第11話 夢にまつわるエトセトラ②

 2人が日吉家にたどり着くと玄関から学校へ行こうとするめぐるが出て来た。自転車を降りた晴明が彼女に詰め寄る。


「めぐる、カケルはいるか!?」

「わっ、朝からどうしたのそんなに血相変えて? カケルならまだ家の中だけど」


 突然の訪問にめぐるが驚いていると、ドアを開けたカケルが出てくる。


「どうしたの姉ちゃん……って晴明にーちゃんにばんちょーじゃん。なんかあった?」

「カケル、お前が昨日いなほに話した内容をワシらに詳しく教えてくれんか?」

「え? いなほちゃんに話したって、怖い話の事?」


 いきなりそんなことを言われてイマイチ状況が読めていないカケル。単なる都市伝説をなぜこんなに必死に聞こうとするのか、そもそもいなほ本人から直接聞けばいいのではと思っていた。

 だがわざわざ自分に聞きに来たことには意味があると思ったカケルはいなほに何があったのかと尋ねる。それに晴明が答える。


「いなほちゃんが眠りから覚めなくなったんだよ……」

「「いなほちゃんが……!?」」


 姉弟が同時に声をあげる。特にカケルは「眠り」と言うワードに反応しているようだった。

 頭の中には昨日彼女に話した「猿夢」についてが頭をよぎっていた。


「何か思い当たる節はあるのか?」

「う、うん……。昨日いなほちゃんに話した内容なんだけど――」



 ☆☆☆☆☆



 めぐるとカケルを連れて康作の家へと戻ったものの、やはり依然としていなほは眠り続けており、時おり何かにうなされ苦しそうな表情を見せては滝のような汗を流す。どれだけ物音を立てても、どれだけ激しく揺すっても起きる様子はない。


「しかし夢が原因ともなると、コイツはまた厄介だな」


 カケルから詳しく話を聞いた結果、いなほが目を覚まさないことと夢には何か関係があるのでは、という結論に至った。そのことが晴明の頭を悩ませる。


「どう厄介なんじゃ?」

「夢ってのは基本、1人で見るものだろ? 1人で見るがゆえに他人に干渉しないせいか、他のヘルガイストと違って精神が具現化しにくいんだ。つまりDタイザンで物理的に倒すのはほぼ不可能に近い」


 晴明の言葉に全員絶句する。これだけ弱気になっている彼を見るのは珍しかった。それ以上にほぼ不可能だと断言されてしまったことにショックを覚えた。

 康作は独り言のような、祈るような声で「何か手はないんか……」と口にする。晴明は申し訳なさそうに頭をかく。


「色々と考えちゃいるが……。夢の中で本人が何とかするのが一番手っ取り早いんだがな」

「お、俺のせいで……。ごめん、ばんちょー」


 カケルは自分のせいでいなほをこんな目に合わせてしまったのではないかと思い、後悔して康作に謝る。だが康作はそんな今にも泣きだしてしまいそうなカケルの頭にそっと手を置いて答える。


「アホいえ、お前のせいでこうなったんじゃないわい。全部ヘルガイストの仕業なんじゃ。そんな負い目を感じる必要なんかないぞ」


 その言葉に少し気が楽になったカケルは気持ちが和らいだ。とはいえ何も解決はしておらず、康作としては内心、気が気ではなかった


「とにかく何としてでもいなほを助けにゃならん、頼む晴明!」

「当たり前だ。しかしどうすればヘルガイストを具現化させるか、だが……」


 強引に彼女を起こすこともできないではなかったが、それではヘルガイストに精神をむしばまれたままで、しょせん根本的な解決に至っていない。どうにかいなほを救出するすべを考えていると、めぐるが何かを思いつく。


「そういえば、集団催眠とかで全員同じ夢を見るって聞いたことがあるけど。それを使っていなほちゃんの夢と共有することとかってできないの?」

「夢の共有か、できないでもないが……。俺がいなほちゃんと意識をリンクさせて、ヘルガイストを引きずり出すことができれば、あるいは」


 そう答える晴明の顔はどことなく渋く、浮かない表情であった。


「なんだか歯切れが悪いわね。なにかデメリットでもあるの?」

「大きな欠点はある。夢の共有ってのはつまり、人の精神に他人が無理やり干渉するってことだからな、その分危険が伴うんだよ」


 意識のリンクは人の精神というデリケートな部分を直接無造作に触れるがために、一つ間違えれば人格そのものを変えてしまいかねない。最悪の場合では晴明の精神さえも夢の中にとらえたまま、2人一緒に目を覚まさなくなるということも起こりうる。

 晴明はためらうが、妹のピンチになりふり構っていられない康作が叫ぶ。彼はもはやいなほの苦しむ姿を見ていられなかった。


「晴明、方法が一つでもあるのならばそれをやってくれ! 何もせずにいなほが苦しむ様子は見たくないんじゃ!」

「分かった、兄貴のお前がそこまで言うんだ。必ず成功させて見せる。いなほちゃんに憑りつくヘルガイストが出てきたら俺をたたき起こしてくれ。どんな手を使ってもいいからな」

「頼んだぞ、晴明!」


 晴明はいなほが寝ているベッドの前にあぐらをかいて座り、お札を2枚取り出す。それらをいなほと自分の額にあてがうと、お札はポゥ……と青白く光り出しす。晴明は「やっぱり、悪夢を見せられているな……」と呟くと、自身も目をつぶって、前のめりに倒れながら眠りにつく。

 残された3人は、その様子をただじっと見守ることしかできずに歯がゆい思いをしながらも、彼らの無事を祈りつつ、ヘルガイストがいつ現れても良いように身構える。



 ☆☆☆☆☆



 夢の中で走り続けていても全く疲れることはない。しかしどこまで走り続けても終わりがない。もはや体が疲れないことがかえっていなほを疲れさせていた。

 後ろから襲い来る化け物からいつまで逃げなければならないのか、いっそのこと捕まってしまえば楽になるのではないかとも思った。だが、ずっと横をついてくる奇妙な面構えをした猿たちの憎たらしく踊りながらせせら笑う姿を見ていると、ここでつかまってしまえばただでは済まないということは想像に易かった。

 すり減る精神により、求めても意味がないとさえ思っていたSOSを欲する言葉が漏れ出る。


「だ、誰か助けて……」


「待たせたな!」


 いなほに応じるような声が上空から聞こえたかと思うと、彼女と化け物の間に晴明が降り立つ。助けを願いいなほの思いが鍵となり、意識の共有が可能となったのだ。


「は、晴明さん! でもこれは夢?」


晴明の参上にいなほは一瞬安堵を覚えるものの、先ほどまでのカケルたちのような夢幻ではないかと疑ってかかる。そんないなほの心配を感じとった晴明は、彼女に手を差し出す。先ほど触れた夢の中のカケルとは違う、生身の人間にしかないぬくもりを持っていた。


「怖かったろ、いなほちゃん。でももう大丈夫だ」


晴明はニッ、と笑って見せると形代を出現させて目の前の化け物と戦わせる。ある程度自分の意識下で動けることを確認した彼は、つないだままの手を引いて、いなほとともに安全な場所へと逃げる。


「晴明さんダメです。どこまでいっても出口がなくて……」

「夢の中だからな。それもヘルガイストによって催眠をかけられている状態だからなおさら目覚めるのも難しいな」

「あの猿たちのせいってこと、ですよね」


いなほが指さす方を見ると2匹の猿が狂ったように彼らの後を追いかけてくる。あの猿共こそヘルガイスト、つまりこの悪夢を作り出している根源だ。


「そうだ。でもアイツらを倒せるかは君にかかっている」

「私に……?」

「この夢がいくらヘルガイストに支配されているからと言っても、本来の主はいなほちゃんだ。君が意識を強く持てばあいつらを追い出すことができる」


晴明はそういうが、いなほには自信がなかった。自分がヘルガイストに勝つことなんてできるのか、と。


「だからこそ俺がいるだろ。君次第でなんだってできる。奴らに意識のすべて持っていかれる前に早く!」


いなほは強くうなずき、ヘルガイストたちへと意識を集中させ、自分の中から出ていくようにと強く願う。するとどうだろうか、先ほどまでは逃げることにしか意識が行かずドツボにハマりかけていた彼女だったが、晴明が来たことによって恐怖心が和らぎ、集中力が高まっていく。

そうなればヘルガイストは悪夢を維持できず、かついなほの深層心理からはがされそうになる。必死にしがみつこうとするところを晴明が思い切り引きはがし、現実世界へと追い出す。


「さぁ、もうそろそろ起きる時間だぜ」



☆☆☆☆☆



「うわっ! ヘルガイストだ!」

「晴明、起きなさい!」

「起きるんじゃ、晴明!」


現実世界ではいなほの体から出て来たヘルガイストに一同混乱する。しかし即座に晴明にたたき起こすよう言われていたことを思いだし、めぐると康作が焦りに任せて彼にキツイ一発を食らわせる。特に康作の一撃、えぐり込むようなビンタは重い。

流石にそこまでされた晴明はすぐさま目を覚まし、赤く腫れあがる頬をさすりながら起き上がる。いなほはまだ眠ったままであったが、先ほどまでの苦しそうな様子からうって変わって穏やかな寝顔をしている。


「……い、いてぇ」

「ほら、ヘルガイスト! Dタイザン出さないと!」

「そうだった……! 召喚サモン、Dタイザン!」


夢から排除されて混乱し、外で暴れまわる猿型のヘルガイストを亜空から飛んできたDフライヤーの機首が貫く。突撃により倒れたヘルガイストが起き上がろうとしている隙に晴明はDフライヤーから変形したDタイザンに乗り込む。


「人の安息に土足であがりこみ、少女を恐怖におとしいれるヘルガイストめ、このDタイザンが胸の五芒星に代わって成仏させてくれる!」

『キーッ! ウキャキャーッ』


立ち上がったヘルガイストは間髪入れずにDタイザンに襲いかかる。だがその直線的な攻撃を少ない動きで避ける。見てくれも猿ならば、動きも思考も猿とそう変わらない。おまけに夢に巣食う化け物にもかかわらず現実に引きずり出されたせいか、陸に上がった河童のようにだんだんと疲弊し、動きも鈍くなってきた。

対するDタイザンは攻撃の手を緩めない。


「Dタイザンの機動力を舐めるなよこのエテ公がぁ! ダブルタイザン・ファルクス!」


住宅街でミサイルやらバルカン、キャノン砲などは使えず、選んだ武器はファルクス。Dタイザンは2本の鎌を手に持つとそれを掌の中で軽やかに振り回す。

晴明の明らかな挑発に腹を立てたヘルガイストは突進をかましてくるが、面白いぐらいに彼の思惑通りに。気づけばヘルガイストはDタイザンの射線上に立っていた。


「ファルクス・ブゥメランッ!」


そう叫びながら2本の鎌を時間差で勢いよく投てきする。1本目を避け、2本目も避け、シンバルを打つおもちゃの猿のごとく手を鳴らしながら喜ぶヘルガイストだったが、は気にしていなかったようで、返ってきたファルクスがその腕を切り落とした。


『ギャギャアアアァァァ!!』

「これで済むと思うなよ! ペンタグラム・ホールド!」


悶え苦しむ化物などお構いなしに晴明は星型のレーザーを撃つ。逃げ出そうともがくもののがっしりとホールドされて動くことすらままならないヘルガイストは、先ほどまでの生意気な顔をは何処へやら、恐怖と苦痛に顔を歪ませながらDタイザンを見る。

その視線の先にはタイザン・アミュレットを構え、完全にトドメを刺す準備が完了したDタイザンの姿が映っていた。


「ドーマンセーマン、現世の恨みごとヘルガイストを燃やし尽くしてしまえ!必殺、エクスペル・バーン!」


朝の住宅街に響き渡る不快な叫び声はだんだんと静まり、再び平和な日常が戻ってくる。青空の下でそびえ立つDタイザンのアンテナが太陽の光に当てられて金色に輝く。

晴明がDタイザンから降りると田端家から康作にめぐる、カケルが出てきて駆け寄ってくる。


「は、晴明ぃ!」

「康作、いなほちゃんは無事か?」


康作は晴明の両肩を強くつかみ、涙と鼻水を垂らしたしわくちゃの顔をあげる。


「お前のおかげじゃあ! いなほが目を覚ましたんじゃ!」

「まだ安静にしててね、ってベッドに横になってもらったけど問題ないわ。ちょっと疲れてる感じだったけどね」

「いなほちゃん、あんな目に合ったのに俺のせいじゃないって」


ホッと一安心したような息をつくめぐる、それに胸を撫で下ろして「本当に良かった……」と呟くカケルを見て晴明も顔がほころぶ。今回の一件に責任を感じていた彼にとっていなほの無事は何事にも代えがたいものだった。

もちろん悪いのはヘルガイストである。おそらくいなほもそれを重々理解している。が、夢の内容からカケルの話がきっかけとなっていることは間違いなさそうだ。優しい彼女の事だ、だからこそカケルにそんな言葉をかけたのだろう。

子どもながらにお互いに気を遣う2人の事を微笑ましく思い、晴明は腰に手を当てて伸びをしながら空を眺める。先ほどまで戦っていた敵の事を考えながらポツリと漏らす。


「しかしあんな敵と戦ってたらなんだか眠たくなってきたな」

「ファ~、たしかにそうね。朝から騒いでたせいかあたしも眠気が……」


めぐるがあくびをすると、それが全員に伝染して目をトロンとさせる。ここでひと眠りすればさぞ気持ちがいいことだろう。

だが遠くから聞こえて来たチャイムの音が全員の意識を呼び戻した。


「そうだ! 学校!」

「やべぇ! どうあがいても遅刻だ!」

「もう今日は休みでよかろう!」

「バカ! 走るぞ!」

「うわぁぁぁん!」


慌てる4人の声がこだまして、今日もまた夕柳町の騒がしい一日が始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無敵陰陽士Dタイザン 北方 刃桂/岸辺 継雄 @kitagatabakei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ