食べ盛りの2人
木々 たまき
食べ盛りの2人
雨!雨!雨!
雨は嫌い!!
まず、洗濯物が乾かない!
ジメジメしてヘアスタイルが決まらない!
それと、駅まで歩く時にぬれるのが最悪!
「くそーっ!どうしてこんな大切な日に限って雨なんだ〜っ!!」
私、
なぜかこの歳になっても彼氏がおらず、気づけば足腰が弱くなっていた。
さすがにヤバイと分かっているけど、仕事が忙しいのもあって、出会いなんかゼロ!
「今は…ていうか今日は、恋愛より仕事スイッチONじゃないと!」
そう、今日は重要な会議で私がプレゼンを務めるのだ。
頑張らなくちゃ、そう思って地下鉄に乗り込んだ。
「今日は絶対遅刻しちゃダメだから、いつもより1本早い電車に……。」
ガシッ。
予定を立てていると、なにかが私の足をつかんだ。
え?なに?!なに?!?!
頭が真っ白になる。幽霊か!?とか、殺される!?とか色んな考えがポンポン出てくる。
「キャッ!!!」
久しぶりに女の子らしい声を出した。
まだ私こんな声出るじゃん!
「……ご飯」
足元からしわしわの声がする。
「………は?」
「ご飯ありますか」
私の足をつかんだ手の持ち主を見ると、そこには今にも死んじゃいそうな男の人がいた。
.
.
.
「しっかり!つかまって…!ください…よ!」
「すんません……。ありがとう…。」
「あーっ!しゃべらないで!!しゃべると振動が背中に伝わって…!!ふん!!力が入りづらい!!うんとこしょっっ!!」
私、アラサー。
今日は大切な会議。
今、来ている電車に乗らないと遅刻確実。
私、アラサー。
ただいま、死にかけの20代男性をおんぶして、家に向かっております。
「うっ…!!男の人にしては軽いけど、私には重い!!ぐはっ!!」
もうすぐ30になる女の弱った足腰に、それは重すぎ。
壁に手をつけて、1歩1歩をカタツムリ並の速度で歩かないとなかなか動けない。
やっとのこさ駅を出て、ここから徒歩五分のとこにある家まで歩かなきゃいけない。
こんなことなら、普段から運動しとけばよかった…!!
「ぜえはあ…。うぐっ…。」
ものすごい汗。いや、雨?
とりあえずお化粧はグチャグチャ。
もう会議には間に合わなそう。
ピロロロロ♪
携帯の着信音。
これはまさか…
「げっ!!!!」
まさかのまさか、会社からの連絡。
「す、すみません!これ…はあはあ。この電話に出て、私は駅で倒れて、今あなたが看病してくれているってことに…はあはあ。そういう設定で話してください!!…は、話せますか!?」
「了解です…。」
「お願いしますっ……!!」
「もしもし、私は
(なにこいつ…。ふつうにしゃべれるじゃん!!)
私はやっぱり雨の日は嫌い、と、思った。
.
.
「はあぁぁぁーっ!ここです!降りてください!!はやくっはやく!!」
ドサッと、タケナカを降ろす。
「ここが私の家です!はやく、中に入って!」
アパートに高い身長の割にはガリガリの男性を押し込む。
「……で。」
「はい。」
「何が食べたいんですか?リクエストは?」
私はテーブルの前にタケナカを座らせる。
タケナカはTVを勝手につけはじめた。
なんじゃこいつ。
ムカつくやつ!
「あのぉ、できれば…なんですけど。」
タケナカ、口を開く。
顔は悪くない。むしろ、いい方か…?
「豆腐の味噌汁と、焼き魚と、温かくてフワフワのご飯、それとプラス1品お願いできますか。」
―…注文が多い!!!
私は目の前の男にイラつく。
と、同時に
やってやろうじゃないの!
と、意味のわからない闘争心を燃やす。
「了解。そこで適当にくつろいでてください!」
一人暮らし歴約10年の私をなめるな!
私は台所にたった。
まずご飯を炊く。
水は少し多めにして、柔らかいご飯にする。
ご飯を炊いている間に、焼き魚の準備をする。
冷蔵庫にある中でも、1番脂の乗った、新鮮なやつを選んでやる。
私って優しい!
ぜいごという尾からえらにかけてある硬いトゲのようなウロコもとる。
内蔵を出して、流水で洗う。
下ごしらえはカンペキ!
さっそく魚を焼く!
魚のうまみを逃さないように、最初に強火で一気に加熱する!
次に火を弱めて中まで火を通す!
ジュワジュワと、油がでてきて、魚が焼けていく。
「いい匂い。」
タケナカがテレビを見ながらつぶやく。
そうでしょ!と、私も心で返事する。
冷蔵庫の中にあったダシを使って味噌汁を作る。
手の上で豆腐を切って、ワカメをちょうどいいサイズにカットする。
タケナカはガリガリ。
だから、栄養たっぷりのキノコも入れる。
合せ味噌を箸でとく。
ダシに味噌がジワッと広がる。
「脳みそみたい。」
広がった味噌の模様を見て、私がつぶやくと
「わかる。」
とタケナカがつぶやいた。
よし、これであとは待つだけ。
タケナカの言っていた[プラス1品]は何にしよう。
私は、冷蔵庫を見る。
もうすぐ賞味期限切れのジャガイモ。
セール中で安く買えたニンジン。
奥の方で忘れられたタマネギ。
そろそろ食べないとヤバイ牛肉。
これで男の人が好きそうな料理といえば
―――…肉じゃが!
私は大急ぎで肉を切る。
5センチぐらいに切って、醤油と砂糖をからめる。
ジャガイモとニンジン、タマネギも次々に切る。
ジャガイモは水にさらす。
ピーっという音で、ごはんが炊きあがる。
次に魚も焼けたみたい。
鍋に油を引いて野菜たちを炒める。
肉も入れて、更にいためる。
水を加えて煮る。
あくを取る。
めんどくさい…ほんとにめんどくさい。
知らない男の人に、料理を作るなんてめんどくさい。
だけど、だけど。
久しぶりに誰かに料理を振る舞うのは、少しだけ、ほんの少しだけ楽しい。
落としぶたをして煮る。
私はぬらしたキッチンペーパーを落としぶたにする。こうすることで、味が付きやすくなる。
少し蒸らして、お皿に盛り付ける。
ふかふかほかほかの出来立てごはんは、猫のお茶碗に。
脂の乗った美味しそうな焼き魚は、白いお皿に。
栄養たっぷりのお味噌汁は、カモメの器に。
そして、余り物で出来た肉じゃがは、犬の入れ物に。
お箸はピンク色。
ランチョマットの上に、即席朝ごはんをのせる。
「どうぞ!」
タケナカは、TVを消して、料理を見つめる。
「おいしそ。」
「もちろん。即席だけど、美味しいですよ。」
タケナカはぐうと、お腹を鳴らしてお箸を持った。
フワフワで柔らかいごはんをほおばる。
お米の甘い匂いが食欲をそそる。
タケナカはゆっくりゆっくりお米をかむ。
「うん。」
タケナカは次に焼き魚にお箸を入れる。
身がぷりぷりして、ジューシーな魚の骨をとり、口にする。
なんだかこっちがお腹が空いてくる。
「実は俺、大切な仕事をまかされたんですけど、ダメになっちゃって。」
タケナカは語り出した。
「それで、もう意欲なくして。」
タケナカはご飯の上に魚を乗っけて、おいしそうに食べる。
「何日も食べてなくて。ずっと街をブラブラしてて。」
タケナカは味噌汁をすする。
キノコを見つける。
キノコを噛むとキュッ という弾力のあるオトガした。
「それで今日の朝、いきなり雨が降ってきて、地下鉄に逃げ込んだら、食べてなかったからお腹すきすぎて倒れて。いろんな人に声かけたけど、誰も助けてくれなくて。酔っ払いだと思われたかな。」
ゴクンゴクンと音を鳴らして、味噌汁を流し込む。
味噌の優しい匂いがする。
タケナカ、うまそうに食べやがる。
「そしたらあなたが助けてくれた。」
タケナカは真ん丸な目を私の方にやる。
「あなたじゃなくて、
「直さん。」
タケナカが真剣な顔になる。
「な、なに?」
「ワカメ、繋がってます。」
タケナカの視線の先には切れてなく、特大のワカメがある。
「い、急いでたから!!!」
我ながら下手な言い訳。
タケナカは笑う。
タケナカは肉じゃがを食べる。
「あれ、あんま味がしみてない。」
ほんと、文句ばっか。
「即席って言いましたよ、私。」
「あれ、そうでしたっけ。即席にしては…うん。美味しい。」
タケナカの顔色はずいぶん良くなっていた。
気づいたらもうタケナカは綺麗に全部食べきっていた。
「じゃあ、私これから会社に行きます。綺麗に食べてくれてありがとうございます。」
「いえいえこちらこそ。なんにも知らない俺にわざわざ…。会社まで遅刻してくれて…。」
本当、大切な会議どうしてくれんのよ。
と、私は思ったけど、別にいいや。と開き直った。
「なにかお礼を…。」
「あ、お礼、私に決めさせて。」
うわあ、ドキドキする。
こんなドキドキ久しぶり。
「なんでも言ってください。俺、何でもします。」
「ほんとに?」
「ほんとに。」
「なんでも?」
「はい、なんでも。」
「じゃあさ。」
タケナカ、タケナカマサルさん。
丸い目をもっと丸くする。
「来週も、再来週も、その次の来週も、私の家にご飯を食べに来る!」
タケナカ。
口がポカーン。
「大丈夫?また倒れそうですか?」
タケナカ、ニコッと笑う。
「はい。嬉しくて、倒れそうです。」
食べ盛りの2人 木々 たまき @koparu
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