幽情と友情‐僕は選ぶ、大切なものを‐

御神村カイト

第1話 僕の夢

 人がぎっしりと詰め込まれたその八両編成の電車。


「はぁ」

その電車には、ため息をつく不安そうな顔をした少女が乗っていた。

「電車に乗るの、いつ以来だろう。あの時のお使い以来かな。こいつも、それから私も」

 少女は、一人の少年を見ながら、懐かしそうにそう呟いた。




 ――春。それは終わりを迎える季節であり、同時に始まりの訪れるきせつだと、僕は思う。


 僕はいじめが原因で中学時代から6年間続いた半不登校生活に、都会の大学進学を機に終わりを告げ、小さい頃からずっと僕の夢だった一人暮らしを始めることになった。誰も僕のことを知ってる人がいない、この場所で。




 都会の電車は想像を絶するものだった――と一ノ瀬悠いちのせはるかは思った


 背中や肩に押し当てられている誰かの体温、少し揺れれば隣にぶつかりる。

 ぶつかると迷惑になる、体重を預けてしまうのも申し訳ない。そう思い、僕はなるべく揺れないようにと足に力を入れ直した。

 

 望光もちみつー、望光ー。


 目的地に着くので僕はドアの近くに少し寄って行った。

 そして電車が止まり、ドアが開くと、出口の近くにいた僕はところてんの様に押し出された。


 改札を抜け、駅周辺を軽く見渡してみた。

「嘘だろ……」

 田舎から上京してきて最初に出た言葉がこれだった。地元と比べて、視界に入る人ぬ数が圧倒的にに多くて僕は驚いた。


 ひとまず、これから四年間お世話になるアパートに向かうことにした。

 場所はこの駅から徒歩八分。アパートの周りには、コンビニ、スーパー、公園があるそうで、結構充実しているらしい。部屋はどうやら1Kで、トイレとバスが別々になっているようでとても気が利いている。

 ただ一つ、アパートに関して不満がある。それは、あまりにも家賃が安すぎるということだ。こんなに充実しているにも関わらず、家賃はたったの三万円だそうだ。

『実は前に自殺した人がいる』みたいな、訳あり物件だったりするのだろうか?

 アパートに向かう途中、そんなことを思いながら歩いていると、あっという間にアパートについてしまった。さすが徒歩八分。


 アパートは建てて数年もたってないみたいにきれいで、敷地全体をブロック塀で囲まれていた。

「え、えーと。まずは大家さんに挨拶だよね。どこにいるんだろう? あ、部屋に行けばいいのか……あ、あれ?大家さんの部屋ってどこ?」

 そんな風に僕がアパートの周りをウロチョロしていると、それを怪しく思ったのか、アパートの向かいの家のおばあさんが話しかけてきた。

「うちに何か御用でしょうか?」

「あ、いえ、僕はその、一ノ瀬と言って、あの、ここのアパートの」

「うふふ」

 僕がしどろもどろに答えると、可笑しかったのか疑っていたのがバカらしかったのか笑われてしまった。

「ごめんなさいね笑っちゃって。私はここの大家なの。一ノ瀬悠いちのせはるか君よね? よろしくね」

「は、はい。こちらこちょよろしくお願いします!」

 六年間、家族以外とほとんど喋らなかったコミュ障の挨拶は当然

「ふふっ」

 笑われた。


 僕は、部屋の鍵を取ってくるから待っていてと言われて大家さんの家の前で待っていた。どうやら、アパートの真ん前にあるこの立派な木造住宅に大家さんは住んでいるらしい。

「待たせてごめんなさい。案内するわ、付いて来てちょうだい」

「はい」

 二階に上がって一番奥に来た。どうやらここが僕の部屋らしい。

「鍵はこれね。失くさないでよ。後、知っているとは思うけど家賃は三万円ね。毎月一日に私か私の娘が来ますから。隣は空いているから友達とかと飲んだりして、ある程度なら騒がしくしてもいいけど程々にね」

「はい、分かりました」

「それと、荷物は朝早くに届いたから先に部屋に運んでるからね。それじゃ私は行くね」

「あ、ありがとうございます」

 そう言って僕は部屋に入ろうとした。その時、僕は重要なことを思い出した。

「あ、あのっ、待ってください!」

 驚いた大家さんがこちらをふい向いた。

「何でこんなにいい場所なのに家賃が三万円なんですか?」

 大家さんは、僕が何を心配しているのかを察したのか

「安心していいわよ、誰も死んでいないわ。ただ、三年前にちょっとだけこんがり焼けちゃって」

「こ、こ、こんがりですか……」

 これはコミュ障じゃない、驚いて言葉が出ないんだ。

「でも、さっきも言ったけど誰も死んでないから安心してね」

 そう言って、大家さんは自分の部屋へと戻っていった。




 部屋に荷物を置き時間を見ると、もう十二時を過ぎていた。食材がないので地形なんかを覚えるための散歩もかねて外食をすることにした。


 三十分後、こっちに来て一時間の僕は、どの店がおいしいのか、そもそもどこに飲食店あるのか分からない。近所を歩き回り疲れたので通り掛かった公園で休むことにした。


 僕は近くの自販機でコーラを買い、西側のベンチに座った。

『あとちょっと粘ってダメそうなら地元にもある全国チェーンのファミレスかな』そんな昼飯の心配をしていると、公園の反対側、滑り台と砂場の方から子供の泣き声が聞こえてくた。


「ぼっ、ぼっ、ぼくおぶうぜんがあぁぁぁ」

「ごめんね。すぐに取ってあげるから待っててね! だから泣かないで」

 そう言って、背の低い中学生くらいの制服を着た女の子が子供に謝りながら木の枝に引っかかった風船に何度も何度も背伸びやジャンプ、手を伸ばしたりして頑張っていた。

 多分、女の子と子供がぶつかって子供の持っていた風船が飛んで枝に引っかかったんだと思う。

だけど、女の子の方も背は高くない。背伸びを諦めて木に登ろうとしたところで流石に危ないと思って

「僕が取りますよ」

 僕は木の枝に引っかかった風船を枝に引っ掛けて割らないように慎重に取ってあげた。男の子に渡すと流れていた涙は蛇口を閉めたようで出てこなくなった。丁度お母さんが迎えに来たようで猛ダッシュで駆けてった。

 すると、若干下の方から声が聞こえてきた。

「あ、あの……ありがとうございました」

 中学生くらいの女の子が大きな目を涙でいっぱいに、それをこぼさないように頭を下げお礼を言ってきた。子供に大泣きされ、知らない人にすごく見られたんだからそれも仕方ない。僕なら軽く二週間は引き籠るレベルの恥ずかしさだ。

「あっ、いえ、僕は全然構いませんよ」

「ほ、本当に助かりました。その……良かったら私に出来る事でしたら何か御礼をさせてください!」

 いきなりの提案でびっくりした。中学生がこんなことでお礼したいと言い出すとは思ってもみなかった。

「えっ? いや、そんな、いいですよ」

 けど、僕は御礼してもらう為にやった訳ではないので断った。

「そうですか……」

 女の子はアホ毛と共に項垂れる。社交辞令とは思えないほどがっかりした様子だったので

「じゃあ、そんなにお礼がしたいなら、僕に飯が美味い店教えてくれませんか? その、実は僕今日引っ越したばかりで……この辺のこと詳しくなくて」

女の子とアホ毛はどうやら連動してるらしく、女の子とアホ毛は背筋を伸ばし

「分かりました! 何軒かあります!」

「いや、僕は一軒でいいよ」


僕は女の子に連れられ五分ほど歩いて目当ての店とやらに着いたらしい。ラーメン屋だったのだけど、ボロくて何となく田舎のラーメン屋とほとんど差のない雰囲気の店だった。

「私のお気に入りの店です! じゃあ私は失礼しますね」

「あっ、うん、ありがと」

 僕がそう返すと女の子は笑顔で帰っていった。僕は女の子を信じてこのラーメン屋で昼飯を食うことにして入った。すると、驚くことに予想よりも混んでいて空席が少なく、店員さんは大忙しな様子だった。混むのは当然といえば当然で、腰のある麺にさっぱりした醬油ベースのラーメンで、だった。


 僕はそこから街を散策した。五十メートル以上もある建物がずらりと並び大きなガラスが太陽の光を反射する。田舎から出てきて初めて見るものは多く、光の反射が眩しくて、綺麗で、不覚にも、僕はビルのガラスで感動してしまった。


 アパートの部屋に戻ると、ほんの一瞬だけ虚無感が僕を襲ってきた。街を歩いている時は色んな音や色や匂いが入ってきて、一人でいても楽しくて見るもの感じるものが新鮮で明るくて――だけど、この部屋は暗くて静かで、どこか寂しい。

 虚無感は通り過ぎ、僕は部屋の電気を付け机と調理器具や食器を山積みのダンボールの中から引っ張り出しペペロンチーノを作り始めた。

 そして僕は麦茶を持った左手を上に、

「今日は久しぶりに人と喋ったけど、上手くやれたと思う! 今日の僕に乾杯! 」

 そう言ってペペロンチーノを食べ始める。今日は、六年間まともに人と接触してこなかった僕が、初めてあった人にテンパりはしたものの、ちゃんと会話が成立した自分への御褒美であると思いパスタを食べる。味付けはよかったけど少しモッサリしたパスタだったのが忘れられない。



 「電話来てたんだ」

 お風呂から出てくると、着信があったみたいで携帯の画面がついていた。勿論、僕に友達は居なくて僕の連絡先を知ってるのは家族くらいだ。

『もしもし、悠? さっきは引越しの準備か何かで忙しかったのかしら?』

「ベット組み立てて汗かいたからシャワーを浴びてたんだよ」

『あぁ、そうだったの』

「で、どうして電話してきたの? 何かあった?」

『馬鹿ねぇ、心配でかけたに決まってるでしょ? アパートには迷わず着けた? ご飯はちゃんと食べた?』

「僕を何歳だと思ってるんだよ……流石に迷わないよ。それにご飯も手抜きはあんまりしてないよ」

『それならいいんだけど……他には何かないの?』

「何かって言われてもなぁ、そういえば久しぶりに知らない人と話したけどちゃんと会話できたよ!」

『最近はロボットだって会話出来るんだから、あなたにも会話ぐらい出来てもらわないと母さん泣くわよ?』

「母さん本当に心配!? からかいたいだけだよねっ!」

『ホホホ、ごめんなさいね。まぁいいわ、今日は疲れてるでしょうから切るわね。 おやすみ悠』

「うん、おやすみ」

電話を切ると、僕は携帯を充電器に挿しベットに飛び込んだ。

 歩き回り色々テンションを上げたせいか、久々に陽の光をたくさん浴びたせいか、とても眠くて僕が眠りにつくまでそう時間はかからなかった。


 夜中の三時過ぎ――どこからか女性の声が聞こえたような気がして目を覚ます。下の部屋からの声かと思い、すぐに眠ろうとしたその瞬間


「ド……セナ……イッ……」

途切れ途切れで小さい声だが、心に直接響くような声が聞こえたその瞬間、僕の首が絞まり始める。

 なぜか思うように動けず、苦しくて。足掻いて。もがいて。首を絞めてる手を必死に退けようと動いて、死ぬと思った時に、丁度首から手が離れ、気管に空気が入る感覚をはっきりと感じた瞬間、僕は一気に咳き込んだ。


 やはり、ここはワケあり物件なのだ。火事なんてきっとこれを隠すための作り話に違いない。

 どうやら、この部屋には先住民がいたらしく、僕の夢である一人暮らしは二十四時間も持たずに終わってしまったらしい。

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