おやゆび姫の不在

卯月

ひき蛙

「あれまあ、何てことだい!」

 ひき蛙の母親は、激怒した。

「どこに行っちまったんだろうねぇ、あの娘は!」

 大事な息子のために、自分が選んで連れてきた花嫁。あんなに見目好い娘は、そんじょそこらにはいない。胡桃くるみの殻のベッドの中で眠っている花嫁を見ても、息子は照れて「ゲーコ、ゲーコ」としか言わなかったが、きっと気に入ったはずだ。

 二人が夫婦生活を送るための寝室も、自分が美しく飾ってやらねば。あしと、黄色い水蓮すいれんの花がいい。

 小川の大きなはすの葉の上に、目覚めた娘をひとり残し。胡桃のベッドを新居へと運んでから、元の場所に戻ってくると、どういうわけか、娘の姿が見えなくなっていたのだ。

「……あの蓮の葉がない?」

 小さく非力な娘に、自分でそんなことができるわけがない。ぽちゃん、と母蛙は川に飛び込むと、娘がいた辺りの蓮の茎を調べた。一本、何かに噛み切られたような痕がある。

 水上に顔を出すと、母蛙は、岸辺でぼんやりと待っていた息子に声をかけた。

「――あの娘は、多分もう死んでしまったよ。川に落ちて、何者かに食べられてしまったに違いない」

「ゲーコ、ゲーコ」

「諦めよう。なあに、次はもっともっと可愛い花嫁を、見つけてきてやるよ。大事なお前のためだもの」

「ゲーコ、ゲーコ」

 息子は、ただ無感情に鳴くだけだった。

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