凪君と私

無月弟(無月蒼)

凪君と私

「凪君、この手紙受け取ってくれない」

 ここは高校の美術室。放課後、私達美術部はいつもここで絵を描いている。もっとも部員は、私と一つ下の凪君の二人だけだけど。

「先輩、この手紙は?」

 凪君の顔が赤い気がする。風邪でも引いたのかな?とりあえず先に質問に答えておこう。

「クラスの子から預かったの。凪君に渡してほしいって」

「あの、そのクラスの子って女子ですか?」

「凄い、よくわかったね」

 凪君の言う通り女の子だ。凪君と仲が良いなら渡してくれと頼まれたのだ。凪君は封筒の中に入っていた手紙を読むと溜息をついた。

「どうしたの?嫌な事でも書いてあった?」

「嫌な事と言うか、気持ちに応えられないからどうしようか悩んでいるというか」

 何だか煮え切らない様子だ。もしかして、本当は意地悪な事が書いてあったけど、私に気を使って誤魔化そうとしているのかも。

「ごめん、迷惑かけちゃったみたいだね」

「いえ、迷惑ってわけじゃ……」

「だって、やっぱり嫌な事が書いてあったんでしょ。態度見れば分かるよ」

「分かってません!」

「ううん、隠さなくていいよ。凪君は虐められそうな顔してるから」

「違いますって。て言うか先輩は僕をそんな風に思ってたんですか?」

 凪君は頭を抱えたけれど、やがて諦めたように言った。

「嫌な事が書いてあったわけじゃありません。これ、ラブレターなんです。付き合ってくれって書いてありました」

「ええ、そうなの?でもそれじゃあ、私に言っちゃってよかったの?」

「仕方ないでしょう。まあ多分手紙を渡してくれって言った人も先輩が知ることは想定してたんじゃないですか?」

「そうだと良いけど。あれ、でもそれじゃあどうして溜息なんて付いてたの?普通ラブレターを貰ったのなら喜ぶんじゃないの?」

「そりゃあ、そういう人もいるとは思いますけど。あの、先輩はもし僕がこの手紙の人と付き合うってなったらどう思いますか?」

「喜ぶかな。相手がどんな子であっても、凪君に彼女ができるっていうのは嬉しいもの」

「アー、アリガトウゴザイマス」

 何故か凪君はショックを受けたように片言で返事をする。

「だって凪君に彼女ができたら恋バナが出来るじゃない」

「先輩、恋バナしたいんですか?」

「そりゃあ女の子だもん、恋の話には興味があるよ。でもクラスではほとんどそういう話をする事無いんだよね」

「それはきっと先輩が鈍すぎるから、話しても盛り上がりに欠けるんじゃないですか?」

「そんな、酷いよ。私そんなに鈍くないのに」

「いえ、先輩は鈍……すみません、訂正しますからそんな泣きそうな顔しないで下さい!」

 凪君は素直に謝ってくれた。彼は時折こういう意地悪を言ってくるけど、すぐにちゃんと謝ってくれるのだ。

「凪君のそんな風にちゃんと謝ってくれる所、好きだな」

 とたんパックのコーヒーを飲んで一息ついていた凪君がむせた。大丈夫かな?

「だ、大丈夫です。それより先輩、さっき言ったみたいな事、ひょっとしてクラスでも言っているんですか。その……好きって言葉」

「え?たぶん言ってると思うけど」

 意識して言ったことは無いけど。

「それって、男子相手にも言ってます?」

 ちょっと考えてみる。さっきも思ったように、特別意識して使っているわけじゃ無いからよく分からないけど。

「男子には言って無いと思う。私、あまり男子とは喋らないから」

「そうですか。良かった」

「言うとすれば凪君くらいかな。凪君は一番好きな男の子だし」

 途端に頭を抱える凪君。

「どうしたの、頭痛いの?」

 本当に体調が悪いのではないかと心配になってしまう。熱を測ってみようとおでこに手を当ててみる。

「ちょっと、何するんですか?」

「何って、凪君体調悪そうだから熱を測ろうかと。あ、やっぱり熱いや」

「平気ですから放して下さい!」

 振り払われてしまった。ちょっと傷つくな。

「そんなしょんぼりしないで下さい。あと簡単に好きと言ったり、不用意に触ったりするのも禁止です」

「え、どうして?」

「それは……僕の心臓が持たないからです」

「え、やっぱりどこか悪いの?」

 凪君は息を切らしていて、何だかとても苦しそうだ。本当に大丈夫かなあ?

「本当に大丈夫なんで、心配しないでください。ラブレターにもちゃんと返事します」

 あ、そうだ。話が脱線してしまっていたけど、凪君ラブレター貰ったんだ。私はもう一度距離を詰め、彼の目を見る。

「それで、返事はどうするの?」

「返事ですか?先輩には悪いですけど、お断りします」

「ええー、凪君に彼女が出来たら恋バナが出来ると思ってたのに。なんで?」

「なんでって、そりゃあ……他に好きな人がいるからですよ」

 初耳だ。

「その話聞かせて。詳しく!」

「言っても面白くないですよ。それよりそろそろ部活に戻りましょうよ」

「無理だよ。もう興味の方向が変わってて、今更デッサンに戻れないよ」

「そんなこと言われても。先輩、そんなに恋愛に興味あるんですか。ちょっと意外です」

「恋バナは好きだからね。でも凪君の恋バナだと尚更気になるかな」

「そ、そうなんですか?」

「うん。言うならば弟に好きな子が出来た姉のような感じかな」

「……弟」

「うん。凪君と話していると、弟がいたらこんな感じだろうなって思うことあるから」

 あれ、何だか元気がなくなった気がする。

「ごめん、嫌だった」

「嫌っていうか、最悪ですね」

そんなに?まさか弟扱いしたことでこんなに嫌な顔をされるなんて。

「もしかして凪君、私の事嫌い?」

「嫌いじゃないです。何でそうなるんですか!いや、たまに嫌いになりかける事が無いわけでも無いか」

「やっぱり……クスン、私は凪君の事が大好きなのに」

「だからそういう事言わないで下さいって!」

 あ、そう言えば何故か好きと言わないよう注意されてたんだ。

「それで、俺のどんな恋バナが聞きたいんでしたっけ?」

「え、教えてくれるの?」

「まあ、いっそ恥を忍んでぶっちゃけた方が良いっていうか、ヤケクソになったというか」

「何だかよくわからないけど、まあ良いか。それで、凪君の好きな相手っていうのは同級生なの?」

「いえ、先輩です」

「へえー、上級生なんだ。年上がタイプだったの?」

「そう言うわけじゃありません。好きな人が先輩というだけです」

「そうか、タイプだから好きになったって訳じゃないんだね。その人、どんな人なの?」

「そうですね。可愛くて、人懐っこいですね」

「年上なのに可愛いね。そう言う人いるよね」

「あと、思い込みが激しい所があります」

「うんうん」

「しょっちゅう思わせぶりな事を言ってくるんですけど本人にその気はなく、狙ってやっているわけじゃ無いので対応に困ってます」

「その子って天然なの?」

「はい、間違いなく。あと、僕のアプローチにも全然気づいてくれなくて困っています。あと、物凄く鈍いですね。僕の気持ちに気付いてくれないどころか、僕に彼女が出来たら嬉しいとか言い出す始末ですし」

「ちょ、ちょっと待って。さっきから聞いてたら、凪君はその子のどこが好きなの?」

「僕だってもう分かりませんよ。でも仕方ないじゃないですか、好きになってしまったんですから。確かにこうして口にしてみると何で好きなんだろうって思ってしまいますけど、理屈じゃないんです。多少嫌なところはあっても、それを含めて好きなんですよ」

「そうなんだ」

 顔を赤らめながら言う凪君を見て、本当に彼はその子の事が好きなのだということがよく分かった。

「何だか辛い恋をしているみたいだけど、凪君なら大丈夫だよ。きっといつか想いは伝わるって。応援するよ」

「結構です。先輩に応援されるのはマイナスにしかなりません」

「ひ、酷い」

「酷くないです。酷いのは先輩の方です。まあ良いや、僕の話は終わったことですし、次は先輩の恋バナを聞かせてもらいますよ」

「え、私の?」

「当然じゃないですか。まさか僕だけあんな恥ずかしい話をさせておいて、自分は言わないつもりですか?」

 うう、そう言われると辛い。恥ずかしいけど話すしかないみたいだ。

「分かった。それじゃあ何が聞きたいの?」

「そうですね。今好きな人はいますか?」

「いないよ」

「じゃあ、告白された事ってあります?」

「無い」

「一度も?意外です、先輩可愛いのに。いや待てよ、先輩の事だから告白されたのに気付いていなかったとか」

「気付くよ!いくらなんでも告白されたことに気付かない人なんていないでしょ」

「いえ、います。僕はこれまでに気づかれなかった事が二度あります」

「二度も?その相手って、さっき言っていた凪君が好きな鈍感な女の子?」

「ええ、そうです」

「凪君、可哀想。せっかく勇気を出して告白したのに気付いてももらえないなんて」

「やめて下さい。先輩に言われたら余計に惨めになります。それで、先輩には心当たりはないんですか?今思えばあれって告白だったんじゃないかって事」

「無いって。私そこまで鈍くな……ちょっと、何でそんな冷めた目で私を見るの?」

「先輩、この前の文化祭で、僕が付き合ってほしいって言ったのを覚えてますか?」

「ああ、文化祭もいよいよ終わりって時に言ってきたアレの事?」

「あの時先輩がOKしてくれて、僕はすごく嬉しかったんですけど。先輩、フォークダンスに付き合うって誤解してましたよね」

「え、フォークダンスに誘ったんじゃなかったの?」

「まあ、フォークダンスに誘ったというのも間違いじゃないですよ。もっと大事な部分が伝わってないだけで。後日誤解していたと知ったときどれだけショックだったか」

「え、何だかよく分からないけどゴメン」

「夏休み前、この美術室で先輩に言いましたよね。好きです、だから夏休み中も会いたいって。あれってどう受け取りました?」

「え?そりゃあ美術が好きだから、夏休み中も会って私に指導を受けたいって事でしょ」

「会う約束はしてくれたものの、何故かいつも美術部で待ち合わせで絵ばっかりかいていて、これはおかしいって気づいた時の俺の気持ちがわかりますか?」

「え、もしかして私何か勘違いしてた?って、どうして急に帰り支度をするの?」

「すみません、なんか今日は疲れました。帰ってゆっくり休むことにします」

 あ、やっぱり体調悪かったんだ。なら仕方ない、無理をするのは良くないよ。キャンバスを片付けた後、凪君は再度私を見た。

「一つ言っておきますね。先輩は気軽に僕に好きって言いますけど、僕は本当に好きな人にしか言いません」

「ああ、そうなんだ。本当に大事なことは中々言わないタイプなんだね」

「そう言うわけじゃ無いですよ。好きな相手には何回も言っていますし。気付いてくれないのが辛いですけど」

「凪君……本当に大変なんだね」

「はい。本当にいくら頑張っても気付いてもらえなくて困っています。だから、もっと直接的に動こうと思います」

 そう言った次の瞬間、凪君が急に距離を詰めてきた。そして。

(―――えっ?)

 私は息をするのも忘れて動けなくなった。

(な、なんで?)

 血の上った頭をフル回転させ、状況を確認する。

(何でキスされてるの?)

 思考がまるで追いつかない。混乱している私をよそに、凪君はキスをするのをやめてそっと離れた。

「……こういう事です」

「どういう事?」

「まだ分からないんですか?言っておきますけど、僕はキス魔ではありません。こんなこと、好きでもない人にはしませんよ」

 ちょっと待って。今好きな人って言った?

「凪君の好きな人って、告白にも気づかないような凄く鈍い子じゃなかったの?」

「だからその鈍い子が先輩なんですよ!」

 うう、なにもそんな言い方しなくても。

「でもいくら先輩でも、これでようやく気付いてくれましたよね」

「できればもっと穏やかに知りたかった」

「それじゃ気付いてくれないでしょ。これでも手加減したんですよ…キスだっておでこだったし」

 え、あれって手加減されてたの?

「とにかくまあそう言うわけで、僕は先輩の事が好きです」

「そんな、急に言われても……」

「そう言うと思いましたよ。だから告白の返事は明日聞きます。今夜一晩ゆっくり考えて下さい」

 そう言って凪君は出ていき、美術室には私だけが取り残された。突然の告白に未だついて行けない私は、そっとおでこに触れる。そこにはまだ、キスの感触が残っていた。

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凪君と私 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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