私が異世界チート勇者に転生しなかった理由(単話)

M.M.M

第1話にして最終回

「それではあなたの転生を開始します。ほかに希望することはありませんね?」

「は、はい!」


彼女は緊張していた。

トラックの助手席に乗っていたらシートベルトを閉め忘れ、飛び出してきた子供を引きそうになった父親が急ブレーキをかけたためにフロントガラスを突き抜けて電柱に激突し、死亡。

そんな経緯に彼女はしばらく泣き、女神に慰められても3日間転生を拒み続けた。実際にはすぐに割り切り、転生の覚悟はできていたが、ゴネたら転生の条件が良くなるのではと思ったからだ。案の定、女神は「好きな世界を選んでいいから。特別な能力も選んでいいから」と言いだし、彼女は内心ほくそ笑みながらOKを出した。


勇者に憧れていたので、転生先は魔法が存在する中世ヨーロッパみたいな世界を希望した。戦士や魔法使いを仲間にしたり、冒険者組合に入ったり、ドラゴンを倒したり、ゆくゆくは魔王を倒すコースだ。自分の能力は相手の能力を無効化し、物体を分解&再生し、時間を5秒くらい止め、マッハ20で動けるといういろんな作品から拝借したごった煮を作り、あとは転生するだけ。

その時だった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


女神と彼女のいる部屋が揺れ始めた。


「な、なんですか、この揺れは?」

「何事ですか!?」


女神はインカムに向かって叫んだ。

そう、インカムだ。

彼女はあえてスルーしていたが女神はキーボードを操作して彼女の転生を設定していた。


「緊急事態発生!緊急事態発生!」


どこからか大きな音でアナウンスが流れた。


「304E29宇宙の魔王が襲撃してきました!兵士はクローン魔王!数は推定30億体!」

「反物質爆弾を受け、2万区画が消滅しました!」

「こちら5万3千番区画!銀河消滅砲で応戦中!」

「爆撃を受けて全永久機関が緊急停止しました!」

「重要区画を5次元空間に避難させます!」


「なんなのこれえええええ!」


彼女はそう叫ぶしかなかった。

クローン魔王?30億体?なにそれ?


「来やがったわね!クソどもが!」


そう叫んだのは目の前の女神だった。

今までの優雅な喋り方はどこへいったか、こめかみに血管を浮かせて女神は叫んだ。


「クローン勇者をすべて投入しなさい!魔法使いと戦士と神官も全てよ!」

「しかし、クローン勇者は20億体しかいません!」

「製造すりゃいいでしょーが!防御シールドのエネルギーを製造に回しなさい!重要区画以外は全て消滅しても構わないわ!」

「あ、あ、あ、あの、め、女神様!何がどうなってるんですか!?」


彼女は事態がさっぱり理解できない。

というより理解したくなかったが聞かずにはいられなかった。


「ああ、気にしないで。いつものことよ」


女神は顔だけ微笑んだがこめかみの青筋は立ったままだ。


「私が転生させた勇者の一人が魔王化したの。それ自体はよくあることなんだけど、科学力を進歩させて私たちの次元領域まで攻め込んでくる奴が時々いるのよ。今回の襲撃で二百回目くらいね」

「二百回!?ク、クローン魔王とか言ってましたけど?」

「クローン技術くらいどこの世界でも生まれるわよ。異世界は中世並の科学力が永遠に続くと思ってたの?」

「は、はい、そうです!すみませんでした!」

「あなたの転生だけど、始めちゃっていいかしら?こっちも忙しくなってきたから」

「待ってください!」


彼女は今まで憧れていた夢をすべて脳の窓から放り捨てた。


「やっぱり地球みたいな世界で普通の人間として転生させてください!」

「え?ファンタジーみたいな世界で冒険したいんじゃなかったの?」

「もういいです!平和が一番です!能力もいりません!」

「わかったわ!それじゃ、あなたの人生に幸多からんことを!」


女神はおそらく恒例になっているのであろうセリフを言うとテーブルにある大きなボタンを拳で叩き、彼女の周囲が光に包まれた。


「クローン勇者1億体が完成!毎秒1千万体の速度で逐次投入できます!」

「さっさと出しなさい!あと、最悪の事態に備えて無限ビッグバン砲を起動させて!」

「あ、あれはまだ実験段階です!全次元宇宙が崩壊する危険があります!」

「ここが滅ぼされたらどのみち世界は終わりよ!さっさと準備しなさい!」

「了解しました!」


最後の最後にとんでもないことを聞いてしまった気がする彼女は光に包まれながら手を組んで祈る。

私の転生する世界が消滅しませんように。

あと、今聞いたことはすべて忘れますように。

どちらかといえば後者のほうを真剣に祈った。

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