林檎

花本真一

第1話 空腹

「ただいま」

 だが、返事は帰ってこない。何故なら両親は共働きだから。それでも、言ってしまうのは悲しい性、と言った所か。

 まぁ、それはさておき。汗をかいたのでシャワーを浴びよう。

 浴びた後の対策として窓は全開放にしておいた。

 ノズルから出る水を浴びつつ、気づいたのは自分が今空腹だと言うことだ。

 何か食べたい。この渇いた体を内側から潤す冷たい何かかが欲しい。

 だけど、昨日の冷蔵庫の状況と今朝の慌ただしさから鑑みるにそう言った類のものは恐らくないだろう。

 しょうがない、冷蔵庫にある麦茶に氷を入れて、我慢するか。

 でも、その前に。

 シャワーの温度を下げ、僕はノズルから直接冷水を飲んだ。

 所謂、食前酒のようなものだ。

 でも、気持ちは全然満たされなかった。


第二話 そこに林檎はあった。


「あれ、珍しいな」

 シャワーから上がった僕は麦茶を飲むために冷蔵庫を開けた。すると中には、切り分けられた林檎が置いていた。

「母さんが用意してくれていたのかな」

 まぁ、何だって良い。早速食べよう。

 冷えた林檎は少し歯にしみるが、心地よい涼しさを僕にもたらしてくれた。

「あ~幸せ」

 最後の一切れを食べようとした時、あるものが目に入った。

「何だろう? K・S?」

 林檎の断面にくっきりとそう彫られていた。偶然にしてはあまりにもはっきりとし過ぎている。じゃあ、母さんが彫ったのか、何のために? 僕のイニシャルはY・Oなのに。

 疑問を覚えつつも、僕は最後の一切れを口に入れた。


第三話 そして、全ては暗黙に


「え、林檎? 何のこと」

「何って、今日冷蔵庫に林檎を入れてくれていたじゃないか。わざわざ切り分けて」

 仕事から帰ってきた母に対して、僕は林檎の事を打ち明けた。

「いいえ。私は林檎なんて切ってないわよ。それに買ってすらいなかったし」

「でも、僕は確かに食べたんだよ」

「暑くて寝ぼけていたんじゃないの」

「仮にそうだとしても、イニシャルまで掘るなんておかしいよ」

「……イニシャル?」

 その時、母の様子が変わった、どんよりと。

「ねぇ、そのイニシャルって何だったの」

「K・Sだけど」

「…そう。それなら良いわ、まだ」

「何が良いんだよ、母さん」

 すると、母は蛇が蛙と対峙したかのような笑顔で。

「いずれ、あなたにも分かる時が来るわ」

 洗い物を片付けながら、そう答えた。


 いずれ分かる時が来る。どういうことだ。

 その後林檎のことが話題に出ることはなく、夕食を終えた。

 どこかもやもやしていた僕は、久しぶりに新聞を読むことにした。最近は期末試験があったので、ゆっくり読めなかったのである。

 何か面白い記事はないかと探してみた。

 新聞をめくっていく中で、僕は奇妙な記事を見つけた。

『バラバラ殺人、再び。今日都内に勤める会社員Aさんがバラバラな状態で発見された。Aさんの顔には刃物で彫られたかのようにM・Oのイニシャルが刻まれていた。警察は今回の件から連続殺人の線で捜査を進めることを発表。と言うのも体の一部にイニシャルを刻まれて殺すケースはここ数年近くスパンを置かれて行われていたことが判明したからだ。ただ、これらのケースは通常のバラバラ殺人とは異なる点がある。それらは密集して遺体が見つかるにも関わらず、体の一部が消えているという点だ。このことからも警察は猟奇的殺人の線も踏まえた上で捜査へと踏み込む見解を発表した。』

 新聞をきつく閉じた。

 まさか、ただの偶然だ。そんな馬鹿な、何の結びつきもないじゃないか。

 その時、僕の右足に痛みが走った。

 見るとそこにはK・Sのイニシャルが……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

林檎 花本真一 @8be

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ