08:デート?

リリカが正式にアぺラスに参加してから一週間が経った。

リリカは相変わらずおどおどしながらも、アデルやサレウスなど見知った者たちには明るい顔を見せるようになり、前のように奴隷がなんだ、奴隷だからなんだ、だのと言うこともなくなった。

もともと人見知りなのかもしれない。


さて、そんなリリカに不満を持つエルフが一人。

アルフィアである。


「ねぇアデル君。どうしてリリカちゃんはいっつも真っ白なワンピースしか着てないのかな?いや確かにあれも可愛いんだよ?可愛いんだけどさ?でもいっつも同じ服ってのもアレじゃないか。悪魔のおばさん達でさえ毎日おしゃれしてるってのに」

「知るかよ。あいつがそれしかいらないっつーんだから仕方ねぇだろ」


リリカは無地のワンピースをいつも着ている。

なんでもこういうシンプルな服の方が落ち着くんだそうだ。


「ダメだよ!だめだめだめだめ!いいかいアデル君!可愛い子には周りの男の目を喜ばせる義務ってものがあるんだよ!想像してみてよ!リリカちゃんがフリフリの服だったり可愛いスカートだったり綺麗なキャミソールだったりを着ている姿を!」

「あ?何言って……」


アデルはそう言いながらもリリカのいろんな服を着ている姿を少し想像する。

もともと整った顔立ちのリリカだ。何を着てもよく似合うのだろう。

そうだなぁ……でも俺だったら……


「今想像したでしょ。ね?絶対おしゃれした方がいいでしょ?」

「……してねぇ」

「もー!素直じゃないなぁ!ねぇサレウスさん!」

「まったくですね。どうやらアデルはリリカさんがブラウスを着ている姿を見たいそうですよ?」


いつの間にか後ろにいたサレウスがニヤッっとしながらそう口にする。


「だ!か!ら!そうやってすぐに人の心の中をのぞくんじゃねぇ!」

「いやですよ。私は心読の悪魔。これが私の本質ですからね」


そう言いながらもケラケラと笑っているあたりやっぱりこいつも悪魔なんだなと思う。


「じゃあ私はリリカちゃんに言ってくるから!アデル君が可愛いブラウス着てほしいって言ってたって!」

「やめろバカエルフ!!!」


アデルは止めようとしたが、それ以上にアルフィアの逃げ足が速かった。こういう時だけ逃げ足が速くなるんだから本当にどうしようもないバカエルフだ。

さて、弁解の言葉でも考えておくか……




しばらくすると、リリカが少し顔を赤らめながらおずおずと近づいてきた。


「えっと……アデル!かっ、買い物に、行こう!」

「……アルフィアの奴になんて言われた?」


まったく手の早い奴だ。


「なっ……何にも言われてないよ!うん!」


リリカもリリカで嘘をつくのが下手だ。そんなので騙せると思っているのだろうか。

リリカに騙されることは一生ない気がする。


「はぁ……まぁいいや。行くか。準備しろ」


これはリリカの意思だ。たとえアルフィアバカエルフに煽られた結果だったとしても。

アデルはそれを大切にするようにしている。

それはリリカがやっと発するようになった自分の気持ちだから。だからそれを家族として受け止めたいと思っている。

そのせいで周りからは「甘やかしすぎ」とか「過保護」とか言われているが。


「うん!ちょっと待ってて!」


アデルの返事を聞くと、リリカは嬉しそうに笑って自分の部屋へと駆けて行った。

さて、洋服を買うなら悪魔の街で買うより人間の街で買った方がいいだろう。

こっちで買うとどうしてもゴスロリちっくな服になる。

なんとなくリリカにゴスロリは似合いそうにないと思う。まぁ完全にアデルの主観だが。

幸いリリカは人間だし、アデルも龍化しなければ普通の人間と大差ない。

何事もなく人間の街に入ることは可能だろう。


「久しぶりに行ってみるか……」


アデルはサレウスの部屋に、人間の街へ行く許可を貰うと、リリカを待つため自分の部屋に戻った。


「ちわッス、アデルさん!」


自分の部屋に入ると先客に声をかけられた。

空戦部隊の部下であるキールという悪魔である。

アデルによく懐いており、時々部屋にも遊びに来る。


「勝手に部屋に忍び込むなっつってんだろ……」

「いいじゃないッスかそんな硬いこと言わなくても。それより今日は彼女とデートなんスよね!いやー、うらやましいッス!」


なんでこいつはもうそんなこと知っているのか。いつもながら随分と耳の早い奴だ。


「彼女じゃねぇしデートでもねぇ。ただの買い物だ」

「またまた~、照れちゃって。アデルさんは照れ屋さんッスからね~」

「ぶっ飛ばされたいのかお前……」

「まぁまぁ、そんなに怒ってばっかだと彼女さんに愛想つかされちゃうッスよ?」

「キメタ オマエ コロス」


いい加減鬱陶しくなってきたのでアデルは右手を龍化させてキールに向ける。

一つきついお仕置きをしてやろうとしたその時、アデルの部屋のドアがゆっくりと開かれた。


「アデル。おまたせー……って、どうしたの?」


リリカは龍化したアデルの右手を見て首を傾げながら部屋を見渡し、キールの姿を見つけるとおどおどとしながら会釈をした。


「へぇ、その子が噂の。可愛い子じゃないッスか」

「そうだろ?俺の自慢の妹分だからな」


アデルはふん、と胸を張る。

その間にキールはそそくさと窓際に寄ると、「それじゃ、失礼するッス」と言い残して窓から飛び出していった。


「あっ!テメェ!逃げんじゃねぇこのヤロウ!」


アデルは窓から顔を出すが、既にキールの姿はなかった。


「チッ、まぁいいか。今度会った時とっちめてやる。じゃあ行くか、リリカ」


アデルがそう言ってリリカの方に振り向くと、そこには顔を真っ赤にさせてうつ向いているリリカの姿があった。


「どうした……?」

「えっと……ちょっと恥ずかしいからあんまり人に可愛いとかそういうの……言わないで?」

「お、おう……すまん」


口ではそう言っておきながらも、顔を赤くしたリリカが可愛かったのでたまには困らせてやってもいいかもしれないと、そう思うアデルであった。






サレウスに別れを告げ、人間の街に行くのに飛んでいくのは何かと都合が悪いだろう、ということで、二人は馬車に乗り込んでこの城から一番近い人間の街、ルクセルクへと向かった。

城からルクセルクまでは馬車で一時間ほどだ。アデルは一人の時もたまにルクセルクへと足を運んでいた。ルクセルクはアレゾナ王国の中でも大きい方の街で、いろいろなものが揃っている。暇をつぶすにはいい街だ。

リリカは馬車の中から外の景色をキラキラした目で見ている。

奴隷だった頃は世の中の全てがくすんで見えたのだろう。それから解放された今、綺麗な景色を綺麗なものとしてとらえることが出来ているリリカを見て、アデルは何だか安心した。



「ようし、着いたぞリリカ。ルクセルクだ!」


ちょうど一時間ほど馬車に揺られた後、二人はルクセルクへと降り立った。


「すごい、人間がたくさん……」


奴隷としてずっと屋敷の中にいたリリカにとって、こんなにもたくさんの人間を一度に見るのは、それこそ元の世界での記憶が最後かもしれない。あの頃は何とも思っていなかったこのような景色も、今は新鮮に思える。


「さて、そんじゃあ服屋行くか」

「……あれ?私服買いたいって言ったっけ?」

「まぁお前を唆した奴が最初に声をかけてきたのは俺だからな」

「あぁそれもそっかぁ……、って違うよ違う。誰のことだか分からないなぁ私は」

「もう隠す必要もないだろうが……」

「いいからほら、早く行こっ?」


リリカに手を引かれ、アデルは当初の予定通り服屋へと向かった。




「いらっしゃいませー!本日はどのような商品をお探しでしょうか?」


街で一番大きい服屋に入ると、一番に店員のうるさすぎるくらい元気な挨拶が飛んできた。


「えっと……ブラウスみたいなのってありますか?」


リリカは店員の大きな声に少し驚きながらも、自分の探しているものを告げる。

っていうかブラウスって。やっぱりアルフィアの差し金じゃねぇか。いやまぁ知ってたけど。


「ブラウスですね?こちらへどうぞー!」

「えっ、ちょっ、あのっ」


リリカは何かを言いたそうにしていたが、そのまま店員に試着室まで連れ込まれた。

一人取り残されたアデルは近くの椅子に座ってリリカが戻ってくるのを待つ。

やはり女性服のコーナーに男一人でいるのはなんとも気まずい。

できればさっさと出ていきたいが、リリカの手前そうもいかない。

仕方ないのでしばらくそこで待っていたところ、試着室の方からとことことリリカが歩いてきた。

その身には首元にフリルがついている、白のブラウスを纏っている。


「ア、アデル……どう?可愛い?」

「……」

「……アデル?」

「……おっ、すまん。あぁ可愛いぞリリカ」


つい見惚れてしまっていた。リリカのその姿はあまりにも想像したものと似ていたから。


「ふふっ、よかった。それじゃ、これにするね」


リリカはそう言って会計へと向かった。




会計をすますと二人は店を出て、帰りの馬車乗り場へと歩く。


「本当はね、アデルに選んでもらいたかったんだよ」


道中、リリカがそんなことを言ってきた。


「そうならそうと言えばよかったじゃねぇか」


アデルがそう返すと、リリカは微笑を浮かべながら


「そうだね。でもいいんだ。アデルが可愛いって言ってくれたから」


といった。


「……お前もそんな照れるようなこと言うんじゃねぇよ」

「私はいいんだよ私は」

「なんじゃそりゃ」


その時、リリカの目に一人の少女の姿が目に映った。

なんだか見覚えのあるその子は一瞬こちらに目を向けたかと思うと、すぐに人ごみに紛れて消えてしまった。


「どうしたリリカ?」

「うーん……なんでもない、のかな?」

「なんじゃそりゃ」


結局その子が誰なのか思い出せないまま、リリカとアデルは城へと戻ってきた。

城の入り口につくとそこにはアルフィアが待ち構えていた。

アルフィアは何も言わずに、声もかけてこずに、ただただこちらを見て右手でサムズアップをしていた。

本当に何なんだあいつは。


「あぁ、そういえばさっき珍しいお客さんが来てたよ」


アルフィアは右手を下ろすと思い出したようにアデルにそう言った。


「客?俺にか?」


アデルは全てを失ったあの日からずっとアぺラスの中で育ってきた。ここ以外で知り合いを作った覚えなどない。


「アデル君にっていうかアぺラスにって感じみたいだけど、サレウスさんが君のこと呼んでたから一応伝えとこうと思って。じゃあ今日もリリカちゃん借りてくね。さぁリリカちゃん、今日も回復魔法の練習だ!」


アルフィアは最近リリカに毎日のように回復魔法の練習をさせている。

魔法の練習には反復が重要だとわかってはいるが、練習相手がアルフィアだというのがなんだか癪に障る。


「いいかリリカ。何かされたらすぐに助けを呼ぶんだぞ。周りは皆お前の味方だからな」

「信用ないなぁもう」

「大丈夫だから、それより早くサレウスさんのとこに行った方がいいんじゃない?」


こうして二人に笑われながらアデルは城の客間へと向かった。

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異世界奴隷と半龍野郎 @rune_neru

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