第22話

「法道。最初の頃の檀家からの評判聞いたことがあるか?」


 突然言われる。ずっと気にしていたことだ。法要の進行やお勤めの仕方に決まり事はたくさんある。そのほぼすべてをようやく身に付けた。だが法話などには正解はない。

 

 法話の内容を自分の生活にも照らし合わせている。と同時に常に自問自答の生活だ。例外の人はいないか? 的外れになっていないか? 自己満足になっていないか?

 いつも決まった話ができるわけではない。その場の雰囲気で、別の話を混ぜてみることなどはしょっちゅうだ。

 だが目的はぶれない。どうやったら檀家に元気になってもらえるか。悲しい思いを乗り越えてくれるか。


 しかし勉強すればするほど、経験を積めば積むほど、自分の知らないことが増えていく。

 そんな毎日の繰り返し。その毎日の中であるときいきなり住職に呼ばれ、長い話をされた。


「経験の少ない若造呼ばわりはされたことはある。修行の経験はお勤めで活かせられたけど、檀家と話しをするのはちょっとつらかったかな。今ではあの時よりはマシだと思うけど、ありがたいと思ってくれる檀家はまだ少ないような気がする。それだけ中身がないってことだな」



「今はかなり評判はいい。どんなことを話ししているのかは知らんが、ありがたがっていることと、宗旨の中身のことを俺にいろいろ聞いてきたり、向こうから話をしてきたりすることがかなり多くなった。俺はあまり変わらないどころか、法要を勤めることが少なくなった。お前自身に原因があることは間違いない」


 突然の長話の上、不安ばかりで自信のない法道は何も答えられない。本人を前に、住職の足元にも及ばないなんて答えようものなら、おちゃらけるな、真面目に聞けと言われるかもしれない。


「昔は住職に来てほしかったって話をよく聞いた。今では全く聞かなくなった。そろそろ俺は法要は引退するつもりだ。体が持たなくなってきたからな。八十にもなれば当然か。肩書はこのままだし、塔婆とかは書けるから完全には引退するつもりはない」


 もうちょっと住職からいろいろ学びたい。そんな思いが体内をほとばしり、声に出そうになる。


「いろいろ悩んでたのは知ってる。その途中では頼りなさげな様子も聞いた。だが最近ではそういう話を聞いて、それなりの努力をして、成果を出してるってこともわかった」


 評価しているようだが、法道の反応はそれを拒絶するかのよう。しかしそれを見透かしたかのように言葉を続ける住職。


「精進だけは怠るな。その調子で続けていけ。この仕事、これだけ話を用意しておけばいい、法要を一通り修められたらそれでいいというものじゃない。人によって変わるし世代によっても変わる。時代も変わればそれに合わせたやり方も必要になる。俺よりもお前の方が評判がいいときもある。体もあちこちガタが来てる。そればかりじゃなく、考えもおそらく固くなってる。これからの時代に必要な人間は、これからの人間だ。だがお前もいつか、時代に追いつけなくなるときがくる。精進が止まればその時期は早くなる。お前はずっと続けて行け。人に笑顔を絶やすな。言うことはそれだけだ」


 色んなことを学べば学ぶほど、未熟さを痛感する。手本、見本となる住職にはいつまでも現役でいてほしい。

 しかしそれは甘えであることも、法道には十分わかっている。


「この仕事に就くことを決めた時のことはわかってる。周りがお前に代わって仕事を決めたのではない。理由はどうあれお前がこの仕事をやると決めたんだ。それが今、あちこちからお前のことが俺にも聞こえてくる。この寺の看板背負うには恥ずかしくないくらいには成長したと感じた。だが無常の世の中だ。その評価が下がることだってある。取りあえず今なら問題ないかなとは思う。ま、お前はまだまだだからきちんとできるかどうか見届けてやらんといかんがな」


 このままではよくない。こんなことでいいんだろうか?

 常に悩み続けてきた法道は住職の話に耳を傾けて、一応の一区切りは感じた。

 この仕事に対する姿勢、檀家に対する姿勢は間違ってはいなかった。だからといって、彼の仕事ぶりの評価はまた別である。


 二十年。初めは何も考えずに気楽にこの仕事に就いた。暇な時間は適当に遊びに行けそうだ などとも考えていた。

 同期の人としての成長ぶりに戸惑いと自分への恥を感じた。そこからの毎日毎日が手探りだった。


「情けないことに、もっと適当にこの仕事をしている奴がいる。お前よりももっと悩んでいるが、全く答えを出せず、檀家にどう対応していいかわからない者もいる。そういう意味では、お前はこの仕事に向いてると思う。これまでよりこの先の方が長いんだ。さらにいろいろ悩むと思うが、その向き不向きからも檀家の反応が違ってくる。お前は報われるタイプだと思うぞ。悩んでもがいて、答えを導き出せ。それがお前の糧となり、力となる。檀家のためにもなり、お前のためにもなる。精進を続けろ。」


「もちろん続けていくけど。突然そんな話してどうしたの?」


「檀家から特に何もなければいつもと変わらんが、方々から言われている。期待されているようだな。これからお前を副住職になってもらう。名ばかりではなく、俺が住職を引退した後の後継者としての肩書だ。やることは今までと同じで構わん。肩ひじ張らなくていい」


 そういえばそうだった。毎日自分の課題について考えて、それについて取り組み、檀家とのやり取りの中でその課題の答えをどう生かすかを考え、行動を起こす繰り返し。それ以外全く頭になかった法道は、寺の中の役職について初めて我が身のことに当てはまることを実感した。


 以降、彼を見る檀家からもただの跡継ぎと呼ばれることはなくなり、次の頼れる和尚さんともてなされることになる。


 しかし本人の思いは相変わらず。浮足立たず、うぬぼれず。むしろ今までよりこれからの方が思い悩むことが多いのかと力を落とす。

 そんな法道を見て住職は苦笑い。



 

 人の物語は、何かの区切りによって終わり、新たに始まる。

 

  区切りを迎えた彼の今後の毎日は相変わらずである。この先も彼は、区切りを迎える檀家からの昼夜となく来る依頼に随時応え、課題を見つけ答えを探しながら、このように火葬場の窓の外を見ながら同じことを思い続ける。 





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田鳴法道は未熟、僧侶は続く 網野 ホウ @HOU_AMINO

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