土竜

「ああ、可哀想なおやゆび姫」

 麦畑の中の小さな穴倉で、帰ってこない居候の娘を思って、野ねずみは泣いた。

「きっと、鷹か何かに食べられてしまったんですよ。今は麦がすっかり刈られて、空から見つかり易くなっちまってますからね。だから、外なんか行くもんじゃない、って言ったのに」

 外に出てはいけない、と野ねずみが口酸っぱく注意したこと。

 それでも、あまりにもおやゆび姫が外を見たがるので、戸口で太陽を見ることまでは許した。というのは、土竜もぐらも聞いていた。

 婚約者である自分が、決して外へ出さぬように、と釘を刺しておけば、野ねずみは律儀に守っただろう。だが、どうせ結婚式のあとは地中深くへ連れて行き、ずっとそこで暮らすのだ。最後の楽しみを許す、寛大さを示しているつもりだった。

 あの娘が地下を好いていないことを、土竜は知っていた。

 目の見えない土竜にとっては、太陽も、空も、花も、何の意味もない。だが、彼女にとって大切なものであることは、理解していた。そうでなくて、どうしてあんなに甘く、可愛らしい声で、花や虫について歌えるだろう?

 土竜は、外の世界を愛するおやゆび姫に、その一切を捨てさせて、彼女を完全に自分だけのものにしたかったのだ。

 ――おやゆび姫が帰ってこない、と聞いたとき、脳裏をよぎった考えは、野ねずみの推測とは異なっていた。

 しかし自分は、金持ちの名士だ。結婚式直前に花嫁に逃げられた、などという評判が立つのは望ましくない。

「もうすぐ、土竜様のお嫁さんになって、幸せに暮らすはずだったのに」

 だから、思い込みの激しい、何も疑わない野ねずみを、土竜はなぐさめる。

「わしも悲しい。だが今は、弔ってやろう。盛大に、な」

 そう、おやゆび姫は、花嫁は死んだのだ。

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