ホーケーお兄ちゃんと勘違い妹

志田 新平

ホーケー

「ハァーあ、皮向けないな~」

 鏡の前で俺はぼやいた。友達と海に行って肌が真っ赤に焼けてしまったのだ。日焼けを塗り忘れ、肩を動かすたびにジンジン痛んだ。

「こりゃあ、むけるまでしばらくかかるな」


☆ ☆ ☆


「ハァーあ、皮向けないな~」

 思わず私は洗っていたお皿を落しかけた。洗面所の扉の向こうから兄の独り言が聞こえてきたからだ。

「…………」

 ……まさか、お兄ちゃんて、ホーケー、ってやつ? だって皮がむけない、ってそーゆーことだよね?

 そしてまた兄の独り言。

「こりゃあ、むけるまでしばらくかかるな」

 な、悩んでるの!? お兄ちゃん、ホーケーで悩んでるの!?

 なんていう事実を私は知ってしまったんだろう。いや、この悩みは家族(特に妹の私)には絶対に知られたくない悩みのはず……。

 ガチャっと洗面所のドアが開いた。お兄ちゃんが洗面所から出てくる。どうしよう、私どんな顔してお兄ちゃんと話せば良いのか分からない。

「あー痛ってえなぁ」

「!」

 痛いの⁉ ホーケイって痛いの⁉

「真っ赤に腫れちゃったし……」

「!!」

 やばくない⁉ やばいよねそれ絶対、性病かなんかだよね⁉

「? うん、どーしたんだよ、俺の顔に何か付いているか?」

 お兄ちゃんが私の視線に気付いたらしい。

「いや、何でもない。……あのさ、お兄ちゃん、何か悩み事?」

「うーん? まあ悩み事ってほどでもねーけど。どうせそのうちぽろぽろ剥けるし」

「ぽろぽろ⁉」

 何それ怖い。性病末期?

 てゆーかお兄ちゃんホーケーなのに性病なの?

 いやまあ、お兄ちゃんだってお年頃だし……。エッチなことくらいするだろうけど……。

 き、キチンと出来たのかな、その、ホーケーで……。

「これじゃあお風呂入れないよ」

「不潔!」

 良く知らないけど、ますます悪化しちゃいそうだよ。

「しゃーねーだろ。あ、そうだ俺にローション塗ってくんない?」

「な、なな何をイキナリ! 卑猥!」

 お兄ちゃん、何サラッと禁断の関係をおっぱじめようとしてるの……!?

 お兄ちゃんのその……アレ……にローションなんて。

「卑猥? 何だか知らんけど早くやってくれよ。痛むところを気持ち良くしてくれ」

「お兄ちゃん変態!」

「さっきから何を言ってるんだお前?」

 お兄ちゃんが怪訝そうな顔で聞いてくる。

「いや、だってあの、その……」

「何だよ、そんなに俺のに塗りたくねーのかよ? 普通そんな罵倒してまで嫌がるか?」

 逆ギレされた――――!!

 私がおかしいの? 普通はここでやるの? 兄のモノをローションでヌリヌリするの?

 も、もしかして私の方が卑猥なのかな……!?

 ほら、エッチなビデオで流れるおっぱいと、赤ちゃんに授乳しているときの乳房は、全く同じ物質でも卑猥さが大きく異なるように……。

 お兄ちゃんのモノの痛みを治すためにローションを塗るのなら卑猥じゃないのかな、卑猥じゃないよね? ……ゴクリ。

「もういいって。そんなにやりたくねーなら。母さんにでも塗ってもらうから」

「母娘丼!?」

 お兄さん、やばくないですか!? その歳にして、何かに目覚めすぎじゃね?

「あっ、でも今母さんパートか……。別にお前以外の誰でも良いんだけどな。塗ってさえくれれば、父さんでも婆ちゃんでも」

「何その絶望一色のハーレム!?」

 ごめんごめんごめん、付いて行けない。お兄ちゃんの性癖についていけな過ぎる。何か今日一日でお兄ちゃんがとっても遠い存在になっちゃいそうだよ。

「ハーレムって何だよ。お前、本当おかしいぞ今日?」

 お兄ちゃんが本気で心配そうな顔をして私を見る。

「大丈夫だから……そのお兄ちゃんのフェチよりは」

「? 問題ないなら良いんだけど。あーそれにしても日焼け止め塗らないで海なんて行くもんじゃねーな」

「ん?」

 何かお兄ちゃんが物凄い重大発言した気がする……。


「………………」


 理解するのにたっぷり数秒はかけて。私は理解した。

「なぁーんだ、日焼けかっ!」

 ビックリしちゃったよー、お兄ちゃんたら思わせぶりなんだから、と私は思わずお兄ちゃんの背中をドンッと叩いた。

「痛ってえぇぇええぇぇぇえええええ!」

 お兄ちゃんの絶叫がリビングに木霊した。


 ☆ ☆ ☆ あくる日 ☆ ☆ ☆


 俺は友達を家に呼んで暇つぶしのポーカーをやっていた。日焼けの痛みを忘れるのには何かに熱中するに限る。

「じゃあカード配るぜ」

 友達がそう宣言してシャッフルしたカードを配っていく。どうも今回のゲームはカード運がついていない。

 今度こそ、ブタを引かないようにしたい。

 どうだ、いい役が来るか……?

「あ~、また俺、ブタかぁ」


☆ ☆ ☆


「あ~、また俺、ブタかぁ」

 私は廊下で固まっていた。今、学校から帰ってきてたところだ。

「…………」

 ……まさか、お兄ちゃんて……マゾってやつなのっ!?


                         完

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