

@usothuki

第1話 

 朝起きると、僕は決まってまず南と東の窓を開ける。外の冷えた空気が流れてくるのを感じて強制的に気持ちを前向きにする。風の通り道を作ると開運できると雑誌で読んでから始めた習慣だが長続きしている。ツキは何よりも欲しい。宝くじに当たるくらいのとびきりのやつが。

 僕が子供のころはニートは目立つ存在だった。自宅にこもって仕事をする人は稀な存在で1日中家にいれば近所から白い目で見られ噂が立つのが当たり前だった。しかし、世間はその頃から大きく変わった。僕が大学を中退する少し前から裁量労働が当たり前になりオフィスもどんどん規模が小さくなり今は自宅やカフェをオフィスとして働いている人が圧倒的に多い。なかにはオフィスビルだった所に階ごとに違うカフェが入りそこをオフィスとして多くのサラリーマンやOLが働いているのだから面白い。どうやら会社はバラバラだが各階で職種の傾向が決まっており横のつながりが大きくなったのだという。気分を変えて違う階のカフェで仕事をすると思わぬイノベーションが生まれることもあるとゆうから少し前の人はオフィスに出勤するのは良くてもオフィスの環境が悪かったから生産性が低かったのだろうなと思う。話が逸れたがニートと労働者は一見しただけではわからなくなったとゆうことだ。だから、子供のころニートにだけはなりたくないとあれほど思っていた僕も今の社会でニートになってみるととりあえず人目を気にすることはなかったりする。

 

 僕は下の者からはオッサン扱いされ上の者からはまだまだ若いと言われる中途半端ではあるが将来とゆうものがリアルになりだす年齢だ。まさかこの歳までニートをやるとは思わなかった。少し前に一緒に呑んだ友人達にもカウントダウンだなと言われた。大台に乗る前にニートを卒業しなければもう卒業することは無理だろうと彼らは笑っていた。蔑みの笑みとゆうよりはむしろ自分より下の者に対する慈悲深い笑みだった。ちなみにそれから今日まで1つのバイト応募もしていない。そんな、一見して分からずとも確実に世間から取り残されているのが僕だ。


 今日はマンションの自治会の集まりがある。僕はマンションの管理や自治に関わっているわけではないが若く時間があるとゆうことで何かと雑用を頼まれるのでマンション内のことに詳しい。そこで自治会長からお弁当出るからおいでなどと誘われたのである。その雑用で金銭が発生したことは一切ないので仕事ではないが雑用を多くこなすうちに管理会社と住民の間に入ることが多くなり僕の懐事情を知った管理会社が間接的な謝礼とゆう形で家賃は便宜を図ってくれている。住む場所とゆうのは住む場所がいつなくなってもおかしくない人間には現金収入よりも有り難い。


 昼お弁当を食べられるあてがあるから朝食は食べないことにする。自治会の老人たちの中には僕を白い目で見るものもいるが雑用の範疇を越えた雑用で得た信用は大きい。たぶんお土産の弁当もあるはずだ。

 今は高齢化社会の一次ピークだと言われている。医療や社会生活レベルの向上に伴い伸びきった寿命の高齢者と呼ばれるものがすこぶる多い。そこから僕ら世代の少し後ろまでは少子化で人口そのものが減少したので彼らがお墓の下にもぐった後は高齢者は数を減らすことになる。そして僕らの頃が少子化の底で今は出生率は高くなっているので第二次高齢化社会はかれらが高齢者となるウン十年後に訪れるだろう。


 時間はあっとゆう間に過ぎ、マンションの共用スペースで弁当を食べつつ自治会の皆の会話に相槌を打つ。老人達も僕に負けず劣らず時間はあるので会議はただの喋り場のようになる。不意にテトさんが僕に仕事は見つかりそうかいと尋ねる。彼は穏やかで優しく何かと僕を気にかけてくれる。1件の応募もせず探しているのかどうかも怪しいのだが難しいですねと僕は小さく首を振る。

 「ワシ等の頃も就職はそりゃ大変でな、なんせ就活生そのものが多かったからな。誰も彼も苦戦してワシも相当な数のお祈りを貰ったよ。学生時代に真面目に勉強しなかったのもいけなかったがその当時は親が悪いと決めつけておったよ」

 テトさんは穏やかな顔で笑いながら言ったが、この話は彼らの世代には割とある話で当時は笑い話にもならなかったらしい。テトさんの名は凹凸でテトリスと言う。なんでもテトさん世代の親の一部で流行ったキラキラネームとゆうらしい。一部とゆうのが味噌でその一部は人間性を疑われることになり疑いはその子供達にまで及び書類選考で落とされる者が多かったのだとゆう。

 「今じゃテトさんみたいな名前の若い子全然いないですもんね。でも僕ら世代だと小学校の頃は1学年に一人くらいいました。確か僕の学年には犬猫鳥でキメラくんっていました。前に同窓会で会った時はバイオテクノロジー関係でインドの大学院に行ってるって言ってましたよ。あれから数年たつけど今どうしてるのかなあ…」

 「インドの大学院なんてすごいのう。しかし分らんもんじゃな、佐藤聡なんて、たしかにちょっとさとが多いが普通の名前のサトくんがニートでそのキメラくんが院生で研究なんてなあ」

 テトさんは不思議なもんだと可笑しそうに笑っている。

 「確かにワシの同級生でも西水火でイコカちゃんって子がおったが外資系の大企業に就職した子もおったからなあ。サトくんには西水火でイコカなんてわからんじゃろ?」

 「分かりますよ。テレビで見たことあります。今のGECPが普及する前の電子マネーですよね。でもそっちより字面の魔法使いっぽさがインパクト大きいですね」

 「ははは、まさにな。頭の良い子じゃったから将来魔法の研究をするんだろなんて揶揄われておったよ」


 月1のお喋りを兼ねたミーティングが盛り上がっていたが僕は程程の所で退出させてもらうことにした。お弁当を食べ終わる頃にはマンションの管理に関わることは話し終わっていたし僕もマンションの生垣にそろそろ殺虫剤を撒いた方がいいから買っといてくれと頼んでおいた。余っていたお弁当を持ち帰って一息ついて仕事に取り掛かる。

 僕はニートだと他認されているし自認している。でもいくら住む場所があっても何の収入もなしに生活はできない。収入は一応ある。僕には1つ人にはない能力がある。一目見ただけで物のサイズや距離、高さや重さまで瞬時に正確に判断することができる。

 ある時グラビアアイドルのプロフィールに疑問を抱きネットで僕の測定を何人か挙げたことがある。もちろん最初は何の相手にもされなかったが、そのうちの一人が少しバラドルとして売れて深夜のバラエティーで正確にスリーサイズや体重を言い当てているサイトがあることを漏らしてしまったのだ。そして暗に他の人も当たっているとほのめかしてしまった。そのバラドルは業界内で顰蹙を買ったみたいだが僕のサイトにはそれで火が付いた。そして代わる代わる出てくる美少女のプライバシーを暴露することによりそこそこの広告収入を得ている。我ながら情けない自分の能力の使い方だが生来の僕のムッツリ助兵衛心は同志たちにとっては感謝されている。

 

 僕、佐藤聡はニートでちょっと物の認識能力に優れている。無為な人として無為な1日を重ね無為であるがゆえに重宝される、一部の界隈で一時だけもてはやされる現代アートあるいは1発屋芸人のような男が僕だ。

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