131文字とチョコレートケーキ
砂原さばく
一切れ目・おなかは空いていませんか
朝目が覚めると、メロンパンがいた。ふかふかして、おいしそうなクッキーのにおいが漂っていた。「おはよう、目が覚めた?」メロンパンは言った。表面にまぶされた砂糖が、朝日にきらきら輝いてきれいだった。 ――メロンパン
おいしいねぇ、そうやってうれしそうにつぶやく君を見たくて見たくて見たくて、君がくれるあの白くて小さな花を見たくて見たくて見たくて、でもある日家に帰ると君は心ない小鳥に思っていたよりも頼りなく細い根を引き抜かれて死んでた。僕は泣けなかった。今度はピンクの花を買おう。 ――プランター
「鍋パーティーやろうぜ!」なんて言うから、セールでもないのに大根を買う。勝手に巻き込んで材料係に任命なんてあんまりだ。いらいらしながら大根を選んで取ると、バランスが崩れた大根の山から一本が転がりそうになって、慌てて受け止めた。「危ないじゃない」大根が舌打ちする。 ――冬の夜に
たしかにあの細く薄いピーマンをうらやましいとは思う。だがパプリカは自分に不満があるわけではなかった。肉厚な体も、明るい色も、にじむ甘味もすべてピーマンにはないもの。「私、いい母親になれると思うのよね」とはパプリカの口癖で、それは子供嫌いなピーマンへのあてつけだ。 ――緑への嫉妬
汗が目に入りそうで、それが気になってぱちぱちと続けてまばたいた瞬間、塩辛い水滴が洗ったばかりのマーブルの上に落ちた。バーゲンセールで手に入れた、ひんやりとなめらかな死んだ命の集合体。ふと四角く切り取られた過去を思う。作りかけの卵液は不満そうに泡を弾けさせていた。 ――小麦と化石
満腹なのに食欲があるのと空腹なのに食欲がないのと、どちらが大変か二人の男が話していた。ふとっちょの男は、「おなかがすいているのに食べなかったらぺたんこになってしまうよ」と言った。やせっぽちの男は「おなかがいっぱいなのに食べたらぱんぱんになってしまうよ」と言った。 ――食べる話
冷蔵庫のドアを開けるときゅうりが溶けていた。3本98円の最後の1本、暑かった夏の嬉しくない置き土産。「あ、どうも、」とろんとした声でそう言われ思わず閉めかけると、あ、ちょっと、ときゅうりは抗議してきた。「あ、俺、きゅうりです」「知ってます」僕は目を覆ってうめく。 ――生ごみの定義
甘い誘惑に打ち勝つのは、とてもたいへんなことだ。一度流されてしまえば、ほんのすこしの罪悪感と引き換えにしあわせな時間が約束されていることはもうわかってしまっているから。たべて!――と笑いさざめくきれいでかわいくてきらきらとしたお菓子を前に、私はいつだって無力だ。 ――かわいい悪魔
雨上がりの空に、クッキーが浮かんでいる。粉の多い固めの生地をスプーンですくって落として広げて焼いたみたいな、大きくて厚いチョコチップ・クッキーだ。クッキーはふわふわと僕のところまで来ると、「やあ」と言った。「さっきの雨で濡れちゃってね。ドライヤー貸してくれる?」 ――チョコチップ・クッキー
「じゃあ、今から旅に出よう、」彼はそう言って立ち上がった。「それは、急すぎるよ」僕は彼を見上げ、食べかけのパンをテーブルに置いた。彼はシチューの皿をキッチンに運びながら、スプーンを振り回す。「いいじゃないか、楽しいことは早く来るほうがいい、」僕はため息をついた。 ――腹ごしらえをしてから
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます