第10話 ウソ、まこと? 画面の奥のDタイザン②
日中、晴明はずっと白い目にさらされていた。いったい何が原因でこんなことになったかを考えていると、「そういや……」と、ゴタゴタですっかり忘れていた昨日の出来事を思い出す。
「昨日ウチにYBSが来たんだよ。Dタイザンを取材させてくれーって」
「YBSってあの人気ユーチューバーの? うっそだぁ」
めぐるはまさかの名前に驚きつつも晴明に疑いの目を向ける。
「マジマジ。それでも動画に出演するのは断ったんだよ」
「えぇ! もったいない。それこそ引き受けてたら評価が今と逆転してんじゃん!」
「断ったのはウチのじーちゃんだ」
「そう言えば晴明の所のじいさんは大の取材嫌いじゃったな」
めぐるはずっともったいない、もったいないと言い続けてるが晴明はそれ以上に気になることがあった。
ユーチューバーからの出演依頼に偽動画投稿騒ぎ。この共通する2つがあまりにも直近で起こったものだから疑わずにはいられない。
「まさか今回の一件と関係あるんじゃねぇだろうなぁ、あんにゃろ……」
☆☆☆☆☆
晴明にとっては案の定、榎戸にとっては思惑通り。YBSの3人組が下校中の晴明を待ち伏せていた。それも自分たちの交渉が有利に働くことを分かり切ったようなわけ知り顔で現れる。
チームリーダの矢田がスマホを晴明に見せつけるようにして立っている。そこにはDタイザンをおとしめる例の動画のサムネイルがずらりと映し出されていた。
晴明は何食わぬ様子で立ち去ろうとするが呼び止められる。
「晴明さん、大変なことになってますねぇ」
「ま、まぁ。そっすね……」
(しらじらしい奴め……)
心の中で毒づくが表面ではあくまでも平静を保っている。何を言われても相手の口車に乗せられてはならない。
今の弱みを握られた状態の晴明では、どう転んでも自分の都合の悪い展開にしかならないからだ。
「まさか正義の味方のDタイザンがこんなことをしているとはね」
「——まさか、そりゃ作りもんですよ」
「そりゃそうか。でも動画を見た人たちはそれじゃあ納得はしてないみたいだけど」
矢田は画面をスワイプしてコメント欄を見せる。いちいちそんなもったいつけるようなことをしなくても晴明には魂胆は読めていた。
「どうだ? 俺たちの動画に出てイメージアップをはかるってのは。俺たちはDタイザンを取り上げることができる、君は悪印象を払しょくできる。
そら来た。そんな条件をチラつかせてうまいこと晴明を
たしかに炎上を鎮火することができるというメリットはあるが、その分相手にゆだねて動画をつくらせるというのはリスクも大きい
何も取引が必要ないフラットな関係であれば、彼らの人気にあやかって簡単に承諾するところであるが、今回ばかりは分が悪い。
とは言えこのまま問題を放置しておくのもまずい。今後の活動に支障をきたす。それこそヘルガイストが出現するたびにDタイザンで戦おうとしても間違いなく邪魔が入る。戦闘中に邪魔が入ればそれこそ危険が増えるというもの。
「ちょっと、考えさせてもらいます……」
晴明は強気で出られないことに悔しさを覚えつつ、晴臣があれほど拒否していた理由が分かった気がした。
☆☆☆☆☆
翌日になっても状況は変わらない。むしろ、より悪化しているともいえる。
例のアカウントで次々と炎上が避けられないような動画がアップロードされ続けているのだ。しまいにはDタイザンがヘルガイストと戦うのはマッチポンプではないかと疑われ出す始末に。
ここまできては自分だけではなく周りにも迷惑をかけてしまいかねない。そう思った晴明はついに、まいったとばかりに汚名返上のため、動画に出ることをしぶしぶ承諾する。
「そうこなくっちゃ。企画内容を説明しよう——」
YBSは事前に準備していたディレクターノートを取り出し晴明に読むよううながす。それをペラペラとめくりながら読んでいると、彼らはいそいそとカメラ他、機材の準備を始めだす。今から撮影をしようというのだ。
「じゃあ早速Dタイザンを呼んでほしい!」
「……えっ! ヘルガイストも出ていないのに!?」
急な無茶ぶりを振られて晴明はたじろぐ。しかし相手はそんなこと全くお構いない、晴明に対してさあさあ早く、と
えらく厚かましいと思いつつも、晴明はいつも通りお札を取り出して天高く掲げ、「
そんな彼らをはたから一部始終を見ていた榎戸とジャシーン。榎戸はDタイザンの登場を目の当たりにして「お出ましだな」と呟く。
『さてと、話はまとまったようだな。ではより動画が映えるように我らも手を貸すことにしようか』
そういうとジャシーンは榎戸の持つスマホに術をかける。スマホの電源が付き、例の動画が表示されると、動画に寄せられた無数の悪意に満ちたコメントの文字たちが浮かび上がり、一つに集まっていく。
やがてそれは巨大な悪霊へと姿を変えて、晴明たちの前へと姿を現す。
「ヘ、ヘルガイスト!?」
「おぉ、なんというグッドタイミング! シューマッハ、カメラを渡してくれ!
「がってん!」
「何言ってんだ! こんなところにいたら潰されるぞ!」
矢田は加集からカメラ受け取り、晴明の警告にも耳を貸さず回し続ける。何を言っても無駄だとあきらめた晴明は興奮する様子のYBSたちをよそにDタイザンへと乗り込む。
起動最中のDタイザンにヘルガイストの痛烈な一撃が食らわせられる。その攻撃でグラリと機体を揺らし、危うく倒れかける。
「うわっ! こんな状況で失態を見せればそれこそ取り返しがつかなくなっちまう……。ええい、この世に未練を残し——」
「出た! ヘルガイストに対する前口上だ! こいつは見ものだぞぉ!」
晴明がヘルガイスト相手に
だが、ヘルガイストに暴れまわられても困る。晴明はひとまず彼らを無視して真剣に敵と対峙することにした。
☆☆☆☆☆
そんなこんながあってDタイザンはヘルガイストと組みあっている最中である。だが良い映像を取ろうとするYBSの動きにも気を配らなければならず二重の敵を相手にするかのような不利な状況に立たされていた。
『まさかこんなことがDタイザンの弱点に変わるとは』
ジャシーンはその炎でできた体を揺らめかせながら言いように振り回されるDタイザンを見て笑う。
「奴らはまだまだ利用価値がありそうだな。簡単にはヘルガイストに潰されてしまっては面白くない」
『一理ある。阿倍野晴明をさらに追い込むためにも奴らにはまだまだ協力してもらわなければならないな』
そういってジャシーンはヘルガイストに対してYBSのメンバーを攻撃対象から外すようにと指令を送る。そんなことに気づく余裕などない晴明は何としても被害を増やさないように敵の攻撃をすべて受けていた。
だがいくら
(さすがのDタイザンでもこれ以上はまずいか……)
葛藤する晴明、せめて彼らのような邪魔がなければもう少し派手に暴れまわることもできるというもの。心でそう願っていた矢先、ヘルガイストが妙な動きを取って後退する。
「ん、なんだ?」
目をこすって状況を確認すると、どうやら先ほどまでヘルガイストが立っていた場所にYBSの連中が近づいていたのだ。容赦のないヘルガイストがああもあからさまに人間を踏むまいと回避するなどありえないことだった。晴明の見間違いかもしれない、そう思った彼は危険な賭けに出ることにした。
(南無三!)
心の中でそう叫びながらヘルガイストに向けてショルダ・ブラスターをお見舞いする。その攻撃は一歩間違えればこの光景はDタイザンとヘルガイストによるヤラセを疑われかねない上に、生身の彼らを怪我させかねないものだった。Dタイザンが急に攻撃に転じたことで矢田たちはその場から逃げ出そうとする。が、その瞬間驚くべき光景を目の当たりにすることになる。
なんとヘルガイストがYBSの面々をかばうようにして攻撃にあたりに行ったのだ。初めてまともにDタイザンの攻撃が通った瞬間でもある。この行動、ジャシーンの命令が思わぬ形となって現れたのだ。晴明は彼らに危害が及ぶことがヘルガイストにとって不都合になることを悟る。これは完全にヘルガイストとYBSの連中が一枚噛んでいるということを現していた。そして例の動画の出どころもおそらく彼らだろうと推察する。
(どっちがマッチポンプだ、全く……!)
どちらにしろ、これらすべての状況がDタイザンのカメラアイを通してデータに蓄積されており、証拠としても十分な記録がとれた。それと同時に晴明はこれまで思うように動けず、溜まっていたうっ憤を一気に晴らす。
『やい、お前ら! よくもヘルガイストと協力してこの俺をおとしいれようとしてくれたな! ニセの炎上動画、あれはお前らがあげたものだろう!』
「な、なんでバレたんだ!?」
「どう考えてもさっきのヘルガイストの不自然な動きのせいだよな……」
「あの男がヘルガイストを呼び出してたんだ……。しかし、今のを観られちまったら今度は俺たちの動画が炎上しちまうよ!」
オロオロしだす彼らを見て晴明は十分な確信を得る。
『まさか我の命令がこんな形になって現れるとは……。さすがに予想外だ』
「動画についていた言いたい放題なコメントを集めてヘルガイストにしたからだろう、命令を勝手に拡大解釈したんだな。思ったより制御の利かないやつだったというわけだ」
『そうかもしれない、もはやあのヘルガイストも人間どもも使い物にはならん。次なる手を打とうぞ』
「了解」
目の前の戦いに見切りをつけた榎戸とジャシーンは静かにその場を後にする。対する晴明は足元の彼らに睨みをきかせながらDタイザンで敵に攻撃を加える。
『ヘルガイストを倒した後はお前らの上げた動画を削除させてもらうからな! 覚悟しておけよ! チェーン・シャクジョウ!』
シャクジョウを取り出しヘルガイストに突き付ける。そのまま相手に向かって突進してどてっ腹に思い切りシャクジョウを刺し込むと天に向かってチェーンを伸ばす。
『ギュルァァァァ!』
上空に突き上げられながらもだえる敵も何のその、ランバスミサイルを数発お見舞いして弱らせてからペンタグラム・ホールドで完全に動きを封じ込める。
「タイザァァァン・アミュレット! ドーマンセーマン、現世の恨みごとヘルガイストを燃やし尽くしてしまえ! 必殺、エクスペル・バーン!」
巨大な札に念を込め、ついに必殺の技を放つ。業火に焼かれ空の上で大爆発を起こすヘルガイストを背中に、逆光で全身像が影になったDタイザンのツインアイだけがギラリと光り、足を震わせる3人を脅しつける。
「「「す、すみませんでしたー!!」」」
YBSは一連の出来事を洗いざらい吐くと、裏アカウントで投稿したすべての動画を削除し、すべてはヤラセだったとSNS上で告白した。無論、多少彼らの動画は荒れはしたがその辺は流石人気者、すぐに鎮火されたようではある。
晴明は祖父に「だから取材は嫌だと言ったんだ」と、遠回しにお小言を言われふてくされるが、
☆☆☆☆☆
後日、康作が晴明の家へ遊びに行くと、彼は自室でノートパソコンをカタカタと操作している。康作の来訪にも気づいていないほど熱中しているようなのでコッソリ後ろからのぞき込むと、動画の投稿画面が開かれていた。
「何しとるんじゃ……」
「うわっ! ビックリした! いつの間にいたんだよ」
「さっき来たばかりじゃ。ところで晴明。お前何をやっとるんじゃ、そんな真剣に」
聞かれた晴明はノートパソコンの画面を康作に見せつける。
「あの騒動の後、めぐるにDタイザンが変な風評被害にあわないように日々の活動を動画としてアップしたらいいんじゃないかってそそのかされてな。チャンネルを開設してみたんだよ」
「なになに? 『Dタイザンチャンネル』……、ってこれまた随分と安直な名前じゃのう」
「うるせぇ! だけど思ってた以上に動画づくりって簡単だな、これで広告収入をもらって小遣い稼ぎできるなんて楽なもんだ!」
晴明は声高に投稿ボタンをクリックして自身の動画をインターネットの海に送り込む。よほど動画の内容に自信があったのか「YBSみたいに有名ユーチューバーとして夕柳で……いや日本中で名を馳せるかもな!」などと言っていた。
康作は先ほど投稿された動画をスマホで検索してみる。
動画の内容はただひたすらにDタイザンが晴明のアフレコで紹介されるだけの退屈な動画である。編集も雑で音質も悪く、ところどころ何を言っているのか分からない。この間投稿されていた偽物の動画の方が映像のクオリティとしてははるかに高かった。
「こりゃ駄目じゃな……」
「え? なんか言ったか?」
康作は首を横に振り、黙って低評価ボタンを押す。
数か月経ってなお、チャンネル登録者数は2、動画の再生回数は多くても20に留まり、高評価が1に対して低評価が3というありさまで晴明は静かにチャンネルを閉設した。
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