一日違いの一年違い

結葉 天樹

たった一日、でも一年

 四月一日。私はこの日が大嫌いだ。世間的はエイプリルフールということでちょっとした冗談に興じる日だけど、私にとってはどうにもできない壁を見せつけられる日だ。


「お誕生日おめでとう、大貴だいき


 幼馴染の大貴はこの日が誕生日。私の親と大貴の親が学生時代からの親友だから昔から家族ぐるみの付き合いをしている。


梢枝こずえも、一日早いけど誕生日おめでとう」


 大貴の隣に座っている私にもお祝いの言葉がかけられる。そう、私の誕生日は大貴の次の日、四月二日だ。

 たった一日しか誕生日の違わない私たち。でも、この一日は私たちを隔てるとても大きな壁だ。


「大貴は今度から高校生だな」

「梢枝は中学最後の年、受験もあるけど頑張りましょうね」


 たった一日しか生まれた日に差がない。でも、私たちは一学年違う。

「早生まれ」というものは四月一日まで。どうも法律では生まれた日が一日目とされて、満年齢は誕生日の前の日に達するらしい。

 だから大貴は三月三十一日に、私は四月一日に十五歳を迎えることになる。学校にあがる時は三月三十一日に満六歳になっていなくちゃいけないのだ。たった一日しか違わないのに変な話だ。


「そう言えば梢枝はどこの高校行く気だ?」

「決めてない」

「梢枝ちゃんの成績なら大貴より良い所に行けるんじゃないか?」


 大貴のお父さんが私を誉める。親同士の繋がりで私の成績は筒抜けだ。


「あそこ、遠いからあんまり行きたくない。私は家から近い方がいい」


 言っては何だけど、私の成績は学校でもいい方だ。いつも宿題は大貴と一緒にやっていたから一学年上の勉強も少しは先取りしている。当然とも言えた。


「欲がないなあ梢枝ちゃん」

「おいおい、交通費出すのは俺たちだぞ」

「だからいいんじゃないか」

「おい」


 食卓が笑いに包まれる。私たちの誕生会は昔から一緒にやっているけど、普段仕事で忙しい両親たちが交流できる(宴会ができるとも言う)いい機会だ。


「大貴くん、勉強また見てあげてね」

「はい」


 大貴は笑顔で頷く。好青年と近所でも評判の大貴は昔からおじさんたちの自慢の息子だ。私の周囲でも大貴のことが好きだと言う子もいると聞く。中には、幼馴染の私に大貴の情報を聞きにくる子もいる。

 今、付き合っている相手はいるのか、好きな食べ物は、趣味は、中には私と大貴の関係を聞きにくる子もいる。まあ、ただの幼馴染とは思えないほど近い関係に見えるから仕方ないかもしれない。一日違いだから過ごしてきた時間は一緒だ。語弊があるかもしれないが、大貴のことは何でも知っている。


 それだけ近い間柄でも、私たちの間は一年離れている。この差を実感したのは私が小学生になった頃からだ。


 先に小学生になった大貴とは、私が保育園から帰ってきた後に一緒に遊び、学校について色々教えてもらった。翌年から通う学校というものがとても楽しみだった。少なくともあの頃はいつも隣に私がいて、対等と言える立場だったかもしれない。

 でも、実際に入学したら違う学年。一緒に遊ぶ機会も少なく、勉強や日常の関わりなんてほとんどない。たった一学年の違いで大貴に「さん」付けしなくちゃいけなくなった。いつも通り呼び捨てにして何度先生に注意されたかわからない。そんなことを言ったって私にとって大貴は大貴だ。


 中学生になったらその差は更に広がった気がする。その頃になったら大貴も背がどんどん伸び始めて、声も低くなって、大人びて見えた。そんな大貴が羨ましくなった。私が中学生になったら今度は先輩後輩の関係だ。大貴は二学年で部活のレギュラーになって、私は入部したての新米だ。生徒会もあっちが先に役員入り。私が役員になった時には大貴たちは引退だ。


 そして今回だ。大貴は先に受験を終えて高校生だ。私は中学の最終学年。

 面白くない。追いかけても、追いかけても追いつけない。必ず大貴が一歩先にいる。たった一日違いでどうしてここまで差を開けられなくちゃいけないのか。


 大貴が高校生になって、私は三年前と同じ経験をした。知らない先生や友達の話をされた。文化祭に招かれて、大貴が参加しているイベントを見た。友達に幼馴染と紹介された。いつも一緒にいた大貴の知らない姿を私はまた見せつけられる。ああ、何だろう。もやもやする。


 一年後、私も高校生になった。大貴と同じ高校だ。またここでも先輩後輩の関係が始まる。修学旅行も先に大貴が行った。土産話で聞いて、写真を見せられた所へ来年私たちも行くのだろう。

 私は入学してから必死に頑張った。勉強、部活、生徒会、検定やスピーチ大会の様な活動も頑張った。大貴に差をつけられるなんて嫌だった。でも一年生の時の大貴よりいい成績を修めても、追いついたとも超えたとも思えない。相変わらず大貴は一年先にいる。私はそのたどった道のりをなぞるだけだ。

 そんな日が一年間続いたある日のことだった。


「北海道?」


 大貴の家でいつもの様に宿題をしている時、本棚に見覚えのない本を見つけた。まったく縁のない北海道についての本。それに、昔に比べて職業や大学についてまとめられた本がずいぶん増えた気がする。

 気になって大貴に聞いてみた。考えたら高校を卒業した後は何をしたいのか聞いたことがなかった。


「ああ。俺、北海道の大学受験するつもりなんだ」


 大学入試。また大貴は先に学校からいなくなる時が来た。しかも志望校は北海道の大学だ。つまりこの街からも居なくなるってことだ。


「俺のやりたいことができるのがあそこの大学だからさ、受けてみたいんだ」

「そっか……」


 何だか面白くない。大貴のことは何でも知っていたと思っていたけど、将来何をしたいか知らなかったし、ずっと一緒にいた私に何も相談しないで勝手に進路を決めていたこともだ。

 もちろん大貴の人生だから私が何か言う資格はない。でもこれは、理屈じゃなくて感情の問題だ。


「だけど、倍率高くてな。正直俺の成績じゃ入れるかどうかわからないんだ」

「部活ばっかりやってるから」

「それを言うか、お前が」


 大貴は笑って言う。大貴の部活最後の日、私も全力で応援して試合が終わった時には一緒に泣いていたのだから非難しきれない。


「そう言えば梢枝は大学進学考えてるのか?」

「……うん」

「そうだよな。お前、俺より成績いいし」


 誰のせいだと思っているのか。


「お前なら俺よりもいい大学行けるだろうな」


 無邪気な笑顔を私に向ける。何だか癪に障る。


「梢枝は志望校決めてるのか?」

「……別に」


 無心で英単語の書き取りを進める。何だか今は数学みたいに複雑な計算ができそうにない気持ちだ。


「勿体無いな。今から進路は決めておいた方が良いって先生も進路学習で言ってただろ?」

「そうだね」


 シャープペンシルを走らせる。心なしかいつもより筆圧が強い。


「梢枝は何かやりたいことあるのか?」


 シャープペンシルの芯が折れた。


「……私のやりたいこと?」

「ああ」


 大貴の言葉に、私の中で渦巻いていた気持ちが鎌首をもたげる。


「教えようか?」


 何だろう。凄く意地悪な気持ちだ。こんな感情は初めてかもしれない。


「お、マジで?」


 向かいに座る大貴が興味を示して身を乗り出して来た。全くの無防備。


「うん」


 それに合わせて私も身を乗り出した。




 ――――。




「――っ!?」


 顔を離す。私はすぐに目を逸らして荷物をまとめ始める。


「それじゃ、私帰るから」

「は……え……?」


 大貴は目を丸くしていた。遂に鼻を明かしてやった。ざまあみろ。

 その後、私は自室で我に返った。とんでもない事をしてしまったと思い、ベッドにしばらく潜り込んで悶々としていた。


 そして、今になって気付いた。むしろなんで今まで気づかなかったのか。私は大貴に負けたくなくて頑張っていたんじゃない。置いて行かれたくなかったんだ。大貴の隣に立っていたかったんだってことに。




「……なんか、懐かしいこと夢に見た」


 待つ時間が退屈でつい、うとうとしてしまった。あの時のことを思い出すと今でも顔から火が出るほど恥ずかしい。


「梢枝、時間だよ」


 お母さんが私を呼びに来た。もうこんな時間になっていたのか。


「うん、わかった」


 私は立ち上がる。追いかけ続けた私が待たせるわけにはいかない。

 あれから数年が経った。大学へ進学してからも私は頑張った。さすがに将来就きたい仕事の関係上、同じ大学に行く事はしなかったけど、勉強も頑張って、就職活動も頑張った。

 違う進路、違う道を歩むことになったけど私たちは同じ場所を目指し続けた。


「おお、来たか」


 扉の前でお父さんが待っていた。晴れの舞台にそわそわして落ち着かない様子だ。


「何でお父さんがそわそわしてるのよ」

「そうよ、お父さんが主役じゃないでしょ」

「いや、それはそうだが。こう言う場に慣れてなくてだな……」


 慣れていたらそれはそれで困る。

 一体どこで経験したと言うのかという別の問題が起きてしまう。


「緊張なら梢枝の方が大きいに決まってるでしょ」

「……ううん。何だかお父さん見てたら緊張がどこかへ行った」

「あらそう? じゃ、後はお父さんがヘマしないことを願うだけね」


 そう言ってお母さんは後をお父さんに託す。最後まで身なりを何度も気にして、せわしなくしていた。

 扉が開く。目の前に伸びる道の先には真っ白な服を着た大貴が待っていた。その前までお父さんと一緒に歩く。


「後はよろしくな。大貴くん」


 引き締まった顔で私を大貴に託す。でもよく見ると頬が引きつっていた。そんなお父さんを見て私たちも思わず笑ってしまいそうになった。


「はい」


 大貴は笑顔で、そして強く返事して私の手を取った。

 一日違いで遠い存在だった私たちは今日、一緒に新しいスタートラインに立つ。これからの人生を一緒に歩んでいく。もう置いて行かれることはない。これからは大貴の隣でずっと一緒だ。


「どうした?」


 顔を見ていた私に、大貴が首を傾げる。


「ううん。何でもなーい」


 私は笑顔で誤魔化す。相変わらず鈍い。私がこれまでどんな気持ちでいたかなんて全然気づいてないかもしれない。

 でも、まあいいか。


 ――やっと、追いついたから。

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一日違いの一年違い 結葉 天樹 @fujimiyaitsuki

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