二切れ目・お元気ですか

「こんにちは、元気?最近、雪多いみたいだけど、大丈夫?」火星が電話をかけてきた。「なんの問題もないさ。むしろ君と同じになれるんじゃないかと思って、うれしくてね」地球はにこやかに言った。今日も大雪だった。いつか火星と同じように、永遠の氷河期が訪れるときが来る。 ――雪は好きだよ



「こんばんは、いい夜ですね」「やあこんちは、本日もよいお天気で」「なんつって私ら昼も夜もないんですけどね、はははは」「はっはっはっ。ところで、冥王星の具合はどうです」「ああやつですか。やつならまだすねとりまして、海王星が心配するのもお構い無しです」「左様ですか」 ――仲間はずれ



俺、ここを出るよ、と彼は言った。寂しそうな目をしていた。僕は何も言わないでただ頷いた。彼の母親は昨日の夜、きっと静かに泣いた。空は晴れていた。すき掛けのフェルトに似た雲が流れていた。彼の緑色の上着には、ところどころピンクのペンキがついていた。風が強く吹いている。 ――止めはしないけど



「ハロー、元気?」「うん、まあ。君は?」「元気だと思う?」「思わない。熱はどうだい」「少しよくなった。そう、でも頭が痛いの」「そうか、ちゃんと寝てる?」「あのベッド、一人だと広すぎるわ」「だめじゃないか」「わかってる。牛乳買ってくれた?」「もちろん。すぐ帰るよ」 ――出張



母がぼけた。家に帰ると、僕が小さかったあの頃のように「こうちゃん、今日学校どうだった?」と声がして、母はぼけたのだと思った。でも僕の口から出たのは「算数100点だよ!」という高い声で、台所から顔を出す母の手はパン粉まみれで、そして僕は悟ったのだ。僕は死んだのだ。 ――会いたい気持ち



その知らせはオールドローズの香りのように、風に乗ってささやかにやって来た。「名前を付けた瞬間になくなってしまうものもあるのよ」。よく覚えておきなさい、と僕の頬を撫でた彼女は、今はもう僕の手の届かないところに行ってしまったらしい。暗い部屋で僕はあの頃を思い出した。 ――文字のない日記



おいしいものを食べさせてあげたいと思う人はどんな人だろう。きれいな服を着せてあげたいと思う人はどんな人だろう。きっとその人は私においしいものを食べさせてくれた人で、私にきれいな服を着せてくれた人だ。「あんた、風邪とか引かないのよ、」電話越しの母の声に小さく頷く。 ――形ある愛



玄関先に干してあったビニール傘も季節外れのクリスマスの飾りも、投げっぱなしの枯れた鉢植えも何もかもすべてが消えていた。帰ってくる時ベランダから見えるリビングに明かりはなく、にぎやかなパーティーの声ももう聞くことはない。忘れ去られた物干し竿だけが僕のまぶたに残る。 ――名前も知らない



「はぁいスノーマン、元気?」「ああ、うん、とっても!」「最近寒いから、きっと過ごしやすいのね」「そうなんだよ。今日もまた新しく雪が積もってさ」「どのくらい?」「たくさんさ、昨日は誰も歩いてる人を見なかったな…それでね、兄弟が増えたんだよ!」「よかったじゃない!」  ――わたしの友達



「月が綺麗だから外に出てみて」と打ってから、少し考えて消した。君のいる街の天気は、予報では曇りだった。立ち止まって写真を撮ろうとしてみたけれど、月の輪郭はぼやけてしまってうまく撮れない。こんな単純なことさえ伝えられない距離が淋しくて、今日は電話をしようと決めた。 ――遠距離恋愛

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