火山、大きい、菓子
ずうっと昔からこの世界には神様がおりました。神様はいつも空から世界を眺めていましたが、眺めることに飽きた神様は地上に降りてきました。そして神様は色んな物を造っていきました。人々に綺麗な音色を届けることができる大きな大きなオルゴール。一年中綺麗な花が見れる花畑、とても高い建物が立ち並ぶ街……。そんな神様に人々は困惑しましたが、神様は色んな物を造りました。ある日、神様は最後に不思議な本を沢山作りました。その本の文字はとても不思議で、この世界にある全ての言語を習得していても読めない人もいる一方で、文字が全く読み書きできなくても読める人もいます。その文字を読める人が読み上げれば、不思議な力を使えるようになるという魔法の本です。神様は最後にこれを造ってどこかへ消えてしまいました。
「……きっと神様は今でも私達のことを見守ってくださっています」
アウインは最後のページを読み上げて、ぱたんと絵本を閉じる。絵本の読み聞かせは無事成功だったらしく、目の前の子供たちは興味津々でこちらを見ていた。その中で一人の男の子が手を挙げる。
「ねぇねぇ、神様が大きなお風呂に入りたかったから火山のてっぺんに大きなくぼみを作って温泉にしたってほんとう?」
「うーん。その話は初めて聞いたけど、やりかねないよね」
アウインの言葉で質問した男の子が少し目を輝かせた。
「わたしは神様が甘いお菓子を食べたかったから、綿あめの雲を作ったってきいた!」
「ぼくのおばあちゃんが、暇つぶしにおばあちゃんとトランプして、おばあちゃんが勝ったって言ってたよ!」
一人言い始めたら、あとは私も僕もと次々に神様にまつわる逸話を言い始める。その逸話言い合い合戦が頂点に達したところでアウインがパンと手を叩いた。
「みんなそこまで! 今日もお菓子を持ってきたから食べたい人?」
アウインの言葉が言い終わるか言い終わらないかの所で、子供たちが今度は我先にと手を挙げる。
「じゃあ、欲しい人は一列に並んでねー。ほら、そこっ。割り込みはしないの」
きゃいきゃいと騒ぎながら、段々と一列に並び始めた子供たちにアウインは持ってきた飴玉を一つずつ渡していく。
アウインは元気な子供たちを見て、少し目を細めた。ここは孤児院である。そしてここにいる彼らはつまり、親が居ないということで。でもその事を憐れむということは楽しそうに過ごしている彼らに対して失礼であろう。きっとそれは彼らも望んでいないし、アウイン自身が彼らと同じ立場でも望まない。だからアウインにできることは彼らにもっと楽しんでもらうことだと思うのだ。
そんなことを考えつつ、十数人ほどいた子供たち全員に飴玉を配り終えたとき、部屋に少し目の下に隈ができている男性が入ってきた。
「アウインさん、いつもありがとうございます」
「いやいや、子供たちも元気いっぱいで一緒に遊んでて楽しいですよ」
孤児院の職員である彼は、それはよかったと微笑む。
「よかったら、お帰りになる前にコーヒーでもどうですか?」
「いいんですか?」
アウインの言葉に彼は勿論、と頷いた。
「じゃあ、隣の部屋にでも行きましょうか」
そう言って彼は一足先に隣の部屋へと移動する。アウインも子供たちにバイバイと手を振ってから、彼に付いていった。
**
隣の部屋に一歩入ると、部屋に染みついているコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。この部屋は事務室なのだろう、いくつかの机が並べられており、その上には雑多に書類が積まれている。
「汚くてすみませんね。今忙しい時期でして」
彼の言葉にアウインは気にしていないと首を横に振る。
「そっちのソファにおかけになってください。今コーヒーとお菓子をお持ちしますんで」
「ありがとうございます」
ソファは向かい合わせに二つ設置されており、二つの間に机が置かれている。アウインは二つのうち、扉に近い方に腰かけた。
奥の方でコーヒーを淹れているのだろう、お湯を注ぐ音が聞こえてくる。
「いつも依頼を受けてくださって本当にありがとうございます。子どもたちもアウインさんが色んな話をしてくれたり、魔法を見せてもらうのを楽しみにしているようで」
「いえいえ、こちらこそいつもご依頼してくださってありがとうございます」
この世界で魔法使いが魔法使いとして生きようと思えば、彼らのための場所――ギルドに来る依頼をこなして生計を立てるのが普通だ。勿論、魔法使いではあるが農家をしたり、店を経営して生計を立てている人も居る。しかし、魔法を使って生計を立てたい人はほとんど前者の方法を取っている。アウインもそんな人々のうちの一人で、今回孤児院で絵本の読み聞かせをしていたのは、それがギルドに来た依頼だからである。
しばらく待っていると、今回の依頼人である孤児院の職員がコーヒーとクッキーをトレイに乗せてやってきた。彼は一か月に一度の頻度で、ギルドに子供たちの世話を依頼するのだ。
「お待たせしました」
そう言ってアウインの目の前に置かれるのは仄かに白い湯気が立つブラックコーヒー。そして白いミルクピッチャーに入れられたミルク、瓶に入れられた角砂糖、最後にジャムクッキー。
「ありがとうございます」
アウインは軽く一礼して、シュガートングを使って瓶から一つ、二つ角砂糖を入れる。そして最後にミルクピッチャーを傾けてミルクを全部注いでしまう。味覚が子供とはよく言われるのだが、これが個人的に一番おいしくコーヒーを飲む方法なのだから仕方がない。
「それにしても」アウインは一口だけコーヒーを飲み、向かいに座ってブラックコーヒーを飲む彼に話しかける。「大丈夫ですか? 目の下の隈がすごいですが」
確か先月来た時はこんな隈は無かったはずである。彼はこれですか、と目の下を触って苦笑した。
「最近、少し野暮用で忙しくてですね……。ちょっと仕事が溜まっているだけなので気にしないでください」
「そうなんですね。私に手伝えることなら何なりと言ってくださいね!」
「ありがとうございます」
アウインは用意されたクッキーにも手を伸ばし、一口齧る。
「おいしい!」
「それは、行きつけのパン屋の新作だそうで。試しに食べてみたら美味しかったので、買ってきたんですよ」
彼の話に相槌を打ちつつ、コーヒーを飲む。
「前々から気になってたんですけど」彼はそう前置きした。「アウインさんは魔法に対してどう思ってます?」
「どう……とは?」
質問がはっきりしていなくて、答えにくい。
「ああ、いや、ちょっと気になっただけなのでそんな深い意味はないんですけど。僕らから見れば魔法の存在そのものが不思議で。何もない所から何かを生み出すんですから、ちょっと……怖いなって。いや、これはアウインさんが悪いとかそういうのじゃなくて、ただの僕自身の感想ですよ?」
彼は手を振りながら必死に弁明する。アウインはその様子に苦笑しながら答えた。
「魔法って別にすごいことはできないんですよ。ちょっと生活が便利になるくらいで。本当にちょっとしたことしかできないんです。使い勝手がいい魔法ばかりではないですしね。だから、別に怖いとは思わないですね。でもたまに、もし自分が魔法使いじゃなかったら……って考えることはありますよ」
アウインはコーヒーを一口飲む。砂糖で中和しきることができなかったコーヒーの苦みが口に広がる。
「もしこの本に出会ってなければ、私は家族と離れて一人暮らしすることもなかったでしょう。私の村では基本的に女性は二十前後で結婚しますから……今頃結婚相手を探しているかもしれません。もしかすると、この魔法の本に出会わなかった私は結婚しているかもしれません。数年経って子供が生まれたら家庭はより賑やかになって、時には夫婦喧嘩もしたりして……。そんな人生を考えることもあります」
アウインは少し目を細めながら語った。彼女自身が脳内で何度も、何度も繰り返した妄想を幸せそうに。しかし、彼女は笑って言う。
「でも。きっと魔法の本に出会わなかった私は、今私が手に入れているわくわくとした気持ちや充実感を一生手に入れることができません。そう考えると私は魔法使いとしての生き方を選んでよかったと思いますよ」
目の前に座る彼は、その言葉に幾度か目を瞬かせて。そして微笑んだ。
「そうですか……。すみません、変なことを訊いて」
「いえいえ。私こそ少し長話をしすぎましたね。コーヒーもクッキーも美味しかったです」
アウインは空になったマグカップを机に置く。それに合わせ、彼もマグカップを机に置いて立ち上がった。
「玄関までですが、お見送りしますよ」
「ありがとうございます」
アウインは立ち上がり、彼についていく。
外に出る頃には陽はもう沈みかけていて、空が赤銅色に染まっていた。
お題小説 雨乃時雨 @ameshigure
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