4 幼なじみと新たな関係

 中村君に連れていかれたのは、女バスの練習が行われている体育館だった。

 中では他の部活動も行われていて、人が大勢いたけど、彼は何の躊躇いもなくサンダルのまま入り込み、壁際にいたジャージ姿の林さんに声をかける。


「おい、春っ! ちょっと顔貸せ」


 ハル?


「亮介っ! それに、燈までっ?」


 林さんもかなり驚いたようだったけど、先輩に一声かけてから、一緒に体育館を出た。

 それにしても、春と亮介って、どういうこと?

 二人はそんなに親しいの?


「で、何の用?」


 体育館と校舎を繋ぐ、渡り廊下の壁にもたれ、林さんがいった。

 中村君は腕組みをして、そんな彼女をにらみ付ける。


「お前、坂東に何吹き込んだんだ? 何か変な誤解されてるみたいだけど、オレたちにどんな関係があるってんだよ」

「関係って、幼なじみの腐れ縁?」


 えっ? そうなの?


「ただ同い年で家が近所ってだけだろ」

「まあ、そうだけど」

「大体何だよ、罰ゲームって。オレが坂東のこと好きだって知ってて、からかってんのか」


 ええっ!?

 心臓止まるかと思った中村君の爆弾発言に、林さんは顔色一つ変えなかった。

 それが周知の事実であるかのように、しれっと話を続ける。


「からかってない。ただの親切心よ。あんたなら絶対チャンスを逃さないだろうと思ったから、きっかけ作ってあげたの」

「それがお節介なんだよ。自分に彼氏出来たからって、浮かれてんじゃねーの」

「ちょっと待って。彼氏って何?」


 それまで黙ってやり取りを見守っていたけど、あまりのことについ口をはさんでしまった。

 余裕綽々しゃくしゃくだった林さんも、さすがに表情を変える。

 目をらし、照れたように笑いながら、頭をいた。


「ああ。最近、部活の先輩に告られて、付き合い始めたんだ。まあ、まだお試し期間なんだけど」

「先輩って、女バスのっ?」

「違う違う。男バスだよ。女バスと男バス、仲いいから」

「でも、林さん、中村君のこと好きなんじゃ――」

「ストーップ。ちょっといい、燈。あ、あんたはここで待ってて」


 今度は林さんに手を引かれ、校舎の方へ連れていかれる。

 廊下の隅で、周りに人がいないのを確認すると、彼女はペコリと頭を下げた。


「えっと、まずはゴメン。亮介のことはウソでした」

「えっ!?」

「いや、まるっきりウソってわけではなく、好きのよ、昔からずっとね。だから、わざわざ同じ高校にしたの。幼稚園から続く縁を、なくしたくなかったから。でも、アイツがあたしのこと、そういう風に見てくれないこともわかってたし、もういい加減諦めようかと思ってた矢先、ちょっといいなって思い始めた先輩に告白されたんだ。まずはお試しでもいいから付き合ってなんていわれて、すごく嬉しかった」


 林さんは、そこで一息入れる。


「ただ、亮介のことも完全に吹っ切れたわけじゃないし、それでいっそアイツに彼女でも出来れば、キレイさっぱり諦められるかと考えて。いや、もしかしたら亮介への想いの強さを、再認識することになるかもしれないけど、とにかく亮介が燈のこと好きなのは知ってたから、アイツがその気になるよう仕向けてみようかなって。そしたらやっぱ、告白されたんでしょ?」


 わたしは素直に頷く。


「でも、ちゃんと断ったよ」

「なんで? タイプと違うから? でも、アイツ、すごくいいヤツだから――」

「知ってるよ、そんなこと。でも、林さんの好きな人だもん。付き合うなんて、出来ないよ」


 わたしの答えに林さんは驚き、それから目頭を押さえて笑った。


「そっか、そうだよね。よく考えたら、燈はいいヒトだから、友達の好きな人、取ったりするわけないのに。バカだなぁ、あたし。でもね、燈ならいいと思ったんだ。燈と話してたときの亮介、なんかすごく楽しそうだったし、好きな人にはやっぱ幸せになって欲しいじゃん。亮介にも、燈にも」

「林さん……」


 林さんが、潤んだ瞳でこちらを見る。


「春名でいいよ。前からずっといおうと思ってたんだ。名字にさん付けなんて堅苦しいって」

「は……春名」

「うん」


 気恥ずかしさを誤魔化すよう、わたしは話題を変える。


「春名の彼氏って、どんな人?」

「三年でバスケ部なのに、部内で一番背が小さくて、あたしより低いくらいだけど、すごい努力家で運動神経もいいからずっとレギュラーで、今はキャプテンもやってる、面白くて優しくて、カッコよくて可愛い人だよ」

「それって――」


 まるで穂積君みたいじゃない。

 わたしの内心を読み取ったように、春名はいう。


「前に燈の好きな人の話聞いたとき、あたしと好み似てるのかもって思った」

「そうかな」

「そうだよ。だって、嫌いじゃないでしょ、亮介のこと」

「そりゃ、嫌いではないけど」

「って、亮介のこと、すっかり忘れてたわ。とにかく、あたしがアイツを好きだったってことは、二人だけの秘密よ。で、亮介への想いはもう完全吹っ切ったから、あとは煮るなり焼くなり燈の好きにして」

「なにそれっ」


 わたしたちは、声を上げて笑った。

 そして、わたしとはまるで違う、何でも出来るカッコいい女の子だと思ってた彼女を少し身近に感じることが出来、わたしは春名と友達になれて良かったと心から思った。


 渡り廊下に戻ると、中村君が律儀に待っていた。


「お待たせ、亮介。あんたのお陰で、燈と友情の再確認して、心の友になれたわ」

「は?」

「というわけで、燈を泣かせたりしたら絶対許さないから、その心算つもりで。じゃ、あとはお二人でどうぞ」


 春名は手を振りながら体育館へと戻っていき、わたしと中村君だけがその場に取り残される。


「それで、結局何がどうなったんだ?」


 中村君に問われ、わたしは何と答えるべきか考えた。


「春名との契約がなくなったから、もう中村君と友達になる必要がなくなった」

「はぁっ? 何だよ、それっ。まだマックも一緒に行ってないのに」


 そういえば、前にそんなこといってたっけ。

 本人もいってたけど、アレ、本気だったんだ。


「別に友達じゃなくたって、それくらい付き合うよ」

「本当に? シェイク一口くれる?」

「それは友達でもイヤだけど」

「えぇーっ」


 中村君のこういうとこ、やっぱ嫌いじゃないかも。

 そう思いながら、わたしはいった。


「じゃあ、このあとこれからマック行かない? もちろん、一口頂戴はナシで」

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アオハル*トライアングル 一視信乃 @prunelle

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