小人姫と白雪姫

綺羅イノル

小人姫と白雪姫


第一章


昔々、あるところの深い森の中に、七人の小人が住む家がありました。

小人たちは毎朝、朝食を済ませた後、外へ働きに出かけるのでした。ただ、一人を除いては。その一人は、女の子でした。


「いってらっしゃい!ブラハム、ハレルヤ、キット、アボカド、アルビ、クロウ!」


女の子の小人が、六人の男の小人へ、白いハンカチと一緒に手を振りました。


「行ってくるよ!アザミ」

「すぐ帰ってくるよ!お嬢さん」

「晩御飯、楽しみにしてるね!」

「くれぐれも留守を頼んだよ!アザミ」

「ケッ!毎日しつけーな!!」

「・・・行ってくる」


こうして、女の子の小人に愛想よい四人と、無愛想な態度の二人の男の小人たちは、一列に並んで仕事場の鉱山へと向かうのでした。


私の名前は、アザミ。小人の少女。人間とは違う生き物。元々は母親と二人暮らしだったけど、病気で亡くした後、六人の小人の男たちと出会い、一緒に暮らす事になってから何年も経っていた。


私たち小人は、人間が嫌いだ。土地の大半を自分たちの物にしてしまった上に、私たちを土の中や森の中にしか住めないようにしてしまったからだ。

大きさが違うのも勿論だけど、決定的に違うのは、感受性だ。小人は、自然や野生の動物を大切にしながら、共に生きている。食べる事はあるけれどね。だから、心が陽気で、穏やかな者が多いのだ。

しかし、人間たちは、そんな私たちを自由奔放に生きているだけの生き物と勘違いし、仲間外れにしたり、悪者扱いするのだ。人間たちにもそういうのはたくさんいるのに・・・。小人ほど多くはないと思うけど。


これから人間と関わっていく心配はない。ここは深い森の中だから、めったに人間は現れない。私は、この家で女だから働くのではない。男たちは、私をお姫様として扱ってくれているのだ。


そう、私はこの家のお姫様。


みんなのために家事や庭の手入れをするけれど、それでも特別な存在なのだ。その男たちというのは、

一番年上のブラハム。中年男性で、いつも大らかで、気さくで、とても優しくて頼れる存在。

スマートな体系のハレルヤ。気取り屋だけど、いざという時頼りになる青年。

一番年下のキット。ヤンチャで弟のような存在。

いつもひょうきんなアボカド。みんなを笑わせるのが得意な青年。

恐ろしい事ばかり考えているアルビ。残念ながら、彼を好きな仲間はいない。

そして、愛しのクロウ。クールな少年で、私と同じ年。黒い服を着ていて、茶色の帽子には、カラスの羽を一枚飾ってある。

みんな大好きだけど、私はクロウが好き。そう、彼に恋をしているの。

その瞬間は、まるで、高級な蜂蜜入りの紅茶のよう。私はいつか彼と結婚して、彼の子供を産んで、いつまでもみんなと幸せに暮らすことが夢。叶うかどうかは分からないけれど、もし、彼の心を射止められたら、世界一幸せな小人の少女だわ。


でも、私は彼が遠くへ行ってしまうような気がしてならない。あの日、彼は、ぶどう酒を飲んで酔っていた時、やけになってこんな事を言っていたから。


「俺たち小人は、英雄にはなれない。人間を支配できない。人間と深く関わってはならない。人間の高貴な女性と結婚は出来ない。暗い所でひっそりと暮らす事しか出来ない。そう、祖父から言われたが、誰が決めた!全部人間じゃないか!見てろよ!いつかあいつらを見返してやる!!」


回想する間、洗濯と床掃除はすでに終わっていた。お昼前だったので、テーブルクロスに刺繍をしようと思いついた時、ある素敵な日を思い出した。

王子様を見た事を。

それは、私は野苺狩りに出かけた時の事。人間の気配を感じて、とっさに草むらに隠れた時、馬を引いた背の高い人間の男に出会った。服装からして大分高貴な人間な事が分かった。ブロンドの髪を肩まで伸ばしていて、目は青色だった。私は生まれて初めて、人間の男を美しいと思った。いつまでも見ていたい。そんな情欲にかられた。


その時の事を思い出しながら、私はだいぶ遅れたお昼ご飯を食べた。こんな時間だから、午後のお茶の時間とお昼を一緒にしましょう。お砂糖入りの紅茶を飲みながら、私はこんな独り言を声に出していた。


「あの時、王子様に話し掛ければよかったわ。そうしたら、ただ見ているだけなんてより、もっと素敵な思い出が作れたはずだわ」


いつの間にか、夕暮れになっていた。私は庭に出て、真っ赤なリンゴのような夕日に見とれながら、夕飯の準備に取り掛かった。


「ゴゲエ――――――!!!」


首を切り落とされても走り回る鶏の、首があった所から溢れ出る血と、夕日の色は、同じ色をしていた。

鶏をお肉にした時、私はいつもと違う何かに気が付いた。


「みんなの帰りが遅すぎるわ」


どこかで道草でもしているのかしら?道に迷うなんて事はないだろうし、もし、道草だったらたっぷり灸を据えてやらなくちゃ!

そんな事を考えている間に、夕ご飯を七人分作ってしまった。冷めるのは仕方がないけれど、何かあったんだわ。


「きっと事故だわ!誰かが大怪我をして、必死に手当てをしているか、みんなで担いで運んでるんだわ」


私は大急ぎで、ランプを片手に夜道を走り出した。これほど恐怖と不安に襲われた事は、一度もなかった。でもこれは、これから起こる私たちの人生の転機に過ぎなかったのだ。


第二章


「ブラハム、ハレルヤ、キット、アボカド、クロウ!」


私は泣いていた。無事であることを神様に祈りながら、みんなの働く鉱山へ向かった。

アルビはそんなに心配ではなかった。みんなから嫌われてるし、私もあまり好きじゃないもの。

鉱山に近付いた時、暗闇から明かりが見えた。きっと焚火だ。あそこにみんながいる。私は必死で走り、何とか焚火のそばに辿り着いた。そこで、とんでもない光景が目に映ったのだ。


焚火の上に、何かが豚のように縛られ、炙られていた。動いていたので、生きているようだけど、何故、生きたまま炙るのだろう。それに、その生き物は奇声を発していた。よく見てみたら、その生き物は、アルビだった!!


「バカヤロー!俺じゃないって言ってるだろーが!!」


彼の周りには、みんながいた。何となくわかった。みんながアルビを拷問にかけているのだ。


「みんな、何やってるの?アルビが死んでしまうわ!」

「見守っててくれ、アザミ。アルビが宝石袋を盗んだんだ」


そう最初に返事をしたのは、ハレルヤだった。

それでもアルビは、俺じゃない!と苦痛な顔で訴え続ける。もう一度やめるように声を張り上げようとした時、


「もうよそう!!数少ない俺たちが、仲間割れするなんて愚かだ」


声の主は、クロウだった。


「何故じゃクロウ。悪しき者には報いを受けさせるのが当然というものではないのか?」


これは、年長のブラハム。


「あのっ!あの・・・」

「さっきから、何をしゃべりたいんじゃ?キット?」

「アルビがやったなんて、まだ分からないよ」


ブラハムの声に、キットがなんとか応える。


結局アルビを解放することになった。

なんでも、いつも袋いっぱいに貯めておく宝石袋が、何袋かなくなっている事が分かったらしい。

皆ショックを受けたようだけど、なぜかアルビだけ平然としていたので、疑ったみたい。


「袋が消えたのは謎だけど、だからって誰かが盗んだ事にするのは良くないわ」

「アザミはいつも優しいね」


ハレルヤが私の肩に手を回しながら、そう言った。


「そうさ。アザミは世界一優しい女の子さ」


アボカドもそう、テンションの高い声で言った。


「いつまでもみんなで一緒にいようよ」


そう、キットも言ってくれた。そう、私はみんなのプリンセス。これからもこの幸せが、永遠に続いていく。


「俺じゃないって言ってるだろーが!バーカ!」


みんなからだいぶ距離を開けながら、アルビは、ブツブツ呟いていた。

結局この事件は、しばらく迷宮入りしそう。人間の仕業である可能性もあるし。アルビである証拠はない。

そして、やっと家に辿り着いた。


「さあ、夕ご飯よ!」


いつも通り、家のドアを開けた。テーブルには7つの椅子が並べられ、唐揚げとパンとワインが用意されていた。それらはすべて、自分が先ほど用意しておいたものだ。だから、すぐに異変を感じた。


“何かが変わっている”


確か、赤ワインはグラスに並々注いだはずなのに、半分まで減っていた。すぐにテーブルに駆け寄って見ると、異変はそれだけじゃなかった。唐揚げの数も違っていた。5個ずつだったのに、1個少ないのが4皿もあった。レタスもパンも量が違っていた。


「何だ!俺の唐揚げがハレルヤのより少ないぞ!」


そうアルビが文句を言った時、ワッ!と声がした。


「こ、これ、人間の足跡じゃないのか!」


声の主は、アボカドだった。


「本当か?アボカド」


クロウも床を確認する。


「うわっ!でっかい足跡!人間が来たの?」


キットも驚きの声を上げる。私も床を見た。確かに、人間の足跡だった。こんな大きい靴は誰も持っていないし、そもそも履く事すらできない。その足跡を辿ってみた。そして私は、分かってしまった。


「落ち着くのよ!皆!」


私は声を張り上げた。そして、みんなに分かりやすいように説明した。


「この足跡は、階段にもあったの。だから、人間はニ階に上がっているわ」


皆静まり返った。人間がこの家に入ってきた事は間違いない。それも、私が家から離れた隙に。


「この家から誰も居なくなるのを見計らって、中に入ったって事かい?」


ハレルヤは驚きを隠せないようだった。


「人間がなんのためにそんな事を?」


ブラハムも心配を隠せない様子だった。


「宝石袋を盗んだ奴かもしれない」


アボカドも疑問を隠さず言った。

ただ一人、クロウだけは冷静に階段の足跡を見つめていた。そして、こう推理した。


「一つずつしかない。足跡が階段の一段ずつに残っている」

「どういう事だ?クロウ」


ブラハムがクロウに聞いた。

そりゃあ、両足で一段ずつ踏んで階段を上がる人なんて聞いたことないけど。そして、クロウは衝撃的な事を私たちに告げた。


「上がった後の足跡があって、降りた時の足跡がないという事は、人間はまだこの家の二階の寝室にいるという事だ!」


私たちは静まり返った。しばらくして、ブラハムと苦労を先頭に、みんなで用心しながら、階段を上っていった。私とキットはみんなの後だった。


「本当に人間がいるの?」


キットだけが楽しそうだった。子供は羨ましい。足跡をたどって、寝室の前でなくなっていた。ブラハムとクロウとハレルヤが中に入る事になった。

とても長い時間に感じられた。しばらくして、ハレルヤがドアから顔をのぞかした。安堵の顔だった。そして、こう言った。


「女の子だった。それも、すごく可愛い」


彼女の話は、実に騒然としたものだった。

名前は、白雪というらしい。青とピンクの生地を見事に色合わせされたワンピースに、白い大きなリボンを頭に付けていた。長い髪は見事な黒髪で、肌も透き通った色をしていて、頬も赤かった。

しかも身分は、この森から遠く離れた隣国の王女様だそうだ。何と、お腹を痛めて生んだ、実の母親に殺されかけたらしい。


「お母様は、魔法の鏡を持っていたの。その鏡は何でも話せてね。私の方が、お母様より何千倍も美しいって言ったの。だから、狩人さんに私を殺すよう依頼したらしいんだけど、その人が優しい人でね、私を森へ逃げるよう注意を促してくれたの。散々森を彷徨ったわ。そして、ようやくこの家を見つけたの」


実の娘を“美しい“というだけで殺そうとするだなんて、その女王様の考えている事は、まったく理解出来なかった。多分、頭のいかれてる方の人間なんじゃないかしら。


「可哀想に。こんな酷い生い立ちがこの世にあるとは」


ブラハムがそう言うと、みんなもここぞとばかりに喋り出した。


「可哀想な白雪姫。ここへしばらく置いてやるというのはどうだろう?」


ハレルヤがそう言った。彼は相手が女なら誰にでも優しい気がしていたけど、どうやら図星ね。


「置いてあげて、お願い!!」


キットがそう嘆く。私もこんな純粋な頃があったのだろうか。


「もちろんさ、今日はこの部屋で寝るといい。俺たちは下で寝るからさ!なあ皆、戸棚や椅子や鍋さえありゃあどこでも寝れるからな」


アボカドの言葉は、一部の空気を凍らせた。


「冗談じゃねえぜ!!こんな女のために、なんたって俺たちがっ」

「黙れ、アルビ!レディーファーストという言葉を知らぬのか!」

「何だよジジイ!」


アルビとブラハムが喧嘩する前に、私は大声で叫んだ。


「よかったわ!予備の毛布が押し入れにあって!」


皆がぽかんと口を開けて私を見ている間、そそくさとドアの近くにいたクロウを通り越して、下の階段を下りていった。通り過ぎた時に、クロウの独り言が私にだけ聞こえた。


「ある国の女王が、黒檀のように黒い髪と瞳に、雪のように白い肌と、血のように赤い頬と唇を持った子供が生まれることを祈ると、本当にそういう娘が生まれたという話は、本当だったのか」


第三章


昨晩はあまり眠れなかった。初めて家に留まる事になった白雪姫に気を使って、一階の床で眠る羽目になったのだ。そして、朝が来た。いつもと違う朝が。

今日から、新しい仕事が始まる。そう、白雪姫のお世話。

まず、朝初めに朝ご飯を作る事から始めるのだけど、昨晩、白雪姫は疲れ切っているという事もあって、クロウたちが出掛ける時間帯に起き出したため、それからの仕事をこなしてもらう事にした。まずは洗濯。


「七人分の昨日着ていた作業服と下着に、シーツは毎日、顔と手を洗うときに使うミニタオルも七枚分お願いね。白雪姫」

「分かったわ。小人ちゃん」


そう返事をして、白雪姫は作業に取り掛かった。小さな声で歌いながら、楽しそうにやり始めたけれど、なんというか、遅い!私よりもはるかにゆっくりしていて、泡もそんなに立っていない。


「もっともっと早くしないと、あっという間に日が暮れちゃうわ!」


私も手伝って、(本当は洗い終わるまでに床の掃除をやりたかったのだけれど)何とか洗濯物を干すまで、お昼前に終わらせられた。


「さっき言い忘れていたけど、掛け布団とパジャマは3日に一度洗うのよ」

「なら、シーツも3日に一度にすればいいのに」


そう、彼女なりのアイデアを出した。

次は床掃除。


「椅子を外にどかして、箒で掃いた後、雑巾で拭くの」

「分かったわ。小人ちゃん」


彼女の返事の後、私はようやく、このお姫様の世話の大変さを思い知る事となった。


白雪姫は、ハアハア息を切らしながらやっとの思いというそぶりで椅子を庭まで出し終える。それから、えっちらおっちら水の入ったバケツを運ぶ時は、こぼしたりしないかとハラハラした。そして、明らかに強く絞れてない雑巾で床を拭き始めた。


「終わったわ。小人ちゃん」

「いいえ、白雪姫。まだ床に汚れが残ってるわ。それに、隅までやっていないわね」


それからというもの、私は家事を一から白雪姫に教えてあげた。床に汚れが残っていたり、お皿に汚れが残っていたりなんて中途半端な事は許さず、斧でまきを割る事が出来ないとわかると、変わりにやってあげたりもした。

私は、そんな彼女にお昼には貴重なパンを分けてあげ、仕事の厳しさを教えてあげた。


「いい事、私たちは、行き場を失って無一文のあなたを家に置いてあげているのよ。だから、それ相応の事をしてもらわなくちゃいけないの。朝早く起きて、真面目に、休憩時間以外は休まず働くのは当たり前。それから、早く、手際よく、完璧にこなすことが仕事なの。どれか一つでも欠けてたら、ここ以外の場所を探してもらうわよ」


そう、彼女に告げた。

自分でも、驚くくらい厳しい事を言った。鉱山で働いている男たちも、ここまで厳しくはなかったはずだ。前に一度、仕事を見に行った事があるけれど、結構ズボラだったような・・・。


私が彼女を邪険にする理由は、女だからだ。女は、男以上に重要な役割があるものだと、今はもうこの世にいない母から教わった。だから、今のままの彼女では、どこへ行っても苦労すると思ったからだ。でも、本当はというと、彼女が人間だからだ。人間共は私たちを邪険に扱い、自由を奪い、土地も占領した。だから、自分の家で居候する人間の女にあれこれ命令して、何が悪いというの!?


洗濯物を取り込み、畳んでしまった。シーツも敷き終わっ他頃には、休憩時間になっていた。

時間をかけて紅茶を飲んでいた白雪姫は、私に話し掛けて来た。


「ねえ、小人ちゃん。私、遊びも休みも真面目に取り組む方なの!」


私だってそうだけど。あなたの場合は遊びが九割でしょ!!

そう言いたかったけど言わなかった。彼女の口は止まらない。


「ねえ、一つ聞きたいんだけど、あなたは人生で仕事がすべてだと思うの?私は、それよりもっと大事な事があると思うの。確かに、お金や清潔な部屋や美味しい食事はなくてはならないものだけど、愛とか信頼とか、人と人との繋がりだって大切だわ」

「・・・そうね。あなたがここでみんなに信頼されて仕事も覚えれば、なおいいわ」

「いいえ、私があなたに伝えたいのは、もっと気楽にって事よ」


私は彼女の伝えたい事の意味がよく分からなかったので、今の話題を切り替えた。


「言っておくけど、私の名前は“小人”じゃなくて、“アザミ”よ。花びらに棘のあるお花の名前なの」

「まあ、花の名前なんて素敵ね小人ちゃん」


この子は、馬鹿なのかしら?


白雪姫は料理が得意みたいだけど、揚げ物は全くらしい。残念ながら今日は昨日捌いた若鶏の肉を使った唐揚げなので、彼女には、サラダを作ってもらった。

彼女がテーブルにサラダを並べているとき、丁度みんなが帰ってきた。


「やあ、今日も疲れた疲れた。と言っても、君たちだって大変だったろう」


ブラハムの一言で私の心は和み、疲れは吹き飛んだ。けど・・・


「特に白雪姫、大丈夫だったかい?本当は仕事なんてさせたくなかったんだが」


この一言で、現実の不公平さを、生まれて初めて思い知ったのだ。


「ありがとう。すぐに食事を運ぶわね」


白雪姫がそう言うと、


「無事で何よりだ。美しい人」


ハレルヤがそう、やりすぎなお世辞を言い、


「いつまでもここにいていいんだよ!!」


キットが素直な気持ちを言った。


「そうさ、ずっとここに居るといい!決まった!決まった!」


アボカドがそう案を出した。


“そんな!みんなどうしちゃったの?いつまでもここに居てもらっては困るわ。私の身にもなってよ!!”


そう叫びたかった。でも叫べなかった。

食事が終わると白雪姫は、みんなに誘われるがまま、長いスカートを翻しながら音楽に合わせて踊った。何かいい事があると、そうするのが家の伝統行事なのだけれど、私は参加しなかった。

バイオリンを弾くブラハム、太鼓を叩くアボカド、白雪姫と一緒に踊る、ハレルヤとキット、そして、ハーモニカを吹くクロウ。この前までは、私が中心で踊っていた。

ちなみに、アルビは参加していなかった。なので、椅子に座ってガーガーいびきをかいていた。いつもそうだ。椅子に座りながら寝ているか、踊る光景を見ているかのどっちかだ。まさか私まで、彼と同じ事をする日が来るだなんて・・・。なんて惨め。


「今日も唐揚げかよ」


彼はそう、ぶっきらぼうに話し掛けてきた。


「そうよ、みんなの大好物なんだからいいじゃない」


そうかい。と、返事を返した後、アルビはこう言った。


「今の立場はどうだ?小人姫」

「え!私の事?」

「そうだ!白雪姫が憎いだろう」

「何ですって。そんなこと決してないわ!」

「今にいろいろ学ぶさ」


そんな話のやり取りをした。


それから、一ヶ月の月日がたった。

白雪姫もようやく仕事に慣れ始めた。もし、私がいなくなっても、まあまあ任せられるくらいにだ。

でも、今日は、男たちの仕事がお休みの日なので、家には人が・・・じゃなくって、人が一人、小人が七人いた。

みんな、読書や二度寝、散歩に作曲、バラバラだけど好きな事をしていた。だけど、アルビはいなかった。最近、ううん、一年ほど前から、私たちが知らない場所へ行くようになったのだ。それは今でも謎だ。

私は、森へ野苺を狩りに出かけるため、バスケットを片手に取り、みんなに留守を頼出んで出掛けた。裏庭に出ると、私は驚きを隠せなかった。

そこには、白雪姫と・・・クロウがいた。もっと早くに二人が家にいない事に気付くべきだった。


「もし、僕らが盗賊だったら、君みたいな娘は酷い事をされて、売られるか、殺されているだろう。世の中そういうものだ。僕らだったからよかったんだ」


そう、クロウが白雪姫の顔を真剣に見ながら告げた。彼女も丸太に腰掛け、クロウの顔を見ながら話を聞く。


「だから、知らない人の家には勝手に入らない方がいい。状況が状況だったけどね。後、おふくろさんにも・・・女王にも気を付けてくれ。知らない奴は絶対に入れるな」

「分かりました。クロウさん、私を心配してくれてありがとう」


彼女はそう言った。そして、クロウは、私には決してしてくれなかった事を彼女にした。雪のように白い彼女の手にキスをしたのだ。

世界の時間が、停止してしまった。もし、私にもしてくれたら、どんな気持ちでしょうね。

私にはわかった。彼は、クロウは、彼女に特別な思いを寄せている。

彼は、キスされてない方の手を口に当ててクスクス笑う彼女とは違う方向を見た。私の方だった。そして、こう言った。


「何だ君か!この事はほかのみんなには話さないでくれ。からかわれるから」


私はショックと怒りのあまり、クロウに殴り掛かりそうになるのを、ぐっと抑え、地面に視線を移した。すると、この季節、家の近くに沢山咲く真っ白い花に目が留まった。その花の茎を乱暴にちぎって、クロウに投げ付けた。そして、森へ野苺を積みに出掛けた。

花の名前は、クロッカス。花言葉は、


“私を裏切らないで”


青々とした春の森の中、私は野苺を摘みながら、一人で妄想にふけっていた。


「なあ、アザミ。君が好きだ。君は地味で、清楚で、働き者で、努力家だ」

「まあ、クロウ。白雪姫に恋心を抱いていたんじゃなかったの?」

「まさか、彼女は、憎々しい人間の金持ちで、遊び人で、派手すぎる。俺があんなのに惚れたと思ったのか?」

「いいえ、まさか。愛してるわ、私のクロウ」


“これが私の理想よ。誰かさんの自由にはさせるものですか”


この時から、私の中の何かが変わってしまったのかもしれない。


第四章


「頼む。どうしても手が足りないんだ」

「だからって私も鉱山で宝石の採掘を手伝えっていうの?ブラハム」


白雪姫と一緒に過ごす事になって、一ヶ月。家事をまあまあ完璧に覚えた白雪姫を確認したみんなは、しばらくの間、家の事は白雪姫に任せようと決めたらしい。まあ、宝石が何袋か窃盗に遭ったけど・・・。


「白雪姫は大丈夫さ。彼女はああ見えて肝が据わったところがあるからね」

「あら、よくそんな事が数週間で分かったわね。ハレルヤ」


正直、家から離れるのは嫌だった。私がいない間、白雪姫がうっかり火の始末を忘れ、火事を起こすのではないかという不安もあるけど、いくら小人でも、女の私が鉱山で重たい鍬を持って、岩を削って宝石を掘り出す仕事を喜んでする訳ないじゃない。


「アザミが来たら楽しいと思うんだけどな」


キットもそう意見を出す。どうしようか五分も考え込んでいた時、


「俺も、アザミに手伝ってほしい。一人だけでもだいぶ違う」


私もみんなも、声の主を見た。なんと、滅多に意見を出さないクロウだった。それに、真剣なまなざしで、私を見ている。彼にそんな目で見つめられるのは、初めてだった。


「分かったわ。行くわ」


翌日。


「いってらっしゃい。七人の小人さんたち!」


白雪姫は普段私がするように、ハンカチを振りながら、私たちを見送った。この日、私の立場は完全に奪われてしまった。

しかし、この元気な白雪姫の姿は、この時を最後に当分見られなくなるのだった。


宝石の原石は想像してたより重かった。私はみんなの掘り出したルビーやエメラルドを荷車に乗せて、えっちらおっちら移動した。

休憩時間の時、いつも明るいアボカドの様子が変な事に気が付いた。ため息ばかりついていて、目は少し虚ろだった。


「気分でも悪いの?アボカド」


彼は、私を見ながら言った。


「最近、悪夢を見るんだ。それも、白雪姫が魔女に・・・女王に殺される夢なんだ」


その場の空気は一瞬で凍りついた。そういえば、確かあの子は実の母親に嫉妬されていた。それで、追われて、ここに逃げ込んだんだったわ。アボカドは自分の見た夢の話を続けだ。


「その夢では、何故かアザミが家に居なくて、白雪姫一人だけだったんだ。それで、白雪姫が一人で掃除をしていた時、櫛売りのお婆さんが家に来て、白雪姫の髪を透いてあげるんだ。そしたら、その櫛には毒が縫ってあって、みんなが帰ったら、白雪姫が床で倒れて死んでいた」


みんなも私も、アボカドの話を聞き入った。


「それだけじゃないんだ。今日見た夢も白雪姫が一人きりで、この前僕らが遠くから袋いっぱい手に入れてきたザクロでパイを作っていた時、今度は腰帯売りのお婆さんが来た。それから、白雪姫の腰に綺麗な腰帯を縛る時、力を入れ過ぎて、白雪姫は窒息死してしまう夢だった」


皆、顔を見合わせた。私は予知夢とか、占いにはあまり詳しくない。所詮アボカドの夢じゃない。


「アザミ!やっぱり、家に戻ってくれ!白雪姫が無事かどうか確認してくれ!」


そう叫んだのは、ハレルヤだった。

確かに、白雪姫は実の母親である女王に命を狙われている。一人で家に残すのは、確かに危険だわ。だけど、今まで何も起こらなかったし、きっとこれからも・・・。


「俺が家に戻る」


誰の声だったのかすぐに分かった。クロウだ。私は耳を疑った。


「何を言っているの?白雪姫なら大丈夫よ!私たちには、私たちの仕事があるじゃない」


そう問い詰めたけど、クロウの顔は、決意を固めたままだった。


「相手は・・・女王は、魔法の鏡を持っているそうじゃないか。なら、鏡に白雪姫の居場所を映し出す事が出来るのだと思う。それから、いつ一人になるのかも、鏡がすでに教えていた可能性だってありうる」


クロウは本当に頭がいい。つまり、女王は・・・魔女は、ずっと鏡の前で私たちを監視していたって事?


「あり得ぬ話ではない。なんせ魔法の鏡の話なら、儂も昔、祖父から聞いた事がある。相当性質の悪い悪魔が憑りついておるらしい」


最年長のブラハムがそう言うと、クロウは一刻も早く白雪姫の安否を確かめたいと再び言い張った。

けど、私は納得がいかなかった。彼女一人のために、なぜ、私たちまでが危険にさらされなければならないの?それにクロウと白雪姫を二人っきりにさせるだなんて、私は許せなかった。だから、


「私が家に戻るわ!!」


だから、私は大声で叫んだ。みんなが驚いた顔で私を見た。そんなに驚かせちゃったのかしら。何故、みんながそんな顔で私を見たのか、よく分からなかった。最年少のキットが声を出すまでは、


「アザミが、泣いてる」


そう、私の眼から、大粒の涙が零れていた。その涙の意味を、私以外のみんなも気付いていた。


「アザミ、クロウは、永遠に戻ってこない訳じゃねえんだぜ!」


余計な一言を添えたのは、アルビだった。でもいい、みんなも感づいているもの。


「愛してるわ、クロウ。私のクロウ!」


声を出すのが、精一杯だった。のに、数秒後。


「すまない、アザミ。俺には、そういう感情はない。本当にすまない」


そう、言い放たれた。


それから、何が起こったのか、あまり記憶にない。私は今、白雪姫が居候する、私たちの家へ戻る道を歩いている。確か、ハレルヤがクロウに殴り掛かろうとして、それを、アボカドとブラハムが止めて、それから私は、逃げるように家へ向かって走り去った。

家の前についた。何も異変はない。魔女が現れた痕跡すらない。けれど、誰かがドアから出て来た、きっと白雪姫ね。ちゃんと仕事をしているのかしら?それとも、庭でお花でも積むつもりかしら?けど、私はその時、何かが違う事に気付いた。

ドアから出て来た人物は、フードの付いた藍色のマントを頭からかぶっていた。それから、バスケットのような入れ物を手に持っていた。ドアを閉めると、私ですらあまり行かない森の道へ小走りで走り去っていった。

あれが、魔女?

私は我に返って、魔女の後を追った。


「待って、待ちなさい!」


観念したのか、急に足が遅くなったかと思ったら、その場に立ち止まった。そして、私の方に振り返りながら、フードを外して、口を開いた。


「まあ、あなただったの。小人女」


魔女は、美しい顔立ちをした中年の女だった。金髪を後ろに束ね、冷めた目で私を見下ろす。この女が、白雪姫の母親で、とある国の女王様なの?


「どうして、私の名前を知っているの?」

「鏡が教えてくれたのよ。あなたの仲間の事も、全部お見通しよ」


そう言いながら、魔女は、優しく微笑んだ。

美しかった。でも、白雪姫に比べれば少しだけれども、劣る。それが、この女が白雪姫を殺す理由だ。


「白雪姫に何をしたの?まさか、殺してしまったんじゃあないでしょうね」

「殺したわ。私がある道具を使ってね」

「あなたは、狂っているわ」

「あなたもいずれ、分かる時が来るでしょうよ。嫉妬深い小人女。それに、あなたの名前の花の花言葉通りの事を行うでしょうね。私には分かってしまったの。フフフフフッ」


どういう意味よ!?

気が付いたら、目の前に魔女がいなかった。きっと催眠術を掛けられたんだわ。日はまだ上っていた。まだ、そんなに時間はたっていない。


「そうよ!あの子は!」


私は家の方へ引き返した。ドアノブに手をかけ、恐る恐る中を除くと、ドアのすぐ近くで白雪姫はうつぶせに倒れていた。近くには、齧りかけの真赤なリンゴが転がっていた。


「白雪姫!起きて頂戴!さあ」


何回白雪姫の体をゆすっても、彼女は全く動かなくなってしまった。そのまま長い眠りについてしまった。


私は、昔の事を思い出した。それは、まだ母と暮らしていた時のこと。私の名前の花の花言葉は、「復讐」という意味があるらしい。


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第五章


季節は巡り、再び春が来た。今年の初めは、賑やかではなかったけれど、それなりに楽しむ事が出来た。

居候の身だった白雪姫が、魔女(または継母)にもらった毒リンゴを口にしてしまい、床で倒れていたのを発見したあの日から、半年経った。

今日、私たちは、お墓参りに来ていた。

お墓と言っても、土に大きい石碑が置いてある墓ではない。死体は、ガラス越しに見る事が出来た。そう、ガラスの棺だ。


このガラスの棺は、私の仲間のブラハムとハレルヤとクロウが、人間のガラス職人に頼み込み、ようやく作っていただいたものだ。そのために、結構宝石を積んだんだとか。


「ああ、白雪姫。すまない、儂らが力不足であったばかりに」


一番年長のブラハムが嘆き、


「美しい人、僕らはこんな事しかしてやれない。無念だ」


スマートな体系のハレルヤが呟き、


「もっと遊ぼうよ」

「もっと面白い話をしてあげたかったよ」


キットとアボカドも、続いて嘆く。


「せめて、君の今後の幸福を見届けたかった」


クロウの言葉に続き、私も、


「あっちでも元気でね。白雪姫」


私も、冷たくなった彼女に言葉を送った。あっちというのは、天国のこと。彼女は純粋だから、きっと行けたでしょう。


ちなみに、アルビは、今日この場所にいなかった。最近、一人で遠くの方へ出掛けるようになったからだ。もう帰ってこないのではとみんなで何度思った事かしら。

白雪姫の事があったため、だいぶ後になって、ハレルヤがこう打ち明けた。


「あいつは貴重なキノコを見つけに行くと、俺に言った後去って行った」


これが、最後の目撃証言。

まあ、彼は元々変わっているから、あまり気にはしなかった。

もし、彼女が魔女に殺されるなんて事態になってなかったら、みんなもっと彼を気にしていたと思う。けど、世の中“タイミング”って物が付き物でしょ。


第一発見者だった私は、出来る限りの応急処置をしたけれど、だめだった。後で駆けつけてきたみんなが来た時は、とんだ騒ぎだった。皆で慌てて、皆で介護して、皆で彼女の名前を呼んで、皆で悲しんだ。


「わあああああ」


ブラハムとハレルヤとアボカドとキットが泣き出した。あの時と同じだ。けど、私とクロウとアルビは泣かなかった。私が彼女と一緒にいた時間が長かったけど、そんなに親しくなかったし、クロウは人前で泣く正確ではない。アルビは平然としていた。


その時の事は今でも覚えている。


ガラスの棺に横たわる彼女は・・・白雪姫は、まるで眠っているようだった。肌の艶も色もそのままだし、頬の赤味まで変わりなかった。


「なんて美しいの・・・」


私ですら、小声で呟いてしまうほどだ。そうよね、白雪姫だものね。


「これは一体、どうした事なのだ!」


聞きなれない、大きい男の声が頭に響いた。誰なの?振り向くと、そこには、見覚えがある顔があった。遠い昔の記憶から、証明できる人物だった。

肩まである金髪の髪。透き通った青い瞳。端正な顔と体つき。


“王子様!?”


心の声が、そう叫んだ。


「貴殿、我々の知人がこのような若さで亡くなったので、毎日のように祈りを捧げているのです」


私が白雪姫に見とれている間に、ブラハムが王子様に跪いて説明した。


「イザナ王子、あまり見ていいものではございません」


王子様の周りには、四人の護衛らしき恰幅のいい男たちがいた。前に見た事がある、彼の白馬もいた。馬の蹄の音にさえ気付かなかったなんて・・・。


彼は、護衛たちを無視し、ガラスの棺に近付いた。みんな彼のために道を開け、王子をまじまじと見つめたけど、クロウだけが警戒心むき出しの眼をしていた。


数分後、王子様は最年長のブラハムに、こう告げた。


「ご長老。どうか、この棺を私に譲ってはくれまいか」


戸惑いを隠せないブラハムは、こう返した。


「棺だけが欲しいのか?まさか、中にいる娘も一緒になどという事はあるまいな」

「どちらも私が大切に扱おう」


そう、二人がやり取りを始めた。

本当に突然の事だったので、反論はあった。けど、話し合ってお互いの意見をちゃんと聞き合った。


「私は、王子様に引き取ってもらった方が一番いい事だと思うわ。それで、彼女が報われるならね」


そう言うと、次々と私の意見に賛成し始めた。最後にクロウが、


「俺もアザミと同じだ」


そう太い声で言った。

そして、四人も私とクロウの意見に賛成してくれた。


「ありがとう。小人の殿方。この娘は私が生涯大切にさせていただく」


彼はそう言って、深々と私たちにお辞儀をした。優雅だった。初めて見掛けた時とあまり変わっていなかった。まさか、こんな形で再開出来るだなんて、思ってもみなかった。本当・・・こんな形で・・・。


ギリギリギリリリ!


4人の護衛たちによって持ち上げられた棺は、かなり重いのか、軋む音がした。まあ、下の方は、純金が使われているから、私たち小人が想像するより重いんでしょうね。


“最後まで迷惑な白雪姫。突然私たちの元に現れて、勝手に死んで、こんな豪華な棺まで用意させて・・・”


私は死体になってもなお愛される彼女に向かって、嫉妬の念を込めて、叫んだ。


「白雪姫、あなたなんて、勝手に幸せにおなりなさい!!」


その時、予想外の事が起きた。


「ワッ!!」


なんと、護衛の男の一人が私の声に驚いて、バランスを崩したのだ。そのまま護衛の男たちは、棺を持ったまま転倒したため、棺は激しく地面に落下し、ものすごい音を出した。幸い、ガラスは割れなかった。変化が起こったのは、棺の中の白雪姫だった。

衝撃で白雪姫の頭が横に傾き、魔女に食べさせられたリンゴの欠片が口から零れ落ちたのだ。

彼女は目を覚まし、少しだけ起き上がると、私たちの方と護衛の男の顔を見てから、王子様に視線を移した。そして、優雅に微笑んだ。


第六章


私は今、暗い森を一人で歩いている。片手にランプは持っているけど、それでも薄暗い。行く当てもなく、ただただ、ある場所へ向かう。


そこは、日当たりがとてもいい場所

花が沢山咲いている場所。

もう少し進めば、隣国のお城が見える場所。

丁度今日のお昼前の時間に、私と大切な仲間たちがいた場所。


ようやく辿り着いたけど、やっぱり暗くて何もない、もちろん、誰もいない。

今日の明るい時間にこの場所で起きた事が、まるで夢のように私の頭に浮かんだ。



「わあーい!!白雪姫が生き返った!!」


キットが無邪気に喜んだため、その場にいた一同は事の事態を把握しだした。そして、王子様は白雪姫の手を取り、自分の妃になって欲しい事と、一緒にお城に来てくれるよう懇願した。彼女は一つ返事で受け入れた。


「今までありがとう!小人さんたち!私、あなたたちの事を一生忘れないわ」

「君たちは、私たちを出会わせてくれた恩人だ。礼を言う。棺の方はやはりいらぬ」


白馬にまたがる二人と、安堵の表情で二人についていく護衛たちを、私たちは見えなくなるまで見送った。


その時の彼の・・・クロウの横顔を今でも、これから一生忘れる事は出来ないかもしれない。彼の独り言を私は聞いた。


「それでいい。俺の願いが、叶ったんだ」


嘘よ。そんなの嘘。あなたの本当の望みは、そんな慈愛に満ちてなんかいない。あなたの本当の望みは、白雪姫とずっと一緒に暮らす事だったんでしょう。それから先は、想像する事なんて、出来ないわ。

そう、彼は・・・クロウは、白雪姫しか見えていない。これからもずっと、彼女の事を思い続けるでしょうね。そう感じると、ある感情が沸々と湧いてきた。収まらないくらいに。


“許せない”“許せない”“許せない”


彼女は私から、色々なものを奪っていった。自信も、誇りも、王子様も、そして、愛しのクロウも―――――。


「はあ」


今日起こった事を、いえ、白雪姫と一緒に過ごした時間を私は一生忘れないでしょう。複雑な思いを胸に夜空を見上げると、ある事に気が付いた。

今宵の月は満月のはずなのに、何故か真っ赤な色をしていた。魔女が白雪姫に盛った、毒りんごのように――――――――。


「失恋でもしたのかな?お嬢さん」


優しい声がした。私は、ブラハムかと思って振り向いた。数秒後。身を構えた。

なんと、アルビだった!

アルビは何かをくるんだ布を、赤ん坊のように抱き抱えていた。そして、不気味な笑みを浮かべていた。


「久しぶりね、アルビ。その布は何?」


私は、彼が出て行った理由を知りたかった。それだけだった。ひょっとして、貴重なキノコを見つける旅に出た話は本当なのかしら。


「ああ、これか?お前にだけ見せてやる。ブラハム共にはくれぐれも黙っといてくれよ」

「いいわ」


私は今の気分を紛らわせたくて、何の警戒なしにアルビにある物を見せてもらった。

それは、赤ん坊だった。小さかったけど、小人の赤ん坊ではなかった。もしそうだったら、もっと小さいはず。


「何があったの?人間の赤ん坊なの?」

「いいや、人間と小人の間に生まれた赤ん坊さ」


アルビは、そう即答した。


「ちなみに、俺の息子でもあるんだぜ。名前は、ハーンだ」


次の言葉に、私は驚きを隠せなかった。


「何ですって?どうしてなの?」


私の質問に、アルビは淡々と分かりやすく説明してくれた。


「俺がよく散歩する道に、古い館があってな。もう十年以上も、落ちぶれてるらしい。金があまりないんだとよ。だから俺は、その館の主の留守中、主の妻にある話を持ちかけた。俺らが今までため込んだ宝石を何袋か恵んでやる。その代わり、俺の・・・」


私は、最後まで聞けなかった。だから、“やめて!”と絶叫した。


「ああああ、なんて事をしてくれたの、アルビ」


今、顔を鏡で見たら、怒りのあまり真っ赤になっていただろう。


「今すぐ謝りに行かないと、人間に。それから、みんなに」

「嫌なこった。なんたって謝らなけりゃならねえんだ?俺は間違った事なんて、しちゃいねえ」


私は、声を出すのが精一杯だった。


「いいえ、あなたは狂ってるわ!!その子は私が引き取るから!」

「へ!お前とクロウで育てるってか?冗談じゃねえ!これは俺の名誉だ。クロウなんかに横取りされてたまるか!」

「彼に濡れ衣を着せる訳ないでしょ!アルビ、一緒に罪を償うのよ!まだ間に合うわ」

「何が罪だ!そんなんだから俺たちはいつまでたっても人間共を越えられねえのさ!」


もう、私には彼を止める事は出来ない。男という生き物の身勝手さを、また思い知った。


「悪魔!!今にとんでもない罰が当たるわ!」


そう叫び、近くにあった小枝をアルビの顔に向かって思いっきり投げつけた。見事に彼のおでこに当たったけど、アルビは顔色一つ変えず、血の繋がった息子を大事そうに抱きながら森の中に消えて行った。

これが、私と彼の最後の別れだった。アルビはそれ以来、みんなの前に戻って来る事はなかった。


“そんなんだから俺たちはいつまでたっても人間共を越えられねえのさ”


アルビの言葉が、脳裏に焼き付いて離れなかった。また一つ、忘れられない嫌な思い出が増えた。

そもそも善悪なんて・・・。どっちの道を選ぼうと、私たちは私たちにとって、いい事をすればいいのに。


“ああ、白雪姫。私やっとあなたがわかったわ。人を勝手に悪者だなんて、思ってはいけないのよね”


私はそのまま家に帰らず、今度は別の場所へ向かった。


どれくらいたったかしら?だいぶ歩いて、ようやくその場所へ辿り着く事が出来た。そこは、白雪姫の暮らすお城だ。

お城は小人の私からすれば、本当に巨大で、これでもかというくらいあった。真っ白な大理石が使われていて、門も立派だった。でも、私の体系なら簡単に柵の間をかいくぐることが出来る幅だった。小動物よけにはなってないみたいね。

ここに、あの白雪姫と王子様が暮らしているのね。毎日舞踏会を開いて、美味しい食べ物や、美しいドレスやアクセサリーに囲まれて。おまけに使用人までついて・・・。


“憎たらしい白雪姫。仕事も決して完璧ではなく、楽観的なあなたの将来をどれほど心配した事か。それが、こんな結末になるだなんて”


私はランプの明かりをかざしながら、記憶に留めて置きたくなるくらいの、豪華で立派なお城をいつまでも見つめる。すると、なんだかランプの火の所為で、お城が燃えているように見えた。


“お城が燃えている?”


ある考えが、突風のように、頭をよぎっていった。


“そうだわ!何もかも無にしてしまいたいなら、白雪姫のお城に火を付けてしまえばいいのよ!!さぞ、美しいでしょうね。王子様も、お城の人間たちも、白雪姫も無事では済まないけど、魔女に殺されるよりずっといいわ。それが、あの子の運命なんだわ。あははははははっ”


柵の中に入ろうとした時、突然、後ろから声がした。


「彼女に何をする気だ!」


驚いて振り向くと、目を疑った。そこにいたのは、アルビではなかった。お城の衛兵でもなかった。クロウだったのだ。


「そんな、クロウ、なぜここに?ずっと後を付けてきたの?」

「お前こそ、何でこんな所まで来た!?何を考えてたんだ?」


クロウの顔は、私へ敵意を剥き出しにしていた。私が白雪姫に危害を加えようとしたと思ったのかしら?その通りよ!だって、恨めしいんですもの!

クロウは話を続ける。


「ただでさえ、魔女がまた彼女を狙わないかどうか、不安だった。なのに、君が・・・」


耐えられなかった。だから、全てを白状した。


「そうよ!白雪姫のお城なんて、燃えてしまえばいいと思ったわ。でも、そんな事出来る訳ないじゃない。だって、大理石で出来ているんですもの!後、あなたには関係ないわ。これは私と彼女の問題よ」

「ああ、そうかい。アザミ、君は、姿も心も醜いな」


そのとたん、私の中の何かが壊れてしまった。


“もうお終い” “もうお終い” “もうお終い”


「やっぱりあなたは、人間の金持ちの女が目当てだったのね。アルビと大して変わらないのね」


私はクロウに言い放ち、複雑な表情を浮かべる彼の顔めがけ、ランプを投げた。


「ぐあああっ」


ランプのガラスは割れた。蝋燭の蝋がクロウの顔に貼りついて、あっという間に顔の一部を燃やしてしまった。


“あああああ、クロウ、愛しのクロウ!ごめんなさい!ごめんなさい!!!!!”


私は夢中で暗い森の中へ走って行った。家に帰る方向ではなかった。ただただ、彷徨い走る。暗い森の中を走り続けた。これは、悪夢ではなく、現実だ。


“悪夢なら、冷めて!冷めて!”


そう心の中で叫びながら、私は走り続けた。そして、自分のしようとしていた事を恥じた。もしも、私が成し遂げていたら、皆がこの事を知ったら、どうなっていたのかしら。


「ああ、何という事じゃ。アザミが、あのアザミがそんな小人じゃったとは」

「可愛い人。それから、恐ろしい人。もう、前のようには接せない」

「アザミのバカ!!大っ嫌いだ!」

「彼女の幸せを何故、祝福する事が出来なかった!何故なんだー!」


当然、ブラハムとハレルヤとキットとアボカドには失望されてしまっていた。私は身勝手、みんなの気持ちが分からない傲慢な小人の少女。


「ほら、言っといただろ!今にいろいろ学ぶってよ」

「さよならだ。アザミ」


最後に、アルビとクロウが、遠くの世界へ行ってしまう姿も浮かび上がった。


いいの、何もかもお終いよ!闇よ!さあ!私を飲み込んで頂戴。私は闇に話し掛けた。すると、闇も私に応えてくれた。


「よいぞ!女の子!私と共に行こう」


え?誰なの!


すると、目の前は森の闇よりさらに深い闇に代わっていった。そして、闇の中から、影の男が現れた。体系は人間の男と同じだった。


「俺は、偉大なる悪魔サタンだ。お前の心の声は、以前から聞いている。女王と白雪姫の様子を監視していた時もだ」


影の男が、そう話し掛けてきた。白雪姫を監視?


「あなたは、魔法の鏡なの?白雪姫が女王に殺されるきっかけとなった」

「そうだ。見よ!あれを」


突如、後ろの方から真っ赤な明かりが生まれた。振り返ると、そこには真っ赤に燃える白雪姫のお城が見えた。

お城の頂上まで炎は爛々と燃えていて、どうしようもない状態だった。まるで、地獄の一部が姿を現したよう。中にいる人間たちは多分・・・。まさか、こいつが!


「俺ではない。お前の嫉妬の念が、城に火を付けたのさ。恐ろしい。女は人間も小人もやはり恐ろしいな」

「そんな・・・嘘よ!!!」


私は泣き叫んだ。けど、どんなに泣いても、お城の火が消える事はなかった。


ピカッ!!


激しい稲妻が光り、森に邪悪な明かりを放つ。私の嫉妬が、稲妻となってお城に落ちたっていうの!?


「アザミよ。お前はもう後には引き返せん。永遠に我々の仲間だ」


悪魔はそう言って両手を広げると、私の体に稲妻が落ちた。でも、死ななかった。代わりに、私の体は少しずつ変化を遂げた。背中からは、真っ赤な蝙蝠の羽が生え、服は真っ黒なロングドレスになった。


フワッ


羽を広げると、空を飛ぶ事も出来た。

私は恐怖で泣きながら、もう一度、業火に包まれる白雪姫のお城を見た。

私は悪魔になってしまった。人でも、小人でもないおぞましい生物に。こんなの嫌!私はそのまま、影の男から離れ、さらに森の奥深くに飛んでいった。


「逃げるのか?哀れな娘よ」


影の男の・・・いえ、悪魔の声なんて無視して、赤く燃える月に向かって飛び続けた。


“闇よ!早く私を殺して!!”


第七章


「いやあ、よかった!!ようやく目を覚ましてくれた」


目の前には、満面の笑みを浮かべる髭面の大男がいた。人間だった。辺りを見回すと、私は清潔な人間サイズのベッドの上に寝かされている事が分かった。


「待っててくれよ!あいつらに知らせてくるよ」


大男はドアを開け、部屋から出ていった。ここは誰の家?ふと、人間サイズのタンスの近くの壁に掛けられた鏡に気が付いた。


「嫌よ!連れて行かないで!私はまだ、小人のままでいたい!」


そう叫ぶと、再びドアが開いた。私は目を疑った。なんと、中年の小人の女性だった。


「可哀想に、よほど何かあったんだね。安心おし、この家には小人があと二人いるんだ」


そう、私に話し掛けてくれた。


「ここに居ていいの?」


そう、声を振り絞ると、


「ああいいとも、ちなみにもう二人の小人も女性だよ」


そう答えてくれた。そして、私はある事を思い出した。


「そうよ。お城は?お城は焼けてしまったの?」


そう聞くと、彼女は不思議そうにこう答えた。


「イザナ王子様の暮らすお城なら、いつも通り立派に建ってたわよ。さっき外に出た時見たもの。ここからだとすごく小っちゃく見えるけど」


そう・・・じゃあ、あれは夢だったのね。

安心した後、再び眠りについた。


十日後。


私は、この家での仕事を、完璧にこなせるまでになった。人間の樵の男とも、三人の女性の小人とも打ち解けた。


「アザミは何でも完璧に出来るのね。ホント嬉しいし、助かるわ」

「いいえ、ハーモの歌声と人懐こさには負けるわ」

「アザミは刺繍が上手ね。器用なのね」

「いいえ、フローラの方がずっと上手いわ。最初見た時びっくりしたわ。今度教えて頂戴」

「アザミに会えてよかったよ。まるで、私の娘のようだ」

「いいえ、ミランダさん。私は、いい娘ではないわ」


私は、前ほど傲慢ではなくなった。女に囲まれた生活は初めてだけど、相手のいい所を見つけ、お互い褒め合いながら、今を楽しく過ごしている。


しばらくして、私は白雪姫との出会いを四人に話す事になった。継母に殺されかけ、家を離れた時に、家に上がり込んでいた彼女をしばらく匿った事と、彼女は楽観的で家事はまあまあ出来る方であった事。魔女に出会った後、白雪姫が死んでいた事。生き返り、隣国のお城で暮らす事になってしまった事。片思いの相手が白雪姫に心を奪われてしまった事。ショックのあまり夜中に家を抜け出し、森をさまよった末、ここに辿り着いた事を。

でも、白雪姫のお城に火を付けようとした事と、悪魔に出会った事だけは言わなかった。

何故、話す事になったのかというと、白雪姫の物語があっちらこちらの国で知れ渡り、樵のダンさんの耳にも入ったからだ。

私が白雪姫に出会ったという告白に、みんな驚きを隠せない様子だったけど、かれこれ彼女の話を聞きたがった。

私が話し終わって、みんなで飲んでたカモミールティーがなくなりかけた頃、


「本当にロマンチックよね。私の王子様はいつ迎えに来てくれるのかしらね」

「おいおい、ミランダ。そんな運が回ってきたのは白雪姫だったからだよ。なあ、皆」

「何だって。そうやってダンはいつも私を年寄り扱いするんだから」

「私は、男は嫌いだから、よく分からないわ」

「何だってハーモ。あんたは年頃の娘じゃないかい」


そんな、ミランダとダンとハーモの会話を、私とフローラはクスクス笑った。

幸せだった。


そう、私は新しい仲間に出会ったのだ。

ミランダは、ふくよかな体系が特徴の、中年の女性の小人だ。優しくて、愛想良く、みんなのリーダー的存在。

ハーモは、とても明るくて、会話上手で、歌がとても上手い。でも、男に興味がないらしい。

フローラは、世界中の小人の女性の中でも、一、二を争う程の美貌の持ち主ね。金髪に緑色の瞳が印象的で、料理も美味しく、踊りも上手だ。特に凄いのが、刺繍だった。ハーモとは正反対で、大人しい性格。

人間の男のダンは、もう長くミランダたちと一緒に過ごしていて、この家で唯一の男と言ってもいい。最初は警戒したけど、彼の優しさと気さくさを知り、何とか慣れる事が出来た。


そんなある日。


ダンとハーモが、家からそんなに離れていない人間の町で買い物に行った時、良くない噂を耳にしたらしい。あの白雪姫が魔女であり、母親でもある女王に復讐を遂げたというのだ。

なんでも、毒林檎で殺そうとした魔女である女王を、一昨日、正式に行われた結婚式に招き、真っ赤に焼けた鉄の靴を履かせ、踊り死にさせたというのだ。

私は、人間という生き物の残酷さを知ったと同時に、自分の無力さも学んだ。何故か、笑いが込み上げてきた。私一人だけだったら、きっと笑っていたでしょう。

結局、私たち小人は最後まで、彼女を守りきる事も、魔女である女王と戦う事も出来なかった。すべては、お城の人間たちのおかげ。その上、私は、悪になる事さえ出来なかったのだ。


白雪姫の行った裁きを、悪だと決めつけた訳じゃない。彼女は、自分の正義を貫いたのだわ。


「人間も小人も、同じ“人”よ。悪い面もあれば、善い面もあるのよ。完全な悪は存在しないの。だからって、完全な善も存在しないのよ」


ミランダはそう私に行った。丁度、家の裏の畑で、ニンジンとセロリを収穫していた時の事だった。


「そうね。ミランダさん。世界は広いのね」


そんな時。


「ミランダ!アザミちゃん!大変だ!」


ダンさんが大慌てで現れた。いつもダンさんは、森で木を倒しに朝早くから家を出る。夕方頃家に帰ってくるけど、今はまだ、午前中だ。


「落ち着いて聞いてくれよ。森で若い男の小人が倒れてたんだ」

「何ですって!」


ミランダと私は、同時に叫んでしまった。ブラハムたちの事をすっかり忘れていた。きっとみんな、私を心配して・・・・


「今、フローラが懸命に看病している。ハーモは丁度運悪く切らしてた薬草を摘みに行っているところだ。そいつは・・・」


私は、ダンさんが次の言葉を言った瞬間、大急ぎで家の中へ入っていった。だって、こう言ったんですもの!


「そいつは、顔に酷い火傷を負っていた。後、茶色い帽子にカラスの羽を一枚指してたぜ!」


クロウ!

家に入ると、フローラが一つの部屋のドアから出て来た。


「アザミ!彼なら大丈夫よ。今はまだ寝ているわ。後は、怪我の手当てに必要な薬草がいるだけ、今、ハーモが森に採りに行っているわ」

「・・・そう」


私は、そのまま裏の畑に戻った。とてもクロウに会う気になれなかったからだ。


クロウもダンたちの家に来て二日後。フローラによると、彼は会話が出来るまでに回復したようだ。長い間森を彷徨っていたらしい。ダンさんが、私と彼の安否をブラハム達に報告してくれる事になった。本当にありがたかった。彼は、若い頃、森中を旅していた。だから、みんなの働く鉱山の場所を知っていた。凄い奇跡ね。

今の仲間と昔の仲間が合流し、ひょっとしたら、一緒に暮らせる日は、そう遠くない。


朝日が顔を出す前に、ダンさんをミランダたちと一緒に見送った後、フローラに話し掛けられた。


「ねえ、アザミ。あなたは、クロウの事が嫌いなの?」

「どうして?」

「だって、ずっと避けてるじゃない。前からそうなの?」

「いいえ、会わせる顔がないだけよ。彼を森に彷徨わせたのは、私だもの。クロウの事は好きよ」


私は、つい口に出してしまった。

フローラは、そんな私を優雅に見つめて、こう言った。


「私も、彼が好きよ」

「え!そうなの?」

「ええ、看病しているうちにね」


この時の私は、白雪姫に抱く程の嫉妬心は持たなかった。

そうよね。クロウはクールでミステリアスだもの、小人の女の子にモテるわよね。


「ねえ、そろそろ会ってみればいいじゃない。一緒に暮らしてたんでしょ」


フローラはそう、私にアドバイスし、家の中に戻っていった。


そして、その日の夕方。私はクロウの部屋を訪れた。お見舞いとして。

そして、謝るために。


クロウが私を恨んでいない事が、彼の表情で分かった。


「やあ、ホント、久しぶりだな。アザミ」


これまで色々あったけど、これからも私たち小人は、みんなで協力し合って生きていくのだ。そう思うだけで、どんなつらい試練も乗り越えられる気がする。私は、それだけで幸せだったのだわ。

“終わりのない物語はない”って、どこかの本が教えてくれたけれど、その終わりまでの道のりは想像するより長い。それが人生というものなのかもしれない。


⚘おわり⚘

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小人姫と白雪姫 綺羅イノル @neinei

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