エンディングフェイズ:大ウソつきの獣

 あれから、少しの時が流れた。オリヴィエは重症のまま、私が病院に担ぎ込み、何とか一命をとりとめた。壊れた街並みは、一夜にしてもとに戻り、何事もなかったかのように処理されていた。

 あとあと、英国諜報員を名乗る人物から聞いた話によると、教会地下で、複数の死体が発見されたそうだ。おそらくはオリヴィエが殺したものであろうが、その事実も、強盗による襲撃ということで収束している。

 結局のところ、何事も起こらないように処理されていることを考えると、少し残念に思う。平和なのはいいことだが、その裏でより大きな暗闇が潜んでいるとなると、いつも通りに日常を過ごす気が滅入るというものだ。


 そういえば、エルフの心臓を撃ち抜いたとき、拳の下にはとあるカードが埋もれていた。裏面こそ、私が持っているものと遜色はなかったが、表面の絵柄はやはり少し違っていた。悪魔なのか、山羊なのか蠍なのかわからない絵で、意味は理解できない。だが、手放すのは少し惜しい気がして、合計3枚とも、私が保管している。


 オリヴィエに関してだが、あの後、正式に教会に所属する羽目になったそうだ。どうやら、尻拭いと罪滅ぼしを兼ねて、かなりの長い間労働を強いられるらしい。


 結局のところ、何も変わらなかったということだが、今回の事件において再認識したことはあった。それは、『あんな化け物にはなりたくない』ということだ。

 自らの衝動に突き動かされ、理性を失い、過ちを犯す。そんな存在にはなりたくない。まぁ、そういった思いが、私を元の日常に戻してくれたのかもしれないが、その目印となってくれたのは、今目の前にあるような他愛もない日常風景なのだろう。


 今日は、ベッキーの誕生パーティということで、酒場を閉め、互いに笑い合っている。ベッキーの父親であるレジナルドがすべて費用を出してくれているため、特に困ることはないが、久しぶりに、下宿先の酒場で飲んだため、少し緊張する。

 一応は、私も気を利かせて、ウォルタット経由でプレゼントを、彼からということで渡しておいたが、まさか、「お前はプレゼントどうした」などと聞かれるとは思わなかった。

 忘れたので、あとで渡すと言いつつ、誤魔化したときの、レジナルドのあきれ顔は忘れられない。


 そんなこんなで、いつもよりゆっくりと赤ワインを口にしていると、顔が少しほてってるメイソンが近づいてきた。酒が弱いのに良く飲む、と感心しつつ、相手を気遣いながら対応する。

 「どうしたんだ? 寂しくなったのか?」

 「え? いや、そうじゃなくてさ……」

 「だったら、どうしてこっちに来たんだよ。あっちで楽しく飲み食いしてればいいのにさ」


 そういいつつ、酒場の中心でどんちゃん騒ぎしている連中を横目で見る。一番端っこで、一人で飲んでいるこちらと比べて、喧騒の差は激しい。

 「いや、話疲れたからぼくもこっちでいいよ」

 「そっか……。で、本音は?」

 「うぅ……。キミに依頼を頼みたくて……」

 「依頼? 内容を聞いてから決めてもいい?」


 何か、嫌な予感はするが、とりあえずは聞いてみよう。そういった好奇心だったのかもしれない。もちろん、聞いてから後悔する羽目になるとは思わなかったが。

 「人を探してほしいだ」

 「人探し? 探偵に頼めばいいのに、なんでまた……」

 「頼んでは見たんだけど、みんな数日後に前金含めて全てを返してくるんだ。これは何かあるかなって思ってさ。そうしたら、頼める人なんて限られるだろ?」

 「まぁ、そうだな。で、誰を探してほしいの?」

 「写真とかはないんだけどね。『エルフ』っていう少女なんだ。キミも会ったことがあるだろう。彼女、少し前から行方不明らしくてさ……僕も気になることがまだあったんだ」


 一瞬、私はどう返答していいのかわからなくなり、口が止まってしまう。事実そうだ。「私が殺した」などといった返答をして幻滅はさせたくない。事情を説明したところでわかってもらえるかは皆無だ。それ以前に、彼は裏の業界に精通しているわけではない。

 知ったことで、彼の身に危険が及ぶことはなるべく避けるべきだ。

 「あぁ、彼女のことね。知ってるわよ……。母国に帰ったって聞いたわよ」


 表情を変えずに、ただ、心を無にして……。彼に嘘をついていることに、心のどこかで罪悪感を抱きつつ、それをしまい込む。いくら棘が突き刺さろうと、それで救われてくれるならばそれでいい。

 「そっか……残念だなぁ、お別れの挨拶も言えないなんて……」

 「挨拶? 必要なの?」

 「必要だよ。だって、会うのが最後かもしれないだろ?」

 「そうもんなのかねぇ……」


 正直に言って、今の今まで気にしたことはなかった。なぜなら、同じ土地を訪れても、その時には当時生きていた人間はみな死んでいたのだから……。生きているのは人外の連中ばかりで、そういうものとは挨拶を交わしたことすらなかった。

 だから、彼が言ったことは、このときの私は少し理解できなかった。


 それが少し恥ずかしくて、「そういうものだよ」と笑顔で返してくるメイソンから思わず顔をそらしつつ、手に持っていたお酒を一気に口に入れる。

 それを紛らわすように、絡み酒を装ってベッキーに嫌がらせを始める。それを皮切りに、また再び酒場に活気が戻っていく。

 私はこんな平凡な日常が大好きだった。たとえそれが刹那的なものであったとしても———


 きっと、私は大ウソつきなのだろう。でも今だけはそれでいいと思う。



 夜は明けていく。それは、霧で覆われた街並みを晴らすように—————

 明るく照らされていく町は影を作り出し、そしてまた闇が生まれる。その境目で、私は生きている。


 時間がたてば、また日が沈み始める。

 それは自然の摂理—————

 だからこの短い日常はその幕間でしかないのだろう。故に、また再び幕が上がることがある。第一幕で閉じたカーテンをこじ開ける者が必ず現れる。

 私はそれを理解した上で、大ウソつきダブルクロスを演じ続ける。

この壊れた舞台せかいの上で……

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クロノワール・シャンゼリゼ~美しき神秘の世界~ 干ししいたけ @kawaitakinoko

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