第10話 ウソ、まこと? 画面の奥のDタイザン①

 ビデをカメラを構える3人の男たち。彼らは自分たちを映しながら陽気に挨拶を始める。


「みなさんこんにちは、ユウヤギブロードステーションの”YD”と」

「どーもー、”ばっぞ”です!」

「やほー、”シューマッハ”だよ」


 挨拶を終えたYDなる人物は、自分の後ろに手をかざして背後で戦うDタイザンをカメラの画角に収めながら状況を説明しだす。


「こちらをご覧ください。今日はですね、なんと俺たちYBSがヘルガイストと戦うDタイザンに密着しちゃってまーす!」

「こんな間近でDタイザンを拝むことができるなんて、しかも戦っている姿をカメラに収められるなんて僕ら超ラッキーだよなあ」

「いやー、それもひとえにDタイザンのパイロットさんが快く取材許可してくれたからってのもあるかなー」


 ばっぞ、シューマッハを名乗る人物がそれぞれワザとらしくうなづく様な身振りをすると、今度はYDがカメラ目線になりながら大げさに指をかざして答える。


「そのとおり! 今回の動画はあちらで戦っているDタイザンのパイロットにして現役高校生陰陽師として名をはせる阿倍野晴明さんにご協力いただいております! みんなもこの戦いに目が離せないはずだ。括目せよ!」


 いちいち無駄にポーズを決めながら3人はカメラに向かって自分たちをアピールする。だがヘルガイストと進行形で戦っている晴明にとってはそれが邪魔でしかない。近くにいられればそれだけ巻き添えにしてしまうリスクが上がる。最悪の場合、怪我じゃすまない。

 無関係な人間を巻き込んでしまっては大問題だ。おまけに動画を撮影している連中とくればなおのこと。何でもすぐにネット上に拡散されて炎上する今の世の中で、そんな動画が出回ればあとでどんな目に合うかも分かったもんじゃない。ただでさえ絶賛炎上中の晴明は神経質になる。


「くっそぉ、アイツら足元をちょこまかちょこまかと動き回りやがって。ホントに踏んでも知らねぇからな!」


 操縦レバーを強く握りしめて心の内を叫ぶ晴明。

 快く撮影許可を出した覚えもなければ、足元でうろついてもいいと言った覚えもない彼は自由に戦えないことにイラ立ちを覚えながら、ヘルガイストとがっぷり四つ状態になり苦戦を強いられる。

 何故こんなことになってしまったのか、話はおよそ4日ほど前にまでさかのぼる。



 ☆☆☆☆☆



「阿倍野さ~ん、そこを何とか曲げてお願いしますよ~」

「ならんならん! ワシゃメディア取材はもういっさいがっさい断ることにしとるんだ! すまんが帰ってくれ!」


 夕刻、何やら玄関先で晴明の祖父・晴臣はるおみが誰かともめているのを耳にした。壁からそっと顔を出して様子を除くと、若い男性3人が晴臣に頭を下げて何やらお願いしているようだった。その3人衆、晴明にはどことなく見覚えがあった。


「じーちゃん、どうしたんだよ。怒鳴り声なんかあげて」


 事のあらましを聞くために出ていくと、一番先頭に立っている男が即座に反応した。


「あっ、阿倍野晴明さんですね! 自分たち地元夕柳町で活動しているユーチューバーのYBSって言います! 自分はリーダーのYDっていう者なんですけどぉ。実は今度の動画のネタでDタイザンを取り上げたくてですね……」

(あぁ、どうりで見たことあるわけだ……)


 YBSこと『ユウヤギブロードステーション』は晴明たちの住む夕柳町を拠点に活動している3人からなる大学生ユーチューバーグループである。メンバー全員が甘いマスクのイケメン揃いで、その見た目からは想像できないような攻めた内容の動画というギャップが中高生、特に女子から絶大な支持を集めている。夕柳町で活動しているということもあり、地元では(アイドルの赤羽佳織を除く)そんじょそこらのテレビタレントよりもはるかに高い人気を誇る。

 晴明も若者らしく例に漏れず、時おり彼らの動画を見てはその内容について学校で友人と話のネタにしている。そんな人気者がまさか自分の家に来るとは、内心ドキドキしていた。


「だから何チューバだか、何トランペットだか知らんが、ウチではメディアの取材を一切合切お断りしとるんだ! 孫に言ってもそれはくつがえさせん!」


 一方でそんな若者の流行りなんて露知らない晴臣は晴明の意思表示などさせる間もなく追い返そうとする。

 それも無理はない。

 以前、晴臣はDタイザンのテレビ出演を求められて快く応じことがあった。しかしカメラを向けられた緊張から操作を誤り、Dタイザンを転倒させるという失態をしてしまい、大勢の前で赤っ恥をさらしてしまった。

 晴臣はそんな恥ずかしい場面は放送しないで欲しい、とスタッフに頼みこんだものの彼らはそれに応じず、しまいには失態を中心におもしろおかしく編集までされ、そのまま全国のお茶の間に放送されてしまったのだ。

 これに対し怒り心頭の晴臣ではあったが、振り上げたこぶしを降ろす先を見つけられないまま悔しさと虚しさだけを残す羽目となった。以降テレビをはじめとしたメディア取材を断り続けており、現在に至る。当時を知らない晴明ではあるが、父、晴久はるひさに聞かされていた。以前阿倍野家ではテレビ視聴禁止令が出されていたとか。そのためか分からないが、晴臣は同年代と比べてもテレビに興味を持っていない。

 そのうえネット事に疎い晴臣のことだ。テレビ以上に得体のしれない集団であるユーチューバーからの取材の申し出など、なおのこと断る。

 そんな祖父を思いやって、さすがの晴明もおいそれとOKサインを出すことをためらう。


「じーちゃんもこう言ってることだし、悪いけどまたの機会にしてくんないスかね?」


 波風立てぬように追い返そうとするが、相手はどうも不服そうである。しかし強情な老人とその孫を相手にするのもつかれるのか、納得いかないながらもこれ以上の交渉は不毛だと悟り、YBSの3人組は何も言わずに去っていく。

 その態度にさらにムカッ腹を立てた晴臣は「塩でも撒いとれ!」と文句を言い、ドスドスと音を立てながら自室に戻っていく。階段を降りて行く3人の後姿を見送りながら、晴明は若干胸騒ぎがしていた。



 ☆☆☆☆☆



「チェッ、ダメだったかー」

「あのじいさん、案外頑固だったなぁ」

「矢田ちゃん、馬場ちゃん……どうするよ、これじゃあ企画の練り直しじゃね?」


 シューマッハこと加集かしゅう雅治はリーダーのYD(本名、矢田直樹)とばっぞ(本名、馬場園ばばぞの信一)に情けない声で訊ねる。そんな彼の言葉に矢田は「うーん……」と、うなる。

 最近は斬新な企画が思い浮かばず、少しマンネリ気味になりつつあった彼らにとって、Dタイザンを取り上げることは最高のカンフル剤であった。

 地元民テレビ局でさえ取り上げることの叶わないその取材対象は彼ら動画投稿者にとっても空前絶後の企画になり得る。


「けど許可も取らずに勝手に撮影なんてすれば、今どき炎上しかねないからなー。今回は諦めるしか——」

「何かお困りごとのようですね……」

「「「ッ!?」」」


 炎上を恐れた矢田ががっくりしながら断念しかけた時、つい先ほどまで誰もいなかったはずの暗い道の向こうから声が聞こえてくる。驚いて3人が声のする方へ顔を向けると、ふと人影があることに気がつく。

 街灯に照らされる明かりしか頼りにならない夜道では相手の顔がよく分からないが、どうやらYBSの方へとまっすぐ近づいて来ているのは確かだった。その人物はほかでもない、晴明とDタイザンに仇なす男、榎戸水鏡だった。


「お、俺たちのファンか?」

「誰だお前は……」


 街灯が榎戸の怪しげな顔を照らした時、矢田が先陣を切って問いかける。だが榎戸はニヤリと笑うだけだ。


「名乗るほどのものではありませんよ。それよりもこれを差し上げましょう」


 それだけ言って何かを投げ渡し、それを馬場園が受け取る。何かと確認すると、手のひらに収まるほどのポータブルタイプのハードディスクドライブだった。またそこには何やら紙切れのようなモノが張り付けられている。


「なんだよ、これは?」

「張り付けてある紙に書かれたアカウントにハードディスクの中に入っている動画データをアップロードするのです。そうすればきっと阿倍野晴明は取材に応じてくれるはずですよ」

「どういうことだよ……」


 だが榎戸はそれに答えることなく、ただただ笑いながら暗闇の中へと消えていく。気味の悪いハードディスクを手に、取り残された3人は互いに顔を見合わせる。


『奴らは貴公の渡した動画を投稿すると思うか?』


 物陰からYBSの様子をうかがう榎戸とジャシーン。ジャシーンは今度の作戦がそう簡単にうまく行くとは思っていなかった。しかし榎戸は「あぁ、間違いない」と、自信ありげにうなずく。


「あの手の人間は実に欲深いからな。自分が求めるもののためならどんな手段を使ってだって手に入れようとするはずさ。たとえそれが自分の良心を痛めるようなものでもね」

『ほほぅ……』


 ジャシーンはエレメント体を揺らめかせながら興味深そうに笑う。

 その後、不審なものであると疑いつつも、ハードディスクをスタジオに持ち帰った3人は、動画を見て大いに驚く。と、同時に榎戸が言っていたことを思い出して笑いが止まらなくなる。

 確かに本当にこれさえあれば動画をダシに阿倍野晴明への、いやDタイザンへの密着企画を簡単に通すことができる。多少、卑怯で強引な手であると分かってはいるものの、動画のため企画のため、そして自分たちのためにも後には引けない、という思いが強かった。

 紙切れに書かれているアカウントにログインし、ハードディスクの中に複数ある動画のうち1つ目を選び、投稿ボタンを押す。

 動画は瞬く間にインターネットの海へ流れ込み、あっという間に拡散されていった。



 ☆☆☆☆☆



 翌日、晴明は昨日のことが引っ掛かりつつも学校へ向かっていると、後ろからカラコロという音が聞こえてくる。それが下駄をはいた康作の足音だとすぐに分かったが、なにやら様子がおかしい。いつもと違い、異様にせわしなく早足で迫ってきていた。


「晴明ーッ! 大変じゃーッ!」

「朝から騒がしいな、どうしたんだよ」


 血相を変えた康作が晴明に追いつくと、目の前に立ちふさがる。また何かやらかして部長の凌平にでも呼び出しを食らったのかと思ったが、そうではないらしい。彼は自身のスマホを晴明の目の前にズイッと見せつけてくる。画面にはとある動画が映し出されていた。

 なんだ大袈裟な、と思いながら何気なく観ていると、だんだん晴明の表情も曇り、夏の暑さからではない滝のような脂汗が流れてくる。

 後ろからめぐるの声がする。彼女もまた「晴明ー、大変大変ーッ!」と言いながら走ってくるが、晴明にとってはそれどころではない。


「アチャー、もう観てたか……」

「ど、どうなってんだこりゃ……!?」


 バケツの水でもひっくり返したかのようにドッと汗を流しながら晴明が観ていた動画の内容。それは、Dタイザンがヘルガイストらしき怪物と戦うごくごくありふれた様子を撮影したものだった。しかしどうもおかしい。異様にDタイザンが町を破壊しているシーンをクローズアップしているのだ。家からビルから、道路に街灯など、ありとあらゆるものをDタイザンがのしかかったり、流れ弾を当てたりしてぶち壊している。

 だがこの映像、晴明には全く身に覚えのないものだった。確かにヘルガイストと戦っていれば多少は町に被害を与えることもある。だがこの動画のように甚大な被害を与えることはまずない。あったとしてもヘルガイストの攻撃で壊れることがほとんどだ。それに映像の中のヘルガイストと戦った記憶もない。

 それもそのはず、実はこの動画は作り物。全くの虚構なのだ。悪意を持って編集され、投稿されたものなのである。しかし動画を見ている不特定多数にとって、そんなの知ったことではない。

 正義のために戦っていると思っていたDタイザンのこんな姿を見れば誰だって幻滅するというものである。コメントは荒れに荒れて、Dタイザンを悪く言う内容ばかりだ。

 晴明の胸騒ぎが的中した。


「なんだよこの動画、こんなヘルガイスト俺は知らねぇぞ!?」

「それがこれだけじゃないのよ。ほかにもDタイザンの評判を落とすような動画がこれの他にも2、3本も投稿されてるの」

「しかもどれも炎上しとるんじゃ。ネットニュースにもなりよる」

「どこのどいつだか知らんがふざけたマネしやがって……」


 いきどおる晴明をよそに無慈悲にも動画の再生数と低評価数はどんどん増える。自分の知らない場所で自分の知らない出来事がさらされていることに感じたこともないような薄気味の悪さを覚えつつも、なすすべがない。



 ☆☆☆☆☆



 学校へ着くと周りの視線が痛い。こんな時、地元の有名人というのは損である。Dタイザンといえば晴明というのは誰でも知っていることである。

 実際にDタイザンで戦っているのを見たことのないような者でさえ晴明を見る目が随分と冷ややかなものだ。

 動画もひどいもので、例えばDビークルで夜の町を爆音でかっ飛ばす様や、Dタイザンを使って子供たちを脅してお菓子を巻き上げる恐喝まがいのことをしている様子が撮影されていたりなど、どう考えても相手をおとしいれるためだけに作られたような物ばかりである。しかし、誰も彼もこの動画の内容を信じてやまないところが恐ろしい。ついでとばかりに晴明が地味に作っていたツイッターのアカウント(フォロワー:127人)も炎上していた。


「ウソもウソ、大ウソじゃねぇか!」


 晴明が怒りに任せて声を荒げるほど、周りの視線も一層厳しいものになる。そんな晴明を見て榎戸はほくそ笑む。

 休み時間になり、タイミングを見計らって榎戸は水晶を持って人通りの少ない校舎裏に行く。水晶の中からジャシーンが姿を現し、学校中で動画が噂になっていることに関して作戦の第一段階の成功を喜ぶ。


『動画というものはすさまじい力を持っているのだな』

「あぁ。あんな偽物の動画ごときでいまやDタイザンの評価はガタ落ち。阿倍野晴明も立つ瀬なしというわけだ。そうなれば悪い印象を払拭ふっしょくするためにYBSの奴らの撮影に手を貸すだろう」

『これであの若者たちがDタイザンを撮影し、我々がヘルガイストを呼び出し戦わせれば、奴はカメラを前に下手に派手な戦闘ができずに翻弄されてしまう……、というわけだな』

「その通り」


 ここまでことは榎戸の思惑通りに進んでいた。あとはYBSの連中がうまく立ち回れるかが問題であった。

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