配列02-6 / 偶像セカンド
約1ヶ月が過ぎ。
そうして、ステージに立つ時が来た。
『ちょうど1ヶ月後さ、ウチでライブするアイドルがいるんだけど』
バイト先のライブハウスで店長から声がかかってから今まではベースに触れる生活を送っていた。確かに店長が言っていた通り、難しいフレーズもなくこなせてしまうものだ。けれど練習はした。だって、ロックのヒロインを謳う彼女にとっては大事なステージとなる夜。弾き手側にとっては簡単なフレーズも、彼女が必死に作詞作曲をしたものだと考えると――曲を、音楽を生み出す努力をした彼女のことを考えると――生半可な演奏でステージを盛り下げるわけにはいかなかったのだ。
誰かのために弾こうと考えたのは、思えばこれが初めてだ。ステージで弾いていたときは常に自分を満たしてやるためだったし、誰かのために、などとは全く思わなかった。
引き受けた以上は、その役割を全うしようではないか。
はじまります――溌剌とした彼女の……ロックヒロイン『籠原ユキ』の声とともに、ライブは幕を開けた。
客が多い。籠原が自ら集めた客か、それとも人気によるものか。籠原はとてもきれいな声をしている。それは繊細と大胆の中間をゆくような、聴くものを自然と惹きつけるような、魅力に溢れたものだ。客が集まるのも十分に頷けた。
一度、リハでスタジオを借りた時のことを思い出す。その時が私と籠原の初対面だったわけだが、その時の彼女はこう言っていた。
『私、楽器弾くのはからっきしで。自分にできない、足りないものだから誰かに埋めてもらえないとパフォーマンスができないんですよ。だから身体一つでステージをこなせるアイドル達が羨ましかったりもするんです』
できない、足りないと嘆きつつ、それをすることが籠原ユキのパフォーマンスであり、ステージなのだ。
……すごい、と思った。
足りないものを把握しながら、なりたいものの前で恥じるということをしない。何がしたいか、それをするために何が必要かを彼女は既に知っていて、そのための手段も既に獲得している。
きっとそれが、千代田アオイと籠原ユキとの決定的な差だったのだ。
ステージに立った瞬間、緊張が冷や汗となって頬を伝った。私は今、私自身の知名度と実力でこれだけの人数を集められるだろうか。そして集めた人数に恥じないパフォーマンスをやりきれるだろうか。いいや、おそらく私には――。
けれど。
今の私は違う。
そもそも自分のステージですらないのだ。だからこそサポートギターとしての役割を全うしなくてはならないのだ。
そんな気持ちと、私が本当にやりたいことは何なのだろうという気持ちがない交ぜになって、心の深いところに落ちていく。
落ちていったものは鈍い光を放ちながら、私の心の中の澱となってじわじわと私のことを痛めつけていく。それに気がつかないまま、ただ漠然と追い詰められるような感覚だけが先走り、ただ漠然とした不安感に包まれる。不安というのは、私が今やっていることは誰かに肯定されうるものなのか、ということだ。そしてそれを私自身が肯定できなければ、誰が首肯したとして私にとっては苦痛になりうるものだった。
――私は、こんなところで何をやっているんだ?
激エモロックフェスティバル 伴坂(ともさか) @lyric_unofficial
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