第11話 夢にまつわるエトセトラ①
「
「えーなにそれー」
キャッキャッと楽しそうに声をあげて談笑する小学生軍団の前を歩く少女、康作の妹いなほはそんな彼らの話に耳を傾ける。(都市伝説か……。男子ってそんな話、ホントに好きね)などと考えていると、話題の中心にいた人物の声に聞き覚えがあった。振り向いて確認すると、予想通り声の主は、カケルだった。
「カケル君じゃない。こんにちは」
「ゲェッ……! いなほちゃん……」
いなほの姿を目の当たりにしたカケルを含む数人の小学生は驚きのけぞる。
彼らは学年は3つほど違ったが面識はある。昨年まで小学生だった彼女は気が強く、いわゆる不良男子たちも震え上がらせるほどで、『女番長』の名をほしいままにして周りからは畏怖の対象として見られてきた。最近では自分でも鳴りを潜めたと思ってはいたが、当時の彼女を知る者からは今もこうして恐れおののかれる。
「ゲッ、ってなによ。ゲッ、って」
「な、なんでもないよ! アハハー……」
たじたじしながら目を反らして、ほほを掻くカケルをジトっと睨みつける。そんなことよりも先ほどまで彼らが話していた内容を思いだし、詳しく聞き出す。
なんだか『猿夢』と言う言葉が耳について興味を抱いたのだ。
「さっき話してた都市伝説って一体どんな話なの?」
「いなほちゃんも気になるんだ。えっとね――」
そう言ってカケルは説明を始める。
☆☆☆☆☆
――猿夢。この話はネット上にあげられた恐ろしい都市伝説の一つである。
夢の中の薄暗い無人の駅を陰気くさいと思いながら
先頭と最後尾の車両には不気味な面構えの猿が運転手、車掌として居座っており、やけに顔色の悪い乗客たちがまばらに座っている。その光景を不思議に思いつつも夢の中だと分かっている当人は度胸試しの一環だと意気込んで乗車する。
『発車します』のアナウンスのもとゆっくりと動き出す電車。しかしそれ以外に特に変わった様子もなければこれと言って恐ろしい出来事が起こる様子もない。
子供だましかと思ってバカバカしさをおぼえていると、突如として再びアナウンスが入る。
『次は奈落~。奈落です』
またもや不思議な言葉に首をかしげていると、突如として後ろから悲鳴が聞こえる。様子がおかしいと思い振り返ると、後ろに座っていたはずの人物が姿を消している。座席を覗き込むとぽっかりと大きな穴が開いており、そこから叫び声が聞こえだんだんと遠のいていく。
そんな異変にもかかわらず他の乗客たちは全くの無関心で――「ストーップ! ストーップ!」
「え~なんだよ。ここから良い所なのに~」
「怖い怖い怖いッ! 名前で油断してたけどそんな怖い話だったなんて!」
あまりの恐ろしさに話を
「だから言ったじゃん。めちゃくちゃ怖いって~」
「うぅ~、聞かなきゃよかった。それこそ夢に出そう……」
いなほはそんな話に少しでも興味を持ってしまったことを後悔する。ため息をつきながら小学生たちの半歩後ろをトボトボついて行っていると交差点に差し掛かった。
ここでいなほとカケルたちはお別れである。カケルは彼女の気も知らずに快活そうに手を振って、別れの挨拶をし、対するいなほも小さく手を振り返す。
「それじゃあ俺たちこっちだから。またね、いなほちゃん!」
「う、うん。バイバイ……」
子どもたちの背中を目で追いながら家に向けて歩き出す。急に一人になったことで周りがシンと静まり返り、若干の恐怖心と季節外れな寒気が彼女を襲う。その嫌な気配はカケルの話を聞いたからだけではないのだろう。
いなほたちのさらに後ろからずっと彼女らの会話に耳を澄ませていた者達がいた。榎戸水鏡とジャシーンである。
「聞いたかジャシーン? 夢に関する都市伝説とはなかなか興味深い。これをヘルガイスト化すればいくらDタイザンとて手出しできないだろう」
『ふむ、夢か……。人の深層心理をのぞくのにまたとない機会だ。早速手始めに先程の話を元にあの娘の夢で試させてもらおう』
そういうとジャシーンは早速ヘルガイストの素体を出現させ、歩くいなほの背中にそれを送り込む。一瞬の出来事に身体をブルっと震わせる彼女であったが、どこか気味の悪さを感じつつもその場を後にし、帰路につく。
☆☆☆☆☆
「おお、いなほ。お帰り」
「あれ、お兄ちゃん今日は早かったんだね」
いなほが家に着くと、すでに帰宅していた康作と晴明が玄関の前で
晴明が心なしかぐったりしている様子のいなほを見て反応する。
「ん? いなほちゃん、なんか元気なくないか」
「んー、さっきそこでカケル君にあって怖い話聞いたからかな」
「なんじゃ、そんなことでか。怖い話ぐらいどうってことなかろう!」
小ばかにするようにガハハ、と笑う康作にいなほは頬を膨らませて怒る。
「お兄ちゃんや晴明さんはそういった話に耐性があるから別に良いんだろうけどけどさ!」
「いやいや、耐性があるつったって俺だって怖い話が得意かと聞かれれば別にそうでもないしな」
そんな晴明の言葉をいなほは意外に思い目を丸くする。常にDタイザンで悪霊と戦い続ける晴明の事だから幽霊や心霊の類には強いものだと思っていた。
「そりゃDタイザンで倒せる相手なら何も怖かねぇけど、そういう都市伝説の類ってのは基本的に救いがないってか、倒せないこと前提だからな」
「無敵のDタイザンでも都市伝説には形無しってことじゃな」
「まぁ、そうなるかな。……っと、そろそろ帰らねぇと。いなほちゃん、康作、それじゃあな」
スマホで時間を確認し、すっかり話し込んでしまったことに気づいた晴明はカバンを持ち上げて家に帰る。晴明を2人で見送っていると、いなほに
(そっか、晴明さんでも倒せない相手がいるのか……)
いなほの抱くその不安が目に見える形となって現れるまで、そう時間はかからなかった。
☆☆☆☆☆
その夜、いなほはヘルガイストの力が発動したことによって夢を見た。人気のない黄昏時の無人の駅のホームに立つ彼女。自分が何故こんな場所にいるのかさえ分からないでうろたえていると、背後に立つ人の存在に気が付く。振り返ってみてみると、それはカケルであった。しかし彼の瞳はひどくうつろでまるで生気がないようにも感じた。
いなほはこの夢がカケルから聞いた『猿夢』と状況が全く似通っていることに気が付く。すると突然、頭上のスピーカーからノイズ音が聞こえ、無機質なアナウンスが流れる。
『まもなく電車が到着します。この電車に乗りますとあなたは怖い目に合うことになるでしょう』
一緒だ。このあとほどなくして電車が到着する。ヘッドライトの眩しさに目を細めるが、その姿をはっきりと捉える。遊園地にあるような蒸気機関車を模した鉄道遊具。その前後、運転席と車掌者には恐ろしげな面構えをした猿が2匹、静かにじっと座っている。間の客車には数人の、これまた生気の感じられない乗客が座っている。中には今日の夕方見かけたカケルの友人もいる。
いなほは恐怖で足がすくんだ。これに乗ってしまえば終わりだ。最後どうなってしまうかまでは聞かなかったが、結果は読める。乗らなければ問題はないのだ。
『まもなく発車します。意気地の無い方はおやめください』
アナウンスは明らかに挑発した物言いである。だがそれにも耳を貸さずに目が覚めることを祈っていると、後ろに立っていたはずのカケルの姿がないことに気が付く。
まさかと思い電車の方を見ると、いつのまにやら彼は客席に座っていた。
「カケル君! ダメ!」
そう呼び掛けても彼が反応することはない。連れ戻すために電車に乗り、手を引っ張って降ろそうとするもののびくともしない。まるで座席と一体化しているかと思う程、どれだけ力を加えてもカケルを引っ張り出すことは出来ないでいた。おまけにまるで死人に触れているかと思うほどにカケルの手は冷たい。
そんなことをしているうちにドアが閉められ、『発車します』とあの無機質なアナウンスが流れる。しかしその無機質な声の中にはいなほの事をどこか
動き出す電車。危機感を抱いたいなほはゴクリと喉を鳴らすも、すでに手遅れだと察する。飛び降りて逃げ出そうにもカケルを置き去りにはできない。そもそも飛び降りたからと言って助かる保証もない。
『次は奈落~、奈落です』
無慈悲にも行き先が告げられ、後ろに座っていた人物が断末魔のような声をあげながら忽然と姿を消す。恐る恐る座席を覗き込むと、まるで客車の底をくりぬいたような丸い大きな穴が開いている。その光景を見たいなほはさらにゾッとする。カケルに聞かされた話の通りに展開しているのだ。
なぜ自分にこんなことが降りかかっているのかさえ分からない。それよりも今はただ、何とかこの夢から覚める事だけが先決であった。夢とはいえ置き去りにはできないカケルの冷えた手をぎゅっと握っていると、再びアナウンスが流れる。
『次は追い回し~。追い回しです』
言葉の意味が分からなかったが、どうやら先ほど以上によくないことが起こるのは予見できた。ふと前に目をやると、ギラリと鈍く光る刃物を持った大柄な影が立っている。驚いて「ヒイッ……!」と声を漏らすと急に体が震えだす。自分の体が言うことを聞かなくなったのかと思ったがそうではない。隣に座るカケルが顔面
腕を振り上げて襲い掛かる影、逃げ出すカケル。相手は一見動きがゆっくりにも思えるが、一歩が大きいため、あれよあれよという間にカケルを追いつく。
「か、カケル君!」
追いかけ回してくる化け物から逃げ続けるカケルの名前をいくら呼んでも無駄なことくらい分かっているのだが、今の彼女にはそれ以外の方法が思いつかない。
だが、人の事を心配している場合でもなかった。
『次は呑みこみ~。呑みこみです』
カケルの姿が見えなくなった時、またしてもアナウンスが車内に流れる。次は自分の番だ。そう悟ったとき、口を大きく開けて待つ獣のような怪物の姿を見てもいなほは動揺すらしなかった。ひたすらに目が覚めることを願う。ただそれだけだった。
☆☆☆☆☆
次の日の朝、珍しくなかなか起きてこないいなほを康作が起こしに行くと、うなされながらもがき苦しむ彼女を目撃する。何事か、と揺すって起こそうとしてみるが一向に起きる気配を見せない。
この異変をヘルガイストによるものだと考えた康作はすぐさま晴明を呼ぶ。しばらくして飛んできた晴明はいなほの様子を見て愕然とする。
「昨日、いなほちゃんの様子がどうもおかしいと思ったんだが、まさかこんなことになってるとは……」
「お前でも気は感じられんかったんか!?」
康作の問いかけに晴明は悔しそうに首を振る。ヘルガイストの気配を察知することができなかったことの理由として、時限式だったことが挙げられる。
今回の場合、いなほが就寝することがトリガーとなって発動したわけだが、それまでは完全に力が抑え込まれており、気配はおろか存在そのものが感知できずにいたのだ。
「い、いなほはどんな状態なんじゃ……?」
「ヘルガイストの、ある種の結界のようなものによって夢の中に閉じ込められているんだよ。それもただの夢じゃなく悪夢だ」
「なんとか……、何とかできんのじゃろか」
下唇を噛む晴明。方法がないではなかったが大いに危険が伴うために安易に行動に移せないでいた。
今回の事件に起因する要素が分かればもう少し真相を解き明かしやすいところではあるが……。そんなことを考えていると、ふと昨日の会話を思い出す。いなほの様子がおかしいと感じた時に彼女はなんと答えたのか。晴明は突然目を見開いて走り出す。
「ど、どこへ行くんじゃ!」
「カケルのところだ! アイツが昨日いなほちゃんに話した怖い話の内容がもしかしたら関わってるかもしれん!」
康作はそれがどういうことを意味しているのかは理解できなかったが、自転車を引っ張り出し、晴明の後を追う。走る晴明の横につけて顎をしゃくる。
「はよ乗らんかい」
「了解」
晴明が荷台にまたがり、康作は「飛ばすからの!」と、ペダルを思い切り踏み込む。疾走する自転車はまっすぐ日吉家の方へと向かっていく。
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