scene 3
あんな派手な撃ち合いの場に出くわしたのは失敗だったと男は思った。
あれだけの人の目前なのだから、証言に事欠かないだろう。
無差別に犯人が襲ったわけではないことは、警察は掴んでいるはずだ。
犯人につながる重要関係者として警察が男を探していることは間違いない。
男は殺し屋である。すでに前金はもらっているのだ。
ここで逃げるか。残って仕事を終わらせるか。
男は選択を迫られていた。
仕事を済ませる前に警察に目をつけられるわけにはいかない。
男は警察の目を逃れるために、自らの顔を変えることを決意した。
モグリの整形外科医を探す。
見つかったのは、意外にも整った顔立ちの、美人と言っていい女医だった。
整形手術の後、腫れが引くまでは顔を包帯でぐるぐる巻きにしておくしかなかった。
少なくとも今晩中は包帯を取らず、安静にしていろと
手術記録をそっと盗み見する。
すぐ前には見覚えのある、マフィアの二代目の名前が見えた。
男は驚いた。今回の殺しのターゲットであった。
ターゲットも自分が狙われていると、どこからか情報を得たのだろう。
身の危険を感じて、偶然同じ医者で整形手術をしたということらしい。
先ほど、俺の顔を見て撃ち殺そうとした包帯男がいたことを思い出す。
包帯男は男の顔をまじまじと見て、確信していた。
殺しに来る男の顔すらターゲットに漏れていた。
間抜けな話だ。殺し屋がターゲットに殺されかけるとは。
顔写真が裏社会に既に回ってしまったというのなら、今、整形手術をしたのは正解だったということになるだろう。
発砲事件のことは、ニュースが犯人は逃亡してしまったと報じていた。
女はマフィアの情婦らしい。詳しいことはキャスターはしゃべらなかった。
ターゲットにはターゲットの都合があるという事か。
ターゲットの整形後の写真は当然ながら、ない。
手術を行った時間からして顔の腫れは引き、既に新しい顔になってしまっているはずだ。
つまり、あの包帯を取り去り、何食わぬ顔をして去ることができる。
男には、ターゲットを見分けることが出来ないのだ。
男は仕事の失敗を予感し、失望しかけた。それを見るまでは。
手術の記録には注釈がついていた。
当人の強い希望で、『幸運のほくろは取らずに残してほしい』と。
『旅行に行くつもりなので急いでほしい』とも。
男は考える。
ターゲットの顔はわからないが、この街から外国に逃げるなら、空港に行くはずだ。そして、誰がターゲットかはわかる。
千載一遇のチャンス。
幸運のほくろは、殺し屋に幸運をもたらしたのかもしれなかった。
顔にぐるぐると包帯を巻いた殺し屋は、自らの銃に弾を込めた。
もとの顔を証言できる女医も、生かしておいてはならない。
だが、ここで殺しては最後の客が犯人だと教えるようなものだ。
ターゲットと一緒に、空港で始末するべきだ。
男は女医が片づけものをしている隙に、書置きをして去った。
「急用ができた。手術代は空港で払う」と。
もちろん、本気で払う気もなかった。死者は金を使わない。
男は今度はパスポートの偽造屋を探しに出かけた。
どうせ顔は腫れたままなのだ。ある程度似ている写真で構わない。
空港で騒ぎを起こせば、どのみち飛行機では出国できないだろうから、大陸伝いに逃げるルートも確保するべきだろう。
運よく後金がもらえたとしても、儲けはだいぶ減りそうだった。
(作者注:この話はここで折り返します。以後はscene 2、scene 1と戻りながらお読みください)
幸運のほくろ 連野純也 @renno
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