エピローグ
「クラス替えが無くなって良かったね。本当になると嫌だから言わなかったけど、みんながバラバラになったら嫌だなって思ってたんだよ」
「学校の英断に感謝しないといけないわね」
そう梓に微笑む多佳美に、花月と和は乾いた笑みを浮かべながら頷いた。
始業式で登校してくると、例年ならクラス替え表が掲示されている場所に、『三年間同じメンバーで過ごすことによるメリットとデメリットを調査するという名目で、今後三年間はクラス替えを実施しない』と書かれた紙が貼られていた。
梓と一緒にいたい多佳美が学校に圧力をかけたであろうことは容易に想像できたが、バラバラになりたくないのは二人も同じだったのでつっこみはしなかった。
次々と顔なじみのクラスメイトが登校してきて、梓は明るく挨拶する。
昨年の入学式はちょうど桜が満開の時期だったが、今年は三月の終わりから暖かくなったためにすでに満開の時期は過ぎており、北から戻ってきた冷気を含んだ風が吹くたびに花びらが舞い散らされている。
机を並べるのは同じクラスメイトだが、違う教室に違う担任の先生。
同じような時間がループしているようで、時間は決して同じではない。
「それじゃ、聡子さんのところに行こうか」
始業式と短いホームルームが終わった放課後、立ち上がった花月はそう言ってから思い出した。
「そっか、もういないんだ」
昨日、四人宛に聡子からLINEが来た。
大学に復学することにした。だから平日、梓達が学校を終わる時間には家にいないとのことだった。
急に復学することにした理由などは書かれていなかったが、梓達もそれを訊ねたりはせず、頑張るようにとの応援のメッセージを返した。
「ちゃんと行っているのかしら?家に行ってみたら、いつも通りにいるんじゃない?」
多佳美は懐疑的だ。
「さすがに、今日ぐらいは行ってると思うな」
和も全くフォローする気がない。
「みんなもっと信用してあげようよ」
花月はそう言いながら困った顔をする。
「うーん、でも、だったらどこに行こう?」
「家(うち)なら大丈夫よ」
多佳美がすぐに立候補する。
「今日はそれでも良いけど、これからのことを考えたら毎日行くわけにはいかないでしょ」
「私は毎日来てもらってもかまわないわ」
「毎日行くにはさすがに遠いよ。教室とか、ミスドーナツとか」
「教室やお店だと、原稿を描く時に困るります」
「委員長はどこでだって描けるでしょ」
「とりあえず今日はミスドーナツに行こうか」
終わりが見えない話を梓が打ち切った。それを合図に全員が動き始める。
「これから集まる場所も問題だけど、梓ちゃんは歌詞を書いてきたの?」
「書いてないよ」
花月の詰問に梓はけろりと答える。
「私はもう、歌詞は書かないからね」
「私、花月ちゃんの歌詞好きだよ」
「好きとか嫌いとかじゃないの。しばらくは曲に集中したいから歌詞は書きません」
「話は聞きました!」
教室のドアが勢いよく開けられ、眼鏡をかけた少女が教室に飛び込んできた。
「歌詞にお困りの皆さんに朗報です!」
一冊のノートが付きだされる。
「ここに珠玉の歌詞が散りばめられたノートがあります!」
「入学式は明日よ」
梓は冷めた声を返す。
「レイチェルちゃん!」
花月が闖入者の名前を呼ぶ。教室に入ってきたのは梓の妹であるレイチェルだった。
「一日早いけど、入学おめでとう」
「ありがとうございます。フラワームーン様にお祝いの言葉をいただけるなんて、感激の極みです」
「学校ではハンドルで呼ばないで」
和と多佳美もお祝いの言葉を送り、レイチェルはそれに答える。
「ということで梓!私の歌詞ノートを使っても良いわよ」
「ありがとう。でもいらない」
「なんでよ!」
「歌詞を書いてくれそうな人はね、書いて欲しい人はね、もう見つけてあるの」
梓はぐいぐいと強い圧力をかけてくるレイチェルの前からするりと抜け出すと、そう言った。
「誰?」
多佳美からの問いに梓は笑顔を見せたまま、滑るように教室内を移動し、座って本を読んでいる生徒の横で止まった。
「読書中にごめんね。私、歌い手をやってるんだけど、新曲の歌詞を書いて欲しいの。お願いします」
本を読んでいた美章園正知子は煩わしそうに梓を見上げた後、本を閉じ、立ち上がった。
「良いわよ」
短い肯定に、梓は嬉しそうにぽんと手を合わせる。
「やった、ありがとう。早速だけど、今から新曲の打ち合わせに行こう」
「分かった」
正知子は逆らわずに帰り支度を始める。
「ということで、歌詞を書いてくれる人が決まりました」
梓の笑顔に、花月達三人は唖然としながらも苦笑する。
「ちょっと待って!あんた誰よ!私が歌詞を書くんだから!私の歌詞にフラワームーン様の曲をつけてもらうんだから!」
「上級生にあんたとか言わないの!」
反抗するレイチェルを、梓はきつく咎める。
「今日は付いてきても良いけど、大人しくしてないと、ママに言いつけるからね」
「それだけは止めて下さい」
じゃれ合っている姉妹を横目で見つつ、花月達は正知子によろしくね、と声をかける。一年間同じクラスで過ごしているので知らない仲ではないが、少し改まった感じになってしまう。
そんなことを気にしない梓を先頭に、一行は教室を出た。
最後尾を歩く正知子の隣に、多香美が近づいてきた。
「どういうことよ」
咎めるような口調に、正知子は苦笑しながら答える。
「誘われたから応じただけよ。奥さんは違うの?」
その通りであったので、多香美はぷいと前を見て別のことを言う。
「奥さんじゃなくて、皆と同じように呼んで欲しいわ」
「分かった、たっかみー。ねぇ、比与森さんはなんて呼べば良い?委員長でない人を委員長って呼ぶのは抵抗があるんだけど」
「だったら、委員長にするわ」
多佳美が強権を発動することを匂わせると、花月と話しながら歩いていた和が悲鳴を上げる。
「絶対に嫌だから!和って呼んで下さい」
「じゃあ私は正知子って呼んで」
一連のやり取りに釈然としない表情を見せていた多佳美は、和が花月との話に戻ったのを見て、正知子にぼそっと告げた。
「覚悟しなさいよ」
「分かってる」
正知子は口の端をにやつかせながら答えた。
一年間、クラスメイトとして梓達のドタバタ劇を間近で見てきた。当事者であった多佳美よりも客観的に四人の関係性が見えている。
そしてその大変さも感じていた。
五人全員が特徴的で、特別で、面倒くさい。
でも、だからこそ、
「楽しいんじゃない」
梓の周りに人が集まるのはそういうことだ。期待がこもった強い言葉に、多佳美は意外そうな顔をした後、苦笑を返した。
「分かった!」
先頭を行く梓が何かに閃いて声を上げた。足を止めてくるりと振り返る。
満面の笑顔に、一同は何が出てくるのかと身構える。
ドキドキはするが怖くはない。ワクワクするほどではないが期待がある。
今度は何をするのだろうか?
私は何をするのだろうか?
「学校の中に私達の居場所を作ろうよ。クラブを作って部室を持つの」
全員一致で可決される。
「じゃあ生徒会室に行こう」
梓を先頭に、少女達は廊下を小走りで急いだ。
終わり
さんくちゅああり 靖之 @yasuyuki
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