1―2

 この旅をするにあたって、留意しなければいけないのは次の点だろう。

 ひとつ。あてにしていたラジオは不良品であることが判明した。気象情報はもはや、天候の機嫌を伺うしかない。急激な気象条件の変化には敏感でありたい。

 ひとつ。ここらを縄張りとするの介入。砂漠の死因の多くは、餓死や脱水症状ではなく、殺傷なのである。重装備の旅行者を襲って財宝、食料、果ては命までをも強奪していくという、時代倒錯も甚だしい連中の手により、未だ多くの旅人が命を落としている。

 国境警察も存在しているが、なにしろ砂漠が広大すぎる。SOSをききつけて到着したころには既に手遅れなのだ。

 私の故郷にも、かつて国境警察での職務経験があったという老人がいたが、彼に言わせても「警察とは名ばかりの死体処理班だった」とのことだ。

 腰元のリボルバーだけで対処できるのならいいが。弾薬もそこまでたくさん携行しているわけではない。願わくば、何にも遭遇しないことを祈る。

 そして、ひとつ。

「ねぇ、まだなのロジャー。その古代の王国とやらは」

 私の背中で頬を膨らませる15歳ほどの少女。旅先のスラムで保護した、孤児のユニだ。

 今思えば、どうしてあの時――。

 親元のいない子供の保護というのは、そういうのを専門とした慈善団体に任せればいい。そもそも私は子供が好きではない。あのスラムのどこか安全な場所までの付き合いにしてやればよかったのだ。

 路地裏で、浮浪者から性的暴行をこうむりそうなところを阻止してやっただけなのに。助けた、という感覚よりは、想像しうる目の前で起きようとする不快な景観を止めたかった、といった動機に近かった。

「もう髪の毛がパサパサ。服も砂まみれだし、なにより退屈なんだけど。あとおなか減った。えとせとら」

「だからついてくるなと言ったんだ」

 猫のような青い目でこちらを見るが、気だるそうな言葉に反して、瞳孔はキラキラと光っていた。この年齢にしては背が低めで、体の発育は少々遅れている。充分な栄養を与えられない環境で育った故なのかもしれないが。

 彼女の胸元まで伸びる金髪は、雨を待つ花のようにくたびれていた。

「まだ半日はこのまんまだと思えよ。電気ラクダの旅っていうのは、そういうもんだ」

「なんか暇つぶしになるものないの? こう、ラジオとかさ」

「ラジオなんか持ってきてねえよ」

「これじゃあ古代民族ごっこじゃない。ロマンも減ったくれもないわねぇ、ほんと」

「降りるか?」

「のーせんきゅー」

 ユニは、あーあ、と天を仰ぐと、溜息を吐くために大げさに息を吸った。一緒に熱気も吸い込んだせいか、すぐに顔を赤くして咳きこんだ。ラジオの2倍は騒々しい。

 リュックから水筒を取り出す音がした。

「あ」飲み口から口を離すや否や、素っ頓狂な声が上がる。

「今度は何だ」

「あれ」

 後ろを振り向いて、ユニが向けた指の方向を目で追った。

 60度上空、真っ白に燃える太陽の下を遊空する巨大な茶色の飛行体が見えた。

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千年刑期のハッピーエンド論 門一 @karakawan

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