第2話 加藤たくみ
”声出していこう!!!”
”オーウェイ!オーウェイ!!”
”ナイッシュー!!”
”オーウェイ!!”
「コラァ!加藤!もっと走らんかい!」
「はい!」
「小野!もっとスペース作れ!」
「はい!」
1993年 夏
中学の頃から親友だった私と加藤は同じ高校に進学しサッカー部に入部。
まさに部活の為に学校に通う日々を送っていた。
毎日7時から朝練、昼食後は1年生が運動場の整備、放課後もちろん部活だが
日が遅い夏は19時まで練習が続き、土日は午前/午後で部活。
まさにサッカー漬けの毎日だった。
練習が無い試合日が唯一部活から解放される日で、試合の帰りに私服を持ってゆき
試合後はデパートのトイレで着替えて心斎橋界隈を散策するのが唯一の楽しみだった。
「敏伸さ、部活きつすぎへん?俺まあまあ限界やねんけど」
半笑いで弱音を吐くのが加藤のくせだった。
「1年はしゃーないやろ、練習以外にやる事多いしな、2年3年になったら慣れるんちゃうか」
「とりあえず秋の大会は負けてほしいわ」
加藤はいつも3年の敗退を望んでいた、なぜなら負けることで3年がいち早く引退するからだ。
「いやいや、アカンやろ」
と、笑いながら受け流す。
加藤はサッカーだけではなく、学校生活もどこか上の空というか、100%身を任せる事をしないような感じがした。
サッカーをするにしても、どこか頭の奥で別の事に意識がある感じがしたし、文化祭などの校内イベントでも「参加をしてるフリ」をしている感じがあった。
自分はサッカー部員、この学校の生徒、という自意識が常に無い感じがしていた。
私はこれも含めて加藤であると思ってたし特に指摘したり気にする事はなかったが、
そんな「空気を読まない発言」は私にだけ漏らしていたので、本人も自らの自意識の低さを認識していたし現場では言ってはいけない事だともわかっていた。
毎日続く部活生活はあっという間で、すぐに2年、3年と月日は流れてった。
私は2年の夏からサイドバックでスタメン入りし試合に出るようになりサッカー部に対する愛情や自意識はさらに強くなっていて、妻となる美香ともこの頃に付き合うようになった。
加藤は3年になっても補欠で、高校最後の大会の最終戦になるかもしれない試合後半だけ監督の配慮により加藤が試合に出場するもまさかのオウンゴールで敗退。
さすがの加藤も「本当にすまん!」と涙を流していたが、帰りの電車ではケロっとしていた。
サッカー部引退後はゆっくりする暇もなく、進路問題が待っていたが、私も加藤も大学生への道を選択、部活だけの3年間で勉強など出来るわけもなく二流大学に向けた「ある程度の受験勉強」が始まったわけだが、私と同じ大学を選択した加藤は不合格となってしまった。
幸いにも滑り止めとして受けていた三流大学へは合格したようだが、加藤は浪人するか合格した大学に行くか真剣に悩んでいた。
しかし、もう一年息子に勉強させる経済的余裕もないとの理由で加藤は合格した大学へ行く事になった。
「敏伸さ、学校変わるけどまた遊ぼうや」
「おお、ちょいちょい連絡するわ、また家も行くし」
6年間共に過ごした加藤との別れに対して寂しくはあるが、大学生活への期待や高揚により、気の抜けた分かれ方になってしまった。
大学生になり半年ほど経った頃、携帯電話が一気に普及しはじめ、若者の必須ツールとなりだしていた。
携帯電話のためならなんのその、先輩に紹介してもらった居酒屋のアルバイトに全精力を使った。
「高校時代のサッカー部に比べたら屁でもない」
体力には自信のあった私は入れるシフトは全て制覇する勢いでシフト表を真っ黒にしてようやく携帯電話を購入した頃、自宅に一本の電話が掛かってきた。
「敏伸?俺や、ひさびさやな」
「加藤か?ひさしぶりやんけ!元気してた?」
「まあ、なんとかな。ていうか俺、携帯電話持ってん」
「おお!俺もや、最近手に入れたわ」
久しぶりの加藤との会話に盛り上がりながら携帯電話番号を交換。
当時はEメールというものがなく、ショートメールが主体だったが一通10円と料金が掛かる為、ショートメールで会う約束をしてファミレスで話をするというのがパターン化し週に一回ほど加藤と会うようになっていたが、大学にも仲のいい友人が出来たりアルバイトがあったりと加藤と会う頻度は月1回、2ヶ月に1回と徐々に少なくなっていった。
大学2年になった頃は、加藤とほとんど会わなくなっており、大学生活1年で私の生活基盤もようやく確立したように思えた頃、加藤から電話が掛かってきた。
「敏伸?最近どないしてんの?」
「おお、加藤か。まあ最近バタバタしてるわ、バイトもあるしね」
「そっか、、」
6年間一緒に過ごした加藤の事は良くわかっていた。
おそらく、大学生活においていつもの「上の空」なんだろう。
しかし高校時代とは違い、誰もおせっかいなんてしない、上の空の人間のご機嫌を伺ってくれる心優しい人なんていない。
これまで上の空状態の加藤は私に本音を話す事で消化されていたモヤモヤを、今は常に抱えた状態でいるのだろうとすぐにわかったが、私はわからないフリをしていた。
自分の大学生活が楽しいこと、今の環境に意識が向いている事から「面倒事」を避けたかったからこそ、自分から加藤に対して”気づき”という配慮を放棄していた。
「加藤?どないしたん?なんかあったんけ?」
「いや、別に何もないねんけどな、、」
「いやいや、元気もないし電話掛けてきてんから用事あるんとちゃうんか?」
「まあ特に無いねんけどな。そういえばお前バイト何してるん?」
「居酒屋やけど?」
「そうなんや、俺は土日だけ引越しのバイトしてるわ」
「おお、そうなんか」
「・・・・・・」
「すまん、また掛けるわ」
そう言って加藤は電話を切った。
なぜ電話してきたのかわかっていた、「なんやおまえ、大学面白くないんか?」
加藤は私からこう言って欲しかったのだ。
しかし、そんな配慮をするとその後加藤は水を得た魚のように常に連絡してきて私にぼやくのは間違いなく、当時の私にそれをカヴァーできる余裕が無い事から加藤のフラストレーションに対して気づかないフリをしていたのだ。
それから1年間、加藤は一度も連絡をしてこなかった。
銀の悪魔 @slapkazu
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