第4話

 見当たらない2人のうち、1人は始末した。

 となると、もう1人を仕留めてしまえば、残りは所在の分かっている連中のみだ。


「なんとも気が抜ける話よな」


 誰の気配もしない通路を歩きながら、燐は小声でそうひとりごちる。所在さえ分かっているのなら、ろくに武装していない3~4人程度は燐にとってものの数ではない。

 ただの見せしめにしても、少々相手が弱すぎる。せめてもう少し歯ごたえのある相手でないと、「お前達もこうなるぞ」とはいかないのではないだろうか?

 誰でも仕留められる相手を倒して粋がる奴はそうはいない。逆に言えば、たまにはいるのだが。

 自身の兄がそういう手合いでないことはよく知っている。であれば、なにか見せしめ以外の意味があることなのだろう。

 そこには自分では推し量ることの出来ない何かが存在する。なら、考えるのはあまり意味の無いことだ。燐はそう思って考えることを中断した。

 そうなれば今度は片付けていくだけである。燐は右腕全体が地面と平行になるようにし、左腕を身体にくっつける独特の構え――C.A.R.システムと呼ばれるものである――で1911を構えたまま通路を進んでいった。


 燐がそろりそろりと進んでいくと、仄明るくなっている区画を発見した。そこが何なのかを確認して、燐は鼻を鳴らす。

「なるほど、緊張感を母親の腹の中に忘れてきたと見える」

 そこはトイレだった。このまま侵入して片付けても良いが、あまり不潔なものを見たくはない。燐はそのまま暗がりへと身を潜めた。

 やがて口笛を吹きながら、だらしない身なりの若い男が出てきた。燐は派手にため息をつきたいのを堪えて、彼の頭に狙いを定めると引き金を引き絞った。

 ため息の代わりに飛び出した弾丸が狙ったとおりに頭に吸い込まれ、爆ぜた。口笛が止まり、身体が崩れ落ちる。さっきの部屋以外にはもういないであろうから、燐は今度は倒れるままにしておいた。


 ぶらりと燐は手を下げ、まるで何も持っていないかのように歩き始める。それこそ鼻唄でも歌い出しそうである。そしてそのまま、ラストステージへと向かった。この様子なら、一息する間に3人とも仕留められる。そう思いながら。


 ほの暗いビルから出てくる燐を”爺”が出迎えた。


「お嬢様、いかがでしたか?」

「準備運動のようなものだったよ。全くもって歯ごたえがない」

「いつも厳しいようですとお体に触りますでしょう?」

「それはそうだがな」


 鼻の頭にシワを寄せながら燐はつまらなさそうに答えた。実際つまらないからではあるのだが。


「今日はお嬢様お気に入りのパティスリーのケーキを用意してございますよ」

「ほう、それは楽しみだ」


 ”爺”が1911を燐から受け取りながら言うと、燐は年相応の朗らかな笑みを浮かべる。そして2人は夜の闇へと溶けていった。


 翌朝、”爺”の運転する車から降りた燐は”ご学友”から声をかけられる。


「あら、設楽ヶ原さん。ごきげんよう」

「ごきげんよう」

 再び友人が燐に声をかけようとしたとき、燐のスマホが鳴動した。

「あら、お兄様から電話だわ」


 燐は友人から顔をそらしてスマホを耳に当てる。そんな普通の仕草があまりに優雅だったので、友人はうっとりとした表情になる。

 彼女はどこまでもお嬢様だ。そして――


「わかりましたわ、それでは今夜」

 誰にも見せない、暗く深淵とさえ言えるような笑みを燐は浮かべた。彼女はどこまでも、暗殺者だった。

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設楽ヶ原燐はお嬢様である たままる @Tamamaru

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