僕と彼女の通学事情
ネコモドキ
僕と彼女の通学事情。
その日、人類は唐突に、突然に、急に、いつの間にか、なんの前触れもなく、絶滅した。
いや、正確に“途絶えて”はいない。
パンデミックか、人工的要因か、はたまた漫画的展開かは誰もあずかり知らないが、月並みに言うと人類は所謂『ゾンビ』と呼ばれるものに成った。まあ、ぼくは基本、過去のことを気にしない人間……いや、ゾンビだ。だから、気にしないし、気にしてない。ただ、どうも僕は生前?の習慣が中々抜けないらしく、今日も今日とて人間であった頃の日常を、拙いながらに辿っている。
☆
朝5時30分。僕はいつもの様に起床する。早起き?とんでもない。今やこの体は食事どころか睡眠さえも必要としない。この体になって約一年、未だ惰眠を貪る僕の方がおかしいと言える。ベッドの上で「くあぁ」と喘ぐ。欠伸さえも出なくなったこの身体だが、条件反射とでも言うべきか、口をあんぐりと開いて息を吐く事がある。
腹を掻きながら合っているかも分からないカレンダーを横目に見る。今日は、六月の第四火曜日。良いとも悪いとも言えない一日を想像しながら、階下へと降りて犬の散歩へ。ポチっていう名前なんだけど、どうやら犬は人間とは違い、知性が足りなかったのかな?自分で自分を食べちゃった。ので、首輪だけでの散歩だ。寂しい。
朝6時30分。トイレやら着替えやらアニメの撮り溜め(砂嵐)などを終え朝食へ。さっきも言ったと思うけど、僕のこの体は睡眠も食事も必要としない。ーーーだからなのかな?嫌気がさしたか、或いは……まあ、兎に角家族は皆いなくなった。一人だけの朝食。少し前までは妹とポチがいたんだけどな……感情も感傷も情感も無くなった僕だけど、寂しいものは寂しいよ。
朝6時50分。さあ、学校へ行こうか。生前の記憶を頼りに、辿々しく、されど確かに。
車窓で見ていた景色が横へ後ろへと流れて行く。自転車で見るとまた違う景色に……なんて、思っていたけど景色は景色だ。人類が滅んだ後でも、向こう百年くらいはきっとこの景色が続くのだろう。
朝9時50分。ゾンビだからか、おそらく生前の自転車よりかなり遅い。因みに、自動車で通学すると7時35分に着く。街中にゾンビはいなかった。
朝10時20分。船に乗る。テレビやラジオ、店舗やテーマパークと言ったサービス業は無くなったが、何故か公共の交通手段だけは途絶えていない。 人件も、燃料も、資源も、ない筈なのに。
まあ、何故?という話になったとしても、脳みそが腐った僕には答えられないのだけど。
朝10時35分。船から降りて駅へ。さっきも言ったけど、公共の交通手段以外のサービス業やらは全て途絶えた。閑散とした商店街、犬猫の鳴く声ひとつない寂しい風景。百年後はせめて、動植物で溢れかえって欲しいと切に願う。
朝10時40分。電車に乗る。言い忘れていたが、他のゾンビはこういう所にいる。僕と同じく前世の習慣でも残っているのか、スーツ姿の人や学生服の子が多かった。
朝10時45分。この時間帯が一番混み合う。触覚が鈍くなった今でも、痴漢などは存在するのか、そんな、どうでも良い事を肘や背中で押されながら、ついつい考えてしまう。
朝11時00分。学校の最寄駅に着く。一限目の始まりは9時30分。今から約30分間かけて自転車で登校するとなると、おおよそ2時間の遅刻だ。
朝11時15分。自転車置き場に停めてあった錆だらけの僕の自転車で目的地を目指す。ああ、最初の奴はママチャリで、こっちが通学用のマウンテンバイクだ。名前はサイクロンジェット号。
横目に流れる木々に季節を感じる。春から夏へ。その最中に。人の手が入っていなくとも、多少は形が保てるのだと、気づかされる。
朝11時30分。学校に着いた……いや、普通なら着いている筈だが、今日はサボる事にした。不良だぜ、いえーい。と言う事で、学校の前を素通りにして近くの公園へ。あまり覚えていないけど、生前はこの公園でよく読書をしていたと思う。今となっては『本を読む』と言う事自体よく分からない作業になってしまったけど。
朝11時40分。何度も言ったと思うけど、この体は安眠も快眠も熟眠も必要ない。必要なのは永眠だけか。ゾンビだけに。
ーーーま、偶には公園で風に吹かれるまま気の向くままに過ごしても良いだろう。なんせ、ゾンビなんだし。
鞄を開ける。そう言えば、久し振りに開けた気がする。見ると、存外まともな物が入ってた。
賞味期限ギリギリのガム。黒いブックカバーに覆われたラノベ。大体の筆記用具。携帯ゲーム。iPhone7(最新機種!)。ノート3冊ほど。赤いブックカバーに覆われたラノベ。キャラクター柄のブック(以下略)翠のブ(以下略)。
……まとも……だよね?読書好きだっのだろうか。重さなんて感じない体だけど、どうりで走り辛い筈だ。
昼12時00分。浴びたところで、体に異常なんて一切無い日光浴を約20分。そろそろ
「おまたせ」
噂をすればなんとやら。あの子が来た。
「ま、て……ない、よ」
待ってないよ。そう言おうとしたのだが、捕食2秒前の獣みたいな答えになってしまった。
「はは、ごめんね?遅れちゃって。ちょっと野暮用でさー」
そう言う彼女からは“死”の臭いがした。触覚や味覚が鈍くなったこの体だが、視覚や聴覚、嗅覚と言った野生的な感覚は寧ろ研ぎ澄まされていた。生前の友だった眼鏡も必要なくなる程度には。
「ところで、今日は何を持って来てくれたの?」
ゾンビになってからの話だけど、僕は時々お昼ご飯の際、学校を抜け出してこの公園で黄昏れていた。その時に会ったのが彼女だ。そこで彼女と取引した。いや、正確には向こうから持ちかけて来た。
『ーーーご飯を食べるなんて、珍しいね君。良かったら、それ分けて貰えるかな?……死にそうなんだ………』
たはは……と笑う彼女の頰は痩け、クマが目立ち、黒髪は所々ほつれていた。精神的にもギリギリだったのだろう。声にも、足取りにも覇気が無かった。
『……はい』
僕は、…………何を食べてたんだっけ。忘れちゃった。兎に角、それが彼女との出会いだった。
「きょ、は、こ……れ」
「おお!お肉!良いね!」
パーカーの帽子部分から500グラムの豚肉を取り出す。
「あと、は……しか、のこ……ない」
「え、家に?いいの、最後なのに」
「いい」
ああ、別に良いのだ。嫌悪感があるにはあるが、食事なんて野草や虫でも食べてれば良いんだし。それより、消費期限がとうに過ぎたお肉だけど、大丈夫だろうか。
「ああ、大丈夫!大丈夫!こんな世界だからかな?狼少女が如くその程度ではお腹を壊さなくなったんだよ!いやぁ、ヒトの適応力の高さには舌が巻かれるね!」
使い方間違えてない?まあ、こんな世界だから、一つ意味を調べるのも面倒だけど。
「み、せ」
「んぅ?」
「と、ら……いの?」
「店のものを盗らないの?」
「う、ん」
「君は、盗るの?店のもの」
「じょ、きょー……に、よる」
「私はさ、いや、生意気だし、それこそ傲慢だし、偽善なんだけどさ、嫌、なんだよね……例え人がいてもいなくても、そう言う道を外した事。はは……もし素直になれてたら、出会った時ももうちょい可愛い私だったんだけどなー」
確かに、出会った時の彼女は生気が無かった。水浴びをする余裕さえもない程に。
「どう、して?」
「んー………言うの?恥ずかしいなぁ……ま、いいか、君なら。……実はね?好きな人がそんな人だったんだ。曲がった事は嫌いでね。や、学校をサボった事が無いとか、そんな小さい事じゃ無くてね?決して道を外したりはしないんだ。ーーーヒトとしての道をね」
「そ、ひと……は?」
「んー。どっかへ行っちゃったんだけど………多分、ゾンビになったんだと思う。こんな世界だしね〜」
「あ、ごめ……」
「あ!別に悲しくは……ない事はないんだけど、もう吹っ切れたから!うん!それに……君がいるしね」
「……あり……あ、と……」
その言葉に、動いてない筈の心臓がドキッとした。この気持ちは………多分、病とか、そんなベタなものじゃなくて……もっと、感情とかを揺さぶる……そう、恋とか、そういうものなんだろう。
ふと、思う。ーーー生前の僕は、恋をしたんだろうか。こんな、胸の高鳴りを経験したのだろうか。なんとなくだけど、誰かと、こんな事を、したような気がしなくもない。
「ぼ、くも……」
「え?」
「ぼく、も……たと、もう」
「好きな人が?」
「う、ん。み、みた……な、かっ、つな、こ」
「私みたいな活発って……私はさ、別にそんなキャラじゃないよ。ただ、世界がこうなっちゃったから、自分を無理矢理鼓舞してるだけ。………私と彼がさ、出会ったキッカケの小説にね?こんな話し方の女の子がいるんだ。その子は活発で、主人公とも積極的で、いつも明るくて、そして、自分にも他人にも嘘をつかない子だった。………でもね、ある日二人の間に大いなる試練って言うのかな?……まあ、そんな感じのが起きたんだ。でも!二人は愛の力で乗り越えた!王道だね。王道だけど……感激した。感動した。終いには感涙までしちゃった」
「………」
「で、彼はその子が好きだった。ま、所謂オタクってやつだね。私もそうなんだけど………彼は通学時間が人一倍長いくせに、毎朝毎朝、朝早くに起きて撮り溜めしたアニメを見るんだ。その話で私と盛り上がる為にさ。それだけの為に」
「………」
「でも、『それだけ』が良かった。『それだけ』で良かった。私は、何も求めていなかった。のに……世界がこんなになっちゃったからさ。彼も遠くへ行っちゃった。あの時、……いや、これは過去の話だよね。君に言っても仕方ない事だ」
「れの、す、なところ……は?」
「え?好きな所って、言っても……つまらないよ」
「いい」
「………本当に強情だね。君は………恥ずかしいんだけどなぁ……こっちも」
「………」
「はぁ……言うね?途中でつまらないって言ったらはっ倒すから」
「分かった」
「………彼のマイペースな所に共感した。彼の喘ぐ様な欠伸が見ていて可愛かった。彼の大して早くもない自転車を、一生懸命に漕いでる姿が無性に愛おしく思った。彼の愛が、優しかった。愛が、自分に、私だけに向いて欲しいと何度も何度も何度も何度も切に願った。彼の正義感が、格好良かった………格好よかっ、たんだよぉ………つたえ、たくて……伝え、られなくて、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も死のうとした!死ぬ勇気も、無けれ、ば、伝える勇気程度もなかった!そうだ!程度だったんだ!『それだけ』を壊してでも、欲しかったものなんだ!ぐっ……うぅ……こんな、世界……んな、世界………」
「ーーー『ごめんな』」
唐突に、急に、突然に、あの時、人類が緩やかに滅んでいくのを横目で見ながら発した言葉。それが、頭の中で、喉を通り、口を通じて再生された。いや、違う。これは、
「……っ!………ぇ、今、のは……」
「わか、ない。か、てに、でた。……ぶん、もび、くり」
しかし、今の謝罪は本当に何なのだろうか。彼女の、世界へ対する恨み辛みについての謝罪を僕が代わりに代弁した?や、僕はそんな殊勝な奴じゃ無かったと思う。
「……ありがと」
でも、そんな殊勝な奴じゃなくても、今も頭の中で繰り返されているこの声に言われなくても、僕がすべき事は、今やらなきゃいけない事は何なのか位分かっている。
「…………!……本当に、ありがと……とうっ……」
涙を拭う。ゾンビだから、力のコントロールが難しいんだよね。でも、毎朝自転車に乗ってる所為か、慣れちゃった。ひび割れた、土色の僕の指。爪は伸びていない。切ったんじゃなくて、伸びなくなった。そんな指で彼女の頬を撫でる。目を細め、まるでポチの様に「くぅん」と鳴く。
「………たはは、また君に恥ずかしい所を見られちゃったね……や〜参った、参った………」
「………はは?」
「き、気を使って笑わなくていいよ!大体君達は筋力だけは馬鹿みたいにあるくせに表情筋は全くと言っていい程仕事してないじゃないかー!」
うがー!と八重歯を剥き、此方へと襲い掛かってくる彼女をどうどうと宥める。………普通、逆じゃない?まあでも、自業自得もいいとこだけど……湿っぽい空気は吹き飛んだ。間違いなく、これは彼女のお陰なのだ。
「はぁ………もうお肉焼こ!お肉!泣いたり怒ったり笑ったりしたからお腹空いちゃったよもぉ〜」
「う、ん」
と言っても、僕は何も出来ないのだけどね。だから、食べるだけの役。……役得だぜ。
彼女が、何処からかライター(父のらしい)と金網を取り出し、石を四つ並べその上にセットする。下にそこら辺の草や落ちている紙を入れ燃やす。それで終わりの簡単な作業だ。ま、ゾンビになったらこれさえも出来なくなるんだよなぁ〜ああ、悲しい。
「ほら、焼けたよ」
「あり、がと」
じゅ〜と、腹の底を刺激する危険な音。魅惑的な香り。箸と皿は持参しているので、それに焼けた肉を入れてもらう。生憎タレのない世界だが、まず肉自体が大変珍しいものなので、そんな贅沢は言ってられない。
「早く食べなよ」
そう、急かさないで欲しい。こちとら、味覚のないゾンビなんだ。せめてこの強化された目と、鼻と、耳で料理………うん、料理と呼ぼう。を、楽しませて欲しい。
「う〜ん、美味しい!」
ウキウキとした声。見れば、彼女は此方に遠慮せずにガツガツと肉を頬張る。いや、持参したお肉を美味しく食べてもらえていい気持ちなんだけどね?
「ふぁにぃ?」
リスのような顔をした彼女に、思わず笑みが溢れる。きっと、これからも彼女と僕の関係はこんな感じに続いていくと思う。昔、感情が蘇ればゾンビから人間に戻れるなんて映画があったけれども………まあ、どうなるのかは文字通り神のみぞ知る世界で良いだろう。うん。きっと、それがいいのだ。
自分の中で随分と勝手気儘な解答を出し、良い具合に焼けた肉を口に運ぶ。
「っ!?」
「どしたの?」
昼1時17分。豚肉を食べた。ーーーーー豚肉の、味がした。
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